ダーク・ファンタジー小説

Re: カラミティ伯爵の事件簿 ( No.11 )
日時: 2017/08/31 20:40
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

世界で一番、大好きなベス。ベスにとっても、僕が一番好きなはずだ。

だから、屋敷から出る必要なんてない。他の子と遊ぶ必要なんてない。だって、僕にはベスがいるし、ベスには僕がいる。

「どうして……どうして……」

だから、他の子と遊ばないでって言ったのに……

「どうして、分かってくれないんだよぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

気がつけば手は真っ赤で、大好きなベスはぐったりしてて……

でも、仕方ないじゃないか。

だって、僕だけのベスなんだもの。



***



「……アレクサンダー殿は、エリザベス嬢に、他の学友と遊ぶことを禁じていたようです。近所の子らが話してくれました。学校に上がり、自分以外の子供とエリザベス嬢が話すことに、強い嫉妬を感じていたのですな?」

ジェーンは、アレクサンダーの方を見て問う。アレクサンダーは顔を上げず、ただ拳を握りしめていた。

「やめて……」

ふと、今まで静かだったハリエットが声を出す。

「やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて!」

ハリエットは椅子から立ち上がると、ジェーンに詰め寄ろうとした。間にダミアンが入り込み、ハリエットの動きを止める。

「違うんです!この子は悪くない!全ては私が……この母が悪いのです!」

やがて、ダミアンの腕の中へ崩れ折れる。レオナルドも、ジェーンの言葉を受け入れられないらしく、虚ろな表情で立ち尽くしていた。

「……アレクサンダー・ハワード殿、署までご同行願えますか?」

やがて、リチャードがアレクサンダーに近寄る。アレクサンダーは、抵抗する様子もなく、リチャードの指示に従って、部屋を出て行こうとする。

「待って……サーシャまで連れて行かないで……」

ハリエットは泣いていた。レオナルドは相変わらず動けないでいる。悲痛な母の叫びと、父の失望に見送られながら、アレクサンダーは最愛の妹の部屋を後にした。



***



アレクサンダーを乗せた馬車が、ハワード邸から遠ざかっていく。ハワード夫妻は、娘に引き続き息子とも引き剥がされ、酷く落ち込んでいるようだ。立ち直るまでには時間がかかるだろう。

ジェーンは、エリザベスの隣室から、その馬車を見送っていた。その部屋の主人は、当分帰ってくることは出来ないだろう。

「そんな……まさか、アレクサンダー君が……」

「誰かを恋慕する気持ちに、年齢なんて関係ないのだ……例えそれが、狂気をはらんだ、未熟な倒錯でもね」

レティの言葉に、ジェーンが静かに答える。珍しくジェーンは、悲しそうな顔つきで、窓の外を眺めていた。馬車の通った後の道では、相変わらず子供達が遊んでいる。

「カラミティ……か」

レティは顔を上げる。ジェーンは相変わらず、物憂げな表情で言葉を続ける。

「後味の悪い事件の後は、時折その名を身に染みて痛感するよ。私は……真実という災いを振り撒く、疫病神だと」

ジェーンが自嘲気味にいうと、レティは首を振った。

「アレクサンダー君は、罪を犯しました。でも、あの歳だから、逆に良かったのかもしれない。これから成長する中で、きっと更生していくでしょう。ハワード夫妻も、いつかは立ち直って、また家族3人でやり直せます。長い目で見れば、これで良かったんですよ、伯爵様」

ジェーンは目を丸くする。

「レティ……いつも怒ってばかりの君が、そんなことを言うなんて……」

「せっかく慰めてあげたのに酷いです。もう、伯爵様なんて知りません」

「はははっ」

快活に笑う。ジェーンにいつもの調子が戻ったようだ。やがて、ジェンキンス家の馬車も、用意が整う。気遣いは無用と見送りはつけずに、ジェーンたちはハワード邸を離れていった。

カーライル伯爵令嬢殴殺事件、これにて終幕。