ダーク・ファンタジー小説
- Re: アビスの流れ星 ( No.22 )
- 日時: 2018/02/18 13:38
- 名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: vGcQ1grn)
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ちょっと待って。少し、おかしい気がする。
直感が違和感を運んだ。涙で濡れた視界に、ふと自分の足元、それから自分の目の前の鉄の扉が入り込む。
戦死者の多いクラヴィスは、慢性的に人員不足だ。その中で、戦力として乏しいという理由で、仮にも尉官の人間の首を簡単に切るだろうか。自分で言うのも何だけど、演習ではそこそこの成績を残したつもりだ。
もうひとつ、私が居た三つの部隊が壊滅したからという理由だったけど、だとしたら私を除隊するのが遅すぎやしないか。何しろアイカワさんたちが死んでしまったのは、もう2ヶ月も前の話になる。
私がトレーニングで、シドウさんが期待していたほどの成長が出来なかったからか。けれど、トレーニングは私から彼らに申し込んだものだ。私の成長に期待をかけたならば、向こうから言ってくるはずだ。
何より突然すぎる。最近の任務遂行にも問題はなかったはずだし、足を引っ張っている……ことは、私が自覚していないだけかもしれないけれど、このところ大きなミスは一度もしていない。
全て小さな違和感だ。けれど腑に落ちないのも確かだ。
私の勘違いかもしれない。だけど。
「訊いてみよう」
袖で力任せに目と鼻を拭いて、嗚咽を押し殺して、会議室の外へと踏み出す。
ポケットから携帯端末を取り出して、通話を繋げる。もし任務中だったりしたらシドウさんとスギサキは電話に応じれないだろうから、おそらくは今日の彼らの動向を把握しているだろう人物へ。
「エンドウさんですか? 私です、フミヤです」
まだ声は少しだけ震えていた。なんとかいつも通りを装って、シドウさんとスギサキの行方を訊く。
彼らは、タカノ支部長の部屋にいらっしゃるという話だった。
エンドウさんにお礼を言って、携帯端末の電源を切る。私の心配をしていた気がする。エンドウさんは本当に優しい人だと思う。
支部長の部屋は、屋上の二つか三つ手前の階だったはずだ。入隊して以来ほとんど行った事がないので記憶は曖昧だけど、迷うことはないはずだ。
エレベーターに向かって走り出す。
♪
「どうにかならないのか、支部長」
「ダメだ」
中途半端な上司であれば、たとえ俺より階級が一つか二つ上であろうが、問答無用で黙らせることのできる実績を挙げてきた自負はある。
しかし目の前の女は頑として、首を縦には振らない。
俺と真紅の流星は、デスクを挟んでそいつと相対していた。
階級は准将。実質このクラヴィス日本支部の全権を握る、タカノ支部長。腰まで黒髪を伸ばした彼女がそれだ。黒い軍服を着た彼女は腕を組んでいた。
「フミヤ少尉がレイダーであることは、おそらく最初から知っていたのだろう。スギサキ少佐」
「……とうとう、バレたか」
「レントゲンで撮られた内臓の細部まで人間そっくりではあったがな。最初の検査の時点で、疑惑はあったよ」
フミヤがレイダーであることは、当然知っていた。
シドウはともかく、何しろ俺は第一発見者なのだから。
……——あの日、あの星空の下、折り重なる死体。文谷地区に積み重なった、死体の山の上に立っていたのは、人のような狼のような怪物だった。決してサイズは大きくない。全く見たことのないタイプのレイダーだと思い、銃を左手に剣を右腕に構えた。
そのまま殺すのを躊躇ったのは、その次の光景を見たからだ。
怪物は、一分もしない間に、少女の姿になった。
我が目を疑った。しかし確かにそこに立っていたのは、紛れも無い、灰色の髪に水色の瞳の少女——……。
「スギサキ少佐。貴官の功績と貴官に対する信頼に免じて、今まで私も庇い続けてきたが」
「でも、だからって……そんな必要がどこにある!」
頭に血が上る。デスクを叩く。タカノは目を合わせただけで微動だにしない。
態度の一片も変えずのまま。
「おかしいとは思わなかったのか、スギサキ少佐」
「何をだ」
「ここ半年の新種レイダーの大量発生。そしてここ2ヶ月の、コードネーム持ちの異常発生」
それから、と繋げて。
「フミヤ少尉の居た隊が悉く壊滅した直接の原因は、新種のレイダーの出現によるもの」
それも1種や2種ではなく、彼女が新しい隊に入るたびに種類が増えて。
「何より、その隊の弱点を突いたかのような種類のレイダー、その隊の戦力が充分でないときを狙ったかのような出現」
タカノは淡々と言葉を続ける。
「一緒に他の隊員と仲良くレイダーの胃袋に収まってもおかしくないような状況で、何故か彼女だけはいつも生き残るという異常」
そう、異常だ。
繰り返して言ってから、タカノは椅子から立ち上がって俺達に背を向ける。
「そして、全ての支部でもトップクラスの実力を誇る2人が一箇所に集まった途端の、コードネーム持ち祭り」
まるで、こちらの戦力を把握しているかのように、と付け加えて。
「レイダーがアビスから飛来するらしいことは、研究でほぼ明らかになっている」
即ち、と言い放って。
「アビスという星自体に、知能と学習能力、そしてこちらを観察するすべがあるということだ」
ここまで聞けば分かる。分かってしまう。
分かりたくも、聞きたくもなかった。
しかしタカノはあっさりと告げる。
「そして、その『観察するすべ』が、フミヤ少尉だ」
タカノが全ての結論を口にする瞬間と、何の前触れも無く部屋の扉が開く瞬間はほぼ同時だった。
「つまりフミヤ少尉は、アビスからスパイとして送り込まれてきたレイダーである」
気付いたときには、タカノが口に出してそれを言ってしまった後だった。
一瞬遅かったのだ。
「……——え?」
呆然とするフミヤが、支部長室の入り口に立っていた。