ダーク・ファンタジー小説

Re: カラミティ伯爵の事件簿 ( No.1 )
日時: 2017/08/27 20:44
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

〈カーライル伯爵令嬢殴殺事件〉

ジリリリ……ジリリリ……

夕刻時、ジェンキンス邸にベルが鳴り響く。はいはいと言いながら、レティは黒電話の受話器をとった。

「はい。レティーシャ・ジェンキンスでございます」

「おや、お嬢さんの方でしたか。いつもお世話になっております、リチャード・ブリファです」

聞き慣れた声に、レティは内心「またか」と思った。

レティの養母・ジェーンはその頭脳の明晰さを活かし、数々の事件を解決してきた。リチャードはその能力を高く買い、度々協力を要請してくるのだ。

また養母に振り回されるのが嫌なレティは、受話器をを下ろそうとする。すると……

「もしもし、警部ですかな?お電話代わりました、ジェーンですぞ」

受話器を後ろから取り上げられた。ジェーンである。レティが受話器を取り返そうと追いかけ回すも、見事なフットワークで逃げ回る。

「なるほど、殺人事件ですか……場所は……」

少なくとも40年は生きていると言うのに、20歳前後で老いが止まっているかのような若々しさ。レティが止めるのも虚しく、ジェーンはどんどん話を聞いてしまっている。

「よろしい、了解しましたぞ」

ガチャリ……と電話が切られた。息を上げているレティに対し、ジェーンは爽やかな笑顔を浮かべた。

「ついて来たまえ、レティ!事件だ!」

「聞いてましたよ。全く」

ジェーンはすぐに支度を始める。純白の手袋に、愛用のステッキ。馬車の用意が整うと、御者に伝えた。

「ハワード邸まで頼むぞ」



***



「これは……ひどいな……」

リチャードは遺体を見て呟いた。調度品の整った、豪奢な子供部屋。そのベッドに寝かされている少女は、目を静かに閉じ、息をしていなかった。頭には幾多もの打撃痕。おそらく、一撃で死ななかったため、何度も殴られたのだろう。

リチャードはふと、隣の椅子に座った女性を見た。すっかりやつれた表情をしている。女のそばには、彼女に寄り添う少年。部屋の奥では、頭を抱えてうなだれる男性と、それを励ます若者の姿がある。

その時、ハワード邸の呼び鈴が鳴った。

「いらしたか」

リチャードは、新人の刑事を1人連れて、玄関に出向く。ハワード家の召使いが玄関の扉を開けると、身なりの良い2人組みの女性が立っていた。

「お待たせしましたぞ、警部殿!」

「ご協力、感謝いたします、ジェーン・ジェンキンス閣下」

あいさつを交わすと、ジェーンはズカズカとハワード邸に踏み込んでくる。

「警部!誰ですか、この人たち」

新人の刑事が、小声で尋ねた。

「そうか、お前はまだ知らないんだったな……彼女は、貴族からの依頼を専門とする探偵だ」

リチャードは、刑事にジェーンについて説明を始める。

「大半の貴族は、不祥事の疑いをかけられると、それが大ごとになるのを避ける。我々警察が踏み込んでくるのも嫌がる。そこで、同じ貴族であるジェンキンス伯爵が早急に事件を解決することで、最も損害が少ない形で事態を収めたがるんだ」

刑事は食い下がった。

「大丈夫なんですか?失礼ですが、貴族とはいえ部外者ですよ?」

リチャードはため息をつく。

「大丈夫も何も……ハワード閣下が、彼女に捜査を委任すると言い出したんだ。我々は従うしかない」

そう言って、ジェーンの背中を追いかけた。



***



「さて、状況を整理しましょうかな?」

現場に着くと、ジェーンは周りに確認するように言った。部屋の中にいる人物を、1人ずつ見回す。レティは、ジェーンの隣で、メモ用の手帳とペンを構えた。

「被害者はハワード家長女・カーライル伯爵令嬢エリザベス殿。事件が発覚したのは、ティータイムを過ぎた頃。その時、この部屋から、ハワード家長男のアレクサンダー殿の悲鳴が聞こえたのでしたな?」

ジェーンは、先程から女性に寄り添う少年に目をやる。アレクサンダー・ハワード、被害者の少女の兄である。人見知りなのか、警戒した目でジェーンを見上げている。

「執事のダミアン・ウォルシュ殿は、その声に気がつき、すぐにこの部屋に駆けつけた」

今度は、先程から男性をなだめている、若い男の方を見る。ダミアン・ウォルシュ、ハワード家の執事である。見目麗しい青年は、ジェーンの目を見てうなずく。

「そこで2人が見たのは……自室のベッドに寝かされたエリザベス嬢の遺体と、凶器を手に立ち尽くす、カーライル伯爵夫人ハリエット・ハワード殿の姿だった」

最後にジェーンは、椅子に腰掛けている女性を見た。ハリエット・ハワード、エリザベスとアレクサンダーの母である。今は、生気を失った目で、娘の遺体が寝かされているベッドを見つめている。

「確か、警部の話では、夫人は容疑を全面的に認めているのでしたな?」

ジェーンが確認するようにリチャードの方を見た。リチャードは首肯する。するとその時……

「嘘だ!これは何かの間違いだ!妻が……妻がそんなことをするはずがない!」

上ずった男の嘆きが聞こえた。ずっとダミアンになだめられていた男性だ。レオナルド・ハワード、容疑者であるハリエットの夫で、エリザベスとアレクサンダーの父だ。知らせを聞いて、すぐに公務を切り上げて帰って来たらしい。娘を失った上に、妻を容疑者にされ、ヒステリーを起こしている。

レティは、ペンを止め、手帳を閉じる。その隣でジェーンは、集まった面々の顔を見ると、高らかに宣言した。

「よろしい。お集まりの諸卿!この事件、このジェーン・ジェンキンスが、必ずや解決しましょうぞ!」



〜レティのメモ〜

被害者:エリザベス・ハワード(6)
カーライル伯爵令嬢。死因は殴殺。頭に幾つもの打撃痕がある。

容疑者:ハリエット・ハワード(37)
カーライル伯爵夫人。エリザベスとアレクサンダーの母。容疑を全面的に認めている。

アレクサンダー・ハワード(11)
事件の第一発見者。エリザベスの兄。彼の悲鳴で、ダミアンが駆けつけた。人見知り。

ダミアン・ウォルシュ(29)
事件の通報者。ハワード家の執事。アレクサンダーの悲鳴で、現場となったエリザベスの部屋に駆けつけた。整った顔立ちをしている。

レオナルド・ハワード(39)
今回の依頼者。カーライル伯爵。エリザベスとアレクサンダーの父で、ハリエットの夫。今はヒステリーを起こしている。

Re: カラミティ伯爵の事件簿 ( No.2 )
日時: 2017/09/02 04:27
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

「それでは、現場検証から始めますぞ!」

レティとリチャードの2人以外が出払った部屋で、ジェーンは張り切って言った。レティとリチャードも、ジェーン同様手袋をはめている。

「まずは……犯行に使われた凶器からですな」

ジェーンが言うと、リチャードはハンカチで覆っていた凶器を、懐から取り出した。エリザベスの血で汚れたそれは、羊をあしらった手のひらサイズの文鎮だ。

「ハリエット夫人は、発見当時、これを握りしめておりました」

リチャードが差し出すと、ジェーンは手袋をはめた手でそれを受け取る。確かに重量感があるが、鈍器としては小振りだ。

「これは元々、この部屋のどこに置かれていましたかな?」

「被害者の勉強机です」

リチャードが指差したのは、女の子らしい作りの勉強机。それは、ベッドから少し離れたところに置いてある。

ジェーンは怪訝な顔をした。

「どうしました、伯爵様?」

レティが問いかける。

「いや……少し離れた所から凶器を持ち出されていると思ったのだ」

言われて、レティはベッドの周りを観察する。伯爵令嬢の寝室だけあって、ベッドはとても上質だ。ベッドの枕元には机があり、寝台ランプと絵本が置かれている。

「ふむ……」

ジェーンは寝台ランプを手に取った。事件があったのは、まだ明るい時間だった。おそらく、ランプに火は燈っていなかっただろう。そんなことを考えていると、リチャードが横から現れる。

「ランプがどうかなさいましたか?」

「いや、わざわざ文鎮を取りに行かなくても、これも鈍器になるのではと思ったのだが……なるほど、女性の手には扱いづらいですな」

ランプは、ジェーンが大きく手を広げれば持ち上げられる大きさだ。リチャードくらいの手の大きさがあれば、武器としても扱えただろう。だから、ハリエットは、わざわざ文鎮を取りに行ったのだろうか。

(しかし、それならば、なぜエリザベス嬢はその隙に逃げ出さなかったのだ?)

今度はエリザベスの身体を注意深く観察する。彼女の身体は、不自然に寝かされていた。普通なら、殺される時、かなりの抵抗をしたはずだ。しかし、エリザベスの身体は、両手をぴったり体に沿わせ、まっすぐに寝かされている。

「これは……捜査の時に、体勢を変えさせたのですかな?」

リチャードがすかさず答える。

「いえ。最初に我々が来た時から、この状態でした」

ジェーンはまた考え込む。

(と言うことは……ハリエット夫人が直したのだろうか?しかし、何のために?)

ふと、ジェーンは、エリザベスの両手首が赤黒く変色していることに気がついた。よく観察すれば、ベッドの枕元の装飾には、擦られたような跡がある。

「2人とも、少しの間、後ろを向いてくれたまえ」

ジェーンが言うと、レティとリチャードは戸惑いながらも後ろを向いた。背中で、ジェーンが何かガサゴソと調べている音が聞こえる。

「もういいですぞ」

ジェーンの言葉で、2人は振り向く。特に先ほどと変わった所は見当たらない。強いていえば、エリザベスの服のシワが増えただけだ。

「エリザベス嬢は……性的暴行を受けた形跡がありますな」

「なっ……」

2人は言葉を失った。当然だ。エリザベスは、まだ6歳の少女なのだ。

「どうして、そう言い切れるんです?」

リチャードが問いかける。すると、ジェーンは大袈裟に肩を落としてみせた。

「私はこう見えましても、本職は産婦人科医でしてな……」

リチャードは目を丸くする。どうやら彼も聞いていなかったらしい。

「初耳です。どうして、登場人物紹介に書かれていないんですか?」

「作者が書き忘れたのですぞ。大目に見てやるがよろしい」

「2人とも、メタな発言しないでください」

レティは、異次元的な会話に呆れていた。ゴホンと1つ咳払いをして、ジェーンは話を続ける。

「御覧なさい、エリザベス嬢の腕には、縛られた跡があるでしょう?」

ジェーンがエリザベスの袖をめくってみせると、2人も初めて気がついたような反応をした。

「ベッドの方にも、ロープが擦れた跡がありますな」

先ほどの傷を見ると、確かに跡があることを確認する。

「職業柄、身体の外傷を見れば、そのくらいのことは分かりましてな……」

「見たのですか?」

ふいに、リチャードが問いかけた。ごくごく真面目な顔つきをして。

「見ましたな」

「中までバッチリ?」

「中までバッチリですな」

変な方向に話が逸れたので、レティが2人の頭にゲンコツを落とす。

「2人とも、真面目に捜査してください」

「「ごめんなさい」」

しばしの間、反省した後、レティが「とにかく」と前置きして話し始める。

「どうやら、ハリエット夫人はシロですね。犯人はきっと、男性です」

「その言葉には同意です、お嬢さん。確か、エリザベス嬢の部屋に入ることを許されていたのは、家族以外では執事のウォルシュ氏だけと聞いています」

「となると、犯人はカーライル伯か、ウォルシュ氏でしょうか……」

レティとリチャードは、2人で考察をし始めた。ジェーンはまだ部屋をキョロキョロ見回し、何かを探しているようである。

「そうとも限りませんぞ。他の使用人が押し入った可能性もあれば、暴漢の犯行に見せかけた女性の可能性もある。何より、犯人が男性なら、ハリエット夫人はその人を庇っていることになりますな」

ジェーンの的確な指摘に、2人は再度、頭を悩ませた。そんな2人の横で、ジェーンはまだ何かを探している。

「どうしました、伯爵様?」

「……ロープが見当たらない」

レティとリチャードは、ハッとして部屋をぐるりと観察した。犯行時、エリザベスの身体を縛り付けていたロープなら、エリザベスの血液が付着しているはずである。しかし、そんなものはこの部屋のどこにも無かった。

「きっと、犯人が持ち去ったのでしょう」

「……おかしい」

リチャードの言葉に、ジェーンは反論する。

「ハリエット夫人が犯人だとしたら、夫人の行動には矛盾ばかりですな。エリザベス嬢の拘束は解かれ、身体は真っ直ぐに整えられ、ロープは隠され……それなのに、アレクサンダー殿とウォルシュ氏が駆けつけた時には、まだ凶器を握ったままだった……」

ジェーンの推理に、2人はハッとした。確かにそうだ。ハリエットの行動には、一貫性がない。

「どうやら、関係者たちから話を聞く必要がありますな」

「でっ……では、すぐに手配を……」

リチャードが部屋を出ようとすると、ジェーンがそれを止める。彼女は、窓から空を眺めていた。夜空には、月が昇っている。

「今日は遅いですし、どなたか1人だけにしましょう。と言っても、ご夫妻はあの状態ですし、子供を遅くまで起こして置くわけにはいきませんね……」

レティが隣で提案する。ジェーンも、それに頷いた。

「まずはウォルシュ氏の話を聞きましょう。後の調査は、明日、日が昇ってからにします」



〜レティのメモ〜

・凶器は文鎮。
・ベッドのそばには、絵本と寝台ランプ。
・エリザベスはベッドにロープで拘束されていた。
・ロープは誰かに持ち去られた。
・エリザベスは性的暴行を受けていた。
・部屋に入れるのは、家族と執事だけ?
・犯行後、エリザベスの拘束は解かれ、身体は正されている。

この時点で謎が解けたあなた、すごいです!