ダーク・ファンタジー小説

Re: The world of cards ( No.1 )
日時: 2017/09/01 07:25
名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: 9AGFDH0G)


Prolog:Dance in twilight



 夜を共にする相手が女であればと、奴は自嘲して笑った。それはこっちの台詞だ。何が悲しくて、男同士で酒を飲み交わしているのか。
「どうだった」
「変わりないよ。それに、もう全部済ませたんだ」
 だから後戻りはできない。薄暗い店内にはジャズが流れる。グラスがカランと高く鳴いた。

 ジョーカーは死んだ。だが、死んだというにはあまりにもお粗末だった。正確には自分達の手で殺した、というべきかもしれない。不定期に開催されるゲームショウが、ジョーカーの死に場所だった。
 現在の日本は衰退した日本人の代わりとして、日本国外からの移民を手厚く保護している。全盛期の半数ほどまで減少した日本国民は、長く暮らしていた場が奪われるという感覚が強くなり、敵対意識や縄張り意識が強くなっているというデータもある。
 そんな中、ある番組が誕生した。誰も行き方が分からないような場所でロケを行い、規制なしの戦闘を撮影する『ゲームショウ』という番組だ。
「今後の事を話し合おう」
 ジョーカーは殺された。ここにいる自分達の手で、息の根を止められている。過去の英雄と同じ道を進む事は出来ない。
「まず、誰を選定しようか」
 優勝したことで手に入れたカードケースを、カウンターに置く。奴は中からカードを取り出し、マジシャンさながらの手つきでカードを広げた。一つも新品のものはなく、血で汚れていたり折れた跡が残っていたりと、劣化が激しいものも中にはある。
 次はあなた方の番です、と撮影が終わった後に伝えられた。その意味を知るのには時間を必要としたが、今はもう、次に何をするべきかが分かっている。カードを二枚抜き取った奴が、自分に一枚を手渡した。受け取ったカードには腹が立つような笑顔を浮かべる道化師が描かれ、三日月型の瞳が自分を挑戦的に見つめているように見える。
 二枚だけ抜いたカードをケースにしまい、奴はグラスに入った酒を飲み干した。カウンターに置かれた空のグラスをマスターが下げ、新たな酒を差し出す。奴は酒に強いらしい。先程から飲み続けているが顔色も言動も変わらない。
「今までは右と左で殺し合いをしていたが、くだらないと思わねえか」
 カードをしまい終わった奴が、そう語り始める。
「今じゃ生粋の日本国民の方がハーフより少なくなってるっつーデータもあるらしいじゃねえか。外の文化を排斥してた野郎どもが、今じゃ排斥の対象になってやがる。そんならよ、ただ自分のためだけに動く駒になることを見据えて選定すべきじゃねえか?」
「排斥するもされるも、自分の力で決めればいいってことかな」
「おう。国籍も宗教も関係なく、生きたければ殺せ、だ」
「すごい脳筋発想。面白そうだけど」
 今までのゲームショウの中身と合わせて考えるなら、同じようにジョーカーが殺されて終わりになるだろうなと思う。
「死ぬ気は?」
「殺す気の間違いじゃねえのか。俺は生きる理由は特にないけどな、まだ死ねねえから生きるつもりだ」
「なるほど」
 それならばきっと奴と自分の目指すところは少し違う。次のゲームショウまでにこの計画を詰めなくてはいけない。円滑に、そして自分と奴が問題なく生き残るように。前回のゲームショウの生存者は、何十人と参加者がいた中二人しかいなかった。生き残った二人は非難されることの方が多かった。罵倒の言葉には何も感じなくなる程度には、様々なことを言われている。
 非難される理由は深く考えずとも分かることで、特に参加者の家族よりも外野が多かった。ワイドショーやニュース番組のコメンテーターが、悲しみと怒りを混ぜたような表情でゲームショウを否定する。どんなに高い視聴率を取っていても、ゲームショウはやめるべきだと口を揃えた。亡くなった参加者の遺族はどうなるのか、最後に生き残った人間だけでも逮捕するべきだ、と。
 それでもゲームショウが定期的に放送されるのは、視聴率の稼ぎ頭だからだと分析している。人の生死に興味のある人間が、唯一公式にその性癖を表に出せる舞台。普通の生活では逮捕という罰が待っているが、何故かゲームショウで生き残った人間は逮捕されることがない。仕組みは分からないが、ジョーカーがいなくなると必然としてゲームショウのルールが崩壊するからかもしれない。
「もうすぐ会見の時間だね。行こう」
「おう。やっとお前の名前が知れんのか」
「対戦中は番号だったから、そうなるね」
 ゲームショウの出演者は一度と名前を呼ばれない。視聴者も家族や知り合い以外、出演者の名前を知ることは出来ない。そのため自分と奴は互いの素性を知らなかった。今晩の会見はゲームショウを企画する会社が主催となり、次回ゲームショウの開催予定日の開示、新たなジョーカーを紹介する。台本通りのセリフを話し、記者からの質問にはアドリブで答えなくてはいけない。
 すっかり汗をかいたグラスに注がれていた、薄くなったウィスキーを一息に飲む。喉がアルコールに負けている感覚がするけれど、少し酔いがまわっていた方が話しをしやすいだろう。先に店を出ていた奴を追い、暗い路地裏から街灯やネオンが光る活気のある通りへと出た。少し歩いた先にある大通りの大きなモニターには、この後未明にゲームショウの会見が始まると映っている。
「大胆」
「なんやかんや、局もゲームショウを望んでんだろうな。うちに金を落としてくださいー、ってよ」
 陽気に笑いながら、指定された公園へと向かった。昼間よりは涼しい風が肌をなでていく。

「——続いて、前回の優勝者であり次回の開催ではジョーカーとなる二人を紹介します。お座りください」
 アナウンスに促されるまま、用意されたパイプ椅子に座る。間隙なくフラッシュが自分達を照らしていた。満足に目を開けられないほどの光に、思わず涙が落ちそうになる。
「今回のジョーカーは二名です。日頃からゲームショウを楽しみにしてくださっていた皆様にとっては、この結果に不満があった人が多かったことを、存じております」
 涙をこらえ、長机に置かれた台本通り読んでいく。その間もフラッシュは目を刺激し、不要な涙を拭わなくてはいけなかった。一通り台本を読み終えると、アナウンスが質問を受ける旨を説明する。すぐにこの場にいるほとんどの記者から手が上がった。改めて、注目度が高い番組だということを実感する。
「前回はプレイヤーとしてでしたが、今回ジョーカーでの参戦となることに、どのような思いがありますか?」
「特に何も。ただ自分達は生きるために、前回と同じことをします」
「右に同じだ」
 一言話す度にフラッシュがたかれる。横に座る奴もそろそろ嫌になってきたのか、座っている姿勢が崩れてきた。
「前回は五十人近いプレイヤーを殺害していましたが、心が痛むことはなかったのですか?」
「無いな。黙っていれば殺されるのに、心を痛めてる暇なんかないだろ」
「残された遺族の方に申し訳ないとは思わないのですか!?」
 語気を荒くしたというより、奴の言葉を信じられないと言いたげに記者が言った。奴は嘲笑うように鼻を鳴らす。答える気はないようで、自分の方を向いた。
「遺族の事は知りません。相手の素性を知らないので。人はどうしようもない脅威が起きた時、抵抗せずに従う事で身を守ることが多いです。が、それは従えば命が助かるという保証があるからだと思います。自分と隣の奴はそんな甘い幻想を信じていません」
 普通に生活していたら機会のない場に、浮き足立っているのかもしれない。フラッシュも記者の表情も気にならず、誰かに操られているかのように口が動く。
「殺す、もしくは戦闘ができない状態にしない限り試合は終わりません。それなら今後の脅威を減らすため、殺すのがいいという事にだんだん気付いていきます。自分と奴はそれが早かった。ただそれだけです」
 そこまで話すと、会見場にいる記者達からは非難の声が上がる。ただ自分と奴だけは、堂々とその場にいた。最後の締めだと奴が言う。立ち上がった奴に続いて、自分もその場に立った。
「面白おかしく報道すればいい。俺達と同じ穴の狢はこの社会に多くいる。そんな奴らが、参加すればいいだけだ」
 行くぞ、と声をかけられ、奴に続く。背中越しに視界が強く光る。もうこのビルに用はない。たった二人の靴音が廊下を支配する感覚。自分達の望む物語の姿を、遠くに感じた気がする。
 エレベーターを降りエントランスへ向かうと、どこから聞きつけてきたのか、マイクを持った記者が回転扉とぶつかる寸前の位置を陣取っていた。
「ふん。肉に群がる蛆みてえだな」
「その表現最高だね」
 二人で笑う姿もきっと外のマスコミに撮られているんだろう。ひとしきり笑い終えた後で、チンとエレベーターの音が響いた。何かと思い見れば、先程の会見場にいたはずの記者達が我先にとこちらに向かって走ってきていた。マイクを向けながら、何かを必死に叫んでいる。
 それを無視して回転扉へと歩く。外からも中からもフラッシュが自分達を照らす。奴はうるさいのが嫌なのか、不機嫌になっていた。小さな舌打ちを二回。瞬間視界が赤く広がり、現状を理解したホテルマン達が大きな悲鳴をあげる。
「調整できるようになったんだね、さすが」
「おう」
 歩く度に跳ね上がる液体が、靴とスラックスを染めていく。手動の回転扉の先、たった一人だけ残った記者が守るカメラが自分達を捉えていた。
「今晩はゲームショウのお誘いをしにきました。自分は箕島みしま、奴は會田あいだ、ゲームマスターとして君たちの参加を待っています」
 カメラに向かってにっこりと微笑み、その場を後にする。會田は残った記者と遊んでいるようだったから、無視をした。人を痛めつける時に使うのは自分の手ではない。けれど、必要時には最低限の力で最高のパフォーマンスを見せる必要がある。
 久しぶりに楽しい日々が戻ってくることに、胸がざわついて仕方ない。會田より早く暗い路地へと逃げ込む。遠くからサイレンの音が鳴っているから、きっとホテルマン達が呼んだのだろう。自然と上がる口角を手で隠し、また、例の店へと戻った。


 数ヶ月後滞りなくゲームショウは開催され、第一夜の視聴率は歴代最高の値をたたき出した。