ダーク・ファンタジー小説

Re: カラミティ伯爵の事件簿 ( No.12 )
日時: 2017/09/02 06:37
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

〈ヘレフォード子爵毒殺事件〉

レティは、苦々しい顔をして、ソファに座らされていた。それは、口にした紅茶のせいではない。目の前にいる男と、隣にいる女のせいだ。

「警部……電話はお切りしたのに、なぜここにいるんです?」

レティは、リチャードに問いかけた。先程、ジェンキンス邸の電話が鳴り、レティが応対した。しかし、その声がリチャードだと気がつくや否や、その電話を切ったのだ。

しかし、当のリチャードはここにいる。

「ですからこうして、直談判に来たのです」

リチャードはニコリと笑う。彼も彼とて、貴族の依頼をないがしろにすることは出来ないのだろう。それでもレティは、面倒臭そうな顔をしていた。

「娘が失礼いたしました、警部。さて、話を聞かせて頂きましょうかな?」

ジェーンはすっかりノリノリである。レティは隣で、渋々ながら手帳を広げた。

「事件があったのは、ここから西へ200キロのバースにある、テヴァルー家の別荘です。そこで、エセックス伯爵の弟であるヘレフォード子爵が殺されました」

レティのメモが追いつくのを確認しながら、ジェーンが問いかける。

「ふむ。死因は何ですかな?容疑者はおられますかな?」

「死因はおそらく、毒殺です。子爵は食事中に突然苦しみ出し、そのまま息を引き取ったようです。我々は容疑者として、給仕をしていたアリス・スコット氏を拘束しました」

ジェーンが眉をひそめる。

「使用人が容疑者とは、珍しいですな。私の元に舞い込んでくる事件は、貴族に容疑がかけられていることがほとんどなのに……」

「私もよく分かりませんが、エセックス伯閣下たっての願いです。無視するわけにはいきますまい」

ジェーンは色々と思案を巡らせているようだ。しばらくして考えがひと段落したのか、満足そうに笑みを浮かべる。

「よろしい!この事件、お引き受けいたしましょう。バースということは、長旅になりそうですな。身支度が整うまで、少々お待ちを。レティ、君の分の荷物も、私のとまとめて準備しておこう」

「え?私もバースまで行くんですか!?」

レティが驚きの声を上げると、ジェーンは悪戯っぽくウィンクをした。

「当たり前だろう?次期ジェンキンス家当主として、君も母の仕事を覚えたまえ」

「公務なら構いませんが、探偵業まで引き継ぐ気はありませんよ!」

怒っている様子のレティに、ジェーンはささやきかける。

「レティ、バースは滋養都市として有名だ。たまには温泉も悪くないだろう?」

魅力的な誘いに、レティは反対しようかしまいかを迷っていた。ジェーンはそれを肯定的に捉え、鼻歌交じりに応接室を飛び出す。

「なんというか……閣下の歌声は独創的ですな」

「素直に音痴と仰ってくださって結構ですよ。私も幼い頃は、母の子守唄によくうなされました」

レティは呆れた様子で、ジェーンの背中を見守っていた。本当に、学問以外はからきしダメな人だ……と謙遜する。リチャードはそれを聞き、快活そうに笑った。

「しかし、閣下はお嬢さんのことを、本当に大切に思われているのですな。初めて会った時とは比べ物にならないくらい、閣下は明るくなられました」

リチャードは懐かしむように、ふと呟いた。レティはその言葉に、驚いたような反応を示す。

「母にも、暗い時期があったのですか!?」

「ありました、ありました。15年ほど前になるでしょうか、閣下は行方不明になったご友人を追っていて、警察署によく出向いていたのです」

リチャードの言葉に、レティは持てる知識を活用し、考察をしてみた。

「15年前……前国王陛下が崩御された頃ですね」

「そうです。閣下はヴィクトール前国王陛下と親密にされていて、ラトヴィッジ現陛下が戴冠なさると、急速にその地位を落とされました。そのことも相まってか、閣下はいつも、物憂げな顔をされていました」

でも……とリチャードは言葉を続ける。

「教会から貴女を引き取った頃から、閣下は笑顔でいることが増えました。まるで、若返ったように元気になられて……」

「それで今の奇行に至るんですね。こんなことなら若返らないで欲しかったです」

レティがため息をつくと、リチャードはまた笑った。昔話に花を咲かせていると、廊下から呪詛のように下手くそなジェーンの鼻歌が聞こえてきた。用意が整ったようである。

「お手数をおかけしますが、お嬢さん、今回もよろしくお願いします」

「……仕方ないですね!」



〜レティのメモ〜

被害者:アルバート・テヴァルー(45)
ヘレフォード子爵。テヴァルー家の別荘で食事中、毒殺された模様。

容疑者:アリス・スコット(28)
テヴァルー家の女中。事件当時、給仕をしていた。貴族ではない。

ヘンリー・テヴァルー(47)
今回の依頼者。エセックス伯爵。アルバートの兄。依頼をした理由は謎。

・事件現場は、テヴァルー家別荘。バースという街にある。
・バースは滋養都市。温泉が有名♪