ダーク・ファンタジー小説
- Re: アビスの流れ星 ( No.8 )
- 日時: 2017/09/01 13:34
- 名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: fuzJqlrW)
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赤い髪の男の人の名は『シドウ』というらしい。
出身はこの日本だが、アメリカと呼ばれていた場所にあるクラヴィスの本部から、日本支部へ転属してきたのだそうだ。
階級は大佐。将官に次ぐ相当なお偉いさんだ。その階級に反して、見た目はかなり若く見えた。まだ二十代半ばくらいだろうか。
しかし、赤い髪に、赤い瞳。私と同じくらい目立つ容姿でありながら、彼の周りに漂う雰囲気は海底のように深く、落ち着いて見えた。すごく強い人なのだろうな、ということだけはなんとなく分かる。
そういえばエンドウさんが、彼は本部でも『真紅の流星』と呼ばれる程の凄腕として有名だったと言っていた気がする。彼の髪と瞳の色が、そう形容させたのだろうか。
「事前に通達があったと思うが、本日一二〇〇を以って、私がここ日本支部の第一部隊長に任命される。よろしく頼むぞ、フミヤ曹長」
「え……あ、は、はい! こちらこそ、よろしくお願いします」
この人とうまくやっていけるだろうか。そんなことを不安に思っていた。それほど彼は、表情を変えずに仏頂面のまま淡々と話を進める。もしかしたら、マツヤマさんのように、冷たく見えるのは外面だけかもしれないと期待を抱く。
彼の配属に伴って、私が副隊長に任命されること。もう一人は、数日ほど遅れてやってくるということ。その他、私の給与の変動、前の隊員……アイカワ隊長たちが負っていた業務の引継ぎ、エトセトラ、エトセトラ。
色んな報告が彼の声で私の耳を通り抜けていったが、ほとんどは頭に入って来ない。
その私の様子を見て取ったのか、資料に向いていた彼の鋭い視線がこちらを向いた。
「聴いているのか?」
「え……あ、はいっ」
問われ、少し遅れて気づいて、笑顔で誤魔化そうとするも、もう遅い。私が別のことを考えていたと、すっかり悟られてしまった。
バツが悪くなって、無意識に目を伏せる。まるで私は犬か猫かのようだと、自分でそう思った。そんな私の様子を見ると、シドウ大佐は資料の束を手にしたまま溜め息を吐く。
「そんなだから、自分の部隊員を殺す羽目になるのだ」
突然、心の一番やわく脆い部分を、鋭い槍で突かれた心持ちになった。
「シドウ大佐……!」
「話はこの受付嬢からあらかた聞いているぞ、フミヤ曹長」
エンドウさんの制止を遮って、彼は言葉を続ける。
喉元に切っ先を向けるサーベルのように、無骨で、そして冷徹な声色だった。
「レイダーを殺し損ね、更にはそれに呆気を取られ、仲間を見殺しにしたそうじゃないか」
いとも容易く私の胸の内を抉る言葉が、事実が、頭上から次々と降りかかる。その口調から、彼が眉一つ動かさず言い放っているのだと分かった。
「ぼうっとしていた、驚いて身体が動かなかった、そんな言い訳が此処で通用するとでも思っているのか?」
視界が小刻みに震えて、ただ抑揚のない言葉が次々と重く圧し掛かる。反論の余地すら与えずに。
脳髄が揺さぶられるような錯覚の中、自分の目頭が熱を帯びていることに気付いた。
自分にここで涙を流すような資格は無い。そう思ってはいても、涙腺が脆く崩れ落ちるのは時間の問題だった。
「次は誰を殺すつもりだ?」
一呼吸置いて、冷静に突きつけられたその言葉を合図に、私を責め立てる文句は途絶え、私は嗚咽を洩らし始めた。
しかし「泣けば許されると思うなよ」と、この部屋に漂う沈黙が語っていた。
「この状況で業務連絡を済ましても意味が無いな」
シドウ大佐はもう一度深く溜め息をついて、近くの黒檀のデスクに持っていた資料の束を放った。
「細かい連絡事項の全てはそれらに記載されている。必ず確認しておけ」
涙を堪えきれない私を見捨てたようにシドウ大佐は背を向け、それから、と付け加えた。
「辞令だ。尉官四名が『名誉の戦死』を遂げたことで『自動的』にお前の出世が決まった」
彼は鉄の扉をくぐるとき、無表情のまま視線だけこちらを一瞥して。
「本日一二〇〇付けで、貴官は少尉に任命される。おめでとう、フミヤ少尉」
再び鉄の扉が下りて、私に果てしない屈辱と悔しさと、自分勝手な、どうしようもない怒りと、何より惨めさを置き去りにした。
嗚咽と涙をこらえようとするのに精一杯で、優しいエンドウさんのフォローは全く耳に入ってこない。堪えようとする努力も虚しく、涙腺の熱は冷めやらなかった。
どうやら上手くいくいかないどころの話ではないらしい。
全て自分が招いたことと知りつつ、私の、真紅の流星に対する第一印象は最悪であった。