ダーク・ファンタジー小説
- Re: アビスの流れ星 ( No.14 )
- 日時: 2017/09/07 20:03
- 名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: fuzJqlrW)
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いつかの支部で目にした、チェスというボードゲームの、ゲーム板の白黒模様が延々と地の果てまで続くように。俺たちを脅かす脅威だというレイダーたちを、毎日カレンダーをめくるように、何の感慨もなくひたすら殺戮し続ける。
それはいったい、なんのために。
別段その化け物たちに個人的な怨嗟があるワケでもなければ、正義感と呼ばれる類の曖昧なものを信仰しているわけでもない。強いて言えば、俺は自分が生きるためにそいつらを殺しているのだろう。
それでは、なんのために生きるのか。
誰かは俺に言った。レイダーを殺すために、俺は生まれてきたのだと。
堂々巡りじゃないか。
そう言い捨ててどこかへ立ち去ろうにも、他の生きる道は途切れて消えていた。
生きるためにはレイダーを殺すという作業を、果てしなく続ける他にないらしい。
ただ一本だけ繋がった、この窮屈でどこまでも続く道の果てまで歩いていけば、いつか本当の答えが見つかるのだろうか。問いかけても返事が来る筈は無く、ただ地平線の果ては、漠然と向こうに在り続けるのだった。
「考え疲れた。寝るか」
両腕を組んで枕の代わりにして、ヘリコプターの椅子に深くもたれかかる。きっと次に目が覚める頃には、次に俺が配属されるという支部に到着していることだろう。
そういえば俺が配属されるという部隊に、気になる名前の奴が一人いたっけか。そう、確か名前は——。
「フミヤ」
その名を呟くと同時に、丸い窓を何か大きな影が横切った。
雲海も近い高度で、たまたま何かに出くわすなどあるものか。脳裏をよぎった嫌な予感に急き立てられて、ヘリの外を見渡す。はたしてそいつはそこに居た。
深山の大樹を思わせる胴体、ひとつひとつが黒曜石を削り出したナイフのように鋭利な鱗、無機質でいて爛々とこちらを穿つ蒼い眼光、そして左右に広げられた漆黒の巨大な翼。
並のレイダーと比べ物にならないプレッシャーを放ちながら、我が玉座と言わんばかりに、白く分厚い雲の覆う天蓋にて怪物が君臨している。
「バハムート……!」
ひとつ大きな羽ばたきが響いた後、俺が乗っているヘリは飛ぶという機能を失った。
♪
アラームのてっぺんを思い切り引っぱたく。心地よい眠りを妨げられたことに対する私の怒りの一撃で、アラームは黙りこくった。
重たいまぶたを薄ら開けると、そこはいつもの部屋だった。決して派手ではないけれど、多少の乙女っぽさはあると信じたい、少々散らかっている……かもしれない私の部屋。
服や下着だとかも、乱雑に放られている。後で片付けておかなきゃなあ、と思いながら大きなあくびをひとつ。ついでに背伸びもする。噛み合わせた指先から、骨の鳴る小気味いい音が聞こえた。
パジャマ姿のままで洗面台の前に立つ。歯を磨きながら、今日こちらに到着する予定だというもうひとりについて考えを巡らせていた。
その人の国籍も日本であるらしい。第一部隊の壊滅を聞いてとんぼ返りしてきたそうだ。
「若くして階級は少佐、公式に数えられている個人でのレイダー討伐数は約8000体」
全ての支部でもダントツでトップの数字だと、シドウ大佐が昨日言っていた。
ちなみに次点が南米支部のエースで6708体、シドウ大佐は次いで3位の6017体であるという。ちなみに私の討伐数は、まだ300体にも満ちていない。
確かに驚くべき数字ではあるけれど、それよりも私の気になることがひとつあった。
半年前に私は文谷地区で、死体の山の上でぼうっと夜空を眺めているところを、1人の少年に保護された。その少年と、今日来るもうひとりの名前が同じであるのだ。
彼は私が保護された直後すぐに別の支部へと出張で行ってしまったが、アイカワ隊長の話に何度か彼の名前が出てきたのを覚えている。アイカワ隊長とその少年は仲が良かったらしい。
その名前は——。
「ふひはひ」
歯を磨いてる最中だったの忘れてた。
誰が見ているわけでもないのに、何故か恥ずかしい気分に襲われながら、マグカップで口を濯ぐ。羞恥を誤魔化すようにわざと大きな音でうがいをしていると、何やら私の端末が鳴っていることに気付いた。
何かと思って見てみると、どうやらシドウ大佐からのメッセージが届いているらしい。まだ集合には少し早いけれど、何だろうと思い着信を読み上げ、そして呆気に取られる。そこには簡潔な文面で、こう書かれていた。
『件のメンバーを乗せているヘリコプターが撃墜された。これに関する対応のため、至急フミヤ少尉は出動準備を整えた上で第一部隊会議室まで集合せよ』