ダーク・ファンタジー小説

Re: アビスの流れ星 ( No.30 )
日時: 2021/08/26 23:03
名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: Jhl2FH6g)




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 12月24日、旧日本区域を中心とした地域の上空にアビスが急接近。
 成層圏への突入が確認されたアビスは、触手のようなものをクラヴィス日本支部屋上へ伸ばした。
 カメラを通してこれを監視していた日本支部所属のエンドウと、現在数重なる独断行動への処罰として同支部内拘置所で身柄を拘束されているスギサキ少佐の証言によれば、アビスの化身を名乗る子供が中から現れたのだという。

 アビスは第2部隊の全員を殺害し、同日午前10時にクラヴィスから除隊扱いとなったフミヤ少尉を連れ飛び去ったという。
 一連の事件と時をほぼ同じくして、極東上空を異常な黒色の雲らしきものが覆っている。
 前述の触手のようなものと同様、この雲についても詳細は不明である。レイダーに関連するものであるとの予測が立っている。
 黒色の雲からは同じく黒色の雨が降り続け、同時に各地でのレイダーの活動が盛んになっている。既に旧中国地域などで被害が続出、4つの支部において第一種緊急事態警報が発令されていた。

 これを受けアメリカ等他の全ての本部と支部も厳戒態勢をとった上で、極東周辺の支部に増援を送る準備を進めている。
 だが確実に空を黒く覆ってゆくアビスへの決定打は皆無そのものであった。現在もアビスは黒い雨を降らせながら面積を拡大させてゆく。

 表向き迅速な対応を取っているようには見えるものの、各国の指揮系統も極めて混乱していた。
 特に日本支部はタカノ准将がなんとか保たせているだけで、第1部隊と第2部隊を一挙に失ったことによる隊員達への衝撃はきわめて大きい。
 アビスが来訪する直前に、かのシドウ大佐が右腕をレイダー化させたフミヤ少尉に負傷させられた事実、スギサキ少佐がクラヴィスの支部にレイダーを連れ込んだという噂も混乱を促進させていた。

 件のシドウ大佐は意識不明のまま現在も日本支部の医療班による集中治療を受けている。出血と内臓の損傷が酷いものの、辛うじて一命は取り留めている。
 スギサキ少佐は、シドウ大佐に向けて攻撃した件、フミヤ少尉がレイダーであると知っていながらクラヴィスの支部にこれを連れ込んだ件についての罪に問われ、同支部の隊員らに事情聴取を受けている。
 またタカノ准将もこれを知っていながら不干渉を決め込んだ可能性が指摘されており、彼女への処分も本部によって今後決定される方針であるらしい。
 フミヤ少尉自身に、それら、つまり自身がレイダーであること、そしてレイダーとしてライブラの情報をアビスに流していたことへの自覚は無かったという話である。またフミヤ少尉は前述の通り現在アビスに連れ去られており、彼女の反応は極東遥か上空で留まったままである。

 現在、最大戦力として期待される南米支部所属のガリア中将は、南米周辺で暴れているレイダーの大群との戦闘に追われ、その場を離れる事が出来ない状況に追いやられていた。
 周辺は飛行するレイダーも大群を為しており、増援も迂闊に近づけない状況にある。スギサキ少尉らの証言を真とするならば、アビスによる故意的な妨害と見られる。

 スギサキ少佐と直接コンタクトを取ったとされる、アビスが彼に伝えた内容はこうだ。
 アビスの正体は、悠久の年月宇宙を彷徨い、星を捕食し続けて、それを生きる糧としてきた巨大宇宙生命体そのもの。
 彼あるいは彼女の目的は、人類を捕食することによって力を蓄え、そしてこの地球という惑星を捕食すること。
 フミヤ少尉をクラヴィスに送り込んだ理由について、彼或いは彼女は、人間を捕食する効率の向上と称しているが、これについて真偽は不明。というより……疑う余地があると判断される。

 一連の件はついにアビスが、本格的な捕食に向けて動き出したのだと推測される。残りの地球人ごと、地球を呑み込もうという算段らしい。
 アビスによる惑星捕食の予想、つまり滅びのビジョンについては無数の憶説が飛び交っている。
 そして、その滅びが訪れるのはいつか。一ヵ月後か、一週間後か、翌日か。染まってゆく真っ黒な空は、人類に残された猶予があと僅かであることを示していた。

 漆黒の空にはたった一つの星も瞬かず、波打つ黒い水面のように蠢いている。
 遥か遠くから獣の低い唸り声のようなものが、地を這って響き続けている。
 まさしくこの世の終焉の前奏には相応しい、禍々しい絵図が広がってゆく。
 西暦という暦の原点となった神の子の誕生日を祝うイベントになぞらえて、誰かがその日を『ブラック・クリスマス・イブ』と呼び、名付けた。



最終章『Shooting star in "Abyss"』