ダーク・ファンタジー小説
- Re: アビスの流れ星 ( No.39 )
- 日時: 2019/05/08 01:17
- 名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: CBSnqzpH)
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天上天下を白銀の槍が敷き詰めた空間で、雪のように白い欠片が吹雪いている。
化け物と一人の男が対峙していた。
化け物の見た目は肌や頭髪から衣服まで真っ白の子供であり、しかしその瞳は一切の光を吸い込む真闇が広がっていた。背からは白い槍で構成された巨翼が突き出している。
子供は手品のように白い槍を虚空から幾本も繰り出す。上から右から左から、自在に男へと打ち付けてかかる。
対して男のコートは黒、そして纏う甲冑もまた漆黒である。髪の色は燃える様に赤く、更に深い緋色の瞳は力強い光が揺れていた。頬には一筋の涙が伝うが、振り払うように闘い続ける。
両手に携えた二刀の刃は煌々と真紅に閃き、血よりも赤き軌道を中空に描き、幾百の槍を貫いて弾いて砕いてゆく。
高い音が鳴り響く。薄い空気が震えた。黒靴が白槍を踏み締める。細腕が白槍を握り締めた。紅い刃が奔る。白い槍が砕かれた。槍の雨が降り注ぐ。黒い裾が翻った。白斧が振り抜かれる。赤髪が流れた。
突如生み出される白い大きな斧を避けた先に、男を待ち構えていたものは白い大きな槌。男は眼をごく少しだけ細め、二刀を交差させて巨大な衝撃を受け切る。
額から汗が滲み、割れそうな程に奥歯を食いしばる。しかし強引に真紅の刃を押し出して、逆に大槌を粉砕する。
遮られていた視界の先から再び槍の雨が降り注ぐ。
右に薙ぎ払う。左にいなす。駆けながら跳ねて避ける。正面からの槍を両断する。尚も駆け抜ける。走り抜ける。打ち落とす。切り飛ばす。弾き飛ばす。踏み出す。
男が槍を受け切る事に専念した瞬間、白い化け物は身丈程もある大剣を足元から生み出す。
柄から切っ先まで全て白一色だが、見事な装飾の大剣であった。
それから両者の距離はついぞ後一歩のところまで迫る——。
——時間にして一秒にも満たぬ、実にほんの僅かな刹那だった。
しかし確かに、一瞬が極限まで引き延ばされたように、目に映る限り空間の全てがスローモーションで流れた。
男の、ルビーを想起させる真紅の瞳は真っ直ぐに化け物を見据えていた。
化け物の瞳もまた然り、深い闇は、確かに男を捉えていた。
男は短く息を吸う。
化け物は翼を大きく開く。
真っ白に光り輝く空間。
幾千の白い欠片が舞い踊る。
黒衣の男は真紅の二刀を携え踏み込む。
白い化け物は銀色の剣を振り被る。
交錯する——。
——化け物が大剣を大きく振りぬく。男は鎬で大剣を逸らす。男が突きを繰り出す。化け物は身を捻って避ける。更に化け物は巨翼で周囲を薙ぎ払う。男は高く跳ねて回避する。空中に躍り出た男は真上から化け物を狙う。回転を加えた剣戟を叩き込む。化け物は大剣でこれを受ける。男は反動を利用した。横合いに転がり込む。下から紅い刃を振り上げた。化け物は避けきれず右の翼を根元から失う。
呻き声が上がる。しかしそれはすぐ咆哮に化けた。強烈な突風と衝撃波が発生する。
空圧に男は吹き飛ばされた。だが男はすぐに体勢を整える。
化け物が大剣を床に突き立てると、辺りの白い槍が強烈な不協和音を発して、のた打ち回るように暴れ出した。
白い槍は入り乱れて男を囲い込み、そして男に向かって一斉に伸びる。壮絶な音が響く。一層白い欠片が舞う。
白い闇と粉塵に包まれる中。紅い閃光が煌いた。
化け物は、アビスは闇より深い漆黒の瞳を見開く。
そして真っ直ぐに自らへと向かう男の、シドウの姿を焼き付ける。
紅蓮の軌跡を引いて迫った彼が穿つ、それは決定的な一撃だった。
刃がアビスの胸元に突き立って貫通している。
愕然とした表情のアビスは、やがて目を細める。
そして全てが終わることを受け入れたのか、ぽつりとつぶやいた。
あまりにも切ない微笑みで、その目尻には一粒の滴を浮かべて。
「畜生……生き残れなかった」
世界が暗転する。
それから空間全てが一面の鏡であったかのように、周囲の全てに遍くヒビが走る。
そして割れて砕け散った。無数の片鱗がきらきらと光を乱反射して地上へ落ちてゆく。
開けた視界の先には青だけが広がっている。
シドウは無意識の内に果てしなく広がる青空へと手を伸ばしていた。自らが纏っている装備、否、フミヤそのものにも至るところに亀裂が入っていた。
グラスが落とされて、欠片を散らす音が響いた。同時にフミヤも細かく砕け散って、青空の向こう側へ吸い込まれてゆく。桜と言う植物の花びらが、風に煽られて流れてゆく様と良く似ていた。
無数の銀色の光と、一面の晴天と、背後から押し寄せる風に包まれてシドウの身体は落ちていく。
散らばり遠ざかってゆくフミヤの残滓を眺めながら、彼は言った。
「終わったぞ、フミヤ」
その言葉に応えるものは、誰も居ない。
♪
果てが無いとさえ思えてくる、夥しいレイダーの軍勢と戦う最中で、ふと一瞬だけ空を見上げた。
そして俺は見た。
アビスの中に光り輝く、一条の流れ星を。
一切の光を通さず蠢く闇の夜空に、確かに真っ赤な星が流れた。
星が流れた辺りから空が割れ、白い光が溢れ出す。
一面に広がる黒い空を、ガラスをぶん殴ったような亀裂が入った。
世界のどこへでも聴こえそうな音が響き、漆黒の空は砕け散る。
眩しさに目が眩み、目の前の全てが真っ白になった。
降り注ぐ黒い雨までもが白く染まり、灰色をしたレイダーの軍勢もまた溶けてゆく。
突然のことに唖然としながらも、再び空を見上げる。
そこにアビスの黒い星は跡形もない。ただどこまでも青い空だけが広がっていた。