ダーク・ファンタジー小説

Re: アビスの流れ星 ( No.11 )
日時: 2017/09/05 09:42
名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: .cKA7lxF)








「この支部の中を見て回りたい、ですか」

 シドウ大佐との任務を終えた翌日。
 昼ごはんにメンチカツサンドを頬張っていたら、彼から声をかけられた。

「今後の業務に差し支えても困るのでな。このあと時間があるならば、この日本支部内を案内してほしい」

 ということだった。
 元々、新しくその支部に配属される人間は、同じ部隊の人間が支部内を案内するという暗黙の了解のようなものがある。私の場合は、彼が配属された日はそれどころでなかっただけで、今からそれを実行する分には何の問題もない。
 しかし、その前に。

「……いきなりですけど、その左手にぶら下げている巨大な袋は一体……?」
「ん? ああ、これか。菓子類だが?」

 そりゃ見れば解るんですよ大佐。

「そうじゃなくて、どうしてそんなにお菓子を買い込んでるんですか?」
「今日の夜食にするつもりだ。腹が減っては戦は出来ぬと言うからな」

 今日のって言ったこの人。膨れすぎても戦は出来ませんよ、大佐。







「ではまず、ここがエントランスです」
「それは見れば解るぞフミヤ少尉」
「ですよね」

 私は、このクラヴィス日本支部のエントランスの一角にあるベンチに座って軽い昼食をとっていた。

「エントランスの内装はあまりアメリカの本部と変わらんな」
「そうなんですか?」

 私の問い返しに、大佐は頷く。
 ここ旧日本支部のエントランスは、それほど派手な見た目ではない。グレーの床に、硬質な白い壁。構造によるものか一定間隔で壁に縦の細いラインが入っている程度で、装飾らしきものもない。いくつか並んでいるテーブルや椅子も、黒い簡素なものである。
 幾つか自販機は並んでいるけれど、自販機だから目新しさがあるべくもない。
 大きな鉄の扉の入り口の辺りには黒いカウンターがあり、エンドウさんと、彼女と同じオペレーターたちはいつも交代でそこに待機している。

「こうして見ると、もう少し可愛げのあるデザインにしてもよかったのにって思います」
「例えば?」
「ピンクのフリルのカーテン付けたりとか」
「次行くぞ」
「え、あ、ちょ大佐まっ」

 踵を返してすたすたとエレベーターの方へ歩き出した大佐の後を、私は慌てて追った。
 奥にエレベーターに乗るための黒い扉が横に十二個もずらりと並んでいるのは、特徴的かもしれない。







「ここは会議室の階ですね。ご存知の通り、私たち第一部隊の部屋は突き当たりの右側です」

 エントランスと同じ色の床と壁と天井の廊下に、黒い扉が並んでいる。
 会議室は、1部隊に1部屋割り当てられる。室内は中々快適なものであり、通信設備はもちろんのこと、空調設備や冷蔵庫などもデフォルトで完備されている。

「ところで我が第一部隊の会議室は、少々散らかっているようだが」
「うっ」

 おそらく、ここを使っていた前の隊員の私物のことだろう。
 大の音楽好きだったミズハラさんのCD類とか、実は片付けられない女だったマツヤマさんの化粧品及びその他諸々だとか、アルベルトさんの本だとか、アルベルトさんの携帯ゲーム機というもの(実のところ、私はそれが何に使うものなのかは知らないけど、非常に貴重であるらしい)だとか、アルベルトさんのなんだかよくわからない紙の束だとか、アルベルトさんのなんかよくわからない人形だとか、アルベルトさんの何故か女物の派手な服だとか……。

「ほとんどアルベルトさんばっかじゃんッ!!」
「いきなりどうした」
「……なんでもありません」

 前第一部隊で、暗黙のうちにただ一人の片付け係となってしまっていたアイカワ隊長の苦心を今になって知ったのであった。
 アイカワ隊長、毎回ぬいぐるみとか持ち込んですみませんでした。







「この階は食堂ですね」

 エレベーターの扉が開くと、割合広めの空間が広がっていた。多くの長いテーブルと椅子が並んでおり、奥に厨房と繋がっている窓口が見える。あのカウンターから食券で頼んだ料理を受け取るのだ。頼める料理は和・洋・中とさまざまである。
 和、洋、中という料理のおおまかな種類の分け方は、昔、この星の国という概念が明確だった頃の名残りらしい。

「やはり昼飯時だからか人が多いな」
「ここが解放されているのはクラヴィスの隊員だけなんですけどね」

 自分で食事を作ったり食器を洗ったりという手間が省けるため、多くのライブラの隊員はここを利用する。料理自体の味も悪くない、という理由も起因しているのかもしれない。

「そういえば少尉は先程、エントランスで一人で昼食をとっていたようだが、この食堂は使わないのか?」

 シドウ大佐がそう尋ねてきたので、笑顔を作って、人ごみは苦手なんですとだけ言って誤魔化しておいた。
 彼は若干怪訝な顔をしたが、それ以上は追求してこなかった。