ダーク・ファンタジー小説

Re: アビスの流れ星 ( No.15 )
日時: 2017/09/08 18:22
名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: fuzJqlrW)




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 今日やってくるという、もうひとりを載せたヘリが、撃墜されたと報告が入った。

「一体どういうことなんですか、シドウ大佐!?」

 私は小走りで。シドウ大佐も珍しく早足で廊下を歩いていく。彼は焦りや動揺を臆面に出すこともなくいつもの無表情でいた。だが、前を向いているその眼差しは険しい。

「今しがた伝えた通りだ。彼も載っていたヘリコプターの反応が、ここ日本支部に向かう途中で消え失せた」

 廊下に鳴り響く二人の足音。何の変哲もないそれが余計私の焦燥を強めていく。
 もし今日来るという彼が、私の予想通りあの人だったとしたらどうしよう。そんな不安が私の心の中を塗りつぶしていく。
 しかしどうするべきかは全く思い当たらない。何が出来るかも思いつかない。

「反応が消失する直前で、ヘリコプターの運転手から、バハムートを視認したとの情報も入っている」

 初めて聞く単語だった。バハムートとは何か、とシドウ大佐に問う。彼は歩みを止めて私の方に向き直った。

「この間仕留めた四足歩行のレイダー。あれの三倍ほどデカい奴が空を飛んでいると思え」

 この間の第一部隊壊滅は、まだ被害が少ない方である。
 たとえば何度部隊を送り込んでも討伐が出来ないような個体が出た場合、そのレイダーは本部のお偉いさんによってコードネームが付けられ、全ての支部に警戒するよう連絡が回るのだという。
 バハムートはその一体である、とシドウ大佐は言った。

「コードネームを持っている個体の情報ぐらいは把握しておけ」

 いつものように溜め息をついてから、彼はバハムートの特徴を述べた。書庫にあった、かつて太古に存在していた恐竜なるものの想像図に酷似した巨躯と、背から生えた二枚の、コウモリのような巨大な羽根。
 その名のごとく、竜の姿の弩級レイダー。それがバハムートであるという。

「私がアメリカの本部に赴任する前、そこでは四つの部隊が全滅に追いやられたそうだ」

 シドウ大佐が言い放った情報に、頭から冷たい水をかぶったような気分を味わった。そして、私の中で渦巻く不安がより一層加速する。動揺が自分の中で暴れまわる。

「だが」

 シドウ大佐は一拍置いて、私に告げた。

「ヘリコプターの反応が消えた辺りから、救難信号が出たことが確認された」
「つまり今日の任務は」
「そういうことだ。彼らの救助が目的となる」

 生唾を飲み込んで拳を強く握る。

「バハムートは非常に危険な個体だ。だが、付いて来るか?」
「勿論です」







 救難信号の出ている辺りは、支部からだいぶ離れた場所だった。同じように撃墜される可能性があるといえど、事態は一刻を争うので、私たちはヘリを使って現地まで飛んだ。ただし出来る限りの高度を維持して。
 辿り着いたのは湾岸地域だった。廃墟の群列が開けて、群青色、というか限りなく黒に近いグレーの海が広がっている。
 救難を求める人々は、当然その身を隠すだろう。特にバハムートなんて呼ばれているのがその辺りをうろついているかもしれないなら、尚更だ。もしかしたら捜索は難航するかもしれない。そう思っていた。
 しかし私の予想に反して、彼らの姿は遠くからでも分かった。そして、私は自分の目を疑った——……。

 ……——既に死体となったバハムートの巨躯が転がっていたからだ。

 羽根はまだら模様のように無数の穴を穿たれ、太い首は断面を露わにしている。首から上を失い横たえている巨体の上に、三名の人影が見えた。二人は時折日本支部へと来る、別の支部のヘリコプターの運転手だ。こちらの姿を見つけると、二人は声をあげて私たちに手を振っている。もう一人はこちらに背を向けて、片膝を立てて座り込んでいた。

「シドウ大佐、あれ」
「ああ。どうやら、ついでに回収部隊も呼んでおくべきらしいな」

 シドウ大佐はそんなことを言う。
 彼らヘリの運転手に駆け寄ると、はたして全くの無事であった。ヘリ自体はバハムートに破壊されたが、パラシュートでの脱出に成功したのだという。
 だが、無論それだけでバハムートから逃れられる筈もない。「一緒に乗ってたそこの隊員さんが、あっという間にバハムートを倒しちまったんだよ」と、彼らは言う。
 運転手が指差した、少し離れた場所に座り込んでいる少年の背中には見覚えがあった。
 紛れも無く、半年前に死体の山で私を保護した少年の姿であり、記憶喪失だった私に、フミヤという名を与えた少年の姿である。

「スギサキさん」

 私の声を聞くと、少年は座り込んだまま振り返る。黒髪、黒いジャケットに青いズボン。それから特徴的なのは、左目を覆い隠すように巻かれた包帯。こちらを見据えた右目は、相変わらず目つきが悪い。
 私よりたったひとつかふたつつ年上であるという彼は、シドウ大佐の話によれば、全ての支部で最も多くのレイダーを討伐した隊員であるという。

「よっ。久しぶり、フミヤ」

 私の名付け親、スギサキ少佐はぶっきらぼうにそう言った。