ダーク・ファンタジー小説

頼まれ屋アリア 5-a 光の杖と不思議な青年 ( No.14 )
日時: 2017/09/30 18:55
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: GfAStKpr)

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 今か昔かそれとも未来か!? 時も場所もわからぬ世界に。不思議な不思議な「店」がある。

 その名も「頼まれ屋アリア」と——。



 『願い、叶えます! アリア&ヴェルゼ』


 その木造の「店」には。「開店」の板の横に、上のようなことが書かれていた。


  。。。☆


 5番目の依頼 魔道具って知ってるかい?


 a 光の杖と不思議な青年


  。。。☆


 カランコロン。ドアベルが鳴る。今日も頼まれ屋アリアの一日が始まる。
 季節は五月。暖かくなり、晴れた日も多くなってきた時期である。
 あれから二週間が過ぎた。みんなの傷も、回復している。

「ようこそ、頼まれ屋アリアへ」

 いつもは客の応対はアリアがするけれど。生憎、今彼女は町へ買い物に行ってしまっていた。
 これまではそういった場合はヴェルゼが客の応対をしていたが、ソーティアがやってきたことをいいことに、彼はまた店の奥にこもってしまった。
 よって必然的に、応対はソーティアの役割にもなったのだが……。ここで問題が発生する。
 ソーティアは異種族だ、イデュールの民だ。イデュールの民は昔からひどい迫害に遭っている。イデュールの民は特徴的な見た目をしているため、そのまま出て行ったら確実に不審がられる。かといってフードをかぶっていたら、さらにおかしくなる。髪を染める提案も出たが、真っ白で染めやすそうな髪は実際、どんな染料にも染まらなかった。
 そこで出た折衷案は、彼女が単なるアルビノだということにすること。
 どこにだってアルビノはいる。だから彼女はそんな、アルビノの一人だということにすればよい。
 そんなこんなで居場所を手に入れたソーティアは、やってきた客に声をかけた。

「今日は何の御用でしょうか?」

 やってきた客は、頭に帽子をかぶった若い青年。その服装は全体的にくたびれていて、これまでどこかを旅していたのであろうことが想像できる。
 しかしソーティアはイデュールの目で、彼が魔法に関係する何かを持っていることを看破していた。
 青年は店を見渡して、言った。

「あ〜、君が店主?」
「違いますよ。私はここの店員なのです」
「なら、店主を呼んでくれないかな。ちょっと……難しいことなんだけど」

 青年は困ったような顔をした。ソーティアはうなずき、「少し待っていて下さい」と彼にい残して店を出る。買い物に行ったアリアを呼び戻すためだ。
 彼女が店を出ていくと、代わりのようにヴェルゼがカウンターに立った。

「ようこそ、我らが店へ。オレは店主の弟、ヴェルゼ・ティレイト。良かったら話を聞かせてもらいたい。あんたからは魔道具の匂いがするが……。違うか?」

 ヴェルゼは青年が持っている魔法の気配の正体を瞬時で看破した。青年は驚いた顔をする。

「すごいなぁ。これ、魔道具ってわかるの」

 青年は懐から何かを取り出した。それは光り輝く杖。
 その光の強さに。思わずヴェルゼは一歩、後退した。

「これをある人のところまで運んでほしいんだけど……って、ヴェルゼだっけ? どうしたの、大丈夫かい?」
「……大丈夫だ」

 低い声で答えたが。この魔道具の放つ光は、ヴェルゼのように闇を操る者にとっては強すぎる。
 光は闇を払うもの。近くに居続ければいろいろとまずい。
 青年は彼の様子から何かを察して、その杖を懐にしまった。

「ああ、君は闇魔導士なんだ。気付かなくてごめんよ。一応聞いておくけれど、店主さんは?」
「……気遣い、感謝する。姉貴は全属性使いだ。その杖の影響は露ほども受けまいよ」
「そっか、それは良かった」

 青年は満足そうにうなずいた。
 しばらくして、やってきた足音が二つ。

「おっまたせー。店主のアリア・ティレイトよ。……ってヴェルゼ!?」
「連れてきました。遅くなって済みま……って、ヴェルゼさん!?」

 戻ってきた彼女たちは、カウンターにいるヴェルゼを見て同時に素っ頓狂な声を上げた。
 ヴェルゼは苦笑いして返す。

「……そんなにオレがここにいるのが珍しいか?」

  ◆
  
 閑話休題。
 アリアは青年の口から、依頼内容について聞いていた。

「魔道具の運搬、ねぇ……」

 通常の依頼ならば一も二もなく快諾するところなのだが。今回のは危険が伴う。

 魔道具というのは「魔法装具師」と呼ばれる特殊な人々の作る道具の総称である。これを作るには物作りの職人的な才能と、魔法を物質に込める才能の二つが要求される。この二つのうち片方だけを持っている人ならばそれなりにいることにはいるが、両方の才能を併せ持っている人間は稀有である。よって、魔道具はそれ一つでなかなかの貴重品なのである。

 魔道具はものによって様々な特徴を持つが、何よりも特筆すべきは「魔法の才がなくても魔法が使える」その一点である。これは全ての魔道具に共通する特徴だ。
 魔法装具師は物に魔法を込める。込められた魔法は、誰にだって使えるようになる。だから優れた魔法装具師は魔道具を魔道書の代わりとして、自分が死んでも自分の魔法だけは死なないように工夫することがある。

 そうやって作られた魔道具は希少にして貴重。故に魔道具を狙う者は後を絶たない。しかも魔道具は常に魔法の気を発し、魔導士ならば気を辿って魔道具の在処を探知することくらい容易い。
 要は。魔道具の運搬任務というものは、常に多くの魔導士から襲撃を受ける可能性があることを示唆しているのだった。

 アリアが困った顔をして考え込むと、青年は言った。

「実は僕、魔法装具師なんだ」
「「!」」

 その言葉に、アリアとヴェルゼは弾かれたように目を上げる。
 魔法装具師は貴重な存在である。そんな人間が目の前にいる!?
 だから、と青年は穏やかに微笑んだ。

「難しい依頼だってことは分かっているさ。だから僕は、先に報酬を提示しよう。依頼が終わったってわかったら僕はまたここに来る。その際に僕の工房に案内するから、そこで好きなものを持っていっても構わない。この杖は幼馴染の女の子へのプレゼントなんだけど、その子は遠い場所にいるし、僕は魔道具を持ったまま長距離移動して生きて帰れる自信がないから。ねぇ、この報酬なら受けてくれるかい?」

 魔道具。物によっては1万ルーヴを超えるものすらある。依頼達成したら、それをただでもらえる……? しかも魔道具は非常に強力なものが多い。手に入れたら、いかにして「気」を遮断するかが問題だけれど。
 アリアは思った。この依頼は、受けるべきだと。
 ヴェルゼの方をちらりと見れば、彼も目線でうなずいた。
 アリアはにっこり微笑んだ。

「わかったわ。その依頼、受ける!」
「それは良かった」

 青年は嬉しそうな顔をした。
 ところで、とアリアは尋ねる。

「それ、どこまで運べばいいの?」

 その問いを聞いて、ああ言ってなかったかと青年は頭を掻いた。

「この国アンディルーヴの西の方の町、フェリオまでさ。そこにヴィオラという茶髪の女の子がいるんだけど、彼女に届けてほしいんだよね。彼女はつい最近、魔導士として認められたばかりなんだ。だからその、お祝いに」

 行く場所と渡す人。情報はそろった!
 アリアは高らかに宣言する。

「頼まれ屋アリア、依頼、承りました!」

 確かに危険な任務ではあるが。
 達成した際の利益も大きいし、青年の願いが純朴で好感が持てた。
 アリアは手を伸ばしてその杖を受け取り、ヴェルゼに悪影響が出ないようにすぐに仕舞った。
 ヴェルゼは姉を遠巻きにして睨む。

「……迂闊に出すなよ」
「わかってるってそれくらい。そうそう、善は急げよね? じゃあしゅっぱ……」
「急いては事をし損ずる、だ。一応聞いておくが、これは魔法を放てるのか?」

 青年はうなずいた。

「その杖には持ち主の魔法を増幅する魔法が掛けられているんだ。でもこの杖自体で光の魔法は放てるんだよ。だからまぁ、何か緊急事態があったら遠慮なく使ってくれても構わない。ただし君は」
「わかってる。オレは緊急事態になっても、絶対にあれには触れない」
「その方が身のためだね」

 必要事項は聞き終わった。
 いまだ、日は高い。今歩いていっても、日没までには次の町にたどり着けるだろう。
 ヴェルゼは聞き残したことがないかを確認し、ようやく言った。

「じゃあ、出発だ」

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頼まれ屋アリア 5-b 大地の刺客 ( No.15 )
日時: 2017/10/03 17:05
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: GfAStKpr)

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 b 大地の刺客


 。。。☆


 『開店』の札を『閉店』にして。
 アリアたちは再び、依頼のために店を出る。
 今回は二人だけじゃない、入ってきたばかりのソーティアだっている。
 いつもとは少し違った旅になりそうだ。


 フェリオの町は川沿いにある。この町リノールも川沿いにある。川沿いにあるということは船が使える。歩くよりもその方が効率的なので、アリアたちは船を利用することにした。
 リノールの町はそこそこ大きい。いつぞやのファイには遠く及ばないが、川を渡る定期便もある。アリアたちが住んでいるところが町の中心部からやや離れた所にあるというだけで、「町」と名乗るからにはそれなりの規模がある。
 依頼人の名前(イレールと名乗った)を把握し、彼の渡した魔道具を携え。川べりに訪れた時は、ちょうど、小さな船がやってくるところだった。アリアは手を振って声をかけた。

「はぁい、そこの船! 三人、乗せられる?」

 遠目からでも、彼女の燃えるような赤髪はよく目立つ。
 船の先に立っていた船員は彼女らを見つけ、大きな声で答えた。

「いいよぉ、いいよぉ! じゃああと少し待ってなぁ! 乗せてやるからよぉ!」

 船から何人か人が降りて行き、別の船員が客を誘導する。
 五人ほどの乗客が全員降り終わったのを確認し、先ほどの船員が声をかける。

「オーケイ、オーケイ。三人さまだね? この船は海の手前まで行く船だよ。どこで降りるんだい?」

 その問いには、ヴェルゼが答える。

「フェリオまでだ。いくらかかる?」
「500ルーヴで」
「……ぼったくっていないか?」
「あははー、すみません。相場は300ルーヴでっせー」
「ぼったくるなら相手を見るべきだな」
「すいやせん、すいやせんしたー」

 どこまでも呑気な船員に、ヴェルゼがため息をひとつ。
 彼が大銅貨を三枚差し出しながら近づくと、船員はうなずいてそれを懐に入れる。

「三名様、ご案内! ただし入ったばかりに出るとか無理があるし、あと二、三名乗るまでしばらく動かないかんねー」
「承知の上だ」
「わかったわ」
「解りました」

 三人は船に乗り、思い思いに外を眺めた。


  。。。☆


「出港用意!」

 それからしばらく。
 船長のそんな声がして、船が動き出した。
 今のところは確かに順調だが、手元に魔道具がある以上、油断大敵である。
 ソーティアはイデュールの感覚で、この船にも少しは魔導士が乗っていることを把握していた。
 物見遊山で船に乗るのではない。これは依頼。気を引き締めねば足元をすくわれる。
 しかし船での旅は徒歩の旅とは違ってやや新鮮で、アリアは浮かれる気持ちを隠しえない。
 ヴェルゼが呆れて姉に言った。

「『風の司』の時ははしゃがなかったよな?」
「あの時は明確な危険が迫っていたもの」
「……その危機管理意識、少しは改善しろ」
「大丈夫よ、緊急事態にはしっかり対応するから」
「……それが遅いと言っているんだ……」

 この二人は相変わらずのようである。
 その会話に加わることのできない自分が、ソーティアは少し嫌いだったけれど。まるで仲間外れにされているような気さえしたけれど。そもそも乱入してきた部外者たる彼女が馴染むには、もっと時間が要るのだろう。
 そんなことを考えていたソーティアは、不意に船の中で魔法がひらめいたのを感じた。

「アリアさん、ヴェルゼさん!」
「!」

 彼らは、見た。
 船の進行方向に。
 突如、巨大な岩が現れて。


 ——咄嗟のことに止まれず、ぶつかっていくしかない自分たちの船を。


「自分の身は自分で守りなさい!」

 アリアが叫び、それでもヴェルゼとアソーティアの手を握る。
 ヴェルゼがそれを見て怒鳴った。

「馬鹿、姉貴ッ! 手を離さないと身を守れないだろうがッ!」
「あたしは魔法で身を守るもの! あたし、みんなと離れたくないもの!」
「甘ったれるなッ! 生存率を下げたいのか!」
「甘くてもいいわ! これがあたしなんだからッ!」
「前方、ぶつかります!」

 ソーティアの悲鳴。
 ぶつかる寸前、アリアは見た。
 高笑いする、大地の魔導士の姿を。

「あたしは離さないッ!」

 ぶつかる。衝撃。客の悲鳴。大破した船。流される人々。悲鳴、悲鳴、悲鳴。
 それでも。どんな時でも。握ったこの手は離さない!

 ガツン。頭に衝撃。岩だ。岩がぶつかった。
 その衝撃で、つないでいた誰かの手が離れたが。
 それを確認する間もなく、アリアの意識は闇に落ちた。

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頼まれ屋アリア 5-c 離れ離れの先で ( No.16 )
日時: 2017/10/06 00:09
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: GfAStKpr)

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 c 離れ離れの先で


 。。。☆


「……さん……リア……さん……アリアさん!」
「!」

 ソーティアの必死の声。
 アリアははっと跳ね起きた。
 頭が痛い。ずきずきする。
 確か、大地の魔導士の呼びだした大岩にぶつかって。意識を失ったんだ。
 彼女の目の前には、心配げな少女の姿があった。

「よかったです……」

 ソーティアは嬉しそうに微笑んだ。
 彼女に微笑み返したアリアは、誰かがいないと思い至る。
 そうだ。両の手に、それぞれ大切な人の手を握り込んで。
 一人はソーティア。もう一人は——

「ヴェルゼ!」

 はっとなって立ち上がった瞬間、一気に頭に押し寄せた頭痛。
 アリアはその瞳に焦慮を浮かべて焦ったように言う。

「ヴェルゼがいない、ヴェルゼがいないわ! ああ、でも怪我が……! 知らないわよこの程度! あたしはヴェルゼを捜しに行かなくちゃ!」
「無理は禁物ですよ、アリアさん」

 慌てる彼女の服の袖を、座ったままのソーティアが引いた。

「多分、もっと下流に流されたのではと思います。大岩があったのはあそこだけで、他の場所はまだ通れるようでしたから。ヴェルゼさんは岩と岩の隙間を流されたのだと推測されます」
「そっか……」

 呟き、平静になろうとしたところでアリアは気づく。

「そう言えば、依頼の杖は!?」

 その言葉を聞いて、ソーティアは苦い顔をした。

「……多分、流されてしまったのだと推測されます」

 流された。依頼の杖が。光の魔道具が。
 あの魔法装具師の思いのこもった、優しく温かいプレゼントが。

 そんな事態、アリアは「店」の一員として許してはおけなかった。
 しかし頭の傷と鈍痛が、彼女から思考力を奪う。
 いつもそばにいたヴェルゼがいないのも、彼女が焦る一因でもあった。

「ああっ、もう! どうしたらいいの!」

 思わず叫んだ彼女の近くで、声がした。





「よろしかったら、助けて差し上げてもよろしくてよ?」





 鈴を振るような声で、水色がかった腰まで届く銀色の髪と水のように澄み渡った青の瞳の、いかにもどこかの令嬢のようにも見える少女が笑っていた。びしょぬれの彼女の隣には、彼女を守るように寄り添う剣士の姿がある。
 少女は可愛らしい声で、しかしどこか相手をからかうようでいて大人びた口調で、笑うのだった。

「わたくしはイルシア、放浪の女の子ですわ。折角船の上でのんびりしようとしていましたのにこんなことに巻き込まれて……。正直、腹が立っていますの。あなた方の話が少しばかり聞こえましたので、同じ船に乗っていた者同士協力し合ってもいいと思いまして。わたくしは水と月と幻影の魔導士、あっちは優秀な剣士ですわ。少しばかり一緒に旅してもお役にたてると思うのですけれど、いかがしましょう?」

 無邪気にも見えるその笑みはしかし。フィドラと同じように、その奥に闇と影がちらついていた。
 アリアは気づかない。ソーティアも気づかない。ヴェルゼだって、気づかないかもしれない。
 彼女もまた、誰かを騙す者。しかし、彼女は自分が騙したということさえ相手に悟らせないように、これまで人を騙してきたから。
 彼女は無邪気に笑うのだった。

「今夜は月が綺麗だそうですわ。月が綺麗なら傷を治す力も強まりますの」

 アリアが怪我をしているのを知っていて思わせぶりに言うイルシアに。降参したようにアリアは両手を上げた。

「わかったわかった。じゃ、あたしからもお願いするわ。しばらく一緒に行動してくれる? あたしは流された弟を探して、ついでにある魔道具も探してそれをフェリオまで届けなきゃならないの。課題は山積みよ、ハァ」
「わたくしはイルシア、こっちはゼクティス。貴女方は何とおっしゃるの?」
「あたしはアリア、こっちはソーティア」

 アリアの紹介を聞くと、イルシアは優雅にお辞儀を返した。

「イルシアーテ・アーチャルド。これからよろしくなのですわ」
「アーチャルド……?」

 アリアの頭の中に、その名前が一瞬だけ引っ掛かったが。
 ヴェルゼなら解ったであろうそのことが、アリアにはとっさには解らない。
 感じた違和感はすぐにするりと抜け、アリアはいかにも庶民風にお辞儀を返した。

「アリア・ティレイトよ! これからよろしく!」


  。。。☆


 コツン。杖が地を打つ音。異国風の衣装が風に翻る。
 漆黒の髪、確かな意思を宿した薄茶の瞳。
 右足を派手に引きずった少年は、川べりに流れついた漆黒の少年をじっと見ていた。
 漆黒の少年の背には、死神の大鎌がある。その周囲には、死の気配が漂っていた。
 杖を持った少年はしばし漆黒の少年を見つめていたが、やがて。

「……人助けは、趣味じゃないんだけれど」

 小さく呟いて、杖を腰の帯にはさんで恐る恐る、漆黒の少年を川から引き上げ始めた。しかし杖の少年は彼を引き上げ終わる前に転倒し、しばらく立てなくなってしまった。
 杖の少年は溜め息をつき、漆黒の少年を起こそうと手を触れた、
 矢先。

「…………ッ」

 瞼が小さく震え、その目が見開かれた。
 彼はそっと身を起こすと、杖の少年に目を留めた。
 自分の身体がどういうわけか川から若干離された位置にあるのに気付き、杖の少年に問うた。

「……あんたが、助けてくれたのか」
「応。上流から人が流されてきた。何かあったのか」
「ある魔導士の計略で、乗っていた船を破壊された。あんたはなぜ、こんなところに」
「その前に名前を問う」

 人を助けた割には、その顔からは警戒心が抜けない。
 まるで自分みたいだなと漆黒の少年は思った。

「ヴェルゼだ。ヴェルゼ・ティレイト。あんたは?」

 杖の少年は一瞬躊躇した、が。
 座りこんだままに杖で地面に文字を書き、それを見せながらも答えた。

「ウギョク。……サイ・ウギョク」

 聞きなれない音。
 地に刻まれた文字には、『彩雨玉』と刻まれていた。それはヴェルゼの全く知らない文字。
 しかしその字は、「北大陸」から南東に行った国、軍国イデュオンで使われていると聞いたことのある独特の文字だった。漢字というのだとどこかで聞いたことがある。
 だからヴェルゼは彼に尋ねた。

「あんたは……イデュオン人なのか?」
「否」

 しかし返ってきたのは否定。

「異邦人だ。信じる如何(いかん)は置いておく。だが確実に言えること。自分が居たのは此処とは確実に違う世界。乗っていた船が大破して此処に流れ着いた」

 ヴェルゼはその言い分に、呆れたような顔をした。

「嘘ならもっとましなものをつけ」

 その言葉に、雨玉と名乗った少年はヴェルゼをきっと睨みつけた。

「信じないならば勝手にすれば良い」

 言って。彼は杖を地に付き、立ち上がろうと必死でもがいた。しかしいうことを聞かぬ右足が邪魔して、どうしてもうまく立ち上がれないようだった。ヴェルゼがざっと見た限りでも、その足には随分とひどい怪我があった。
 ヴェルゼは溜め息をついて雨玉に手を貸し、彼が立ち上がれるようにしてやった。
 雨玉は警戒心をあらわにしてヴェルゼを睨む。

「何故……助けた」
「そっちが最初に助けたんだろう?」
「ならばこれで貸し借りは無しだ。ではさらば」
「待て」
「まだ用があるのか」

 面倒くさそうに振り返った雨玉の手に何かを押しつけて、ヴェルゼはサッと距離を取る。
 眩し過ぎる光が目を灼いた。

「一時的でいい。これを封じてくれ」
「……見抜いたか」
「観察眼は優れていてな」

 それは——なくなったと思われていた、光の杖。
 その光に当てられて、ヴェルゼの体調が悪化していく。
 雨玉は溜め息をついて、光の杖に手をあてた。そこから現れる、不思議な光放つ円陣。

「『封術師』は封じの術師……。一目見ただけで看破するとは、只者では無いな」

 彼のつぶやきとともに、掻き消えた光。
 雨玉は輝きの消えた杖をヴェルゼに投げて寄越す。

 そう、雨玉はアンダルシアの特殊魔導士、『封術師』であった。
 封術師は何でも封じる。魔力はもちろん、鍵や扉、はたまた人の心まで。
 そして彼らは、自らが封じたものに限り、その封印を自在に解く力も併せ持つ。
 ヴェルゼと雨玉の邂逅は一瞬。しかしヴェルゼは雨玉のわずかな動作から、彼が封術師であることを看破してのけた。
 光の攻撃から解放されたヴェルゼは、雨玉に頼む。

「オレはこれをあるところまで運ばなくてはならない。しかしその際に封じられていては厄介なんだ。だからそこまででいい。……同行してくれるか?」

 薄茶の瞳はしばし黙考した後、うなずいた。

「良い。構わない。どうせ僕も行くあてなど無かった。ついて行こう。ただし僕はこの足だ、足手纏いになると云うことは重々承知して貰いたい」

 全く動かないくせに時折激痛の走る足。
 ヴェルゼは首をかしげた。

「その足はどうしたんだ? 良かったら何があったのか聞かせてほしいのだが」
「それ以前に、次はどうするか決めるべきだろう?」

 言いつつ、彼は非常にゆっくりとしたペースで歩き出した。
 一歩一歩足を踏み出すたび、コツンコツンと、時折杖が音を立てる。
 歩きながらも彼は一言だけ、呟いた。

「偶然知り合った一人の少女を守って、追った大怪我だよ……」

 川から上がり、とりあえず南へ。
 現在地がどこかはわからないが、夜になる前にはどこかにたどり着いた方がいい。
 先が見えない。未来がわからない。それでも。

 ——オレは、大丈夫だから。

 姉に無事を知らせるために、歩きながらもヴェルゼは笛を吹く。
 「届けたい人には相手がどんなに離れていようとその音色を届けられる」奇跡の笛の、彼らの故郷の特産品たる『エルナスの笛』の音色が。エルナスの町にしか伝わらぬ『笛言葉』として奏でられて。どこにいるのかもわからぬアリアへと届く。

 再会への道は、まだ遠い。


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頼まれ屋アリア 5-d それぞれの道行き ( No.17 )
日時: 2017/10/08 11:16
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: GfAStKpr)

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 d それぞれの道行き


  。。。☆


 ——笛の音が、聞こえる。

 その音色は、ヴェルゼのものだ。
 その笛はアリアに告げる。自分は無事だと、南へ向かうと。

 ——その先に町を見つけたら、そこで待つから。

 アリアはそれにうなずいて、いつも隠し持っていた笛を、へたくそに吹き鳴らす。
 『笛言葉』にならなくてもいい。無事にメッセージが届いたと、伝えられれば。
 彼女の奏でるた拙い音は、風に乗って運ばれる……。

  。。。☆


「まず状況整理! ここは一体どこなのかしら?」

 新しい仲間、イルシア&ゼクティスを迎えたアリアは、この場を仕切り始めた。
 ソーティアが首をかしげて答える。

「多分、リノールの近くの川べりだと思います。だってあの岩は、リノールからそう遠い場所にはなかったのですから」
「ならば一旦、リノールに帰るべきか」

 言ったのは、これまで黙っていたゼクティス。イルシアいわく、優秀な剣士らしい。

「おそらくここからはリノールが一番近い。最悪、徒歩でフェリオまで行こう」
「賛成ですわ。ただし、懸念すべきことがありますの」

 イルシアは可愛らしく小首をかしげる。

「あの岩を出した大地の魔導士。わたくしたちに敵意を持っていてもおかしくなくてよ。そもそも敵意や害意がなければあんなことはいたしませんわ。皆様、くれぐれも注意し——」

 言いかけた瞬間。
 突如飛んできた鋭い岩が、イルシアの身体を貫通しようと迫った。

「! 察しのいい人は邪魔だっておっしゃるの!?」

 ゼクティス、と彼女が叫んだ。するとゼクティスが剣を抜いて、その岩を叩き落とす。大きな音がした。ゼクティスは痛そうに手首を振った。

「狙われてる。防ぎすぎたら手が麻痺する……!」
「仕方ないですわ!」

 イルシアは、その目に鋭い光を浮かべてアリアを見た。

「川の中ならばまだ大丈夫! リノールに帰るのはやめ、このまま下流の町へ行きますわ!」
「大地の魔導士は、水の中なら手が出ないから? でもさっきの大岩は——!」

 アリアの問いにはソーティアが答える。

「大丈夫です! あの魔法素、かなり無理して組みあげられたように見えましたから! 皆さん、、泳げますか? 川の深いところを中心に泳いで、下流の町——フィルスかイーティアソーに行きましょう!」

 上流へは戻れない。大地の魔導士が邪魔をする。
 ならば目指すべきは下流!
 イルシアが大丈夫、と笑った。

「泳げなくっても、わたくしは水の魔導士! わたくしが皆さんをサポートいたしますから!」

 率先垂範。そのまま彼女は川に身を躍らせた。それを見て他のみんなも川に飛び込む。川の流れに身を任せ、そのまま一気に下流へと向かう!
 しかし、聞き間違いだろうか。彼女たちを追う背に。

「亡国の王女! 次こそは捕まえて——!」

 そんな声がした気がしたのは。
 まさか、ね。そんな訳がない。
 亡国の王女なんて、このメンバーにいるわけがないのだから。
 あの不思議な、水の魔導士以外に、ね。

 あるところに、帝国があったよ。それはこの国アンディルーヴを、少し西に行ったところに。
 その国は多くの国々支配して、今や北大陸一の巨大国家。
 アーチャドという名の、国があったよ。そこには赤髪の女王が君臨している。
 しかし彼女は待っていたんだ。

 ——遠い昔に家を出た、たった一人の姉さまを。


  。。。☆


 雨玉とともに、川べりを歩く。彼の杖が音を立てる。
 しかし彼の歩くスピードはあまりに遅すぎて、このままでは夜になってもどこにも辿りつけないような気がした。
 ヴェルゼは溜め息をつき、彼に言った。

「悪いが。あんたの歩くペースは遅すぎる。このままでは埒が明かないから、オレが背負って行ってもいいか」
「……足手纏いか」
「あんたには助かってる。しかしそれとこれとは違うだろう。オレだって確かに戦えるが、オレの力は多数を想定していないんだ。魔物の大軍などに出くわしても、オレにはあんたを守りきれるだけの自信がないんだ」

 雨玉は、不承不承うなずいた。

「ならば仕方がない。済まないが、世話になる」
「解った。少し待て」

 ヴェルゼの背中には大鎌がある。彼はこれをどうしようかとしばし考えた末、不器用にマントの中に仕舞った。通常はマントの外から背負うが、これでは雨玉を背負えないから。彼の背中が変な形に膨らんだ。

「済まない、乗り心地は悪いが、これで我慢してくれないか。このまま川沿いに行けばいずれ、どこかしらの町にはぶつかるだろうさ」

 言って、彼はかがみこんで雨玉に背中を差し出した。雨玉は杖を腰にはさむと、恐る恐る背中に乗った。そのままヴェルゼは手を後ろに回し、立ち上がる。

「さあ、行こうか」
「……重ね重ね、申し訳無い」
「あんたが杖を封じてくれていなければ、オレはあの光にやられていた。お互い様だ、気にするな」

 船を破壊され、別々に別れた。
 しかし、何を恐れる?

 ——別れたのならば、再会すればいいだけの話だ。

 アリアからの返事の笛を聞きながらも、雨玉を背負ってヴェルゼは歩き出す。
 しかし彼が持つは魔道具。狙う者は数多いる。
 彼らが無事に次の町にたどりつけるかは、微妙な所であった。

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頼まれ屋アリア 5-e 激流を越えた先 ( No.18 )
日時: 2017/10/20 16:24
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: GfAStKpr)

 十日以上も更新さぼってしまい、申し訳ございませんでしたぁ!(土下座)
 ようやく続きが浮かびましたので久々に書こうかと。
 スランプって、誰にだってあるんですねぇ……。

。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆


 e 激流を越えた先 


 。。。☆


 イーティアソーは他者を排除しがちな町だ。反面、フィルスは誰でもウェルカムな気風のある町である。アリアはこの辺りのことをよく知らないらしいイルシアに、泳ぎながらもなんとかそう伝えた。ソーティアは無言で黙々と泳いでいる。

「でも……ずいぶん、距離があるわよっ?」
「陸に上がるのは危険ですもの。わたくしの力で何とかいたしますわ!」

 イルシアがそう宣言すれば。アリアたちを下流へ運ぶ水の流れが一気に強くなった。
 彼女は水の魔導士だ。水の流れを操作することはそう難しくはない。
 しかしアリアはそこまで泳ぎに慣れていない。頑張って泳いでもイルシアとゼクティスには遅れてしまう。イルシアはどう見てもただのお嬢様にしか見えず、泳ぎなんてしたことがなかったように見えたのにぐんぐん泳ぐ。

「ちょっと……待って……!」

 すると、それにゼクティスが気が付いたようだった。彼は少し泳ぐペースを緩めてアリアが追い付くのを待ち、左手でアリアの右手を握り、アリアの腕を引っ張りながらも泳ぎはじめた。

「えっ!? えっと、さあ」

 困惑するアリアに、ゼクティスはにやりと笑った。

「ここで見捨てたら男の名がすたる。大丈夫だ、しっかり助けるから安心しろよ!」

 彼はアリアの返事も待たずにぐんぐん泳いでいき、先を行くイルシアに追いついた。ソーティアもなぜかイルシアと同じ場所にいた。彼女が過去にどんな経験をしたのかアリアはよく知らないが、少し悔しい思いがした。

 辺りの風景が変わっていく。森から平原へ。いつの間にそんなに流されたのか、フェリオもイーティアソーももう近い!
 アリアは叫んだ。

「もうすぐよ! でも……陸に上がったらどうするの!?」
「上がってから考えますわ! さあ、最後のひと踏ん張り——突き進め、水よ!」

 イルシアの瞳に真剣な光が宿り、アリアたちは一気に押し流された。
 そして。
 その身体は、岸に衝突する寸前で、止まった。川の向こうに町が見える。幸い、この岸は水深が浅く、足が着くくらいであったが。疲労困憊したアリアの身体はそのまま沈みそうになる。

「しっかりしろって!」

 溺れそうになた彼女を、ゼクティスの大きな腕が支えて岸に横たえた。イルシアは自分で岸に上がっている。見た目と違い、案外サバイバル能力が高そうである。
 アリアはゼイゼイ息をしながらも、思わず愚痴た。

「ああっ、たく! 何なのよね! 魔道具の運搬ってそんなに危険だった!? 寿命が縮んじゃったじゃないのさぁ」

 それには冷静にソーティアが答える。

「魔道具というものはそれだけ貴重なのです。目先に利益に囚われて、あっさり快諾したアリアさんが悪いですよ?」

 アリアはその言葉に憤慨した。

「ヴェルゼだって承諾したじゃないの」
「彼は危険性を解っていたと思うのですよ」
「あなたはなぜ、反対しなかったの?」
「私もまた、理解していましたから。そこで文句を言うのは筋違いというものなのです」

 アリアの全敗である。
 アリアは大きく溜め息をついて、その身を起こした。
 アリアたちのやり取りを、苦笑いしながら見ていたイルシア達に、声をかける。

「じゃ、とりあえず町まで行きましょうか。ヴェルゼを探すのも杖を探すのも、まずは町で休んでからでなきゃぁ……」

 いつの間にか、時間は夕暮れで。
 町の明かりがどこか、物悲しげに揺れていた。

。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆

 ヴェルゼ編は次回です。

Re: Stories of Andalsia ( No.19 )
日時: 2017/10/31 04:01
名前: アンクルデス (ID: grnWwvpR)

こんばんは〜^0^

三章を読ませていただきましたよ!個人的にはアリアの小説は登場人物が少なく、短編集なので読みやすいです^^

まだ現時点ではシドラとフィドラがヴェルゼ達の過去にどんな干渉をしたのかは私は知りませんが、遊び半分で相当ヤバい事をしでかしたようですね^^;

後はヴェルゼを止めるアリアは本当に善人なんだと思いました!><