ダーク・ファンタジー小説
- 頼まれ屋アリア 4-a 行きだおれの白い少女 ( No.11 )
- 日時: 2017/09/24 18:23
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
※ 時系列は四月の終わりとなりました。そろそろ暑くなる季節です。
二週間に一回依頼が入る、という仕組みですからこうなります。
。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆
今か昔かそれとも未来か!? 時も場所もわからぬ世界に。不思議な不思議な「店」がある。
その名も「頼まれ屋アリア」と——。
『願い、叶えます! アリア&ヴェルゼ』
その木造の「店」には。「開店」の板の横に、上のようなことが書かれていた。
。。。☆
4番目の依頼 働きますから私に居場所を
a 行きだおれの白い少女
。。。☆
カランコロン。ドアベルが鳴る。今日も頼まれ屋アリアの一日が始ま——
「……って、ええっ!?」
——らなかった。
ドアを開けて入ってきた少女は。入ってくるなりぶっ倒れてしまったのだから。
アリアは慌てて少女に駆け寄って、助け起こした。
「だ、大丈夫ですか!?」
助け起こした少女は。暖かそうな、真っ白なフード付きローブを着ていた。
フード。嫌な記憶がよみがえる。
そこからこぼれおちたのは、純白な髪。
「う……」
うめいて開けられた瞳は、色素のない赤。
彼女は、シドラらと同じ。
イデュールの民だった。
。。。☆
「断じて認めない」
ヴェルゼはそう、吐き捨てた。
「イデュールだぜ? シドラと同じ異種族なんだぜ? 何でわざわざ匿う。そこらに適当に捨てておけばいいだろう」
その言葉に、アリアは憤慨した。
「ひどい! ひどいよヴェルゼ! だって彼女は、シドラとは何の関わりもないじゃない! なのに捨てろだって? あたし、あんたのことを見損なったわ!」
「オレがそんな人間だって、姉貴も解っていたろうに」
まあいいか、と彼は話を打ち切ろうとする。
「ひとまず、目覚めるのを待ってみよう。全てはそれからだな」
。。。☆
それから数時間。倒れていたイデュールの少女は、店にあった緊急用ベッドで目を覚ました。
腰まである長い白髪。開かれた赤い瞳は何か怯えていた。
「調子はどう?」
アリアが尋ねると。少女はお恐る恐るベッドから身を起こした。
彼女は、問う。
「……ここ、頼まれ屋アリアで、合ってますか?」
「? そうよ?」
「そうですか、私、道、間違っていなかったんですね」
少女は安堵したように胸に手をあてた。
アリアは首をかしげる。
「何? 依頼? この店に何か用が——」
「そうなんです!」
少女は大きくうなずいて。
少しふらつきながらも。ベッドから立ち上がって、思い切り頭を下げた。その際、右手の指を二本立てて、それを左胸にあてた。イデュールの挨拶なのだろうか。
彼女は、声を上げて言うのだ。
「お願いですから、私に居場所を下さぁい!」
……一瞬、空気が固まった。
アリアは訊き返す。
「……あのー? わかりやすく説明してくれるかしら……?」
その言葉に、はっとなったように少女はうなずいた。
その赤い瞳に宿るのは、深い悲しみと憂い。
「あのですね、えっと……。私、故郷を滅ぼされて居場所を失って放浪中なんですよ。そこであるとき、この店の話を聞いたんです。この店はなんでも屋、ですからこんなわがままでも聞いてくれるかと……。要は」
働きますから代わりに居場所を。ということらしい。
彼女は必死に弁解した。
「私、家事とか会計とかもできますし! 私、ここを断られたら野垂れ死ぬしかないんですよ! ……イデュールは異民族。ただでさえ迫害が激しいのですから……。お願いです、私に居場所を下さい!」
こんな依頼は初めてだ。困惑したアリアは、とりあえず訊かねばならぬことを訊く。
「えーと、ちょっと待ってね? まずは、あなたの名前を聞かせてもらえるかしら」
「ソーティアです。ソーティア・イデュール・レイ。ソーティア・レイと通常は名乗ります。えっと、そちらは知っています。アリアさんとヴェルゼさんですよね?」
「……何であたしたちのこと知ってんの」
「リノールの町で聞きました」
状況は理解した。彼女はこの店に居候したいらしい。
アリアは別に構わない。実は、いつか幼馴染である友人が来たときのために、開けておいている部屋が一つある。その人は基本アリアたちの故郷を離れられないし、そもそも来ること自体が夢物語に等しい人物なので……。その部屋を使ってもらっても構わないだろう。アリア自身、こんな悲しそうな女の子を野ざらし放置するほど人間やめていない。居場所? それくらい。頼まれ屋アリアが作ってやれる。
ただし、問題は。
アリアは殺意のようなものが少女——ソーティアに向けられているのを感じて、内心冷や冷やしていた。店の奥にいつもこもっている人間など一人しかいない。そう、ヴェルゼだ。
双子の裏切りを、何よりも強く気に病んでいたヴェルゼ。その影響から、彼は相手がどんな人間だろうと、イデュールの民だけは許せないと思うようになってしまった。
アリアは顔に笑みを張り付けて、店の奥に問いかけた。
「あの〜、ヴェル……」
「却下」
「……言うと思ったわ」
彼に許可を得ようと思ったところ。案の定の返答が来た。
アリアは困ったように、ソーティアを見た。
「……えっとね? あたしは貴方に居場所を作ることに賛成よ? でもね、弟が」
「却下と言ったら却下だ」
アリアが説明している最中に。
店の奥からヴェルゼが出てきた。
その瞳は、冷たい。
彼はソーティアの前にずんずん近づくと、彼女を睨みつけた。
「……出て行ってくれないか」
「…………」
その言葉に。ソーティアはうつむいて唇を噛んだ。
ヴェルゼは容赦しない。
「悪いがな? 生憎とオレはイデュールを信用できないんだ。ただの依頼ならまあ許せた。どうせ二度と会うこともないしな。だがな、居候だと? ハッ、誰が貴様なんかに居場所をやるか。だから出て行って」
「——やめなさいヴェルゼッ!」
バチーン!
彼の言葉を遮るように。アリアの平手が飛んだ。
所詮女の細腕では。彼を吹っ飛ばすほどの威力は出ないが。
ヴェルゼは呆然とした顔をしていた。
「……何故……姉貴……」
「あんたは人でなしなのッ!」
アリアの赤い瞳は。怒りの炎に燃えていた。
「ええそうよ、彼女はイデュールよ! だけれどね、それがどうかしたの? 何がどうなって彼女みたいな子が非人道的扱いを受けなきゃならないのッ! 迫害されて、放浪して。ここはようやく見つけたい場所なんだって言うのよ!? あなたはそんな彼女の努力を踏みにじるのッ!」
「……あの過去を、忘れたわけではあるまい」
「もちろんよ! でも、彼女とシドラは別じゃない!」
「…………」
ヴェルゼはしばらく姉をじっと睨んでいたが、姉が折れないとわかると。
これまで誰にもきかせたことがないくらい底冷えのする声で、告げた。
それは、訣別の一言。
「……世話になったな」
言って。
彼は店のドアを開けた。
「どこへ行くのッ!」
思わずアリアが問えば。
彼は最後に一度、振り返って言ったのだ。
「どこへなりと。こっちの行動に文句つけるなよ姉貴」
もう二度と関わりを持たない。
そんな、冷たい決意が垣間見えた。
アリアはその場にへたり込んだ。
——こんなはずじゃ、なかった。
そうさ。彼女を匿って。時間をかけて、ヴェルゼに理解してもらうつもりだったのに。
そのヴェルゼは。訣別の一言を投げ、そのままいなくなってしまった。
遠ざかる足音。黒い衣が見えなくなっていく。
アリアは泣き出したい気持ちだった。
その肩を。
「……ごめんなさい。私の、所為で」
ソーティアが、優しく包んだ。
彼女は、謝っていた。
「……私が来なければ、こんな、ことには」
「……いいえ、あなたのせいじゃない」
アリアはううんと首を振った。
ゆっくりと立ち上がり、開けっぱなしだったドアを閉めて。
悲しくとも強気に、微笑んだ。
「ヴェルゼは昔からあんな子だったから……。仕方ないの。でもいずれは。頭が冷えたら絶対に、戻ってくるわ!」
「……そうなの?」
「ええ」
だからあなたも、気にしなくていいのよ、と。笑った。
「でもね、あたしが仕事をするには。ある『魔法の言葉』が必要なのよ」
「……例えば、どんな?」
「簡単よ」
アリアはいつものように、勝ち気な笑みを浮かべた。
「言って頂戴。あたしに、直接の言葉で依頼して頂戴」
「……わかりました」
ソーティアは、神妙な顔でうなずいて。
アリアに、依頼をする。
「私に居場所を下さい!」
「頼まれ屋アリア、依頼、承りました!」
あとは。
ヴェルゼの動き次第かな。
アリアはそんなことを想った。
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- 頼まれ屋アリア 4-b 助けることが ( No.12 )
- 日時: 2017/09/27 01:23
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
5300文字。どうやらこの作品は、長くなる傾向が強いらしいです。
時間ある時に読みましょうねー。
所要時間は二時間です。5000文字を二時間なら、>>10よりも早いです。
今回は割とサクサク書けました。
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b 助けることが
。。。☆
「……イデュールなんて、大ッ嫌いだ」
ヴェルゼは小さく吐き捨てた。
本当は。本当は、こんなこと。思っちゃいけないんだ。
だってイデュールの少女ソーティアは、自分たちに何もしていないから。
ヴェルゼ・ティレイトは馬鹿ではない。理性でそうとわかってはいるが。
しかし。まだあの過去を乗り越えられない自分がいた。
嵌められて、陥れられて。怒りのあまり暴走して姉を傷つけ、姉を元に戻す代償に五年の命を失ったあの日。闇の神と戦の神に、復讐を誓ったあの忌まわしき日。
笑うシドラの顔。狂ったように、頭の中に焼き付けられて離れない。
だから嫌った。イデュールの民そのものを——。
「……どうでもいい。オレの私情か」
何も考えず、ただ歩く。春が終わり、夏に向かいつつあるリノールの町を。
勢いで出て行ってしまったから。簡単に戻るわけにはいかなかった。そんな無様晒せるものかと、彼は思っていたから。
知っている。彼は己を理解している。
無駄に高い矜持。それが時に、人間関係の枷になると。
——性格を簡単に変えられたら、世話ないさ。
自己嫌悪すら覚えつつも。彼は春の町を歩く。
しかし彼は、気が立っていたから。いつもの彼ならば気づくことに、全くもって気付けなかった。
歩く漆黒の死霊術師。その背を。
——とある一人の魔導士が、狙っていた。
心当たりが、ないわけじゃないんだ。
だって彼は死霊術師。「裏」の依頼では殺しすら請け負う。
そんな彼を恨む者がいたって。憎む者がいたって。おかしくはないのに。
動揺し、気が立っていた彼は。常の警戒心を失っていた。
。。。☆
「ヴェルゼを探そう。これでもあたしの弟なんだから」
「……アリアさん、待つみたいなこと言っていませんでしたか……?」
「ごめん。やっぱ、待っているなんて性に合わないの」
「アリアさん……」
頼まれ屋アリアで。残された少女二人は、今後の展開について話し合っていた。
ソーティアは首をかしげる。
「私はイデュール。だから嫌われ、迫害される。それはわかってはいるのですが。実際、過去に何回もひどい目に遭いましたしね。ですが、ヴェルゼさんの嫌い方は、それ以外にも何かあるような気がしてならないのです」
その言葉を聞いて、アリアは苦笑した。
「鋭いわねぇ。簡単に言えば、かつてあたしたちはあなたと同じイデュールの民に嵌められて、それで大好きだった故郷を追放されちゃったのよ。あたしは乗り越えたけれど、あたしにはあずかり知らぬところでヴェルゼはさらに傷ついた。だからヴェルゼはその人が許せない。ひいてはイデュール全体が、ね……」
「そうなんですか……」
ソーティアは神妙な顔でうなずいた。
彼女はそのまま会話を続けようとしたが、何を感じたのか不意に立ち上がった。
「!」
その赤い瞳には。イデュールの民にしか見えないあるものが。そう、魔導士たちの魔法の源、通常は目に見えない魔法素(マナ)が——映っていた。
その異能のお陰で。イデュールの民は魔法攻撃の察知が早い。
そう、今だって。
「……急にどうしたのよ?」
アリアが不審そうに訊けば。
ソーティアは、叫んだのだった。
「大きな魔法の気配! まずい、ヴェルゼさんの向かった方向です!」
「何だって! あの子、攻撃受けてるわけッ!?」
アリアはあわてて店の扉を開け放ち、ソーティアの手を強引に引きずって外へ出た。
「どこ!」
「こっちです!」
場所がわからずに苛立たしげに叫んだアリアを。追い越して、白い少女が先へ進んで案内する。
彼女は焦り、急いでいた。
「間に合って下さい!」
その先で見たのは——。
。。。☆
「……灰色の混沌ッ!」
無詠唱。全くの不意打ち。背後からかかった声に。
「何だとッ!?」
考え事をしていたヴェルゼは、反応が遅れた。
「ぐは……ッ!」
飛んできた衝撃波。それは容赦なくヴェルゼを打って、近くにあった大木へと勢い良く衝突させた。彼の息が一瞬、止まった。
しかもその衝撃波には、風の刃まで装備されていた。
とっさに腕で守ったはいいものの。その腕はもうずたずたで、背中の大鎌を抜くことはできなくなっていた。腹がやられていたらと思うとぞっとする。もしそうなっていたとしたら……いま頃辺りは、彼自身の血と臓物で真紅に染まっていたことだろう。
彼は両腕から激しく血を流しながらも。彼を襲った人影を見た。
それは、20代くらいの若い男だった。片手に大きな杖を持って。それをヴェルゼに向けていた。
その杖に彼は見覚えがあった。前に依頼で頼まれて暗殺した相手の、遺品の杖だった。
そして目の前にいる男は。殺した相手よりも若い印象があった。
ヴェルゼは何者なのかを推測する。
「……お前は……あいつの、弟か……?」
「正解だ。お土産をやろう」
男は薄く笑って。その杖をさらに高く掲げる。
途端、生まれた灰色のつむじ風が。動けない彼に迫った。
しかし彼は微笑んで、小さく呟いた。
「……デュナミス」
昔に死んだ友人の霊。呼べば答えてくれるから。
彼の呼びかけに応えて現れた小さな霊が、つむじ風を蹴散らした。
男は驚いたように目を瞠る。
「子供だと思っていたが……あんた、弱くはないんだな」
「15だが、何か? 舐められてもらっちゃ……困るぜ」
「その怪我で余裕かますのかい。まあいい。その小さな死霊くんだって、できることには限りがあるだろう。だから喰らえ。兄上の命を奪った代償だッ!」
呼び出された灰色の刃は。数十を下らない。
そんな数を捌いたら、霊体であるデュナミスだってただでは済まないかもしれない。
通常攻撃は霊には効かない。通常攻撃ならばすり抜けられる。
しかし、魔法攻撃は。物理的攻撃よりも霊に近いため、喰らい続ければ霊だって消える。
ヴェルゼは決断した。
「戻れデュナミスッ!」
叫び。身体を横に転がして風の刃を避ける。
だが、迫りくる刃の数は、圧倒的で。吹っ飛ばされて立てないヴェルゼには、とても不利な状況だった。このままでは死んでしまう。
しかし彼には切り札がある。それは、己の血を媒体として発動する、禁忌の邪法——!
——唱えるしかないッ!
「血の(ブラッディ」
「——ヴェルゼッ!」
——唱えようとした、瞬間。
ヴェルゼは、自分の身体が誰かに抱きしめられたのを感じた。
ふわりと漂った香りは、彼女の愛したオレンジの爽やかな香り。
その顔にばさっとかかってきたのは、彼女の特徴たる炎の赤髪。
杖すら途中で投げ捨てて。ただ弟を守るために、その身体を抱きしめた。
「姉貴ッ! この馬鹿ッ!」
そんなことをしたら。アリアが傷ついてしまうのに。
つむじ風の刃は容赦がなかった。ヴェルゼを守るように抱きしめた彼女の肌を、二度三度と傷つけ、切り裂く。
「うああああッ!」
「この馬鹿姉貴がァッ!」
慣れぬ傷の痛みに思わず悲鳴をあげた彼女。ヴェルゼは痛みに慣れてはいるが。アリアはこんなこと、耐えられないはずなのに。
ヴェルゼは痛みに悲鳴を上げる姉を見て、自らの身体を滅ぼしかねないある呪法の発動を決意する。
「くそッ! 発動させてやるッ! 血の呪い(ブラッディ・カース)、呪い(カースド」
「——だからあなたはもういいんですってば!」
その時。
その場にいないはずの。
姉弟とは無関係なはずの、ある人物の声がした。
白い髪。赤い瞳。
イデュールの少女が、男に体当たりを決行していた。
バランスを崩した男は。魔法を中断せざるを得なくなって。
ソーティアはとっさにアリアが投げ捨てた杖を拾って、男に向けた。
ソーティア・レイ。魔導士ではなかったはずなのに。
しかし。それこそがイデュールの異能。
彼女はアリアの杖を抱き、祈った。
「魔法転写! 放たれよ!」
通常。魔導士以外の人間が魔法の杖を持ったって、魔法など放てようがないのに。
杖を抱いた白い少女は。杖に宿った「魔法素の記憶」を読み取って。
アリアが最後に発動させた魔法を、そのまま相手に放ったのだ!
その技は賭け要素が高い技だ。最後に発動させた魔法が攻撃魔法だったら味方に向けられないし、回復魔法だったら相手に向けられない。
しかし。その種類さえも読み取れるのが、イデュールがイデュールたる理由ッ!
ソーティアは最高の笑顔で、守り合う姉弟に言った。
「私だって、誰かを助けることができるんですッ!」
放たれた魔法は。体当たりでバランスを崩した男を包み込んだ。
それは、炎の魔法。
アリアが最も得意としている、炎の魔法!
「ぎゃぁぁぁああああああ!」
悲鳴を上げながらも男は崩れ落ちる。しかし自ら魔法で炎を消し、ソーティアをぎらつく瞳で睨みあげた。
「……貴様ァッ! 異種族のくせしてッ!」
「異種族のどこが悪いんですかッ!」
ソーティアは倒れたヴェルゼに近寄り、「お借りしますね」とその背から大鎌を抜き取った。
「イデュール! 何を……!」
驚いたヴェルゼに。
ソーティアは初めて武器を使うとは思えないほど洗練された動きで、大鎌を構えた。
怒った男が、つむじ風を放つが。
ソーティアはただ、笑うだけ。
「私は一通りの武器は扱えますので。ただの弱い女の子じゃないんです。そして今、この場にちょうどいい武器が見当たらないので。すみませんが、お借りしました次第なのです」
戦えない、訳じゃない。戦うのを恐れていただけ。「化け物」と呼ばれるのを恐怖していただけ!
だがな? 力があるなら。使いどころを誤っちゃいけない!
イデュールの少女の赤い瞳には。全ての魔法攻撃が見えていたから。
アリアの杖で炎を起こして風の流れを変えて散らし、一歩前進してヴェルゼの大鎌で相手を薙ぎ払いにかかる。
間、わずか1秒。
近接戦闘に不慣れな魔導士の男は、突如現れたアルビノの死神に驚いて。
何も対応できなかった。魔法発動するほどの時間はなかった。
「……お命頂きます」
あまりにも一直線に振るわれた大鎌は。容赦なく男の首を断ち切った。
しかしその直後。ソーティアはくずおれた。
「ソーティア!?」
悲鳴を上げて、アリアは駆け寄ろうとするが。
痛んだ自身の傷と、抱きしめた腕の中、ぐったりとなっているヴェルゼを見て。
困ったような顔をした。
私は別にいいんです、とソーティアはアリアに力なく笑って見せた。
「だって……魔法が使えない身体で魔法を使ったんですから、ぶっ倒れるのは当然じゃないですか……。それに私は確かにたくさんの武器を使えますけれどね? それに見合うだけの体力があるかはまた、別問題なんですよ……」
戦える。
そう、彼女は戦えるんだ。
しかし、その戦いは。そもそも戦い自体、彼女には全く合わないもので。
戦えなくはないけれど。決して長くは戦えない。
それが、ソーティア・レイという少女だったのだ。
「……でも、あたしたち……どうしようか?」
アリアは困惑した顔になる。
アリア自身の傷はそこまで深くはないからまだ我慢できるし何とかなるとして。
問題は、ヴェルゼとソーティアだった。
ずたぼろになった両の腕から絶えず血を流し、それ以外にも身体のあちこちに傷を負っているヴェルゼ。
早めに処置しなければならないのに。救急道具は店の中にしかなくて。
疲労困憊で動けないソーティアは論外として。アリアは立ち上がらなければならないのに。
なぜか膝が笑って、立ち上がることはできなかった。
目の前には。瀕死のヴェルゼがいるのに——。
「ヴェルゼ? 生きてるよね? あの程度で死んでないわよね!?」
「……生き……て……る……ぜ……?」
こんな時でも強気に笑った彼。しかしその顔には血の気がなくて。
アリアは怪我がひどくはないのに立てない自分が、心底嫌いになった。
「ああっ! もうっ!」
苛立ち、叫んだ。
その時。
ザッ。乾いた土を、歩く音。
「……良かったら、助けてあげなくもないけれど?」
どこか人を馬鹿にしたような、声。
その声にアリアは嫌というほど聞き覚えがある。しかしヴェルゼは反応しなかった。意識を失ってしまったらしい。
キッと目を上げたアリアの視界に映るのは、ソーティアではないもう一つの白。
前に再会した「兄」とは違う、鋭く苛烈で狂気的な瞳が、きらりと輝いた。
「なんで……助けてくれるの……」
その問いに。
相手を馬鹿にし腐った口調で、シドラ・アフェンスクはこう答えた。
「だって、幼馴染だから」
どの口が言うんだ。罠にはめた張本人のくせに。
アリアの鋭い睨みはしかし。かえりみられず黙殺された。
人形使たる彼は、魂を吹き込んだ人形たちに三人を運ばせ。
仇敵の手によって、アリアたちは帰還する。
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- 頼まれ屋アリア 4-c ようこそ、新しい店員さん ( No.13 )
- 日時: 2017/09/30 14:12
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: GfAStKpr)
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c ようこそ、新しい店員さん
。。。☆
もともとシドラには、アリアたちを助けるつもりなんて端からなかった。
だって彼女らは彼に恨みを持っている。彼が出て行ったって、誰も彼を歓迎してはくれない。
そう思っていた。
しかし。このまま放っておいたら、誰かが死んでしまうのも事実のような気がしたから。
揺れる思いを断ち切って、彼はあの瞬間、姿を現した。
今、アリアたちは眠っている。当然だ、あんな激闘を起こしたのだから。
あの後アリアは色々と彼に詮索したが、彼はねむり薬をかがせて黙らせた。
正直言って面倒くさいし、それに——らしくもなく、心が痛んだから。
シドラは店の外に出、空を見上げて内心で自問ずる。
——ボクらのやったことは、間違っていたのだろうか——。
だがしかし。イデュールに生まれ落ちた彼らは、人をだますことでしか世を渡るすべを持たなかった。だから騙し、だからもてあそんだ。最初のうちは生きるつもりの騙しだったけれど、いつしかそれは「快楽」にすり替わっていって。
そんな時期に起こしたのが、あの裏切り追放事件だった。
今、シドラの傍にフィドラはいない。彼はシドラのさらなる『ゲーム』のために、新たなる舞台を整えているのだ。彼の情報収集能力は折り紙つきだ。緊急時用に「意思を持つ人形」も渡したことだし、おそらくあっちは大丈夫だろう。
兄のことを考え、揺れる思いを断ち切った。
アリアたちの応急措置を終えた彼は、そのまま歩きだしていなくなる。
人を騙し、自分を騙し、生きてきた彼ら双子は。
アリアやヴェルゼみたいに、「居場所」と言えるものがないから。新しくやってきたらしいイデュールの少女みたいに、「居場所」を見つけてはいないから。
「……羨ましくないって言ったら、嘘になるんだよなぁ」
少し寂しげにつぶやいて。
「じゃ、またね。……次会うときは、敵だから」
グレイのフード付きローブを羽織って、兄の待つ地へ歩き出す。
ヴェルゼに見つかったら面倒だ。
。。。☆
「う……ん」
明るい朝の光に、アリアは目を覚ます。
「はっ、もう朝……って、シドラッ!」
叫び飛び起きそして気づく。あんなに傷を負っていたのに。
「……痛みが……ない……?」
シドラが治してくれたのだろうか、とアリアは首をかしげた。
そこで思い出したのは。
「ヴェルゼ! ソーティア!」
大怪我をした弟と、消耗しきった白の少女を思い出し、アリアは二人の様子を見るべく走った。
。。。☆
二人はそろって居間(兼客人用ロビー)にいた。
ヴェルゼはイデュールの民を嫌っているはずなのに。会話こそなかったが、昨日よりは距離が空いていなかった。
ヴェルゼは彼女に命を救われたに等しい。無下にすることはできないのだろう。
その仏頂面がおかしくて、アリアは思わず笑ってしまった。
「おはよう、みんな」
その声に、二人は同時に彼女の方を向いた。
少しは打ち解けられたようだし。アリアはヴェルゼに言わなくてはならない。
「ねぇヴェルゼ。……ソーティアのこと、まだ受け入れられないの?」
「…………」
返答に少し間があった。彼の漆黒の瞳は、不安げな顔のソーティアを見ている。
やがて彼は、しぶしぶといった様子で、溜め息をついた。
「……仕方ない。命の恩人だしな。それに俺の抱いていた第一印象が最悪であったというだけで、ソーティア個人はそこまで悪くはない」
……ということは。
ソーティアが、期待に目を輝かせた。
「……受け入れて、下さるのですか?」
「ああ。下らん色眼鏡で物事を見た。反省しよう。そして、あんたを歓迎する」
「——ありがとうございますッ!」
その返事を聞いて。ソーティアは思い切り飛び跳ね、その目から涙さえ浮かべている。
困るのはヴェルゼである。
「おいおい泣くなよ……。オレが悪人みたいに見えるぜ?」
「嬉しいのです……。ようやく、居場所ができたってことが……!」
彼女は感動に身を打ちふるわせていた。
アリアはその様子を見ながらもこの依頼が完了したことを悟り、高らかに宣言した。
「頼まれ屋アリア、依頼、完了しました!」
色々と悶着はあったけれど。まさかのシドラと対面もしたけれど。
アリアはソーティアに、明るく笑った。
「ようこそ頼まれ屋アリアへ! 貴女を歓迎するわ!」
新しい仲間が、加入した。
〈4番目の依頼、達成!〉
〈新メンバー加入!〉
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