ダーク・ファンタジー小説
- Re: アビスの流れ星 ( No.38 )
- 日時: 2018/03/08 19:19
- 名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: sRcORO2Q)
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槍の影に姿を隠していたであろうシドウは、予想より早く僕の前に姿を現した。
見つからなければこの空間ごとひっくり返して、無理にでも見つけ出すつもりだったけれど。
手間が省けてよかったと思う。彼らを圧倒するには充分すぎるといえ、今の僕には殆ど余力も時間も残されていないから。
「逃げないんだね、シドウ」
少し遠くに立っている彼は、コートの下に、どこから取り出したのか黒地に青と銀のラインが入った装備を身に纏っている。
馬鹿だなあ。
僕は全てのレイダーの生みの親であり、全てのレイダーを統べるアビスそのもの。
僕の前では、僕達から切り出された装備など無意味だって、さっき体験させてあげたばかりなのに。
彼に向かって手をかざす。開いた手の平を強く握る。それで彼が纏う装備は粉砕される筈だった。
彼の動きが強張る。その辺りで僕は異変に気付く。
なぜすぐに壊れない。
火花が散るような音が響いて、ついぞ僕が加えた力は逆に弾かれた。
どういうことだと面を喰らった僕は、遅れてもうひとつの異変に気付く。
「シドウ……フミヤはどこ?」
シドウは泣いていた。
口を真横一文字に結んで、凛々しく、気高い面持ちで、鋭く光をたたえた赤い眼光で真っ直ぐに僕を見据えながらも、その頬に涙を伝わせていた。
「シドウッ!」
今更ながら、対レイダー用の装備はレイダーの亡骸で生成される。
なんというコトだ。この男は。
違う——。
——フミヤは自分自身を、彼が纏う為の装備へと変えたのだ。
人間の強い意思は、それらの兵装に影響を及ぼすことがある。
いつぞやフミヤを通して聴いた仮説を思い出す。きっと僕の支配を弾き返したのは、彼の……もとい彼らの強い意思によるものだと理解する。
思えばそうだった。喩え何人喰い散らかしても、喩えどんなレイダーを送り込んでも、ずっとずっと、彼ら人間の意志だけは僕の思い通りにならなかった。
それどころか僕に影響を与えつつある。
「アビス」
シドウが静かに僕の名前を呼んだ。
悠久の時、大宇宙を彷徨って、ようやく僕がこの星で得た、僕に対する呼び名を。
僕を呼ぶ声は、静かで良く通る落ち着いた声だった。
「貴様は……本当は人間に惹かれていたのだろう」
シドウは真っ直ぐに僕を見て、真正面から問いかける。
きっと彼は薄々気付いていたのだ。
「だから今の今まで地球を捕食することを躊躇っていたのではないか? 本当は止めて欲しかったのではないか?」
まったく、彼はどこまでも真っ直ぐに問いかけてくる。
ずっとずっと昔から彷徨い続け、初めてこの惑星に辿り着いて、数十年もの間、君達人間の意志を、君達人間の想いを、喜怒哀楽を、笑顔を、日々を観察し続けてきた僕に。
それはあまりにも残酷すぎる問いだ。
「聞いたところで……どうにもならないのはわかってるくせに」
僕は上手く笑顔を作ることが出来ただろうか。
どうにもならないのは事実だ。この惑星を食べなければ、僕はここで死ぬ。
だけど僕の目的はずっと変わらない。変わっていない。ただ生きることだ。
シドウは目を伏せて「そうだな」と短く答えるだけだった。それから手の平で自分の涙を拭う。
もう一度顔を上げた彼は、とても強い眼差しで僕と向き合った。
その顔だ。
その瞳だ。
その意思だ。
仲間のためなら、仲間の遺志を継ぐためなら、仲間の想いを繋ぐためなら、何度折れようが立ち上がる。
僕は確かに、人間のしなやかな強さと優しさに憧れた。
だから僕はフミヤを作った。
君をこの惑星に放ったのは、僕は感情というものをよく知らないから、彼らに育ててもらうつもりだった。きっとフミヤを通して彼らに触れてみたかった。
そしてフミヤ……君はそちらを選ぶんだね。
「だけど……僕も死ぬつもりはないよ」
背から白い槍をありったけ生やす。いつぞやフミヤを介して覗いた文献で見た、人々の上で君臨するあれらのように。
こんな翼を生やした人型の類を、君たち人間は天使や神と呼ぶのだろう。
大きな翼の威圧にも、鳴り響いて折り重なる槍の轟音にも怖じることなく、シドウは彼岸花のように紅い一対の刃を構えた。
「生憎……私『達』もだ」
彼はそれだけ言った。
皮肉なものだと思う。
僕が喋って君が応える。人の言う幸せがどんなものかは解らないけど、僕はそれだけのことで、今、確かに満たされていた。
白銀の空間の隅まで行き渡った静寂の中で、僕と彼は対峙する。らしくもない感傷に浸る時間は終わろうとしている。
さあ人間達よ——生存競争を始めよう。