ダーク・ファンタジー小説
- Re: アビスの流れ星 ( No.9 )
- 日時: 2017/09/02 12:18
- 名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: fuzJqlrW)
6
シドウ大佐との初めての任務は、最悪な対面の翌日だった。
「……例の、新種のレイダーの反応が確認された?」
クラヴィス日本支部のエントランス。
はい、とエンドウさんがシドウ大佐の訊き返しに応える。
「4日前に第一部隊と交戦した不死身のレイダーのようです」
頭がタコみたいで胴体が犬のような、大きなレイダーのことだ。私が頭部をずたずたに引き裂いても尚健在であったから、不死身のレイダーと呼称されているらしいと知った。
シドウ大佐は少しだけ沈黙する。目を細め何かを考え込んでいる様子だった。それからあまり間を置かず、おもむろに口を開く。
「私が討伐に向かおう」
シドウ大佐は、すぐにヘリを手配してくれ、など言いながら懐から取り出した黒い手袋を嵌める。慌てて大佐を引きとめようとするエンドウさんの反対をも押し切り、私たちはたった二人で未知のレイダーと相対する為にヘリに乗り込んだ。
そして現在、揺れるヘリの中である。
わけもわからないまま、というか半ば投げやりに彼に従った私は、今になって無茶だと思った。
小型であってもレイダーの討伐任務は一体を相手に4人から6人程度でかかるものだ。それをたった2人でなど。しかも、支部を出るときにエンドウさんも言っていたのだが、アイカワ隊長を両断した、姿を自在に消せるレイダーもターゲットと一緒に居る可能性もあるのだ。
しかしシドウ大佐は平然として、頬杖をついてヘリの壁に体重を預けていた。
「そろそろ目標地点に到着するぞ、フミヤ少尉」
はい、とだけ短く返事を返した。
何か勝算があるのかとか訊いたり、笑顔を作る気にすらならなかった。口を開けばまた何か言われるのではないかと思い、ただ黙って時が過ぎるのを望んだ。
いっそ死んでしまえばこの重苦しさからも解放されるのだろうか、なんて考えながら。
シドウ大佐も黙って横目で私を見ていた。まるで観察するように。見下したような態度がちょっとだけ癪だったので、私も負けじと視線で反撃する。言いたいことがあるなら、はっきり言ってくださいと。
すると大佐は昨日のように深いため息をついて、ゆっくりと口を開く。
「お前はレイダーに攻撃を加えるな」
「……——はい?」
思わず聞き返した。
「レイダーに攻撃するな。陽動もしなくて良い。最低限自分の身だけ守れ。これは命令だ」
二の句を次げず、え、あ、と意味の無い母音だけが私の口から滑る。
命令の意味を問うことも叶わぬまま、ヘリの運転手が、目標地点に到達したと私たちに伝える。
「さて、時間だ。準備は出来ているな?」
言いながらシドウ大佐は立ち上がる。間抜けにも口を半開きにしたまま、現状すら把握できていない私を置き去りにして。
もう何がなんだかわからないまま、彼は先にヘリから身を乗り出して行ってしまった。数瞬呆気にとられていたものの、私も慌てて後から彼を追う。
いつもの分厚い空圧を全身で受け止めながら、風の中を落ちていく。黒地のインナーと銀色の甲冑は既に身に着けていた。
慌てていたためか、着地は少しよろけていつもより少し不恰好になる。それでもどこかを痛めたり、傷を負ったりすることは無かったので問題無しだろう。
顔を上げると、少し前方にシドウ大佐の姿があった。
黒く丈の長いコートを着たままだ。あの下に私のようなインナーと甲冑を着込んでいるのだろうか。元からごついデザインではないため、見た目で判別はつきにくい。
そしてシドウ大佐が見据えるさらに前方には、剣呑としてのっしのっしと歩いてくる、あのタコ頭のレイダーの姿があった。タコ頭のレイダーの頭部は、すっかり回復している。傷一つないのだ。よっぽどの再生能力でも備えているのだろうか。
ぎょろぎょろと大きな目玉を動かしながらこちらへ悠々と近づいてくる巨体を前にして、シドウ大佐は呟いた。
「あれは1つではなく、2つだな」
「え?」
「今は気にするな」
彼は腰に差したサーベルを、2本、抜く。そのままだらりと両手を下げて、肩から力を抜いて、真正面からレイダーを見据える。
レイダーはシドウ大佐の殺気を感じ取ったのか、あちらこちら動かしていた目玉の焦点を彼に合わせる。
「作戦は先程口頭で伝えた通りだ。お前は無駄なことをしなくて良い」
言い方にむっとしたが、彼は肩越しに私を見て、次にこう言った。
「ただし、よく見ておけ」
言い終わるや否や、彼の姿が消えたのかと思った。
それは違った。ただ彼は標的に向かって走り出しただけであった。しかし、その動きは今までに私が見た誰よりも速い。
レイダーも負けじと、剣のような牙が並んだ大きな口を開いて咆哮する。
大地を震わす大音声にシドウ大佐は全く動じず疾駆して——。
——そして彼の身体はレイダーの喉へと、吸い込まれるように飲み込まれた。