ダーク・ファンタジー小説

Re: アビスの流れ星 ( No.18 )
日時: 2017/09/16 15:03
名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: fuzJqlrW)




14



 カトブレパス。
 山のような巨体と長い首。昔この地球上に生息していた、水牛という動物に似た形状。バハムートのような翼こそ持たないものの、巨大かつ屈強なレイダーである。もっとも、コードネーム持ちはどれも凶悪であるけれど、その巨大な化け物は中でも異彩を放つ。
 顔面に大きな一つ目があり、そこから光線を射出するのだ。
 その光線が何によるものかまでは解明されていない。虫眼鏡で太陽光を集中させる原理、つまり偏光の応用ではないかとも言われているが、確証には至っていない。
 更に厄介なのは、その頑強な皮膚。これまでも幾つかの部隊が挑んだが、対レイダー用サーベルがろくに通らないほど堅いらしい。
 アメリカ、アフリカ、ヨーロッパ、オーストラリア。海を渡り、全てで六つもの部隊を壊滅させた弩級レイダー。

 その討伐の感想を敢えて述べるとすれば、思ったほどでもない、の一言に尽きる。

 カトブレパスは俺たちの姿を見ると、まず尻尾を振りぬいて数多の瓦礫を降らせてきた。
 狙いを定める。引き金を絞る。瓦礫を撃ち抜いて、撃ち抜いて、撃ち抜く。
 瓦礫が止む瞬間を見計らって本体の頭部に一発叩き込む。ジャックポット。怯んだ隙を逃しはしない。手早く両手の銃を剣に持ち替えて一直線に駆け出して。
 剣を眼球に突き立てた。
 サーベルから手を離す。空気の振動が肌を通して伝わる。目を潰されたカトブレパスの絶叫によるものだ。どうやら眼球は刃を通す予想は当たったらしい。
 激昂したカトブレパスが巨体を勢いよく振り回す。
 巨大な尻尾で俺たちを叩き潰すつもりなのか。
 しかし尻尾は奇妙な弧を描いて明後日の方向へ飛んでゆく。その極めて堅い皮膚ごと、横合いから斬り込んだ『真紅の流星』が尻尾を輪切りにしたからである。
 噂は伊達ではなかったらしい。
 そんなことを考えながら激痛のあまりすっ転ぶカトブレパスの、目玉のほうに回り込む。
 その目玉にはまだ、先程のサーベルが突き刺さっている。
 サーベルの柄に銃口を当てて一言。

「死ね」

 凄音と反動。
 そしてサーベルは見えなくなる。カトブレパスの眼球の奥まで入り込んだからだ。
 きっとその中ではサーベルがカトブレパスの脳味噌をぐちゃぐちゃに掻き回している。
 山のようなカトブレパスの巨体が倒れ、幾つかの廃墟がそれに巻き込まれて崩れていく。
 巨体が沈む様を少し離れた廃墟から眺めて、それから振り返る。
 少し離れた場所でフミヤは口をぽかんと開け、言葉も発せずに居た。その顔が何となく面白かったので、少し吹き出しそうになる。

「何面白い顔してんだよ」
「なっ……し、してませんよ!?」

 フミヤは慌てて反応する。面白い奴になったな、と思う。

「ああそうか、変な顔はいつもだもんな」
「え……しっ、失っ、礼なっ!!」

 それから、からかい甲斐があって、少し楽しい。
 やっぱり、作り笑いより本当に笑っている顔のほうが、見ていて気分が良いと思う。

「俺はな」
「ふえ?」

 突然振られた話題にフミヤは間抜けに返事する。

「5年前に、両足と左腕、それから左目を失った」

 言いながら、左目を隠すために巻いた包帯を外していく。

「そしてそれ以降、俺の失った部分は、対レイダー装備と同じ素材で作られたものだ」

 きっと目を丸くしているフミヤの瞳には、晴れ渡った空のように青い俺の左目が映っていることだろう。左目の、本来白目であるはずの部分は闇のように暗い。
 いわば俺の身体の半分がレイダーに対する装備のそれであり、だからこそ俺はこの年齢にして、あれだけの数のレイダーを討伐してこれたのだ。
 だからこそ。

「だから俺は殺されない。絶対に」

 あれ。
 一体俺は、何を話し始めているのか。

「真紅の流星も、何の細工もないくせにあんだけ強いんだ。簡単にくたばりやしねえよ」

 変に顔が熱を持つ。自分で恥ずかしいことを言っている自覚が、やっと芽生えてくる。
 しかし、喋っているのは自分の口であるはずなのに、紡ぐ言葉を止めることは出来ない。

「だからもう安心しろ。俺たちは死なない、絶対に」

 フミヤは呆然と聞いていた。そして、その頬に涙が落ち始める。
 それを見て、俺も胸の奥が痺れて熱を帯びた。
 自分でも臭い台詞だと思う。しかし理解し始める。これは本心だ、と。
 それから、ふと、自分は何の為に生きるのかと自問自答していたことを思い出す。その答えはあまりにもあっさりと、くだらないカタチで見つかった。
 何だったのだろうか、と言いたくなってしまうほどに。
 しかし頭の中を風が吹き抜けたように、気分は清々としていた。
 きっと生きる理由なんて、こんなもんで良いんだと、勝手に納得しながら。