ダーク・ファンタジー小説

Re: アビスの流れ星 ( No.1 )
日時: 2017/08/28 06:55
名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: fuzJqlrW)




 私には記憶がない。
 正確には、ある時を境に、それ以前の記憶が全くないのだ。記憶喪失というやつらしいのだけれど、原因はまだ分かっていない。
 保護された時も目立った外傷はなく、脳の内部にも異常が見当たらなかったのだという。
 そんな私が記憶の海を掘り返していくと、いつも一番最後に辿り着く景色。つまり最初の記憶は——。

 ——辺り一帯を埋め尽くす瓦礫に、累々と折り重なる死体の山、山、山。
 それからミッドナイトブルーの夜に硝子の粉を振り撒いたような夜空。
 そして、そこに真っ黒な穴を穿いたように輝く漆黒の巨星。







 一見、青いバイザーと白銀のヘッドフォンに見えるそれを装着する。
 私は全身に黒地のインナー、その上からヘッドフォンと同じ銀色の、スマートな甲冑を纏っていた。それらは両手足と胸元に装着する程度の、極めて軽度なものである。
 武器もまたシルバーの銃と二本のサーベルだけで、全体的に機動性を重視した作りだ。

「こちらフミヤ。出撃準備整いました」

 インカムに囁く。
 大きなプロペラ音を鳴らして滞空するヘリコプター内には、私の他に四名の仲間が居た。
 仲間たちの視線を交互に見渡す。彼らも私と同じように黒地のインナー、白銀の甲冑、青いバイザーに身を包んで、それぞれの武器を携帯していた。
 彼らと私を含めた5人が『日本支部第一部隊』の隊員である。

「出撃せよ!」

 ヘッドフォンの奥から飛ばされた指令を合図に、私たちは続々とヘリコプターから身を乗り出して、跳ぶ。
 ヘリコプターが留まっていたのは若干傾いた廃ビルの真上であった。もっとも、見渡す限りどれも廃墟か瓦礫かであるのだけれど。
 生身の人間ならば、きっと無様な蛙のようにビルの屋上へ叩き付けられて死んでしまうだろう。しかし私たちは怪我ひとつ負わず次から次へと軽やかに、傾斜したビルの屋上へ降り立つ。
 それから息つく間もなく、散開して駆け出す。
 隊長は私と一緒に正面へ、アルベルトさんは左へ、マツヤマさんとミズハラさんは右へ。
 立ち並ぶ廃墟、駆ける仲間の背、一面の青空、そして蒼穹に浮かぶ真っ黒で大きな星。そろそろこの景色にも慣れてきた。
 視線の先には、灰色と黒に包まれた大きな化け物。

「ターゲット捕捉! 攻撃を開始します!」

 ——記憶の一切を失い、保護されていた私が聞いた話はこうだ——。

 私は腰に提げた二本のサーベルを抜き、逆手に持つ。
 すぐ前を走る隊長も左手に銃を、右手にサーベルを掴み、他の三人も各々の武器を構え真っすぐに標的へと。
 ビルからビルへと跳んで疾走を続ける。

 ——昼夜を問わず、黒い星が空に浮かぶようになったのは数十年前のこと——。

 毎度のことながら、標的の外見は簡単に表現しにくい。
 今回の標的は、大きな目玉がひとつぎょろりとのぞいたタコをそのまま頭にくっつけた四足歩行の生物のような見た目であった。
 向こうもビルの屋上から屋上へと飛び移っていたのだが、こちらに気付くと、鳴き声と思しき不快な高音を発した。

 ——黒い星、通称『アビス』の出現と共に、世界各地では正体不明の化け物が出没するようになったという——。

 最初に仕掛けたのはアルベルトさんだった。
 彼は急に立ち止まり片膝をついて、持っていた大きな銀色のライフルを構える。
 そしてすぐに、爆音じみた銃声。
 銃声は一度では終わらず二度三度と連続して、化け物……通称『レイダー』に炸裂する。

 ——世界各地に現れた化け物、レイダーは破壊と殺戮を繰り返し、繁栄の絶頂にあった人類の文明を容易くひっくり返した——。

 標的であるレイダーは頭部に爆撃を複数回受け、その巨体をよろめかせる。
 絶好のチャンス。その一瞬を隊長は逃さず、不安定になったレイダーの足元に銃で弾丸を叩き込む。
 右側から回り込んでいたマツヤマさんとミズハラさんの二人が、倒れる寸前の脚にそれぞれサーベルで斬り込む。

 ——生き残った人類は、各地のシェルターに籠って寿命を待つ他ないかと思われた——。

 標的は更なる絶叫を上げる。そして案の定身体のバランスを狂わせ、屋上の端から足を滑らせ落下しようとする。
 それを見て私は、走る速度を更に速める。
 仲間たちを追い抜いて、一直線に標的の元へ飛び込む。

 ——しかしシェルターの外へ出て、奇跡的にも帰還したごく僅かな人間たちは、とある対抗手段を生み出す——。

 標的と共に、ビルとビルの間を落下して行く。
 逆手に持った両手のサーベルを振りかぶり、落ちながらも深く息を吸う。
 狙うは頭部、失敗は許されない。

 ——それはレイダー共の死骸を使い、防具及び武器を精製し、それらを用いて正面から戦うことであった——。

 一瞬小さく息を吐き、両の腕を全力で振り抜く。
 標的の接地と共に繰り出された一閃は、そのタコのような巨大な頭部を目玉ごと豪快に引き裂いた。

 レイダーの耳障りな断末魔は途切れ、それが明確にその化け物の絶命を意味していた。
 巨体が瓦礫に落ちる鈍重な音と雑多なものが崩れ落ちる音。
 私はその巨体の上に、難なく着地した。
 このレイダーが活動を停止したことを確認し、私は空を見上げる。
 流れていくような薄い雲が浮かぶ空の真ん中に、相変わらずアビスは居座っていた。

 ——そして、それらの兵装を用いてレイダーに対抗する軍団。人は彼らを『クラヴィス』と呼ぶ——。