ダーク・ファンタジー小説
- Re: アビスの流れ星 ( No.16 )
- 日時: 2018/02/18 13:25
- 名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: vGcQ1grn)
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ヘリが撃墜された直後、咄嗟に戦闘行動へ移ったスギサキさん。
彼によってバハムートは、まず翼を使い物にならなくなるまで撃ち抜かれ、地上に落ち、そしてすぐに首を斬りおとされたのだそうだ。
救難信号で私たちを呼んだのは、通信機のほぼ全てが、ヘリと一緒に大破したから仕方なくそれを使ったらしい。
本来ヘリによってこういった長距離間の移動が行われる場合は、事前に周辺にレイダーの反応の有無の確認がされる。しかしバハムートは強さもさることながら、非常に飛行力と移動速度に長けた個体であり、直前までその姿は確認されなかったということだ。
「そのバハムートを一人で仕留めるとはな。流石だ」
通信端末で支部への連絡を終えたシドウ大佐が、スギサキさんに、本当に珍しく賞賛の言葉を贈る。あまりに珍しいものだからちょっとだけ羨ましい。
ちょっとだけ。本当にちょっとだけだ……たぶん。
スギサキさんは私からシドウ大佐へと視線を移す。彼は目つきが悪いので、まるで睨みつけているようになってしまうのだが、本人にそのつもりはないらしい。
実際のところ彼は朗らかで、結構フレンドリーな性格である。むしろ「そんなに無愛想に見えるのか」と私に訊いてきたことがあるほどだ。悩んでいるらしい。
「こっちこそ噂は聞いてるぜ、真紅の流星さんよ。お褒めに預かり光栄って奴かな」
言いながら彼は立ち上がって背伸びをひとつ。腰から骨の鳴る音が聴こえた。それから振り返ってこちらを向く。今私たちの足の下で骸と化しているバハムートの体液なのか、彼のジャケットとジーンズはところどころが墨汁のように黒い液体で若干濡れていた。
両腰にかけたホルスターには大き目の、銀色のリボルバーが二つ。それから腰の後ろで交差させるようにして、二本のサーベルを差している。
「そういうワケで、今日から旧日本支部に配属になるスギサキだ。よろしく頼むぜ」
スギサキさんはにやりと笑った。彼が笑うことは少ないが、その笑顔は確かに、記憶に残っているスギサキさんのものだった。
「よろしく頼む」
「よろしくお願いします!」
私たちも応えた。
——赤い髪に赤い瞳、黒コート。階級は大佐。常に冷静沈着。多くの支部を飛び回り、圧倒的な戦闘力ゆえに『真紅の流星』の異名で呼ばれるシドウさん。
黒髪に目を包帯で覆った少年。階級は少佐。飄々とした性格で、私と大して変わらない若さでありながら、クラヴィスで最も多くのレイダーを討伐したスギサキさん。
それから私——。
「そういえばヒドラもケルベロスも、あんたが仕留めたって聞いてる」
「懐かしい名前だ。ヒドラを倒したのはもう5年も前になるか」
いきなり私が聞いたことない単語を持ち出して、彼らは会話を始める。
ヒドラとケルベロス。それらもシドウさんが言っていた、コードネームを持つレイダーの個体だったのだろうか。
「最近じゃ不死身のレイダーが出たって聞いたけれどな」
「ああ、あれか。実はな……」
——合わせて、3人。
通常は1つの部隊につき5人から6人程度で編成されるから、おそらく最もメンバーが少ない部隊である。
しかし不思議と、それでも充分だと思えた。
シドウ大佐はスマートな体型で、スギサキさんに至っては私より少し高い程度の身長で、決して大柄な方ではない。だけど並んで歩く彼らの背はとても大きく見えて、頼もしくて。
まだシドウ大佐とは会ってから日が浅い。スギサキさんも、彼は私が保護された後すぐに別の支部へと飛んだから、そこまで親しいわけではない。だから、本当に不思議だった。
この不思議を解明するための何かを、きっと私はまだ知らない。
それとも彼らの、想像が全く及ばない強さが、私にそう思わせるのだろうか——。
「何をぼさっとしている、フミヤ少尉」
「置いてくぞフミヤ」
「え、わ、ま……待ってくださいっ」
我に返って、慌てて小走りで駆けて二人のあとについていく。ヘリの運転手の二人も、私たちのあとからついてくる。
気付けば遠くから、回収班を乗せたヘリが数台。廃墟が立ち並ぶ向こうから、プロペラを回す大きな音が響いていた。
彼らと共に空を見上げれば、果てなく広がって世界を覆う青に、大きな黒い孔。
それから幾つかの、近づいてくる小さな影。小さく見えていたヘリの黒い影はみるみる大きくなって、風が私たち三人の髪をくすぐって抜けてゆく。
——かくして、新しき日本支部第一部隊がここに揃ったのであった——。
——またこの人たちも、私の目の前で死んでいくのだろうかという不安を、臆病な私は心の片隅に抱えながら。