ダーク・ファンタジー小説
- Re: アビスの流れ星 ( No.29 )
- 日時: 2020/06/06 02:01
- 名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: XLtAKk9M)
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「僕についてくれば、君はずっとフミヤと一緒に居れるよ? 宇宙のいろんな星たちだって見せてあげることが出来る」
「お前は何を言って……」
「脚も片腕も僕らに同調できている君なら、それが出来ると思うんだけど」
一考する。
常々、人間なんてくだらないと考えていた。
人類が滅びようが、世界がどうなろうが、いずれ自分が死に行くことには変わりない。
そこに何か思いを馳せるだけ、執着するだけ無駄だと。
だとすれば、それが可能ならば、こいつらについていくのも悪くないのかもしれない。
けれど。
「お断りだ」
「……意外だね?」
「俺自身も驚いてる」
というか脳味噌の整理がついていない。
フミヤがレイダーだってことがバレて、シドウが刺されて、空から何か降って来たと思えば、それがアビスそのものだという。
何を信じれば良いのか。何を疑えば良いのか。
ただしコイツが本当にアビスの化身ならば、単純明快な答えがたった1つだけある。
「けれど——アンタが全ての元凶だってんなら、今ここでアンタをぶっ殺す!」
それが一番手っ取り早い。
サーベルと銃を構えて、アビスを見据える。
「ふぅーん?」
アビスの微笑みが消えた。黒い瞳が糸のように細められて、纏う空気が一変する。
ほぼ同時。
背後のほうから大勢の足音。
「こちら第2部隊、屋上に到着しました!」
第2部隊の面々、総勢7名が騒ぎを聞きつけたのか駆けつけた。
彼らはめいめいに武器を掴んで臨戦態勢をとった状態で散開して、フミヤとアビスのほうへ向き直る。
「レイダーを2体確認!」
「これより討伐に移ります!」
2体……と確かに聞き取った。
「おい、ちょっと待て! フミヤは——……」
——それから第2部隊のうちの一人が消え失せた。
いや正確には足首から上が消し飛んだ。
遅れて、扉の隣の壁を薙ぎ倒す轟音。
絶句。
ただ、視線の先、さっきまで人間が居た場所には、白い槍が幾本も折り重なったような何かが横たわっている。
何かは、アビスの左腕へ繋がっている。
つまりアビスの左腕が槍の束に変化して、伸びて人1人を殺した——というよりは消したのだと、理解するまで数瞬。
もうひとつ鋭い音。
金属を弾いたような音は、何処からか投げつけられた真っ白な大剣が、もう一人の頭部から貫通して屋上に突き刺さった音だった。
目で追うことすら、出来なかった。
「——誰を、殺すって?」
アビスはそのとき、一切の表情を浮かべては居なかった。
今度はアビスの右腕が、何本にも枝分かれして屋上に突き刺さる。
すると足元から白い槍が何本も、何本も。視界の端で一挙に3人が肉の塊に成り果てた。
状況を掴めず呆然としている残り2人を意に介さず、彼あるいは彼女は、自分の両腕を引きちぎるように切り離す。両腕はあっという間にまた生えて。それから、こめかみの辺りで指を鳴らす。
まるで赤く塗装されたオブジェのようになっていた槍の束と槍の山は、それぞれ人型のレイダーとなった。
2体とも同じ形状。盾と剣を構えた騎士のようなレイダーは、何を言葉にする間もなく、残る2人を叩き切った。
それからアビス本体は左で横一文字に空を切ると、背から真っ白な、白鳥のそれのような翼を広げた。
「……シドウはもう使い物にならない、スギサキは一緒に来てくれない……なら、長居する意味はないかな」
あごに人差し指を当て、しばし考える素振りを見せた後、アビスはフミヤを抱きかかえた。
「バイバイ、スギサキ! 残念だったよ、一緒に来てくれると思ったのに!」
「なッ……、待てッ!」
飛び立とうとするアビスに向かって駆け出そうとする。
しかし横合いから2体のレイダーが飛び出て行く手を阻む。先程の騎士型である。
「邪魔……なんだよ!」
サーベルを振り抜く。レイダーは盾で受ける。
——厄介極まりない!
もう片方のレイダーの攻撃をサーベルで受ける。
埒が明かない。そう思ったとき。片方のレイダーが不意に動きを止める。
それから崩れ落ちる。
「え……」
何事かと思えば、倒れたレイダーのうなじの辺りにサーベルが突き立っている。
サーベルが飛んで来たであろう方向に目を向けると、赤と黒の何かが蠢いて、アビスの足首を掴んでいる。
「行かせる……ものか……!」
シドウだった。
口の端から血を流しながらも、力を振り絞って腕を伸ばしている。
「まだ生きてたんだ?」
アビスは真っ黒な瞳で、冷徹にシドウを見下ろしていた。
「そいつは……私の部下、だ……」
しかし、力強く握られたその掌から、みるみる力が失われていく。
一度、咳き込んで吐血。シドウの身体は再び血の海に沈んで、動かなくなる。
「シドウッ!!」
騎士型のレイダーの剣を横にいなして、喉元にサーベルを深く突き立てる。
それからフミヤと、シドウと、アビスの居るほうへ駆ける。
——遅かった。
アビスは翼を広げて飛び立って、俺の手は虚しく、そのときに散った羽根の一枚を掴んだだけだった。
「……クソッ」
一度悪態をついて、空を仰ぐ。
視線の先は真っ黒になって泣く空と、遠ざかっていく一点の白い影。