ダーク・ファンタジー小説
- Re: アビスの流れ星 ( No.24 )
- 日時: 2018/02/20 20:08
- 名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: vGcQ1grn)
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羨み。妬み。嫉み。僻み。偏見。虚言。差別。孤立。エトセトラ。エトセトラ。エトセトラ。
五年前に事故で家族と両脚と左腕、左目を失って、身体の半分を化け物に挿げ替えて、自在に動かせるようになるまで血反吐を吐いて這い蹲って立ち上がってからというもの、俺は思いつく限り人間の暗黒面を一身に受けてきた。
生き延びる、ただそれだけを念頭に戦い続けてきた結果は、自分以外の、いわゆる普通のスペックの隊員達の死。それから自分への責任転嫁。
だからだろうか。人間と言うものが灰色の石像に見える分、特にレイダーに対しても何ら憎しみを感じることもなかった。或いは、最初っから殺意剥き出しで襲い掛かってくる彼らのほうが素直なのかもしれない。こっちも問答無用で殺していいから助かる。
アイカワは唯一、心の壁という隔てをあっさりぶち壊し、俺に歩み寄ってきた人間だった。彼に対する信頼からなのか、彼の部下達も俺の孤立を気に留める様子は無かった。
彼らの死までも自分のせいにされても困るから、相変わらず任務は一人でこなしていたが。
そして——それはある日のことだった。
任務を終え、包帯を巻き直し周りを見渡してみたところ、何かの気配を覚えた。
5年も戦い続けていると、そういうものは直感で悟れるようになる。
無論確証はないからと、包帯を巻いたままだった。ビルとビルの間を、足音を立てずに歩く。気配の方向へ行くと人間の死体の山。
まず居住区でもないはずのそこで、それだけの数の人間が死んでいることにも驚いたが、視線は何より満月を背にして頂点に佇む影に釘付けだった。
新種だろうか。人のような狼のような、腕から刃の生えた白銀のレイダーの姿があった。
その頃、既にコードネーム持ちを一体……ナーガというレイダーを倒した経験のあった頃だった。そして、その白銀のレイダーは、ナーガと並ぶ雰囲気を纏っているように思った。
強い——それも相当に。直感した。
当然のごとく臨戦態勢をとる。
討伐する自信はあった。
しかし、その後に起こった事態は想像もつかなかった。
砂塵が巻き起こって、レイダーを取り巻くように風の渦。突風。視界が狭まって、それでも視界から奴を捉え逃がさないようにと薄目を開けている。
小さな疾風の嵐は、辺りに浸透して。
風が鳴り止んだ頃、死体の山の上に立っていたのは、レイダーではなく一人の少女だった。
灰色の髪で、水色の瞳の。
少女は黒いパーカーと黒いショートパンツを着用しているという風貌。黒いブーツを穿いていた。
彼女はしばらくの間、呆然と空を眺めていた。
こちらにも気付かず、ただ呆然と。視線の先にはアビス。まるでその奥に潜む何かをじっと見つめるように。
表情には、恐ろしいまでに何も映し出されていなかった。
「おい」
声をかける。返事と反応は無い。
「おい」
声量を上げてもう一度。だが、返事と反応は無い。
「おいっ!」
「うぇえ!?」
無視していたわけではなく、本当に聞こえていなかったようだ。
呆然としていたようだ。いきなり声をかけられて驚いた、という風に、少女は少し飛び退きながらようやっと俺の方を向いた。
「え、えぇと……ドチラサマデスカ?」
「それはこっちの台詞だ。何者だ、お前」
「え、あ、わ、私?」
私は……といいかけて、少女は口をつぐむ。
「……誰でしょう?」
「フザけてんのか?」
「わっ、ちょ、まっ。ちがっ、違います!」
構えた銃口の先を彼女から逸らさないまま、次の言動を待つ。
「その、分からないというか」
嘘を言っている目じゃない。というか初対面だが、はっきり言って嘘をつけるような人種……いや、レイダーに見えないというか。
化け物たる彼女は、しかし動揺して怯えた目つきで俺の様子を伺っている。
しかし、そのとき、俺はもう、引き金を引けるような気がしなかった。正直なところ、嘘をついているかもどうでも良かった。
こいつは……俺と同じ化け物で、俺と同じ人間だ。
元よりレイダーに嫌悪感を感じなかった所為なのか、殺す気は失せていた。
服の胸元に埋め込まれているマイクに向かって、言う。
「こちらスギサキ。少女を一名保護した」
端的に言えば興味を持った。目の前で、人間に化けて見せたレイダーに。
以上が、俺が彼女をクラヴィスに匿った経緯である。
それから程なくして、俺はオーストラリアに派遣され、更にその半年後にアイカワが死んだと報告を受けて日本へとんぼ返りする。
まさか突き詰めればそれがフミヤと、彼女を連れ込んだ俺の所為になるとは思わなかったが。
何しろフミヤが屋上で、ようやく居場所が出来たと言ってくれたあの日——俺も同じ事を思ったのだから。死んでも口に出して言ってやりはしないけど。
俺と同じのフミヤ、簡単にくたばるとは思えないシドウ。
ようやく信頼できる奴らに巡り会えただなんて。