ダーク・ファンタジー小説

Re: アビスの流れ星 ( No.32 )
日時: 2018/03/01 19:45
名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: lMEh9zaw)




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 両親はレイダーに殺された。
 私の目の前で戦死した仲間は、何十人に及ぶだろうか。
 良い奴も山ほど居たし、反りの合わない奴も山ほど居た。その中で「出会わないほうが良かった」と思う奴は一人も居なかったが。
 人は全ての出会いと経験によって構築されており、そのいずれかでも欠ければ現在の自分は存在しない、というのが持論だ。
 悉く殺されていった。

 あるときは、死ぬまで私を助けようと約束してくれた戦友が居た。このピアスは彼女が発注して、私の誕生日プレゼントにと渡してくれたものだ。
 彼女もまた私の目の前で血の雨を撒き散らして死んだ。

 レイダーを憎めばいいのだろうか。それとも非力な自分を恨めばいいのだろうか。
 気が狂いそうになるまで自分と向き合って、それでも答えは見つからない。
 考えれば考えるほど闇の沼に囚われて、その先で更に黒い闇が大口を開けて私を呑み込もうと待ち構えているから、何も考えずただレイダーどもを屠り続けて。

 死んでも構わないと考えていた。
 狂ったように走り続けて、両手に掴んだ剣を振るい続けて、叫ぶ代わりに切り裂いて、涙を流す代わりに返り血に塗れて、ただ自分に考える時間を与えさせないために戦い続けて、いつしか揶揄なのか皮肉なのか「真紅の流星」などという呼び名がついた。
 赤い髪に赤い瞳で、流れ星のように敵へ向かって突っ走ってゆくから真紅の流星。
 まるで人を鉄砲玉か何かのように呼んでくれる。
 いっそ鉄砲玉になれば、本当の意味で何も考えず済むだろうに。

 フミヤに会って、彼女がまるで自らと同じだと思うこともなかったろう。
 私は、本当ならばフミヤのこともスギサキのことも、とやかく言えはしない。他ならぬ私がそうだからだ。
 フミヤがレイダーだと知ったとき、平常を装うのが精一杯だった。
 おそらく、どの道私に彼女を殺すことなど出来はしなかったろう。彼女をクラヴィスから逃がすための方法を、どこかで考えていた。
 同時に、フミヤを討伐することで、一人でも多くの人間が助かるのならば、とも。

 それは私以外の人間に負わせてはいけない。
 私以外の誰かがフミヤを殺したとあれば、私はそいつを殺しかねないのだ。それほどフミヤは私の前で死んだ彼女に似ていた。

 いや、似ていたとも違うだろうか。
 彼女よりもフミヤのほうが物覚えは悪い。それから、少しのトレーニングで音をあげる。会議室が散らかっているときの原因はだいたいフミヤだ。
 笑った顔は何を見ているときよりも安らぐ。
 興味を持ったことへの集中力は目覚しい物がある。
 どこかひねくれていて、それでいて根は素直で、元気に溢れていて、落ち込むときはこの世の終わりなのかというくらい落ち込んで、色々なことを一人で背負い込みがちで、どこまでも優しい。
 それが私、シドウエイスケにとってのフミヤユウという少女であった。

 それからいつも隣で、何事も興味ないという顔をして、こちらもまたひねくれていて、何よりもフミヤの身を案じていて、実際は優しく、彼女が落ち込んでいたりすればあの手この手で笑わせようとしたり励ます。
 それが私にとってのスギサキツルギであった。
 ——私は彼らとどうしたいのか。

 私は真っ黒な沼の真ん中に立っていた。
 黒い水は流れ込み続けて、私の両脚を根深く掴んで離さない。尚も重く、引きずり込もうとしてくる。
 ついには私の両腕までも呑み込んで、心根までも喰らい尽くしてしまおうと、足元の下のほうで、闇が牙を並べて大口を開いて待ち構えている。
 私はきっと、誰もが幸せになれればと望んでいる。
 勿論きっと誰もが望んでいる。
 しかしそれは茨の道であり、その道には想像を絶する苦痛と、困難と、恐怖と、絶望が待っている。

 だから人は諦めて、たとえ自分を犠牲にしてでも、或いはたとえ他人を犠牲にしてでも幸せになろうとする。
 あるいは他人と自分を完全に切り離して、自分だけが幸せになろうとする。

 私もその一人なのだろうか。
 フミヤを殺して他の誰かを助けるのか。
 他の誰かを見殺しにして、フミヤを生かして、誰かが死んだ悲しみを彼女に背負わせるのか。

 ——くだらない。

 絡みついた闇を引き剥がして、力任せに一歩を踏み出す。
 割れそうなほど歯を食いしばって、砕けそうなほど拳を握り締めて、前をしっかと見据える。
 なぜ私の選択肢が、そんなくだらないふたつに絞られなければならないのだ。笑わせるな。

 ここで折れれば、私にとっては死んだも同じだ。
 フミヤに生きろと命じたのは、他ならぬ私だ。上官が部下に与えた命令に背いてなんとするか。
 私は一度フミヤを殺そうとした。如何なる理由があったとて、結果はどうあれそれは事実。
 ならば私は一度死んだ人間。信念をねじ曲げた屍である。

 ならば、今、生き返れ!
 諦めるな、あるはずだ、フミヤも、スギサキも、誰もかも助ける方法が!
 自分を恨んだっていい、化け物を憎んだっていい。
 悔やめ。
 気が済むまで悔やめ。
 ただそれを自分の原動力に代えろ!
 立ち上がれ。私は真紅の流星だろう!
 闇を切り裂いてゆけ。先人曰く——流れ星は願いを叶える為に流れるのだから!