ダーク・ファンタジー小説

頼まれ屋アリア 3-b 白の双子、謀略の双子 ( No.10 )
日時: 2017/09/24 03:09
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 6900文字……って、過去最高記録1000文字も超えた!?
 ……余裕をもって読みましょう。

 書くのにかかった時間は四時間。7000文字として計算すると、一時間に1750文字書いていることになる。これは執筆ペースとしては早いのか遅いのか。

 まあ、良かったら続きへどうぞ。

。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆


 b 白の双子、謀略の双子

  。。。☆


 遠い昔、裏切られた。失った故郷で。
 信じていたのに。
 だからヴェルゼは復讐を誓った。
 だってその相手は。アリアたち姉弟の心をずたぼろにしたから。
 そのシドラが、ファイの町にいるかもしれないと、いう。

「はぁっ!」

 馬に当てられる鞭。揺れる馬上で。アリアはヴェルゼにつかまっているのが精一杯だった。
 そもそも故郷のエルナスには馬なんていなかったし。どこで乗馬術を覚えたのか、アリアは不思議だった。
 それはとにかく。
 走り続けて数時間。ようやくファイの大きなドームが見えてくる。
 ——闘技場の町、ファイ。
 あのドームが、目印であった。

「着くぞッ!」

 馬は町の入り口まで来て。ようやく止まる。
 アリアは腰が痛くてたまらなかった。だって時々休憩を挟んだとはいえ。数時間も馬で走ったのだし。対するヴェルゼはすました顔をしているが……。

「何者ですか」

 町の入り口で誰何される。大きな町だから門番くらいはいる。
 しかも今は、暴動が起きているらしい。
 ヴェルゼは努めて冷静な口調で答えた。

「リノールの町のヴェルゼ・ティレイトとアリア・ティレイト。暴動を鎮めてほしいとの依頼を受けてきた」

 門番は、それを聞いて首をかしげた。

「何か作戦でもおありで?」
「姉貴が知っているんじゃないか。おおい、姉貴?」

 ヴェルゼの呼びかけに、アリアはうなずいた。

「簡単よ! しっかり確実に鎮めてみせるから! 待っていて!」

 その、あまりにも自信たっぷりな姿に。
 安心したのか、門番はうなずいた。

「わかりました、お通り下さい」
「感謝する」

 言って、町の門を通り抜けた。
 その先で見たのは。

「税金を下げろ!」
「この冷酷人でなし領主め!」
「他のところはこんなに高くないだろボケー!」

 ……完全に暴徒と化した、怒れる烏合の衆であった。
 そんな群衆がしきりに城内に侵入しようとしているから、城の前の防御はガチガチだ。
 アリアは呆れたような溜息をついた。

「……領主さまも大変ねぇ」
「同感だ」

 ヴェルゼもうなずきで同意する。
 気になることを、姉に問うた。

「ところで奴は?」

 シドラの姿が見えないなと指摘する。
 彼の白い髪は遠目でも良く目立つのだが。
 アリアは首を振って答えた。 

「そう簡単に現れるとも思えないわね。ひとまずこれを鎮めましょう。そうしたら出てくるかも」
「解った。で、どうするんだ?」
「沸騰した頭を冷やすには?」
「……? どういうことだ?」

 アリアは大きく杖を掲げて。
 城ばっかり見てこちらを全然見ていない人々を、見て。
 笑ったのだった。





「簡単よ! 沸騰したら、冷やすだけ! 水よ!」





 杖を掲げ。空気中の水蒸気を一気に冷やして大量の水を作り出し。
 ……それを。
 混乱する人々の頭に、思い切りぶちまけた。

「って、おい、姉貴!」
「大丈夫、見ていなさい!」

 バッシャァァアアアアン!
 思い切り水をぶちまけられて。混乱する人々。
 アリアは一気に走りだす。全ての見える、高台へ!
 追いかけるヴェルゼ、走るアリア。やがて彼女は、町にあった物見やぐらに登って。
 自分の喉に杖を当てて、よく声が通るようにしてから、呆然とする民に言った。

「いい加減に頭冷やしなさい! 自分たちがどれほど恵まれた環境にあるか、わかっているの!」

 ずぶ濡れにされて。そんな言葉を急に言われて。
 群衆は、黙るしかない。
 アリアは、続ける。

「税金が高い、ですって? ええ、あたしは余所者だけれども、確かに知っているわ! でもね、税金が高い代わりに。あなたの町にしかないものがある! 他の町を見てごらんなさいよ?」

 鉄の入った建物、完全整備された上下水道、治安の良さ。指折り次々と挙げていく。

「あなたたちが当たり前だと思っているそれらは。実は他の町にはないものなのよ? そんなに素晴らしい生活を維持するのに、お金がかかったって当然じゃない? それに町は、闘技場で得た収入を、年に一回みんなに配っているっていうじゃない! それでも満足しないってわけ? 馬鹿なの? 守銭奴なの?」

 その言い分に。流石にヴェルゼが止めに入った。

「姉貴。言いすぎだ」
「だっておかしいんですもん!」

 ……アリアは一度「スイッチ」が入ると。なかなか止まることができない。
 彼女はどこまでも真っすぐで。正義に溢れた少女だった。
 群衆は沈黙したまま。何も答えなかったが。
 やがて。

「……他のところは、違うのか?」

 群衆の一人が。恐る恐る問うた。
 そうよとアリアはうなずく。

「あたしは余所者。ここから少し北に行った、リノールという町に住んでいるの。そこでは木造建築が当たり前。鉄の入った建物? そんなの見られるのは、アンディルーヴ広しといえど、ここと王都だけだと思うわ。上下水道? こっちは井戸から水を汲むのよ? 治安だって、ここみたいによくはないし」

 そうなのか、とその人はうなずいた。

「税金が高いのは……我々が、恵まれた生活をしていたからなのか」
「そう。だからそれに文句を言うのは筋違いなの」
「よくわかった」

 その領民が、皆の方を向くと。
 皆、なるほどとうなずいた。馬鹿だった、と頭を叩く者だっている。
 通常。何もしないで説得だけしようとしたって。こうもうまくはいかない。逆上する者が現れたっておかしくはないのだが。
 アリアが水をぶちまけて。物理的に「落ち着かせ」たから、うまく説得ができたのだ。
 アリアは単純馬鹿かもしれないが。その素直さが、時に問題解決の鍵にもなり得る。
 鎮まった群衆は、領主の城を恥ずかしそうに見た。

「……お城、傷つけちゃったよ」
「謝ろう、弁償しよう」

 ……そういった流れで。
 群衆が困ったようにしていると。
 突如、城の門が開いて、そこから初老の男性が現れた。
 直接会ったことはないけれど。アリアもヴェルゼも、彼が何者なのか直感した。
 ——有能とうたわれた、領主さまだ。
 彼はざわつく群衆に向かって、声を放った。
 直前。近くに魔導士らしき人影が現れて、拡声の魔法をかけたのがわかった。

「ファイの民よ!」

 その声は意外にも若い。

「とんだ誤解を招いてしまったようで、私は申し訳なく思っている。すべては余所者の世迷言。だからそれに踊らされた皆に罪はない」

 その余所者さえ来なければ。町に暴動は起きなかったはずだから。
 領主は、言うのだ。

「だから、弁償は無用だ。皆にはいつも通りの生活を送っていてもらいたいのだ。大丈夫である、我が城には闘技場で得た資金がまだそれなりにあるし、受けた損害も微々たるもの。これにて暴動は終わったのだな? ならば解散! いつも通りに過ごしてくれたまえ!」

 その言葉に、感激して。
 民衆の一人が叫びだした。

「領主さま万歳!」

 すると。他の民も叫びだした。

「領主さま万歳! ファイの町万歳!」

 その声は次第に大きくなっていって。
 ああ、暴動は終わったのだと、アリアたちは理解した。
 しかし。暴動を起こした当人がいない。まあ、こんな状況で出てきても、袋叩きにあうだけか。
 だが。見つけられるものなら見つけたいという気持ちは変わらない。
 アリアとヴェルゼがシドラを探して。物見やぐらから町を見渡した時。

「! ヴェルゼ」
「何だ?」

 アリアは、見た。町から逃げるように走る、黒に近い灰色のフードをかぶった、影を。
 そう言えば。シドラは目立つ髪を隠すため、よくフードをかぶっていた。
 それを確認し、アリアは物見やぐらから飛び降りる。

「ちょ、姉貴!?」
「風魔法で空気抵抗少なくして降りるから、ヴェルゼもさっさと飛び降りなさい!」
「そんな無茶苦茶な……」

 ぼやきつつも素直に飛び降りるあたり。ヴェルゼは余程、姉を信頼しているらしい。
 飛び降りてからすぐに。暖かい風が身体を包んだのを二人は感じた。
 そうして二人は、ゆっくりと着地する。

「どこだ!」
「こっちよ!」

 見つけたフードを追いかけて。姉弟は町をひた走る。
 やがて。フード姿の人影は、ある袋小路にまで追い詰められた。
 ついにやったか、とヴェルゼが瞳を復讐にぎらつかせ、追い詰められた人影に近づいて行く。
 アリアがその様子を、はらはらと心配げに見つめていた。
 だってヴェルゼは。敵には一切容赦はしない人だから。
 アリアだって、確かにシドラは憎いけれど。でも、多少の情けはあるから。
 ——暴走したら、止めよう。
 そう思って、杖を握りしめた。

 フードの人影に近づくヴェルゼ。その手には大鎌。
 フードの人影は何も言わない。しかし。彼とヴェルゼの距離が、3メートルくらいになった時。

 言葉を、発した。





「……何を勘違いしているのか知らないけれど。僕、シドラじゃないよ?」





 言って、静かにフードを取った。その髪は白、瞳は赤。
 シドラとまったく同じ。異種族「イデュールの民」の証の髪と瞳の色。
 顔立ちもまるで、変わらないのに。記憶にあるシドラよりも。この人影は弱々しい。
 ティレイト姉弟は思い出した。余所者シドラが、あの町に来た時。隣にいた、もう一人の少年を。
 病気がちだった彼は、シドラの双子の兄で。
 あの日の事件には無関係な人物だったと記憶している。
 アリアは恐る恐る、彼に問うた。

「あなたは……もしかして、フィドラ?」
「正解だよ」

 白い少年は、淡く微笑んだ。
 ヴェルゼは戦う気持ちが失せて、鎌を背中に仕舞った。

「じゃあ逆に訊くけどな。何であんたがここにいるんだ? あんたが民をそそのかしたのか?」

 フィドラはううんと首を振る。
 民衆を恐れて再びフードをかぶりながらも、否定の言葉を発する。

「違う。僕じゃないよ。僕はただの囮なだけ。シドラがまた『ゲーム』を始めたいって言ったんだ。でも一人じゃできないから、協力してくれってさ……」

 要は、とヴェルゼの言葉が再び鋭くなる。

「共犯か?」
「認めるけれど」

 でも、僕だって悪いよ? と儚く笑った。

「だって僕らは双子、一心同体さ。『ゲーム』をしたいと言ったのはシドラ、乗ったのは僕。僕はこの町の情報を集めて、シドラに教えた。だから僕だってこの事件に、大きく関与しているのさ」

 シドラは彼ほどの情報収集能力を持ってはいない。
 そうだ、あのエルナスの事件だって。
 フィドラが情報をシドラに渡したから。成立した事件なのかもしれなかった。

「……貴様は、あの事件にも」
「完全なる無関係じゃないね」

 彼は、否定しなかった。
 そうか、とうなずいたヴェルゼの顔には。冷たい殺意が宿っていた。
 背中に戻した鎌を、再び構えた。
 それを見て、待って待ってとアリアが止める。

「ちょっとヴェルゼ、落ち着こう!? 彼に悪気はないでしょうってば!」
「でも、事実がある。あの日オレたちの居場所がすぐに割れたのはこいつのせいだ」
「でもね、シドラ当人じゃないし!」
「双子なら。殺せば奴もやってくるか」
「破滅思考やめて!」

 その様を見て。
 フィドラはどこまでも冷静に返した。

「言っておくけれど」

 水面(みなも)の様に静かな声に。姉弟は言い争いをやめた。
 フードの奥から垣間見える赤い瞳。シドラとは似て非なる、優しく穏やかな瞳。
 しかし彼を侮ってはいけない。その瞳の奥には蛇がいる。
 優しく見えて、狡猾で。人を裏切ることにためらいがない。
 それが、フィドラ・アフェンスクの本性なのだ。
 彼は静かに言った。

「あの日居場所が割れたのは僕のせいじゃないよ。シドラがその場にいたんだよ」
「なら、貴様は何をした」

 簡単さ、と笑う彼は。宿す悪魔をちらりと見せる。

「シドラが楽しく『ゲーム』をできるように。少し場を整えただけさ」
「貴様ァッ!」

 怒りを制御できなくなったヴェルゼが。勢いよくその大鎌を振りかぶる。
 白い少年は。言葉こそ巧みだが、自らを守るすべを持っていなかった。
 彼にとって、言葉こそ武器。相手を怒らせたら、対応できないのに。
 先ほどの走りに疲れた彼は。弱々しく、咳を一つした。
 そんな彼に、迫る大鎌——。


「やめなさいッ!」


 ——は。
 アリアの呼びだした風の魔法で、大きく軌道を変えられた。
 ヴェルゼが憤りをあらわに姉を怒鳴る。

「何故止めるッ!」
「だって見なさいよ! 彼、咳してる」
「病気だからって知ったことか! 邪魔するなッ!」
「いいえ、するわ」

 アリアはフィドラを守るようにして、立った。
 ヴェルゼの目が、驚愕に見開かれる。

「姉……貴……?」

 だっておかしいもの、とアリアは言う。

「あたしたちみたいに強い人が。こんなに弱い人を殺すなんて、傷つけるなんて。こんなのおかしい!」

 しかしアリアは知らなかった。これこそが、自己防衛手段を持たないフィドラの、自己防衛方法だということを。あえて自分を弱々しく見せかけて、それで相手の戦意をそぎ落とす。そもそも病気がちな彼だ。演技は容易いし、今現在、彼の体調はそこまで良好ではないのも事実であるし。
 彼はさらに、苦しそうに咳こんだ。アリアはその演技を、本気と信じて。

「こんなの、あたしの求めてる復讐じゃない! しかも相手はシドラですらない!」

 素直に信じる甘い「正義」を、これでもかとばかりにぶちまけた。
 ヴェルゼはしばらく黙っていたが、やがて。

「……仕方ない。ああ、復讐すべきはこいつじゃないな。わかった、報酬受け取って帰ろうぜ」

 諦めたように言って、大鎌を再び背中に戻した。
 フィドラは不思議そうに首をかしげる。

「僕を……見逃してくれるのかい」
「弱い奴を斬り捨てるような残酷人間じゃない」

 君、今さっきそうしようとしたよね? という言葉を、呑み込んで。
 どこまでも策士で嘘つきなフィドラは、満面の笑顔で言ったのだ。


「ありがとう」


 その笑顔に、ヴェルゼは毒気を抜かれたようだった。
 彼は姉を急かして、急ぎ足でその場を去っていった。
 彼らが完全に見えなくなったのを見届けると。フィドラもまた、ゆっくりと歩き出す。
 自分の後ろに、振り返らずに一言。

「……見ているなら、助けてくれたって良かったんじゃない?」
「あの甘すぎアリアが、兄さんを見逃してくれるって踏んでいたさ」

 その後ろに。どこかに隠れていたフードが、もう一人。

「でも、君も甘いね。僕を囮にしておいて、結局助けてくれるんだから」
「当たり前さ、双子だろう? あ、つらいなら背負ってもいいけど」
「あれは演技だよ。完調じゃないのは確かだけど、歩けないほどじゃない」
「そっか。具合悪くなったら言ってほしいな」
「ま、無理しないように頑張るさ」

 彼は後ろを振り返る。振り返った先には、一対の赤い目。
 彼とは似て非なる、鋭く苛烈な赤い瞳。
 彼は双子の弟に、問うた。


「『ゲーム』は楽しかったかい?」


 シドラはその顔に、獰猛な笑みを浮かべるのだった。

「ああ、楽しかったさ。ついでにあの馬鹿姉弟も引っ張りだせたしな。兄さんには感謝だね」
「そりゃどうも。次はどうしたい?」
「兄さんはどうなのさ? いつも僕ばっかりじゃ悪いし」
「そうだね……。ならば……」

 ……新たなる悪だくみが、囁かれていた。


  。。。☆


「頼まれ屋アリア、依頼、完了しました!」

 あの後。アリアたちは5000ルーヴもの報酬を受け取って帰った。
 実際、あまり大したことはしていない。水をぶっかけて、演説もどきをして。ただそれだけ。
 しかし領主は心から感謝をしていて。アリアが断ったにもかかわらず。大金をお礼に寄越したのだった。これくらいはしないと気が済まない、と。
 
 正直。今回の事件に関しては、アリアもヴェルゼも納得しないものが多いが。
 本命を取り逃がした上に。その双子の兄に情けをかけた。
 確かにフィドラはそこまで悪そうな人ではなかった、が。どうにも釈然としないものが胸の奥にわだかまる。
 ヴェルゼは、姉に呼びかけた。

「姉貴」
「何?」
「……次に会ったら、フィドラといえど、殺す」
「…………」

 アリアはその言葉に、しばし黙った。
 が、やがて。

「……なら、その時は敵になるんだね」
「何だと?」

 だってあたしには、彼が敵には思えないもの、とアリアは弁解した。

「そんな、無防備な彼を殺すのはあたしは反対。どうしても殺したいって言うのならば……あたしは魔法で、あなたを止めるから」
「……そうか」

 ヴェルゼは理解したようにうなずいた。

「だがな、オレだってこの復讐は譲れないんだ。その時は姉弟対決か?」
「そんな日が来ないことを望むわ……」

 仲のいい姉弟だから。対決なんて、したくない。
 アリアは憂いに満ちた溜め息をついた。
 空はどんよりと曇っていた。


〈三番目の依頼、達成!〉


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