ダーク・ファンタジー小説

Re: アビスの流れ星 ( No.25 )
日時: 2018/02/21 20:10
名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: vGcQ1grn)




20



 訓練や喧嘩のたびに刃を重ねた。
 当然ながら、アレはじゃれ合いだったのだと再認識する。

「……チッ!」

 左右右下左突突右左上右下突右右突右下十字。
 目も眩む二刀はかつて赴いた北方のブリザードを想起させる。いっそブリザードならマシだったろう。
 自然に殺意は存在しない。しかし目の前の男は間違いなく俺に殺意を向けて手数を繰り出す。
 廊下を押し切られてゆく。上下左右の逃げ場は無い。フィールドが悪い。
 益してや相手はシドウ。剣術だけであれば向こうが上手など知っている。
 ならば弾丸で撃ちきれば良いと思えど、引き金すらも引かせないと言わんばかり。
 一刀流だけで受けていれば刃吹雪に呑み込まれるのは道理。
 見ろ俺の頬に赤い一筋がまたひとつ。二の腕にまたひとつ。
 自身の首に入ろうとした一閃を受ける。読まれていた。
 無意識の呻き声が出た。全身を後ろへ引っ張られる感覚がしてから気付く。
 腹部を思い切り蹴り飛ばされた。
 バウンド。一転。二転三転。受身を取って両肘と両脚で廊下について。

「やはり手加減は慣れん。難しいな」

 今ので加減してたってか、ふざけんじゃねえ。言ってやりたいが、一言分の体力も勿体無い。
 シドウは右手のサーベルをきりきりと回して、ひゅんとひとつ風を切る。それから両の腕をぶらさげて、軍靴を鳴らしこちらへ。
 余裕綽々め。
 しかし充分に距離を取れた。思いがけず大チャンス到来。ざっとアイツが大股で踏み込んで十歩分。それだけあれば、引き金を引く前に銃身ごと貫くなんて芸当は出来ない、させない。
 手首を回す。コツは知っている。わざわざ前倣えする必要なんてない。そのまま軽い気持ちで引き金を引く。
 機動力を奪えば勝ちは同然。狙うは脚。
 当然シドウは反応する。お得意の投擲も間に合わなかろう。
 駆け出して弾丸を避けながらそいつは迫る。
 その避けるための、時間の隙間を逃がさない。
 もう一挺銃を抜く。
 撃つ。
 撃つ。
 撃つ。
 シドウは避ける。そして俺が思い描いたとおりの俺の正面へ。
 銃を二つとも上に放り上げる。両手に剣。シドウの一撃を受け止める。勢いも相まって重い攻撃を耐え抜いて押し切る。
 珍しく吼えていた。

「ぬ……ッ!?」

 押し切る。
 ここに来て初めて真紅の流星は後ろへよろめいた。単純な力の差であれば身体の一部が化け物な俺のほうが強い。
 反撃の手を緩めない。刹那刹那をここで決めるつもりで一歩。
 銃に持ち替え一射。
 剣に持ち替え一閃。
 銃に持ち替え一撃。
 剣に持ち替え一迅。
 斬る。撃つ。斬る。撃つ。斬って撃って斬って撃って斬って斬って撃って斬って撃って斬って斬って撃って撃って撃って斬って撃って撃って斬って斬って斬って撃って斬って斬って撃って斬って撃って撃って斬って撃って斬って斬って斬って撃って斬って斬って撃って撃って撃って撃って斬って斬って撃って斬って——。
 ——しかし真紅の流星とて伊達ではないらしい。
 弾丸を弾いて切っ先で流して剣戟をいなして鎬で払って。
 思考では到底追いつかない攻防に食い下がっていた。

「上、等ぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!」

 上擦った金属音が流水のように響き続ける。弾ける火花。
 サーベルの表面を滑る光は絶えず回る万華鏡の如し。
 小さな小さな笛を鳴らして行き交う自らの浅い呼吸のひとつまでもが、自らの命を繋ぐ手綱だった。
 脚は撒き散らした羽根よりも軽やかに。そして落雷よりも重く。
 考えるより、想うより、ただ眼をしかと開いて鮮烈な光景の全て、たとえ砕け散る鏡の一片までも見逃さないように、時間と空間の概念すらも置き去りにして見据える。
 ただこの両の掌が掴んだ凶器、俺の身を、俺の大切なものを守る道具が、反射と直感と感覚と感性とに合わせて、霹靂と大嵐を巻き起こす、それが今ここにある世界の全てだと、頭の後ろ側の中の、脳の奥の、さらに奥、の奥で把握している。
 自分の世界が自分の両腕の中で暴れていた。正面から見据える相手とぶつけ合う。
 ひとつ閃光が煌いて輝くたび、流れる真紅の星の真っ赤な髪がたゆたった。嵐の流れに逆らわず、ただ流れる。
 鋭い剣の印象を受ける瞳は、深く深く、どこまでも奥深く、そこからどこか遠い場所へ繋がっているかもと思わせるほど、深く紅く。
 死闘。
 しかしとうとう——決定的な瞬間は訪れた。訪れてしまった。
 右脚と左腕を、サーベルが貫通した。
 俺の背の廊下の壁ごと。

「う、げぇっ。っ」

 それから鳩尾に、重い拳。
 サーベルと、銃と、サーベルと、銃が落ちた音。
 ああ、成る程。ダメだったか、と、やけに落ち着いた脳味噌が、ゆっくりと意識を手放していく。

「……にげ、ろ……。フミヤ……」

 掠れる声で絞り出した言葉も、当の本人に聴こえるはずは無く。
 ただ少しの静寂を置いた後、サーベルを二つ拾った軍靴の音と、自分の視界が冷徹に遠ざかった。