ダーク・ファンタジー小説

頼まれ屋アリア 3-a 絶叫紳士はお城の人間 ( No.9 )
日時: 2017/09/20 23:36
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=590.png

 >>8
 全属性魔法使いなんです♪
 だから『頼まれ屋』なんて、なんでも屋になれるんです。
 全属性なら対応できることが多いですし……。
 アリア、見た目の描写、あまりないですけどね(汗)

 応援ありがとうございます!(^^♪



 八日ぶりです。
 更新遅くて済みませんですハイ。
 4番目の依頼に大きなの入れようとしているので、つなぎの3番目考えるのに苦労した……。


。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 


 今か昔かそれとも未来か!? 時も場所もわからぬ世界に。不思議な不思議な「店」がある。

 その名も「頼まれ屋アリア」と——。



 『願い、叶えます! アリア&ヴェルゼ』


 その木造の「店」には。「開店」の板の横に、上のようなことが書かれていた。

  。。。☆


 3番目の依頼 暴動発生!? 冷やせよ頭


 a 絶叫紳士はお城の人間


  。。。☆


 カランコロン。ドアベルが鳴る。今日も頼まれ屋アリアの一日が始まる。

「はいはーい、何の御用かしら?」
「——お願いしますッ!」

 やってくるなりその客は。
 土下座せんばかりの勢いでお辞儀した。
 アリアは一瞬あっけに取られ、客——紳士然とした服を着ている——に、若干引きつつも声をかけた。後ろではヴェルゼが内心で溜め息をついているだろうことがわかる。
 客は、言うのだ。

「ファイの町って、ご存知ですか!」

 ファイ。確か、この町リノールを少し南下したところにある、闘技場で栄えている町だ。そこそこ規模が大きい。アリアも何回か行ったことがある。確か、年に二回、闘技大会があったはず……。
 アリアはうなずいた。

「知ってるわよ。闘技場の町でしょ。そこがどうかしたの?」

 すると。
 今度こそ、紳士は土下座した。
 いや、確かに床は毎日清掃してはいるが、あまり綺麗なものでもないぞ?
 それでも構わず、紳士は膝をついて。
 絶叫した。





「——暴動を、鎮めてくださぁぁぁあああああいッ!」





「……はぁ?」

 暴動? いや、わかったけど。
 アリアはさらなる状況説明を望んで、紳士を見た。
 紳士はその視線に気づいて咳払いし、膝の埃を払って立ち上がる。
 正直言って、無様である。
 奥で盛大な溜め息が聞こえてきた。
 アリアは笑みを顔に張り付けたまま、紳士に提案した。

「……とりあえず、座って話しましょうか」

 カウンターから出てきて、カウンター前にあるテーブルと椅子に紳士を案内して、自分も座った。
 少し待てば。奥から無言でヴェルゼが出てきて、ティーポットとティーカップを置いてくれた。
 彼がこんなことをするということは、彼自身が半ば諦めの境地に入ったか、この依頼に少し興味があるかの二択である。
 どちらにせよ、悪い状況ではない。
 アリアは紳士を落ち着かせるため、とりあえずは紅茶を勧めた。

「まずは落ち着いて。お茶でも飲んで」
「かたじけない。……あの少年は、どちらさまで?」
「弟よ。普段はあまり人前に出ないから、知名度が低くって困るのよね〜」

 彼が人嫌いなのは、ずっと昔にあった裏切りの記憶のせいだと、アリアは知っているけれど。
 それ以降、他者をあまり信用できなくなったと。知っているけれど。

(あたしも同じ過去を背負ってる。でも、あたしは乗り越えたんだから)

 ヴェルゼにも乗り越えてもらいたいと思うのは。高望みが過ぎるのだろうか?
 ……それは置いておいて。
 『アリア』として、本題に取りかからねば。

「状況説明を要求するわ。ファイの町で暴動? 理解したわ。なら、具体的な状況と、わかるなら暴動の理由を」
「了解しました」

 お茶を飲んで、ようやく落ち着いたらしい紳士は、語り始める。

「皆さんご存知ファイの町は、闘技場の町。毎年、年に二回繰り広げられる闘技大会でかなりの収入を上げ、町の設備も整っており、住みやすい町なのです」
「行ったわ。確かにあそこ、すごいわよね〜。何で暴動なんて起こるのかしら?」

 しかしある日、誰かがデマを流したのです、と彼は暗い顔で言った。

「いえね、確かにファイは他の町に比べりゃ税金が高いですよ。あれだけの町を維持するには当然、費用がかさむわけで。でも、もちろんみんな満足していたんですがね……。
 しかし、ある日やってきた余所者が、
『ここの税金は他の町に比べるとかなり高い。理不尽だと思わないか』
 なんて言いだしまして、それで」

 ……要は。
 その余所者が町人たちの間に不和の種をばらまき、それが膨らみに膨らんで暴動となった、と。そういうことらしい。
 ……アリアには、そんなことをする相手に。ひどく心当たりがあった。
 本当は嫌だけれど。これを起こしたのがもし『あいつ』なら。
 それを何とかするのは、アリアたち姉弟の使命だ。
 だから、訊いた。

「……あのー、参考だけど。よかったらその『余所者』の外見的特徴、教えてくれないかしら? 知っている人かもしれないの」

 遠い昔。
 ある余所者の策略に嵌められて。
 姉弟は罪を被せられ、故郷を追われた。
 一番の親友とも引き離されて。

 紳士は少し首をかしげると、言った。


「確か、白い髪と赤い瞳の異種族だった気がしま……」


 ガタン、と音がした。
 その言葉を聞いて。
 見ると、ヴェルゼが立ち上がっていた。
 彼は、低く押し殺した声で紳士に問う。
 その恐ろしい瞳に睨まれて、紳士は思わず身を縮こまらせた。

「……名を、名乗っていたか」
「はい。確か、シドラと……」
「……行くぞ姉貴ッ!」

 その言葉を。その名前を。聞いて。
 ヴェルゼはその瞳に憎しみを宿らせて、さっさと身支度をして店を出ようとする。
 当然だ。その、シドラという少年が。
 姉弟の運命を狂わせた、張本人なのだから。
 しかし、アリアはその手をつかんだ。
 いつになく厳しい口調で、勝手に動こうとする弟を呼びとめる。

「待ちなさい」
「何故止めるッ!」
「まだ依頼さえ受けていないわ。独断行動は禁止する」
「奴がいると聞いたんだ。今度こそ、奴に」
「今は駄目ッ!」

 尚もアリアの手を振り払おうとするヴェルゼに。
 アリアは容赦なく、魔導の杖を向けた。

「……姉貴……?」
「これはあたしの問題でもある。外に出たら、雷を放つわよ」

 その言葉が、掛け値なしの本気だと知って。
 ヴェルゼは独断行動を諦めた。
 しかしその目には、焦りと憎しみがある。

 アリアは弟から目をそむけ、紳士に言った。

「その依頼、引き受けたわ。あなたの言う『余所者』は、私たちを陥れた張本人である可能性が非常に高いの。私たちにとってもいい機会よ。だから、受けるわね」

 紳士は若干気圧されたようだったが、うなずいて。

「じゃあ、その暴動を鎮めてくださいお願いします!」
「頼まれ屋アリア、依頼、承りました!」

 紳士の依頼を受けて。アリアは力強く笑った。
 さあ、依頼の始まりだ。
 甘言に惑わされたファイの人々。その頭を冷やさなくては!

「……あ、では、先に行きますね」
「あなたはどんな立場の人?」
「ファイの領主さまのお城の者でして」
「そうなの。ならば領主さまに伝えておいてくれるかしら」
「何なりと」

 その言葉に、アリアは笑みで答える。


「——余所者には、気をつけなさいって、ね!」


「……お伝えします」

 言って、紳士はいなくなった。
 
 ファイは領主の町だ。町人から選ばれた者が領主になり、町を治めている。
 その領主というのがひどく有能で、ファイが闘技場の町になったのも、ひとえに彼の有能さのおかげである。
 そのお城から、人が来た。事態はかなり、切迫しているようだ。
 ならば好都合! こっちも早く駆けつけたかったところだし!

「行くわよヴェルゼ! 置いてかれないでね!」
「姉貴こそ! 減らず口叩く暇あるならさっさと用意しろ!」

 慌ただしいやり取りをして、外に出たアリアは。
 『開店』の札を引っくり返して。『仕事中』の面を外に向ける。
 ヴェルゼは懐にそれなりのお金を忍ばせて、アリアに問うた。

「姉貴! 馬には乗れるか!」
「の、乗れないことはないけど、へたくそよ?」
「ならばオレにつかまれ。二人で同じ馬に乗る!」
「馬なんて買うお金……」
「借りればいいだろ馬鹿!」

 彼は走る。その後ろを、アリアがついて行く。
 ——目指すは、厩(うまや)。
 どこでもいいからお金払って借りて。早急にファイへとたどり着く!

 今回の依頼は、過去の因縁の人物が関わるだけに。
 通常とは、多少違ったものになりそうである。

。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 

頼まれ屋アリア 3-b 白の双子、謀略の双子 ( No.10 )
日時: 2017/09/24 03:09
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 6900文字……って、過去最高記録1000文字も超えた!?
 ……余裕をもって読みましょう。

 書くのにかかった時間は四時間。7000文字として計算すると、一時間に1750文字書いていることになる。これは執筆ペースとしては早いのか遅いのか。

 まあ、良かったら続きへどうぞ。

。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆ 。。。☆


 b 白の双子、謀略の双子

  。。。☆


 遠い昔、裏切られた。失った故郷で。
 信じていたのに。
 だからヴェルゼは復讐を誓った。
 だってその相手は。アリアたち姉弟の心をずたぼろにしたから。
 そのシドラが、ファイの町にいるかもしれないと、いう。

「はぁっ!」

 馬に当てられる鞭。揺れる馬上で。アリアはヴェルゼにつかまっているのが精一杯だった。
 そもそも故郷のエルナスには馬なんていなかったし。どこで乗馬術を覚えたのか、アリアは不思議だった。
 それはとにかく。
 走り続けて数時間。ようやくファイの大きなドームが見えてくる。
 ——闘技場の町、ファイ。
 あのドームが、目印であった。

「着くぞッ!」

 馬は町の入り口まで来て。ようやく止まる。
 アリアは腰が痛くてたまらなかった。だって時々休憩を挟んだとはいえ。数時間も馬で走ったのだし。対するヴェルゼはすました顔をしているが……。

「何者ですか」

 町の入り口で誰何される。大きな町だから門番くらいはいる。
 しかも今は、暴動が起きているらしい。
 ヴェルゼは努めて冷静な口調で答えた。

「リノールの町のヴェルゼ・ティレイトとアリア・ティレイト。暴動を鎮めてほしいとの依頼を受けてきた」

 門番は、それを聞いて首をかしげた。

「何か作戦でもおありで?」
「姉貴が知っているんじゃないか。おおい、姉貴?」

 ヴェルゼの呼びかけに、アリアはうなずいた。

「簡単よ! しっかり確実に鎮めてみせるから! 待っていて!」

 その、あまりにも自信たっぷりな姿に。
 安心したのか、門番はうなずいた。

「わかりました、お通り下さい」
「感謝する」

 言って、町の門を通り抜けた。
 その先で見たのは。

「税金を下げろ!」
「この冷酷人でなし領主め!」
「他のところはこんなに高くないだろボケー!」

 ……完全に暴徒と化した、怒れる烏合の衆であった。
 そんな群衆がしきりに城内に侵入しようとしているから、城の前の防御はガチガチだ。
 アリアは呆れたような溜息をついた。

「……領主さまも大変ねぇ」
「同感だ」

 ヴェルゼもうなずきで同意する。
 気になることを、姉に問うた。

「ところで奴は?」

 シドラの姿が見えないなと指摘する。
 彼の白い髪は遠目でも良く目立つのだが。
 アリアは首を振って答えた。 

「そう簡単に現れるとも思えないわね。ひとまずこれを鎮めましょう。そうしたら出てくるかも」
「解った。で、どうするんだ?」
「沸騰した頭を冷やすには?」
「……? どういうことだ?」

 アリアは大きく杖を掲げて。
 城ばっかり見てこちらを全然見ていない人々を、見て。
 笑ったのだった。





「簡単よ! 沸騰したら、冷やすだけ! 水よ!」





 杖を掲げ。空気中の水蒸気を一気に冷やして大量の水を作り出し。
 ……それを。
 混乱する人々の頭に、思い切りぶちまけた。

「って、おい、姉貴!」
「大丈夫、見ていなさい!」

 バッシャァァアアアアン!
 思い切り水をぶちまけられて。混乱する人々。
 アリアは一気に走りだす。全ての見える、高台へ!
 追いかけるヴェルゼ、走るアリア。やがて彼女は、町にあった物見やぐらに登って。
 自分の喉に杖を当てて、よく声が通るようにしてから、呆然とする民に言った。

「いい加減に頭冷やしなさい! 自分たちがどれほど恵まれた環境にあるか、わかっているの!」

 ずぶ濡れにされて。そんな言葉を急に言われて。
 群衆は、黙るしかない。
 アリアは、続ける。

「税金が高い、ですって? ええ、あたしは余所者だけれども、確かに知っているわ! でもね、税金が高い代わりに。あなたの町にしかないものがある! 他の町を見てごらんなさいよ?」

 鉄の入った建物、完全整備された上下水道、治安の良さ。指折り次々と挙げていく。

「あなたたちが当たり前だと思っているそれらは。実は他の町にはないものなのよ? そんなに素晴らしい生活を維持するのに、お金がかかったって当然じゃない? それに町は、闘技場で得た収入を、年に一回みんなに配っているっていうじゃない! それでも満足しないってわけ? 馬鹿なの? 守銭奴なの?」

 その言い分に。流石にヴェルゼが止めに入った。

「姉貴。言いすぎだ」
「だっておかしいんですもん!」

 ……アリアは一度「スイッチ」が入ると。なかなか止まることができない。
 彼女はどこまでも真っすぐで。正義に溢れた少女だった。
 群衆は沈黙したまま。何も答えなかったが。
 やがて。

「……他のところは、違うのか?」

 群衆の一人が。恐る恐る問うた。
 そうよとアリアはうなずく。

「あたしは余所者。ここから少し北に行った、リノールという町に住んでいるの。そこでは木造建築が当たり前。鉄の入った建物? そんなの見られるのは、アンディルーヴ広しといえど、ここと王都だけだと思うわ。上下水道? こっちは井戸から水を汲むのよ? 治安だって、ここみたいによくはないし」

 そうなのか、とその人はうなずいた。

「税金が高いのは……我々が、恵まれた生活をしていたからなのか」
「そう。だからそれに文句を言うのは筋違いなの」
「よくわかった」

 その領民が、皆の方を向くと。
 皆、なるほどとうなずいた。馬鹿だった、と頭を叩く者だっている。
 通常。何もしないで説得だけしようとしたって。こうもうまくはいかない。逆上する者が現れたっておかしくはないのだが。
 アリアが水をぶちまけて。物理的に「落ち着かせ」たから、うまく説得ができたのだ。
 アリアは単純馬鹿かもしれないが。その素直さが、時に問題解決の鍵にもなり得る。
 鎮まった群衆は、領主の城を恥ずかしそうに見た。

「……お城、傷つけちゃったよ」
「謝ろう、弁償しよう」

 ……そういった流れで。
 群衆が困ったようにしていると。
 突如、城の門が開いて、そこから初老の男性が現れた。
 直接会ったことはないけれど。アリアもヴェルゼも、彼が何者なのか直感した。
 ——有能とうたわれた、領主さまだ。
 彼はざわつく群衆に向かって、声を放った。
 直前。近くに魔導士らしき人影が現れて、拡声の魔法をかけたのがわかった。

「ファイの民よ!」

 その声は意外にも若い。

「とんだ誤解を招いてしまったようで、私は申し訳なく思っている。すべては余所者の世迷言。だからそれに踊らされた皆に罪はない」

 その余所者さえ来なければ。町に暴動は起きなかったはずだから。
 領主は、言うのだ。

「だから、弁償は無用だ。皆にはいつも通りの生活を送っていてもらいたいのだ。大丈夫である、我が城には闘技場で得た資金がまだそれなりにあるし、受けた損害も微々たるもの。これにて暴動は終わったのだな? ならば解散! いつも通りに過ごしてくれたまえ!」

 その言葉に、感激して。
 民衆の一人が叫びだした。

「領主さま万歳!」

 すると。他の民も叫びだした。

「領主さま万歳! ファイの町万歳!」

 その声は次第に大きくなっていって。
 ああ、暴動は終わったのだと、アリアたちは理解した。
 しかし。暴動を起こした当人がいない。まあ、こんな状況で出てきても、袋叩きにあうだけか。
 だが。見つけられるものなら見つけたいという気持ちは変わらない。
 アリアとヴェルゼがシドラを探して。物見やぐらから町を見渡した時。

「! ヴェルゼ」
「何だ?」

 アリアは、見た。町から逃げるように走る、黒に近い灰色のフードをかぶった、影を。
 そう言えば。シドラは目立つ髪を隠すため、よくフードをかぶっていた。
 それを確認し、アリアは物見やぐらから飛び降りる。

「ちょ、姉貴!?」
「風魔法で空気抵抗少なくして降りるから、ヴェルゼもさっさと飛び降りなさい!」
「そんな無茶苦茶な……」

 ぼやきつつも素直に飛び降りるあたり。ヴェルゼは余程、姉を信頼しているらしい。
 飛び降りてからすぐに。暖かい風が身体を包んだのを二人は感じた。
 そうして二人は、ゆっくりと着地する。

「どこだ!」
「こっちよ!」

 見つけたフードを追いかけて。姉弟は町をひた走る。
 やがて。フード姿の人影は、ある袋小路にまで追い詰められた。
 ついにやったか、とヴェルゼが瞳を復讐にぎらつかせ、追い詰められた人影に近づいて行く。
 アリアがその様子を、はらはらと心配げに見つめていた。
 だってヴェルゼは。敵には一切容赦はしない人だから。
 アリアだって、確かにシドラは憎いけれど。でも、多少の情けはあるから。
 ——暴走したら、止めよう。
 そう思って、杖を握りしめた。

 フードの人影に近づくヴェルゼ。その手には大鎌。
 フードの人影は何も言わない。しかし。彼とヴェルゼの距離が、3メートルくらいになった時。

 言葉を、発した。





「……何を勘違いしているのか知らないけれど。僕、シドラじゃないよ?」





 言って、静かにフードを取った。その髪は白、瞳は赤。
 シドラとまったく同じ。異種族「イデュールの民」の証の髪と瞳の色。
 顔立ちもまるで、変わらないのに。記憶にあるシドラよりも。この人影は弱々しい。
 ティレイト姉弟は思い出した。余所者シドラが、あの町に来た時。隣にいた、もう一人の少年を。
 病気がちだった彼は、シドラの双子の兄で。
 あの日の事件には無関係な人物だったと記憶している。
 アリアは恐る恐る、彼に問うた。

「あなたは……もしかして、フィドラ?」
「正解だよ」

 白い少年は、淡く微笑んだ。
 ヴェルゼは戦う気持ちが失せて、鎌を背中に仕舞った。

「じゃあ逆に訊くけどな。何であんたがここにいるんだ? あんたが民をそそのかしたのか?」

 フィドラはううんと首を振る。
 民衆を恐れて再びフードをかぶりながらも、否定の言葉を発する。

「違う。僕じゃないよ。僕はただの囮なだけ。シドラがまた『ゲーム』を始めたいって言ったんだ。でも一人じゃできないから、協力してくれってさ……」

 要は、とヴェルゼの言葉が再び鋭くなる。

「共犯か?」
「認めるけれど」

 でも、僕だって悪いよ? と儚く笑った。

「だって僕らは双子、一心同体さ。『ゲーム』をしたいと言ったのはシドラ、乗ったのは僕。僕はこの町の情報を集めて、シドラに教えた。だから僕だってこの事件に、大きく関与しているのさ」

 シドラは彼ほどの情報収集能力を持ってはいない。
 そうだ、あのエルナスの事件だって。
 フィドラが情報をシドラに渡したから。成立した事件なのかもしれなかった。

「……貴様は、あの事件にも」
「完全なる無関係じゃないね」

 彼は、否定しなかった。
 そうか、とうなずいたヴェルゼの顔には。冷たい殺意が宿っていた。
 背中に戻した鎌を、再び構えた。
 それを見て、待って待ってとアリアが止める。

「ちょっとヴェルゼ、落ち着こう!? 彼に悪気はないでしょうってば!」
「でも、事実がある。あの日オレたちの居場所がすぐに割れたのはこいつのせいだ」
「でもね、シドラ当人じゃないし!」
「双子なら。殺せば奴もやってくるか」
「破滅思考やめて!」

 その様を見て。
 フィドラはどこまでも冷静に返した。

「言っておくけれど」

 水面(みなも)の様に静かな声に。姉弟は言い争いをやめた。
 フードの奥から垣間見える赤い瞳。シドラとは似て非なる、優しく穏やかな瞳。
 しかし彼を侮ってはいけない。その瞳の奥には蛇がいる。
 優しく見えて、狡猾で。人を裏切ることにためらいがない。
 それが、フィドラ・アフェンスクの本性なのだ。
 彼は静かに言った。

「あの日居場所が割れたのは僕のせいじゃないよ。シドラがその場にいたんだよ」
「なら、貴様は何をした」

 簡単さ、と笑う彼は。宿す悪魔をちらりと見せる。

「シドラが楽しく『ゲーム』をできるように。少し場を整えただけさ」
「貴様ァッ!」

 怒りを制御できなくなったヴェルゼが。勢いよくその大鎌を振りかぶる。
 白い少年は。言葉こそ巧みだが、自らを守るすべを持っていなかった。
 彼にとって、言葉こそ武器。相手を怒らせたら、対応できないのに。
 先ほどの走りに疲れた彼は。弱々しく、咳を一つした。
 そんな彼に、迫る大鎌——。


「やめなさいッ!」


 ——は。
 アリアの呼びだした風の魔法で、大きく軌道を変えられた。
 ヴェルゼが憤りをあらわに姉を怒鳴る。

「何故止めるッ!」
「だって見なさいよ! 彼、咳してる」
「病気だからって知ったことか! 邪魔するなッ!」
「いいえ、するわ」

 アリアはフィドラを守るようにして、立った。
 ヴェルゼの目が、驚愕に見開かれる。

「姉……貴……?」

 だっておかしいもの、とアリアは言う。

「あたしたちみたいに強い人が。こんなに弱い人を殺すなんて、傷つけるなんて。こんなのおかしい!」

 しかしアリアは知らなかった。これこそが、自己防衛手段を持たないフィドラの、自己防衛方法だということを。あえて自分を弱々しく見せかけて、それで相手の戦意をそぎ落とす。そもそも病気がちな彼だ。演技は容易いし、今現在、彼の体調はそこまで良好ではないのも事実であるし。
 彼はさらに、苦しそうに咳こんだ。アリアはその演技を、本気と信じて。

「こんなの、あたしの求めてる復讐じゃない! しかも相手はシドラですらない!」

 素直に信じる甘い「正義」を、これでもかとばかりにぶちまけた。
 ヴェルゼはしばらく黙っていたが、やがて。

「……仕方ない。ああ、復讐すべきはこいつじゃないな。わかった、報酬受け取って帰ろうぜ」

 諦めたように言って、大鎌を再び背中に戻した。
 フィドラは不思議そうに首をかしげる。

「僕を……見逃してくれるのかい」
「弱い奴を斬り捨てるような残酷人間じゃない」

 君、今さっきそうしようとしたよね? という言葉を、呑み込んで。
 どこまでも策士で嘘つきなフィドラは、満面の笑顔で言ったのだ。


「ありがとう」


 その笑顔に、ヴェルゼは毒気を抜かれたようだった。
 彼は姉を急かして、急ぎ足でその場を去っていった。
 彼らが完全に見えなくなったのを見届けると。フィドラもまた、ゆっくりと歩き出す。
 自分の後ろに、振り返らずに一言。

「……見ているなら、助けてくれたって良かったんじゃない?」
「あの甘すぎアリアが、兄さんを見逃してくれるって踏んでいたさ」

 その後ろに。どこかに隠れていたフードが、もう一人。

「でも、君も甘いね。僕を囮にしておいて、結局助けてくれるんだから」
「当たり前さ、双子だろう? あ、つらいなら背負ってもいいけど」
「あれは演技だよ。完調じゃないのは確かだけど、歩けないほどじゃない」
「そっか。具合悪くなったら言ってほしいな」
「ま、無理しないように頑張るさ」

 彼は後ろを振り返る。振り返った先には、一対の赤い目。
 彼とは似て非なる、鋭く苛烈な赤い瞳。
 彼は双子の弟に、問うた。


「『ゲーム』は楽しかったかい?」


 シドラはその顔に、獰猛な笑みを浮かべるのだった。

「ああ、楽しかったさ。ついでにあの馬鹿姉弟も引っ張りだせたしな。兄さんには感謝だね」
「そりゃどうも。次はどうしたい?」
「兄さんはどうなのさ? いつも僕ばっかりじゃ悪いし」
「そうだね……。ならば……」

 ……新たなる悪だくみが、囁かれていた。


  。。。☆


「頼まれ屋アリア、依頼、完了しました!」

 あの後。アリアたちは5000ルーヴもの報酬を受け取って帰った。
 実際、あまり大したことはしていない。水をぶっかけて、演説もどきをして。ただそれだけ。
 しかし領主は心から感謝をしていて。アリアが断ったにもかかわらず。大金をお礼に寄越したのだった。これくらいはしないと気が済まない、と。
 
 正直。今回の事件に関しては、アリアもヴェルゼも納得しないものが多いが。
 本命を取り逃がした上に。その双子の兄に情けをかけた。
 確かにフィドラはそこまで悪そうな人ではなかった、が。どうにも釈然としないものが胸の奥にわだかまる。
 ヴェルゼは、姉に呼びかけた。

「姉貴」
「何?」
「……次に会ったら、フィドラといえど、殺す」
「…………」

 アリアはその言葉に、しばし黙った。
 が、やがて。

「……なら、その時は敵になるんだね」
「何だと?」

 だってあたしには、彼が敵には思えないもの、とアリアは弁解した。

「そんな、無防備な彼を殺すのはあたしは反対。どうしても殺したいって言うのならば……あたしは魔法で、あなたを止めるから」
「……そうか」

 ヴェルゼは理解したようにうなずいた。

「だがな、オレだってこの復讐は譲れないんだ。その時は姉弟対決か?」
「そんな日が来ないことを望むわ……」

 仲のいい姉弟だから。対決なんて、したくない。
 アリアは憂いに満ちた溜め息をついた。
 空はどんよりと曇っていた。


〈三番目の依頼、達成!〉


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