ダーク・ファンタジー小説

Re: 殺す事がお仕事なんです ( No.156 )
日時: 2011/05/04 01:08
名前: トレモロ (ID: vQ/ewclL)

第三章『霞み堕ちていく優しき想い』———《選択肢は無限大・辿り着く先は一つのみ》


「こいつは困ったなァ〜」
祠堂鍵谷は途方に暮れていた。
周りに黒服の惨殺死体が転がっている、人が歩くには狭い路地に突っ立っている。そんな状況で祠堂は珍しく本気で困っていた。
彼の雰囲気や態度からはそんな様子は一切感じられないが、事実彼は非常に切迫した状況に置かれている事は間違いない事だ。
切迫した状況。というのは、護衛任務の【対象】。
【殺し屋】である木地見輪禍が、独断で独走という状況の事だ。
これは木地見が突如現れた【イルミナティ】の男に、彼女が嬉々として戦闘行為に走った所為なのだが。
そんな事は【仕事】には関係ない。寧ろその男を排除するのが、【便利屋】としての祠堂の任務なのだ。
どんな突拍子の無い事象が起きても、それを上手く切り抜け【依頼】を達成する。それが【便利屋】の使命。それは報酬をもらうからには至極当然の事である。
だが、今回は彼ばかりを責めるのも酷だろう。
木地見という【依頼人】は、大人しく【護衛対象】としていてくれる程、正常な神経と常識は持ち合わせていない女性であり、非は彼女にもある。
「う〜ん。今から走っても追いつけないだろうし……。どうすっかなぁ〜」
自分が制止の言葉を掛ける前に、路地から走りだしてしまった木地見と【襲撃者】の二人を思い出して、のんびりと呟く祠堂。
突然の【襲撃者】。その人物は【便利屋】の祠堂にとっては常連客だ。
【襲撃者】の所属する組織、【イルミナティ】からの依頼はかなり多い。その中で、依頼人として直接祠堂に交渉をしてくる男が、何を隠そう先ほどの【襲撃者】なのである。
その依頼人兼襲撃者。桜島 雁麻(さくらじま かりま)と祠堂との付き合いはそれなりに長い。
桜島はこの地区の【イルミナティ】の重要幹部の一人であり、現場で行動する実力派の一人だ。
特に戦闘面ではかなりの【イルミナティ】の中でも随一である。
最近外国の本部から何人か新人が来たらしく、その中には桜島を超える逸材も要るらしいが、それについては祠堂は詳しくは知らない。
知る手段は持ち合わせて要るのだが、【依頼】でも無いのにそんな事を調べたとしても特に利益は無いので、ほったらかしている状況だ。
祠堂は【情報屋】では無く、【便利屋】だ。
情報を集める依頼などは受けるが、情報を常に欲して売っている【情報屋】等とは少し違うのである。

「まあ、あの人なら大丈夫そうだからとりあえずほっといていいか……」
彼女の強さは下っ端とはいえ、【イルミナティ】を一方的な虐殺に持ち込むほどの実力だ。
おそらく桜島よりは実力は上であると、祠堂は予測する。
「それにちょっと彼女と離れた方が都合がいいこともあるしな……」
祠堂は服の内ポケットから携帯を取り出す。
桜島の所為で確認できなかった着信履歴と、メールを確認する。
「ん〜? 終夜からかとお蔵ちゃんからか」
大量の着信履歴の発信元は、彼の部下である霧島終夜のものだった。
何か急ぎの用事だろうか?
メールの方は情報屋の男——というか限りなく女に近い男のモノだった。

(ちょうどいい、お蔵ちゃんには聞きたいことかなりあるし。終夜の用事はしばらく待ってもらうか)

祠堂はそう結論付け、今この【市】で起こっている様々な事柄の情報を得ることにした。
今この【市】は明らかにおかしい所が多すぎる。
何か嫌な予感が祠堂の中にわだかまって溜まっていた。
そして、彼がこういう感情を抱くときは、大抵嫌なことが発生する。
ならば、情報は絶対的に必要だ。
祠堂は携帯の登録番号から、【情報屋】という登録名を選び、電話をかける。
部下の事を気にかけつつ、とりあえず【依頼】の不確定要素の排除を優先する為に……。











もし。
もしこの時彼が仕事より、仲間を大事にする男だったら。
依頼をこなすことより、部下の心配をする男だったら。
未来は変っていたかもしれない。
それが良い方向か悪い方向かは、人それぞれの立場で変わるだろうが。
少なくとも【彼】は。
彼の命は。


失われなくても済んだかもしれない。


自分の信念を通し生きていた【彼】は、死ななくても済んだかもしれない。
そして同時に【彼女】の未来はもっと単純なものになったかもしれない。
彼がその力を発揮すれば、【彼】の命が狙われる前にすべての事を終えることが出来たかもしれない。
彼がその力を行使すれば、【彼女】は真実を見失う代わりに、諦めが付いたかもしれない。
祠堂鍵也という男にはそれだけの力があった。
だがそれは仮定の話だ。
未来は様々な選択により決定する。
決定には間違いも正解もない。
運命というのは、人の決定により様々な分岐点が存在するものなのだ。
そして【彼】のこのほんの些細な行動は、余りに大きすぎる【選択】だった。


物語は続く。
役者達が選択を放棄しない限り、続いていく。
物語が堕ちる速度は加速していく。
誰も止められない速度に。
役者の意思など関係なく。




加速していく。