ダーク・ファンタジー小説
- Another Request 死霊術師は月に嗤う ( No.3 )
- 日時: 2017/09/29 01:09
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
ヴェルゼ編。
少しシリアス入ります。
アリアが店を留守にしている間、店では何があったのか——。
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Another Request 死霊術師は月に嗤う
。。★
夜。アリアのいなくなった店の前。ヴェルゼが店番を務める店の前。
訪れる客があった。
カランコロン。ドアベルが鳴る。
ヴェルゼは読んでいた本から顔を上げ、相手を一瞥して声を投げた。
「何の用だ」
やってきたのは若い男。無論ヴェルゼよりも年上だろう。
その男は彼に言った。
「死者復か……」
「断る」
にべもなく男の言葉を両断するヴェルゼ。
「オレは死霊術師だ。確かに死者復活もできるがな? それをするには、自分の寿命を五年も死神に捧げねばならんのだぞ。見も知らぬ他人に自分の命をくれてやるつもりはない。他をあたれ」
それだけ言うと彼は再び本に目を落とした。
完全に、話す気はないらしい。
男はあわてて言った。
「じゃあ! 死者復活とまでは言わないから! 死んだ彼女ともう一回話させて下さいお願いします!」
それを聞いてヴェルゼは溜め息をついた。
「まあ、それくらいならできないことはないがな……」
彼はしばし考えて、答えを出す。
「いいだろう。ヴェルゼ・ティレイト、『裏』の依頼、承った」
彼は読みかけていた本にしおりを挟み、立ち上がった。
「その人の遺品とかは持っているか?」
「はい、持っています!」
「なら、ついてこい。店で死霊術は使えない」
言って店の奥まで歩いて行って、そこから大きな黒い鞄を取り出し、漆黒の大鎌を背負ってから店を出た。
夜の空を見上げる。月の光が美しい。
——こういった日は、うまくいく。
口元に笑みを浮かべ、ヴェルゼは歩き出す。
。。★
店の裏手に少し行くと、寂(さ)びた小さな墓場がある。
店の裏手にこんなものがある理由は簡単。墓場の近くにちょうどいい空き家があったから、それを改築して使っているためだ。新しい家を建てる余裕なんて町に来たばかりの当時はなかったから。しかもその空き家というのが大層曰くつきだったらしいが、死霊術師のヴェルゼが見た限りでは何ともなかったので、それを利用して今に至る。
それに墓場というのは、『裏』の依頼に最適な所だった。
墓場には霊が集まりやすいから。そこで魂呼びをすればあまり待たなくても来てくれる。
ヴェルゼは持ってきた鞄からいくつかの道具を広げた。
「術を行うには、こちらが知らなければならないことがある」
墓場の雰囲気にびくびくしている男に、全く動じずヴェルゼは問いかける。
「あんたの名前は。その人の名前は。あんたとその人の関係は」
男は不安げに辺りを見回しながらも、答えた。
「ぼ、僕はフィル。彼女はアリス。恋人同士です!」
「恋人か。名字は?」
「そんな御大層なもの、持っている身分でもないので! 彼女も同じです」
「金は? 払えるのか? 払えないなら即刻お引き取り願いたいが」
「兄さんが商業で大成功したので!」
「兄頼りか」
「…………僕自身は、母さんのブローチしか、金目のものは」
「まあいい。その兄にツケる。……嘘を言ったら、破滅することを覚悟しておけよ?」
「嘘じゃないですよ!」
「理解した」
これで話は終わりだとばかりに、彼は手を振った。
「で? 遺品は。あと、彼女の死因は?」
「遺品はこれです。死因は事故死……。馬車に轢かれて死んだんです」
ヴェルゼは渡された、血の付着した赤いスカートの切れ端を手に取った。
「やってみる」
並べられた骨やら革やらの隣にその切れ端を置いた。
そして、奏でる。
胸に提げた、銀色の笛を。
言葉なんて要らない。名前を聞いても、その名を直接口にするわけではない。
彼の故郷、笛作りの町エルナスには。音で言葉を奏でる『笛言葉』なるものがあった。エルナスの者の限られた一部はそれをマスターし、「伝えたい人にしか届かない」「伝えたい人に対しては、相手がどんなに離れていても、たとえ相手が冥界にいても、その音色を届けられる」という奇跡の笛を奏で、互いの連絡用に使っていた。
しかし独特のパターンで奏でられる『笛言葉』は非常に難しく、エルナスの町でさえ、「聞く」ことはできても「奏でる」ことができる者はまれだ。
その『笛言葉』を、エルナスの町で唯一完全にマスターした神童ヴェルゼは今、その技量を完全に開放し、死者の魂を呼ぶ——。
〈——フィルの恋人アリスよアリス。我は呼ばん、我は呼ばん。
彼(か)の者の悲しみの声に応え、今ひとたび、姿を現わせ。
我は使い。生死の使い。死神に認められし死霊術師。境界線上に在る者ぞ——〉
『笛言葉』を知らぬ者にはただの音楽にしか聞こえないメロディーが。夜を渡って冥界に届く——。
。。★
やがて。
「アリス!」
「フィル……?」
呼び出された美しい女性が。
その顔に驚きを浮かべた。
彼女はフィルに冷たく言い放った。
「帰って」
「何だって?」
「あたしは死んだの。せっかく眠っていたところなのに、勝手に起こさないで頂戴」
フィルは愕然とした。彼女は自分に会いたがっていなかったのか。
アリスの霊は不機嫌そうに言った。
「そういう独りよがりな所が嫌い。私があなたを愛していたですって? 馬鹿も休み休み言いなさい。あなたの一方的な方想いに付き合わされた、私の気持ちがわかって?」
「い、いや、誤解だ、アリス!」
「あなたなんて、死んでしまえばいいのに。死後も私に付きまとって。最悪な男だわ」
その様を見て、ヴェルゼはさりげなく呟いた。
「……一つ、言い忘れていたな」
彼は、天使でも聖人でもない。
あえて、隠していたことがある。
「一度死んで、その後に呼び出された死者は……性格が、壊れていることが、あるんだ」
「なんだって——?」
諦めろと彼は言い、そっと死神の大鎌に手を掛ける。
「生前は愛があったのだろうが……。今の彼女は、呼び出されて壊れて、お前を憎んでいる。死者を呼び出すのが簡単なことだと思ったか? 自分がリスクを負う可能性を考えなかったのか? だとしたら、甘いな。ああ、蜂蜜のように甘い思考に拍手喝采だ。死者を呼ぶ、すでに死した者を呼ぶとは——こういうことなんだ、蜂蜜頭のフィルさんよ?」
最後は半ばからかうように言って、彼は手にした大鎌を構えた。
「な、彼女に何をする!」
「破壊するんだ。当然だろう?」
その口元には、嘲るような皮肉な笑み。
「壊れた死霊は周囲に被害をもたらす。だからオレが、破壊する」
「破壊されたら、彼女は——」
「完全にいなくなる。魂ごとすっかり。冥界での転生の輪廻にも組み込まれなくなり、人の思い出にしか残らなくなり——やがては思い出すらも消えて、完全に消滅するだろう」
「そ、そんな残酷なこと——!」
「そう仕向けたのは、あんただろうが」
目線の先には、恨み言を叫び続ける奇怪な死霊の女。
ヴェルゼは腕を確かめるように、大鎌を何回かぶんぶんと振った。
「あんたは依頼をした。オレはそれを果たした。結局はそういうことだ。その依頼の結末がどういう風に終わったって、オレは知らないぜ?」
言って死霊のもとに駆け出そうとした彼の前。
フィルはあわてて立ちはだかった。
「や、やめてくれぇ! 好きな人なんだぁ!」
「 死 に た い の か 」
その瞳が、地獄の輝きを宿して黒く光った。
男は恐怖して、思わず尻もちをついた。
「これはオレの依頼なんだ。オレの好きに終わらせて何が悪い。部外者が下手に関われば——命を落としたって、文句は言えないぞ」
そう、言い残し。
彼は、駆けた。
その漆黒の大鎌が。
死霊の魂を刈り取った。
。。★
「……ふう」
すべて終わり、彼は道具を片づけながら店へと戻る。
後ろにしっかりと、声を掛けるのも忘れない。
「結果がどうであろうと、依頼は依頼だ。後から代金をいただくから、そのつもりで」
呆然とした風の男を残し。彼は店へと帰還する。
その漆黒の衣装の右腕からは。彼のものである血液がべっとりと付着していた。
彼は内心で舌打ちした。
(くそっ、あの死霊め。死の間際に、とんだ大技を……)
雑魚だと侮っていたがそんなわけがなかった。
彼女は死の間際、彼の心臓に向かって魂で作られた剣を突き刺そうとしたのだ。
とっさに右腕で受けたから生きてはいたものの……。自らの魂を武器とするあの技は、傷の治りが遅いことに定評がある。
普通の人間はそんな真似をしない。できない。そこまで強い意志力がない。
(油断大敵、か)
それを一つ教訓として。彼は淡々と傷の手当てをした。
月が綺麗な日は、うまくいく。
何が? それはどんでん返しが。
美しい月は心を狂わせる。人も死霊も動物も。
ヴェルゼ・ティレイトは気まぐれだ。時に皮肉で、時に悪意で。
依頼者の運命を狂わせる。依頼者の願いを捻じ曲げる。
(『裏』の依頼を頼むってことは、覚悟が必要なんだぜ?)
不器用に傷の手当てをしながらも。
死霊術師は月に嗤った。
〈Velze Side 1 fin……〉
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アリアがいない間のヴェルゼ編。
彼の醸し出す独特の暗い雰囲気を、感じていただけたら幸いです。
アリアが陽とするならヴェルゼは陰。
対照的な二人が紡ぎだす物語は、一体どこへたどり着くのか——。
次は「表」に戻ります。
の〜んびりと、お待ちください。