ダーク・ファンタジー小説

Re: アビスの流れ星 ( No.28 )
日時: 2018/02/24 18:46
名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: uFFylp.1)




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「キミタチが、僕のことをそう呼んでるー、ってだけなんだけどねー」

 えへへ、と苦笑しながら白い——アビスと名乗る少年、あるいは少女が言った。
 雪に染み込んでいくように、彼の、または彼女の足元の闇の水溜りが溶けていく。

「んっとー、スギサキ」

 名前を呼ばれて思わず身構える。

「それから、シドウ」

 フミヤの足元で倒れているシドウの名前も呼ぶ。しかし返事は無い。
 フミヤは呆然としてアビスの方を見ていた。時折見せる、ぼうっとしている時と同じく、口を半分開いた無表情だった。

「フミヤにお世話焼いてくれて、ありがとねー。フミヤすっごく嬉しかったみたいだよ」
「なんでお前がそんなことを?」
「言ってるのかって意味? 知ってるのかって意味?」

 どっちでもいいけどー、と語尾を延ばして。

「僕が、フミヤを作ったから。あとは言わなくてもわかるよね?」

 つまり、フミヤを通して俺達を監視していたのも、フミヤを俺達の元へ送り込んだのも、コイツ。
 嘘だと疑う余地はない。先程コイツが、アビスから降りてきたのは見ていたのだから。
 つまり。

「……本当に、お前がアビスの黒い星そのもの……?」
「さっきから、そうだって言ってるじゃーん」

 もう一度苦笑。アビスはまるで、友人に冗談を言われてへらりと返す風に肯定した。

「ありがとうね、スギサキ。僕の思ったとおり、君はフミヤをクラヴィスまで運び込んでくれた」

 歯噛みする。
 最初から俺はコイツの掌の上だったそうだ。

「それに比べて……あっちに転がってるシドウの厄介ときたら。掃除するのにこんなにかかっちゃうなんて」

 ケルベロスとか、結構お気に入りだったのにあっさり倒しちゃうんだもん、とか言いながら。

「あ、そうそう! 凄かったよ、キミタチがカトブレパス倒したとき! 僕まで見てて楽しくなっちゃった!」
「それで」

 悪気など一片もない様子でアビスは首を傾げる。

「お前は何しに来たんだ」
「フミヤを回収しに」

 にこりと微笑み続けているアビス。その顔立ちだけ見れば、まるで陶磁器で造られた人形のように整っている。
 しかし瞳はどこまでも深く黒く——気分が胡乱になってしまいそうな妖しさを秘めていた。

「回収ってのは?」
「僕はこれからこの星を食べるから、先にフミヤは持ち帰っておかないと、一緒に食べちゃうでしょ?」
「……は?」

 今、なんつった?
 俺がそう問おうとしたのを見透かしたように、アビスは口角を歪めて、一層笑みを濃くした。
 綺麗で、美しくて、身震いする程おぞましい笑顔。

「——もう一度言うね。僕はこれからキミタチの星を食べる」

 無数の雷が落ちたような轟音。
 足元が崩れたかと思うほどの大きな震動に倒れ込みかける。不意に空を見上げた。アビスの黒い星の輪郭が崩れて、どんどんその大きさを増して行く。
 空が食われてゆく。黒い星に。青空が黒に染まっていく。

「スギサキはフミヤに優しくしてくれたから教えてあげるね!」

 激しい震動の中、アビスの声を聞いた。

「レイダーをたくさん送り込んでたくさん人を食べたのは、この星を食べるためのエネルギーを溜めるため!」

 空の闇はみるみる広がってゆく。

「フミヤを君たちの元へ送り込んだのは、より少ないレイダーで、よりたくさんキミタチを食べるため!」

 轟音は、まるでいつぞやのカトブレパスが群れでも成して啼いているかのような。

「だから僕にとって、クラヴィス、キミタチは厄介だったよ! 僕のレイダーをたくさん殺してしまうから! 特にシドウとスギサキ、君はね!」

 空が黒く染まった。
 天蓋となって一面を覆う闇の中に、何かが犇いている。

「でももうシドウは倒れて、君は人間を守ろうという気なんてさらさら無い!」

 気が付くと、目の前にアビスの姿があった。心臓が口から出そうになる。しかし武器を抜こうとする。
 ——腕も足も動かない。

「なッ、……!?」
「ねぇスギサキ」

 目と鼻の先で、アビスが囁く。長いまつげを伏せて、目を細めて、首元に声を持っていくように。

「僕と一緒に来ない?」

 今度は何を言い出すかと思えば。

「さっきから言ってることが……」

 ようやく、腕が動いた。いける!

「わけわかんねえん——っだよッ!!」

 引き抜いたサーベルを振りぬく。
 しかし既に遅く、アビスは俺の遥か前方……フミヤの隣へ退いてにこりと笑っていて。

「お前は何者だ! お前の目的は何だ!」
「さっきも言ったでしょ?」

 アビスは両手を広げる。

「僕はキミタチがアビスと呼ぶ星そのもの! あの広大な宇宙を彷徨い続けて、数多の星を喰らい続けてきた流れ星そのものだよ!」

 一際大きな震動。
 黒に染まった犇く空が落ちてくる。
 黒空に蠢いていたものが、重力に負けて零れ落ちてくる。
 黒い大雨だった。

「フミヤは持って帰るけど、スギサキはどうする? 一緒に来るかい?」
「だから、その一緒に来るってのはどういう……」
「僕と一緒に、アビスに来るかい?」