ダーク・ファンタジー小説
- Re: アビスの流れ星 ( No.10 )
- 日時: 2017/09/03 08:40
- 名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: fuzJqlrW)
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砲撃のように凄絶な音。
タコ頭のレイダーのうなじからサーベルを掴んだ腕が飛び出す。腕はレイダーの体液にまみれていた。レイダーが耳を覆うほどの絶叫を上げる。
2本目のサーベルがうなじから突き出た。力任せにレイダーの背と後頭部を引き裂く。
切り開かれたところから人影。シドウ大佐だった。
断末魔をあげ崩れ落ちるレイダー。その頭部がひとりでに落ちる。かに見えた。しかしそれは間違いである。
そのまんま見た目がタコになった頭部は、逃げるようにこちらへ這いずり始めたのだ。
その瞬間に私は悟る。どうりで前回、私が頭部を潰してもレイダーは生きていたはずである。身体と頭で別の個体だったのだから。
考えている内に、這いずるタコ型のレイダーは絶命する。
シドウ大佐の投げつけたサーベルが、その後頭部に突き刺さっていた。
「まず2匹」
彼はそれだけ言って、首元を無残に切り裂かれた四足歩行のレイダーの上に立ったまま、辺りを見渡す——。
——そしていきなり、背後に一閃。
突然空間から現れた、鉤爪のついた腕が体液を垂れ流し宙を舞う。
遅れて二足歩行のレイダーが、何も無い虚空から姿を現した。アイカワ隊長を両断したそいつは、片腕を失くし慟哭している。
シドウ大佐が切っ先をレイダーに向けて構えなおす。対してレイダーは、すかさず空気に溶けるように消えた。逃げるつもりなのだろう。
それは全くの無駄であった。体液の色まで消すことは出来ないのか、何も無い空間から黒い液体がぽたぽたと零れ落ちていくからだ。
シドウ大佐は首をひとつ鳴らした。
そして滴の痕が続く方へと。
瓦礫の山を。廃墟の壁を。自由自在に飛び跳ね駆け抜けて。赤い髪が流星のように尾を引いた錯覚を見て、エンドウさんが言っていた、彼の二つ名を思い出す。
「……——真紅の流星」
隻腕となった鉤爪のレイダーは、シドウ大佐の一撃によって腹部から両断されたらしい。再び現れた姿に力はなく、下半身と分かたれた胴体が、絶叫することもなく落ちた。
♪
タコ型のレイダーの死体からサーベルを引き抜いて、瓦礫の山の上に佇むシドウ大佐に駆け寄った。
「エンドウから聞いた報告と、直接その姿を見た事で大方の予想はついた」
彼はこちらを向きもせず語り始める。
「まず四足歩行のレイダーは不死身ではなく、2体の別種のレイダーが共生していること」
四足歩行のレイダーはタコ型のレイダーを盾として使い、タコ型のレイダーは四足歩行のレイダーの機動力を得る。おおかたそんな利害関係だろう、とシドウ大佐は説明した。
だから私が頭部のタコ型のレイダーに致命傷を負わせたところで、四足歩行のレイダーはびくともしない。そして頭のタコ型レイダーを、新しい別の個体と交換してきたから、傷ひとつなかったのだ。
「面倒なので直接口蓋の奥へ入り込み、内側から仕留め、先に機動力を削がせて貰った」
合理的に聞こえるが、実力的にも精神的にも容易く実行できるモノではない。
「2つ目に姿を消すレイダーだが、おそらく自身の反応すら消すことが出来るのだろう」
それを生かしての奇襲を好む性質であると踏んだのだと、彼は言う。
「十中八九は、背後から襲い掛かってくるだろうと予想していた。後は音や風の流れに、方向とタイミングさえ判れば迎撃は容易だ」
より正確に気配を探りたかったため、敢えて二人だけで出撃し、そして私は一切の行動を取らぬよう指示したのだという。
「狙うとすれば、危険性が高く、かつ1体……もとい2体仕留めた直後で油断しているであろう私だと判断した」
それから腕を斬りおとしてしまえばあとは容易い。滴り落ちる体液と、その匂いというマーキングが済んでいるのだから。
それらが彼の作戦の全容であった。
少し流れる沈黙。呆気に取られたままでいる私をようやく一瞥して、シドウ大佐はまた昨日のように溜め息をついた。
「どうせ此処に来るまで、自分が死ぬべきだった、などと考えていたのだろう?」
隙だらけの私に、図星の言葉が突き刺さる。
咄嗟に言い繕うことも、誤魔化すことも出来ないままの私を見て、シドウ大佐はひとつ鼻を鳴らした。
「次は自分を殺すつもりか? だが、考えろ」
彼は言った。お前は今誰に生かされて此処に居るのか、と。
「前の第一部隊の面々は勿論のこと。おそらくその前にも、その前にも。お前には、戦死した仲間たちがいるのだろう?」
シドウ大佐は私を見下ろしたまま、右手に持っているサーベルの切っ先を私に向けた。切れ長で鋭く、深い赤色の瞳は真っ直ぐこちらを見据えている。
「ならば。迷うな。前へ進め。お前は、多くの命の上に生きているのだ」
それを捨てる権利など、お前にありはしない、と。
「これは上官命令だ。生きろ、フミヤ少尉」
不遜な態度で偉そうに、仏頂面で、切っ先を向けたまま、シドウ大佐は私に命令した。
私は私で、気付けば頬を水滴が伝っていて、やがてそれは嗚咽を伴い始めた。
「……ヘリが来るまで少しの時間がある。それまで私は、何も見ていないことにする」