ダーク・ファンタジー小説
- Re: アビスの流れ星 ( No.34 )
- 日時: 2018/03/02 21:46
- 名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: vGcQ1grn)
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「苦戦しているようだな、スギサキ」
肩越しに俺を見ながら、シドウはそう言った。背中からバハムートの巨大な翼を生やして。翼の根元には、酸素を供給するための装置もついているらしかった。
「お前っ……シドウ、何だその背中のは?」
「これか?」
曰く、少し前に俺が倒したバハムートの翼をそのまま加工したものであるらしい。
完全な空中戦闘用装備らしい。全く新しいタイプの装備なので、今日ようやく完成したのだという話だ。
本当にバハムートの翼をそのまま切り出した形状であり、一人の人間が背負うには些か大きすぎる気もした。
「こんなカタチで役に立つとは思いもしなかったがな」
相も変わらず抜け目が無いというか。
「それで平気なのか?」
「何がだ?」
「バカが……怪我だよ」
何しろコイツは昨日腹に風穴を開けられたのだ。内臓をかなり痛めているため、しばらく戦線復帰は困難だという話も聞いていた。
——実際は、聞くまでも無く平気じゃないことはわかってる。
しかしシドウは平然とした様子で、思い出したように相槌を打った。
「ああ。何、フミヤ如きに付けられた傷で、私がくたばる訳無かろう?」
苦笑がこぼれる。こいつはそういう奴だったっけ。
シドウは真っ黒な空を見上げた。
フミヤはあの一面を覆う黒い雲の中に居るらしい。——アビスと一緒に。
シドウ曰くバハムート程の飛行能力と、酸素と体温を確保するための手段があれば、あの高度まで到達するのは容易い。
となれば、やるべきことは一つだけだ。
「俺も行くよ、シドウ」
「ダメだ」
なぜ、と問う前にシドウは俺の言葉を遮った。
「急ごしらえだからな。生憎と翼は一人分しか無い」
「でも俺を連れて行くことぐらいは……!」
「成層圏とはいえ、かなり上空だ」
幾ら装備があるとはいえ、両脚と左腕に左眼以外は生身の俺が、果たして呼吸も怪しい状況で戦えるのかという話だ。
足を引っ張れば、それこそ最悪だ。
歯を食いしばっていた。武器を握った両手を握り締めた。
けど、だったら。
「……シドウ」
「何だ」
シドウに背を向けて、遠くから迫るレイダーの軍勢を見据える。
「——ここは、俺が引き受けた。アンタらが戻ってくる場所は、俺が守っておいてやる」
今自分に出来ることを、やるしかないじゃないか。
「良いか、アンタが居なくなったらフミヤが悲しむんだ。絶対に2人で戻って来い」
振り向くことはしなかった。
ふん……と鼻で笑って、シドウもまた黒い空を見上げたのが伝わった。
「言われなくても」
大きな旗を振り上げたような音が聞こえた。
きっと翼を広げた音だ。
そして羽ばたく音。突風が俺の背後から吹き荒れて、髪を揺らす。
シドウは真っ黒な空に向かって一直線に飛び立っていった。
自分でも何を言って、何をやってんだと思う。
沢山ヒトが死ぬ原因を作っておきながら、偉そうなことを言って。
軽率な考えでしでかしたことの後始末まで、こうしてシドウに頼ろうとしている。
自分は自分で思っていたよりも、ずっと無力で、無知で、弱い奴だ。
それでも今から償うことは出来るだろうか。
きっとあのクラヴィスには、俺と同じように、たとえみっともなく足掻いたって仲間を失いたくない、そんな奴が他にも沢山居るはずだ。
今までさんざ迷惑をかけっぱなしだった代償、というワケじゃないけど。
仲間の大切さを知ってしまってからというもの、どうにも非情になりきれないらしい。
仲間なんてしがらみは、鬱陶しくて、邪魔臭くて、うるさくて、ばかばかしくて。
そのくせ何よりも心の支えになりやがる。
お陰で、守りたいなんて思ってしまうのだから厄介この上ない。
「全くこれじゃ死ねないよなぁ」
死んだら守れないから。死んだらきっとフミヤは泣くから。
そして同じような繋がりが、この世界中に散らばっている。きっと人間である以上は誰もが、本人が気付いていようといなかろうと、誰もが持っている。
そう考えるだけで、守りたいと思えた。
守りたいと思えるだけで、死にたくないと思えた。
死にたくないと思えるから、今ここで戦える。
「ありがとう、2人とも」
一人呟いて、左眼を覆う包帯をほどいた。風に流されて、包帯は遠くへ飛んでいく。
本来白目であるべき部分が黒で、瞳が蒼いこの瞳。見ただけで異常だとわかってしまうから、隠し続けてきたコンプレックス。けれどもうきっと包帯は必要無い。
サーベル二本と銃を二挺、高く放る。それが回る速度も、迫るレイダー達も、全部が全部遅れて見えた。
銃を一瞬だけキャッチ。引き金を引いてまた放る。次いでサーベルをキャッチ。レイダーの急所を深く切り裂いてまた放る。繰り返す。繰り返す。繰り返す。何度でも。
ここは何があっても俺が守り抜く。だから。
「絶対——戻って来い」