ダーク・ファンタジー小説

Re: アビスの流れ星 ( No.36 )
日時: 2018/03/06 18:44
名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: CjSVzq4t)




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「シドウさん!」

 彼がぶち割ってポッカリと空いた穴からは、真っ黒な闇が覗いている。
 白い欠片が散る中、白い空間に彼は降り立った。
 その背には黒く大きな翼。つい最近似たようなものを見た気がする。スギサキが仕留めたバハムートの翼だ。確か使い物にならなくまでボロボロになっていたはずだけど。

「ふむ」

 彼は辺りを一瞥すると、ひとつ鼻を鳴らした。

「ここまで到達するのに数分か。性能は上々のようだ」
「な、なんで……ここに……」

 確かにあの時、彼は重傷を負ったはずだ。
 アビスの話だと、それからまだ三日も経っていない。

「まるで来て欲しくなかったような言い草だな」
「そういうワケでは……!」

 むしろ、どれだけ心配したか。どれだけその声を聴きたかったか。どれだけその姿を見たかったか。どれだけ会いたかったか。
 その頼もしい背中を、その落ち着いた声を、どれだけ待ち侘びたか。

「フン、あの程度でこの私がくたばるかと思ったか。真紅の流星をなめるな」

 彼が傲岸不遜に放った言葉に、思わず涙が溢れそうになって、呑み込む。
 また助けに来てくれた。

「大体、あの程度の槍の束で苦戦を強いられるとは情けない」
「えっ」
「あれだけ訓練をつけてやったのに相変わらず実戦で活かせていないな。あの程度いなして距離を詰めるくらいは……」
「あっ……あれでも必死だったんですよ!? 大体あなたを基準にするのが間違いですから!」

 ちょっとだけかっこいいって思ったのに台無しだ。ちょっとだけ。

「……さて」

 シドウさんが視線で前方を促す。
 白い槍で敷き詰められた空間の向こう側で、高台に座ってこちらを見下ろしているそいつを見据えた。
 アビスはにこりと笑いかけていた。

「まさかここまでたどり着くなんてね、シドウ」
「予想外だったか?」
「いや。何らかの手段を講じて、結局は僕の許へ来るだろうなとは思っていたよ。だからこそ君を殺そうと仕向けた」
「だが現に私はここに居る」
「そうだね。でも立っているのもやっとなんでしょ?」
「……どうだか」

 シドウさんは強がっては見せるけど、辛そうなのは私の目から見ても明らかだ。
 顔色が悪く、息切れしているようにも見える。

「余計な心配はするなよ、フミヤ」

 彼は言った。

「早く終わらせて帰れば問題ない」
「……そうですね」

 私は右腕の銀色の刃を、シドウさんは両方の手に持ったサーベルを構える。

「言ってくれるね」

 でも、と言いながらアビスは手刀で空を切る。白銀の槍の海から一本、槍が鋭く突き出してシドウさんめがけて迫る。
 一閃。
 相変わらずの目にも留まらぬ速さで、彼は一撃を弾いて砕いた。

「でも、僕も死ぬ気は無いから」

 槍の海が蠢く。
 アビスがまた無表情になって、その目つきが変わった。

「フミヤ」
「はい、シドウさん」

 私と彼は背中合わせで、にじり寄る無数の槍と対峙する。

「今は地上もひどい有様でな。スギサキが頑張ってくれている」
「では、急がないといけませんね」
「その通りだ」

 槍の海がはじけた。
 一斉に襲い掛かった槍の束を、刃を振るって迎え撃つ。

「死ぬなよ」
「お互い様です!」

 アビスが腰をかけている高台に向かって駆け出す。
 何本も襲い来る槍の雨。一つでも喰らえば終わり。隙間を掻い潜って。弾いて。いなして。コンマ一秒毎にぐるぐる切り替わる視界。夢幻の中にいるような感覚。恐怖はきっと麻痺している。
 しかし巨大な白銀が突如目の前を遮った。一際大きな槍が先ほど私を吹っ飛ばしたようにしなりをつけて迫ってきたのである。
 咄嗟に跳んで避ける。その先に何本もの槍が待ち構えていた。目を見開く。
 横合いから飛び出した黒い影に抱きかかえられて事なきを得る。シドウさんだった。
 槍をよけて、再度空間の一角に降り立つ。
 まだアビスは遠い。

「ごめんなさい、シドウさん」
「構わん」

 言いながらも視線はアビスを見据えたまま。
 アビスは依然として余裕の態度を崩さない。
 でもシドウさんと二人ならたどり着けなくはない。
 アビスを倒して、私は帰るんだ。
 そうしてまた、今度はアビスの黒い星が消え失せた星空をみんなで見上げよう。今度こそずっと一緒に。
 ずっと私はレイダーと戦い続けていくのかと思っていた。
 だけどいま、目の前の奴を倒せば全て終わる。
 そう思うと、強い希望が持てた。

「確かに強いね」

 しかしアビスは言う。

「特にシドウ。君なんてスギサキともフミヤとも違って、正真正銘ただの人間のはずなのに」

 だけど、と一息おいて。
 アビスは手をシドウさんに向かってかざした。
 シドウさんは目を細めて構え直す。
 アビスの、かざした手のひらが返され、握り締められて——。



 ——ガラスが割れるような音が響いて、シドウさんの装備が砕け散った。



 彼の目が見開かれ、アビスは口元を歪める。
 装備が無い状態の人間は、レイダーに対して無力に等しい。それはクラヴィス隊員に限らず誰もが知っている、周知の事実だった。