ダーク・ファンタジー小説
- Re: アビスの流れ星 ( No.7 )
- 日時: 2017/08/31 13:19
- 名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: fuzJqlrW)
4
かつてこの巨大な列島が日本と呼ばれていた頃、東京という名だった場所。
今では無惨に風化した廃墟ばかりが立ち並ぶ地で、基地を構えるクラヴィス日本支部。
いわば極東の精鋭と言えるその第一部隊が、たった一日にして壊滅したと報告があったのは、つい3日前のことである。
「……そして、本部に在籍している面子でただ一人、この国出身である私が呼ばれたのか」
受付嬢と並んで廊下を歩いてゆく。受付嬢の容姿はあまり見ていない。私の視線は今、ここへの転属に関する資料の束に注がれている。
注視すべきは死亡したという前の第一部隊4名のプロフィールと死亡時の状況、そして唯一生き残った『フミヤ』という少女の情報だと思った。
ここの第一部隊がほぼ壊滅し、新しく2人が配属される運びとなった。その内の一人が私である。わざわざ本部から私を呼び立てたのは、未確認のレイダーに対する警戒から、そして昨今におけるレイダーの活性化を憂慮したからだろう。
「多大な戦力の損失も憂慮すべきですが、戦友を失ったことでフミヤ曹長の意気がかなり消沈してしまっていることも……現状ではかなり深刻ですね」
受付嬢の言葉に、ふむ、と声が漏れる。どうやら私は、考え事を始めるときに、口元に曲げた人差し指の側面を当てる癖があるらしい。
クラヴィス隊員の戦死は極めて多く、特に前線を張るものが還暦まで生き延びることは無い。この私も多くの死を目の当たりにしてきた。少なくとも、5年前から顔を見知った戦友はいない。
情緒の不安定は任務に重大な滞りをもたらすといえど、死に慣れて涙も流さぬ冷徹の鬼と化すか、ひとつひとつの死を憂い悲しみに明け暮れるか。
「どちらがマシなのだろうな」
「はい?」
「何でもない。少し考え事をな」
はあ、と受付嬢は多少腑に落ちない様子ながらもうなずく。
「兎にも角にも、まずは新メンバーとして、顔合わせと行こうじゃないか」
廊下の一角には、オートロックの鉄の扉があった。鉄の扉とはいっても、監獄のような重々しい印象は無い。良くも悪くも簡素なものだ。
この扉の向こうが第一部隊の作戦会議室だという。つまり今日からここが拠点である。
受付嬢が薄い銀色のカードをリーダーに差し込むと、鉄の扉は頭上へ吸い込まれるように開いた。
♪
私のせいだ。
私が、レイダーを仕留め損ねたから皆は殺されたのだ。
何がばっちぐー、だ。自分を絞め殺してしまいたい。そうだ、死ねば良かったのは私だ。全部私のせいだ。
一昨日は呆然としたままで、昨日は結局のところ、一日中涙が止まらなかった。だからなのか、今日は、まだひりひり痛むまぶたを、涙は流れ落ちない。
ただ気分が重くのしかかり、際限なく大きさを増していくだけだ。
落ち込む資格もないのかもしれない。全部私のせいなのだから。悲しむこともいけないのかもしれない。いわば私が殺したようなものだから。
隊長は、強くて優しい人だった。何より頼もしかった。初陣を前に緊張で固まっていたとき、彼が一言と共に背中をたたいてくれた。それだけで心がほぐれていったのを覚えている。
マツヤマさんも優しい人だった。普段の態度こそ冷たいといわれるけれど、毎回の任務が終わるたび、お疲れさま、とコーヒーを差し出してくれた。本当に温かいコーヒーだと、いつも思った。
アルベルトさんは、いろんなことを知っていた。何でも趣味が高じて、色んな知識を身につけたのだという。たまに本を薦めてくれたりもした。私もまた、その本で色々なことを知った。
ミズハラさんは、内気だけど音楽が大好きな人だった。気持ちを表情に出すのが苦手だと言っていたけれど、好きな曲について語るときの彼は、とても楽しそうに見えた。
全部私のせいだ。
私のせいで、みんな死んでしまった。
いっそ自分で自分を殺せたらと思う。
けれど悲しいことに、私は自殺するだけの勇気を持ち合わせていない。
どこまでも醜くて、情けないと思う。
重い感情がぐるぐると同じところを回っていた。しかし扉のオートロックが解除される音で、私は我に返る。そうだ、いけない。今日は新しい人が来るって言われてたっけ。
涙がこぼれていないのは幸いだった。それさえなければ、笑顔をつくるのは得意だ。私は立ち上がって、扉のほうに向き直る。
鉄の扉が開いて、廊下の光が差し込んだ。どうやら私は、部屋の電気を付けることさえ忘れていたようだ。人影はふたつあった。ひとつはエンドウさんだった。彼女はここ日本支部の受付嬢である。
そしてもう一つの人影は、見覚えのない若い男の人だった。丈の長い真っ黒なコートに身を包んでいる。赤い髪と瞳が印象的だと思った。