ダーク・ファンタジー小説

Re: カラミティ伯爵の事件簿 ( No.5 )
日時: 2017/08/28 20:01
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

ジェーンとレティが通されたのは、ハワード邸の応接室だった。奥の席に座らされているのは、この家の若き執事ダミアン・ウォルシュ。その美しく整った顔を上げると、こちらに気がつき、立ち上がって一礼する。

「こんな時間までお疲れ様です、ジェンキンス伯爵閣下」

「かしこまらずとも結構ですぞ、ウォルシュ殿。座って話を聞かせていただきましょう」

ジェーンは部屋に入り、手前側のソファに腰掛ける。次にレティが座り、その後ダミアンも腰掛けた。貴族よりも先に座るなどという愚を犯さないほどには、彼には良識があるらしい。

「さて、まずは時系列に沿って話を聞きましょう。まず、あなたが事件を発見する直前、あなたはどこにおりましたかな?」

ジェーンが尋問を始めると、レティは横で手帳を広げた。ダミアンの表情を伺いながら、隣でメモをとる。

「はい。私はその時、台所におりました。庭でティータイムの片付けをしてから、屋敷に戻って食器を洗っていたところで、坊っちゃまの悲鳴が聞こえたのです」

ジェーンは「ふむ」と呟く。

「ティータイム……確か、通報があったのは16時過ぎと聞いておりますな。それにしては、やや時間が経ち過ぎてはおりませぬか?通報は事件後すぐに?」

ジェーンが問いかける。それほどティータイムが長引いたのだろうか。

「はい。事件が発覚してすぐに通報いたしました。片付けが長引いたのは……飽きてしまわれたお嬢様と坊っちゃまは、先に自室に戻られました。その後、奥様と談笑をしている間に、時間が経ってしまったのでしょう……」

ダミアンは、思い出しながら話す。

「談笑……会話の内容などは覚えてますか?」

横から、レティが問いかけた。突然レティが口を開いたので、ダミアンは驚いた顔をしている。

「え?……すみません、そこまでは……」

ダミアンは、頭をかきながら言葉を濁した。それは単に覚えていないだけか、話したくないのかは分からない。

「その後、奥様も屋敷に戻られました。庭の片付けが終わると、私も屋敷に戻りました。その時の時刻は、時計の長針が12にかかるくらいだったと思います」

「その数分後、アレクサンダー殿の悲鳴が聞こえた……と」

ダミアンは無言で頷く。

「……その時、アレクサンダー殿は何と叫ばれていましたかな?」

「え?」

ダミアンは呆けたような声を上げた。レティも隣で、なぜそんなことを聞くのか、ジェーンの真意を測りあぐねている。

「確か……『お母様、やめて!』……と」

「そうですか。ありがとうございます」

ジェーンは1人納得したように頷くと、質問を変えた。

「……では次に、ハワード家の方々のお話を聞かせていただいてもよろしいですかな?まずは……エリザベス嬢のことから」

すると、ダミアンは少し顔を伏せた。

「はい。お嬢様は、とても明るく可愛らしい方で、ハワード家の太陽のような存在でした……私にはまだ伴侶すら居ませんが、それでも我が子のように慈しみ、お仕えしておりました」

エリザベスの死は、彼にとっても受け入れがたいことだったらしい。ダミアンは残念そうな顔をしている。

「最近は学校にも御入学され、使用人たちも喜んでおりましたのに……」

「学校……失礼、エリザベス嬢の成績の方は?」

ジェーンが問いかけると、ダミアンはやや言いにくそうにしている。そして、申し訳なさそうに口を開いた。

「お嬢様は……お勉強よりも、外で遊ぶ方がお好きなようで……その……」

「なるほど」

これ以上聞いては、彼は自らの主人を貶めることになる。そこに配慮したジェーンは、話を切らせた。

「では……アレクサンダー殿については?」

次に、被害者の兄について問いかける。

「坊っちゃまは、お嬢様とは対照的に、内向的でお屋敷内にいらっしゃることが多いですね。お勉強の方も優秀で、奥様も鼻が高いと褒めてらっしゃいました」

レティがメモを取っていると、ダミアンは「ただ……」と言葉を続ける。

「坊っちゃまは人見知りが激しく、社交界にお出になるのが苦手なようです。旦那様はよく、それを気にされていて……」

ダミアンは、また言葉を切る。あまり、主人のマイナスになるイメージは話したくないらしい。ジェーンとレティも、最初のアレクサンダーの印象を思い出した。確かに、人に揉まれるのは苦手そうである。

「なるほど……では、カーライル伯のことをお尋ねしても良いですかな?」

「はい、もちろん。旦那様は名門ハワード家の名に恥じぬ、立派な方です。いつも激務に励まれて、なかなか帰られることはありませんが……今日のように、ご家族に何かあれば、すぐに飛んで来られる、とても家族思いな方です」

顔を輝かせて話すダミアン。その表情に偽りは無いだろう。この青年は、レオナルドのことを、心から敬愛しているらしい。

「カーライル伯とは、私も公務で何度か……実に勤勉な方でいらっしゃいましたな」

「はい。そのため、お勉強が苦手なお嬢様を、度々叱ることがありましたが……」

そこでダミアンは「ふふっ」と声を漏らす。

「やはり、娘様が可愛いのでしょうね。今でもよく、お嬢様をお膝にお抱えになって、お話ししておられました」

ダミアンの笑顔に、少し曇りがかかる。亡きエリザベスを懐古しているのだろうか。

レオナルドの狂乱ぶりから、その内容は嘘でないことが伺える。ジェーンは頷くと、最後の質問に入った。

「では最後に……ハリエット夫人については?」

ダミアンは、また少し目を伏せた。

「奥様は、とても優しい方です。私も、16の頃からお仕えしておりますが、使用人たちにも優しく接してくださいました。とても、あんな恐ろしいことがお出来になるとは思えません!」

ダミアンは珍しく、そこは強く言い切った。

「なるほど。そういえばウォルシュさん、あなたは随分と若いですが、いつから執事の仕事を?」

何か引っかかる所があったのか、レティが問う。ダミアンは天井を見上げながら答えた。

「4年前でしょうか?前任者が亡くなり、坊っちゃま達の遊び相手を勤めていた私を、奥様が執事に推薦してくださったのです」

「そうですか……」

レティはそう言うと、満足そうな顔をした。

「以上ですかな?」

隣からリチャードが問いかける。ジェーンは「そうですな」と答え、立ち上がろうとした。その時、ふと何か思い出したように、ダミアンの方を見る。

「そういえば、事件を目撃した時、ハリエット夫人は凶器を手にしていたといっていましたな?」

「はい……」

ダミアンは怪訝な顔をする。

「その時と今で、エリザベス嬢に何か変わったところは?」

「いえ、特には……」

「ロープなど、見ておりませんかな?」

その言葉に、一同は目を細める。しかし、ダミアンは狼狽えることなく

「私は見ておりませんが……」

と答えただけだった。

「よろしい。本日はカーライル伯にあいさつを申し上げましたら、おいとまいたしましょう。ご協力、感謝いたしますぞ、ウォルシュ殿」

「こちらこそ、ありがとうございました」

ジェーン達が席を立つと、ダミアンも立ち上がる。そして、直立不動のまま、2人を見送った。



***



「伯爵様、ダミアンさんがエリザベスちゃんを殺したのでは無いでしょうか?」

部屋を出るなり、レティが言った。ジェーンは目を細め、レティの方を振り向く。

「……よろしい。君の推理を話したまえ」

ジェーンは興味深そうに、レティに話すよう促した。レティは得意そうに語り始める。

「まず、犯人が男性であることは、先ほど話した通りです。それで、ダミアンさんが犯した罪を、ハリエット夫人が被っている」

「……何故、夫人がウォルシュ氏を庇うのだね?」

レティは、口調を強めて言った。

「愛人だからですよ!ダミアンさんは、ハリエット夫人との会話内容を明かしませんでしたし、カーライル伯が家にあまり帰らないとも言っていました。執事にも、ハリエット夫人の推薦があってなれたんですよ。そうとしか、考えられません!」

ジェーンは「なるほど」と呟く。

「では……第一発見者のアレクサンダー殿の証言はどうなるのかね?」

「アレクサンダー君は、あの性格です。きっと、夫人とダミアンさんに丸め込まれて、3人で口裏を合わせているんですよ!」

リチャードは、その推理を隣で聞いていた。一理あると頷きながら、2人と歩調を合わせて廊下を進む。

「ハリエット夫人は、あの若い執事を愛し、それゆえ庇っている……と」

「そうです。あんな格好いい人だったら……」

「つまり……君はああいう伴侶がいいのかね?」

「……は?」

見当違いのジェーンの返しに、レティやリチャードも含め、その場にいた全員が目を丸くする。

「いやぁ実を言うとね、アーガイル公爵のご子息から君に縁談があったのだよ。しかしそのご子息というのが、魚とラクダを足して2で割ったような顔つきでね。さすがに君が不憫だと思い、断ったのだが……なるほど、私の判断は賢明だったようだ」

「今は私の縁談なんて、どうでもいいでしょう!あと、アーガイル公とそのご子息に、全力で謝ってください」

ケラケラ笑うジェーンの隣で、レティは顔を真っ赤にして怒っていた。そんな会話をしていると、前方から人影が現れる。この家の主人レオナルドだ。

「こんな時間まで、いたみいります、ジェンキンス伯。ハリエットは……妻はどうなるのでしょう?」

「何とも言えませんな……明日、また調査に来ます」

ジェーンの返しに、レオナルドは今にも倒れそうな顔をしている。よほど妻のことが心配なのだろう。

「つきましては、カーライル伯。本日は、使用人も含め、全員客室でお眠りになってくださいませんか?犯人に証拠を隠蔽されては困りますので……」

ジェーンが申し出ると、レオナルドはかっと顔を上げる。

「私たちに、使用人と同じ部屋で夜を明かせと申されるか、ジェンキンス伯!」

心労も相まって、いつも以上に感情の起伏が激しいようである。ジェーンはそんなレオナルドに近づくと

「さすれば、ご夫人の無実が証明出来るやもしれませんぞ?」

と、甘い言葉をささやいた。レオナルドはやはり拒絶感があるようだが、渋々承諾する。そんな彼の様子に満足すると、ジェーンはハワード邸を後にした。



〜レティのメモ〜

〈ダミアンの証言〉
15:00〜ティータイム

エリザベスとアレクサンダーが、先に屋敷に帰る

ハリエットと談笑

ハリエットが屋敷に帰る。片付け開始。

16:00ダミアンが屋敷に帰る。台所へ。

アレクサンダーの悲鳴で、事件発覚。すぐに通報。


・エリザベスは、ダミアンが部屋に来た時にはあの状態だった。
・ダミアンは、ロープを見ていない。

〈ダミアン視点では……〉
・エリザベスは活発な性格。勉強が苦手で、よく怒られる。
・アレクサンダーは内向的。勉強は好きだが、気が弱そう。
・レオナルドは、仕事で忙しい。家族思い。
・ハリエットは優しい。執事に推薦してくれた。

ヒントは出て来ています。ブラフにはお気をつけて!

Re: カラミティ伯爵の事件簿 ( No.6 )
日時: 2017/08/30 07:40
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

捜査2日目

カラカラカラ……と車輪の回る音がする。蹄の音が聞こえてからしばらくすると、ハワード邸の呼び鈴が鳴る。ジェーン達を出迎えたのは、屋敷で当直していたリチャード警部だ。

「おはようございます、閣下。今日もどうぞ、よろしくお願いします」

「おはようございますですぞ、警部!昨夜、怪しい行動をとった方はおりましたかな?」

「いえ。昨夜は、お手洗いに行かれた方以外は、一歩も客室を出ておりません」

「よろしい!」

ジェーンはホールに入ると、螺旋階段を登る。

「ご夫妻の様子はどうです?話ができそうですか?」

ジェーンの後をついていきながら、レティがリチャードに問いかけた。

「はい。お二人とも、昨日よりは落ち着いておられます。カーライル伯閣下も、今日はお休みをとられているようです」

「休み……アレクサンダー殿の学校はどうですかな?」

今度はジェーンが問いかけた。

「今日は休校日だそうです」

リチャードが答える。ジェーンが窓の外を見下ろせば、外ではしゃぎ回る近所の子供達の姿が見えた。

「よろしい!まずはアレクサンダー殿の話を聞きたいですな!」

「それが……」

リチャードが少し、言葉を濁した。

「アレクサンダー殿はハリエット夫人のことを心配されて、昨日から夫人からお離れになりません。アレクサンダー殿もあの性格ですし、1人でお話しするのは、かなり難しいかと……」

レティの目が怪しく光る。

(やっぱり、夫人が囲っているのでは……?)

ジェーンはステッキで肩をポンポンと叩く。何かを考えていたようだ。

「なるほど……では、お2人の話を一緒に聞くことにいたしましょう」

「了解しました、閣下」



***



ガチャっと音を立てて、ドアが開かれる。通された部屋は客室だった。ハワード一家が、昨夜寝泊まりした部屋だ。部屋の椅子には、ハリエットが座っており、隣にはアレクサンダーが寄り添っている。

リチャードは、ジェーン達を座らせるための椅子が無いことに気がついた。廊下に控えている部下を呼び寄せる。

「誰か!閣下とお嬢さんに椅子を……」

「構いませんぞ、警部。話はすぐに済みますゆえ」

ジェーンはリチャードの申し出を断ると、ハリエットに近寄る。

「ご機嫌いかがですかな、夫人。一晩休んで、疲れはとれましたかな?」

「……ええ」

ハリエットは、覇気のない声で答えた。ジェーンとは目を合わせず、どこかを見つめている。アレクサンダーは、訝しげにジェーン達を睨んでいた。

「さて……夫人にもいくつか確認したいことがありましてな。お話を伺っても?」

「……どうぞ」

ハリエットはボソリと答えた。レティは隣で手帳を取り出す。

「まず、夫人は犯行を全面的に認めているということですが……動機は何ですかな?」

ジェーンが問いかけると、ハリエットは少し間を置いてから答えた。

「ベス……娘は、学校の成績が不振でして、しつけのつもりで最初は怒っていました。あの子があまりにも反抗するので、気がつけば文鎮をとって……」

ハリエットは抑揚のない声で答える。レティはメモを見返しながら、ハリエットとダミアンの証言に繋がりがあることを確認する。

「犯行に及んだ時刻は……覚えてますか?」

今度はレティが問いかけた。

「正確には分かりませんが……ティーパーティーから帰ってきてすぐだと思います」

「失礼、その時、アレクサンダー殿は?」

ジェーンは、アレクサンダーの方を見ながら問いかけた。突然話しかけられたアレクサンダーは、身体をびくりと震わせる。何かを言おうとするが……

「あ……え……僕は……」

「サーシャ……この子は、自分の部屋で勉強をしておりましたわ」

吃音気味で話せないのか、ハリエットが答える。レティはその様子に、少し不審感を覚えた。

「なるほど……ところで夫人、現場のエリザベス嬢の身体は、犯人と争った形跡もなく、随分綺麗な様子でしたが……あれはあなたが?」

ハリエットの身体が、わずかに震えた。

「え……えぇ」

「失礼ですが、理由をお尋ねしても?」

レティが問いかけると、ハリエットは下唇を噛んだ。

「……殺してしまった後、急にあの子が可哀想に思えてきて、せめて身なりだけでも……と」

「それは、ダミアンさんが駆けつける前に?」

「はい……」

ハリエットの声は、後半にいくに従って、どんどん小さくなっていった。ジェーンは「ふむ」とつぶやき、もう一つ質問を投げかける。

「では……ロープはどこに隠されたのですかな?」

すると、今までこちらを見ようともしなかったハリエットが、ジェーンの目を見る。

「ロープ……?」

「エリザベス嬢を縛り上げていたロープです。先ほどから我々も探しておりますが見つかりません」

リチャードが付け加えるように言うと……

「……知りません」

ハリエットは再び目をそらし、強い口調で言った。

「知らない……とは?」

「知りません!私は、ベスを縛り上げてなんかいない!」

今までとは別人のように、ハリエットは大きな声を上げた。

「しかし、エリザベスさんの腕には痣がありましたし、エリザベスさんが拘束されてないとすれば、文鎮を取りにいく隙に逃げられてしまうでしょう?」

レティが聞くと、ハリエットは動揺が顕著になってきた。

「っ……ベスの手は、私が押さえつけていました。ベッドから逃げ出そうとしても、すぐに引き戻しました。私が嘘をついているって言うんですか!?」

ハリエットの声は甲高く、明らかに冷静さを欠いていた。

「でも……」

「話は済んだでしょう?もう出て行ってください!!」

ハリエットは、両手で顔を覆いながら叫ぶ。母親の狂乱ぶりに、アレクサンダーは戸惑いながらハリエットを見つめていた。

「やれやれ……もう話は聞けそうに無いですな」

ジェーンはかぶりを振ると、部屋を出て行った。レティはその後を追いながら、いきなり豹変したハリエットを、心配そうに見つめていた。



〜レティのメモ〜

〈ハリエットの証言〉
・犯行に及んだのは、ハリエットが屋敷に戻ってからすぐ。
・動機は、エリザベスの成績不振。しつけのつもりが、エスカレートして殺害。
・犯行時、アレクサンダーは自分の部屋で勉強していた。
・エリザベスの身なりを整えたのは、殺害後〜ダミアンに発見されるまで。
・ハリエットは、犯行にロープを使用していない。腕の痣は、ハリエットが強く掴んだから。

さあ、分かってきましたか?次話で、大ヒントが出てきますよ!

Re: カラミティ伯爵の事件簿 ( No.7 )
日時: 2017/08/30 07:50
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

ハリエットに追い出され、廊下を歩いていると、レオナルドがちょうどこちらに向かっていた。

「ジェンキンス伯!今、妻の声が聞こえたようですが……」

ジェーンは、肩をすくめた。

「いやはや面目無い……夫人の気に触る質問をしてしまったようですな」

レオナルドの眼光が鋭くなる。妻の身を案じているのだろう。

「す……すみません!私たちは当初、犯行にロープが使われたと思ったのですが、それを夫人に強く否定されてしまって……」

「……なるほど。妻も神経質になっていたのでしょう。こちらこそ申し訳ありません、レディ」

レティがジェーンを庇うように出ると、レオナルドはまた優しい顔つきに戻った。

「……奥様のこと、大切になさっているんですね」

レティが言うと、レオナルドは照れたように笑う。

「実は、私たちは恋愛結婚でしてね……少しお話を聞いてくださいますか、レディ?」

先ほどとは打って変わり、レオナルドは穏やかに話し出す。レティは、コクコクと頷いた。

「ハリエットとは、母方の従兄妹なのです。子供の頃からよく知っていて……当初、ハリエットには他の男から縁談が有ったのですが、それを聞いたらいても立ってもいられず、すぐに求婚しました」

レオナルドは自嘲気味に笑った。

「結婚して、アレクサンダーが生まれた時は、本当に嬉しかった。その後、エリザベスも生まれて……とても幸福でした」

レオナルドの声が震える。娘の死を、本当に悼んでいるのだろう。心中を察したレティが、そっと声をかける。

「私はまだ結婚なんて考えて無いですし、伯爵様も独身でいらっしゃいますけど……ご家族を本当に大切に思われている、カーライル伯のお気持ちは分かります」

そして、レオナルドの手を取って、きっぱりと言った。

「事件はきっと解決してみせます!だから伯も、お気持ちを強く持って……」

「レディ……」

レオナルドは、レティの行動に驚いた様子だ。だがすぐに笑顔を浮かべる。

「こんないたいけなレディに心配を掛けるとは、紳士の恥ですね……どうもありがとう、お優しいお嬢さん」

「いいんです!遠慮なく頼ってください!」

そんな会話をしていると、リチャードが「あの……」と横から声をかけた。

「お嬢さん……ジェンキンス伯閣下は、どこかに向かわれたようですが……」

そこで、レティもようやく気がつく。レオナルドの話を聞いているうちに、ジェーンの姿が消えていた。

「あの人……一体どこへ?」

「あちらではありませんか?」

レオナルドが窓を指差した。窓の外では、近所の子供たちが縄跳びをして遊んでいる……そこにしれっと紛れ込んでいる、ジェーン。

「あんの人は……っ!!」

レティは、額に青い血管が浮き出るほど怒っていた。こちらが真面目に話を聞いているうちに、ジェーンは何をやっているのか。

「……伯、失礼いたしました。少し、灸を据えて参ります」

レティは、鬼のような形相でジェーンを追いかける。後に残されたレオナルドとリチャードは、呆然とその背中を見送っていた。



***



道行く人々の視線が、ある一点に集中する。そこには、いい大人が10代の小娘に引きずられている姿がある。

「全くあなたって人は……生ゴミでオブジェ作ったり、勝手に依頼引き受けたり、依頼そっちのけで子供と遊んだり!」

「うう……痛いのである。何も、あんなに叩かなくても……」

ジェーンは頭をさすっていた。先ほど、レティからゲンコツを落とされたのだ。手加減なしにくり出された一撃は、今もズキズキと痛む。

「ちゃんと調べてくださいよ、伯爵様!カーライル伯がどんなに奥様を気にかけてらっしゃるか……」

「……謎なら解けているのだ」

「え……」

ジェーンの言葉に、レティは振り返る。ジェーンは、さも当然といった様子だ。そこに、ハワード邸からリチャードが迎えに来る。

「閣下!ちゃんと見つかったのですな!」

「謎が解けているって……だったらどうして、何も言ってくれないんですか!?」

レティは大声で怒鳴った。リチャードは隣で、驚いた顔をしている。

「解決したのですか、閣下!でしたら、すぐに……」

「決定的な証拠に欠けるのですよ。それが無ければ、私の推理はただの憶測です……」

リチャードの言葉を切って、ジェーンが言う。

「証拠……では、それさえ見つかれば?」

「左様。場所の検討もついておりますぞ。しかし、それが簡単には入り込めそうも無い所でしてな……」

ジェーンは何やら考えながら、ステッキで肩をポンポンと叩く。すると、何か思いついたようだ。

「警部!一つ頼まれてくれますかな?」

ジェーンは笑みを浮かべ、リチャードに何やら耳打ちをする。レティは取り残され、1人何も分からずにいた。

「……しかし、それは夫人が止めるのでは?」

「私が目を引きましょうぞ」

ジェーンは、ハワード邸に入ると、大きな声で皆に告げた。

「諸卿!エリザベス嬢の部屋にお集まりください。事件が解決いたしましたぞ!」




ヒントには気がつきましたか?それさえ分かれば、真実はすぐそこです。次話で犯人が明らかになる……予定。

Re: カラミティ伯爵の事件簿 ( No.8 )
日時: 2017/08/30 19:02
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

ハワード邸で起こった、カーライル伯爵令嬢殴殺事件。その関係者達は、事件現場・エリザベスの部屋に集められた。

「さて、諸卿。今回の事件、このジェンキンス伯・ジェーンが解き明かしましょう。ではまず、犯行の手口について……」

ジェーンはベットに近づき、エリザベスの服の袖をまくった。そこには昨日と同じように、赤黒い痣がある。

「ジェンキンス伯……これは?」

問いかけたのは、レオナルドだ。

「我々はこの痣を見て、エリザベス嬢は犯行当時、このベッドに縛り付けられていたと判断しました……」

「違います!私はそんなことしていません!」

ジェーンの言葉に、すかさず反論を入れたのは、ハリエットだった。

「それはそうでしょうなぁ……確か、ウォルシュ氏の証言では、アレクサンダー殿の悲鳴は『お母様、やめて!』と言っていた……」

チラリとダミアンに目をやると、ダミアンは黙って頷いた。

「『やめて』と言うことは、その時までハリエット夫人はエリザベス嬢を殴りつけていた。それではロープを隠す暇などありますまい」

ジェーンの言葉に、一同は納得する。

「でも伯爵様、それでは夫人が言っていることは正しいということです。夫人が犯人になってしまいます……」

「ではこう考えましょう。夫人がもし、犯人でなければ?」

ジェーンはベッドから離れ、ハリエットの方へ歩み寄る。

「私は、最初からあなたのことは捜査対象から外していた。それはあなたが女性だから……エリザベス嬢の身体には、性的暴行を受けた形跡があったからです」

ジェーンの言葉で、何も知らない一同からどよめきが上がる。そして、その疑いの目はある人物に集中する。それは、男性でこの部屋に入ることが出来る、唯一の使用人……

「ダミアン……貴様、まさか!?」

「誤解です、旦那様!私は……」

「待たれよ、カーライル伯!ウォルシュ氏も犯人ではありません」

ダミアンに掴みかかろうとするレオナルドを、ジェーンは持っていたステッキで制する。

「伯爵様!?なんでそんなことが言い切れるんです!?」

予想が大きく外れたレティは、ジェーンに問いかける。するとジェーンはベッドに近づき、寝台ランプを取ってくる。

「このランプを見た時、私は男性の使用人は全て、捜査対象から外しました。ウォルシュ氏、これを持ってくださいますかな?」

ダミアンは、ジェーンから寝台ランプを受け取る。それは、彼の手に充分収まる大きさだ。

「ウォルシュ氏が犯人であるとすると、机の上にある文鎮を、わざわざ取りに行くのは不自然です。何せ、すぐそこに凶器となり得る物があるのですから」

ジェーンは寝台ランプを預かると、再び元の場所に戻した。

「現に犯人は、小さな文鎮で、何度も何度もエリザベス嬢の頭部を殴っている。ランプを使えば、ここまでの苦労はしなかったはず……力の強い男性では、この犯行は不自然なのです」

ジェーンが言うと、レオナルドが怒った様子で立ち上がる。

「女性も犯人ではない、男性も犯人ではない……それでは、容疑者が居なくなってしまうではありませんか!」

ジェーンは人差し指を口に当てた。レオナルドはその動作を見て、意義を唱えるのをやめる。

「容疑者なら、まだ残っておりますぞ。そのために次に考えるべきは、夫人が罪をかぶる理由と、消えたロープの謎……」

ジェーンが言うと、ハリエットの顔が青ざめる。

「庇う理由は分かっております……レティ、君の言う通り、それは犯人に対する深い愛がゆえだ」

レティの推理の一部はあっていたらしい。ジェーンは賞賛の言葉を贈る。しかしレティは、ダミアンが容疑者から外れたことで、まだ分かっていない様子だ。

「そしてロープ……夫人がその存在を隠したかったのは、それが真犯人を指し示す、決定的な証拠になってしまうからですな?」

ジェーンが問いかけると、ハリエットは頭を抱えてその場にうずくまった。ジェーンは、真犯人が誰かを知ってしまった。そのことに、深く絶望しているようだ。するとそこに……

「閣下!言われた通り、隣の寝室にありました!お探しのロープです!」

リチャードが何かを手に、エリザベスの部屋に入ってきた。それを見て、一同は真犯人の正体に気がつく。

「さあ、諸卿!もうお分かりでしょう。この事件、エリザベス嬢を辱しめ、殴り殺し、その罪を夫人に負わせた真犯人……」

ジェーンはその人物を指差した。

「それは貴方ですね……アレクサンダー殿」

リチャードが持って来た、真犯人を指し示す証拠、それは……

血のついた縄跳びだった。