ダーク・ファンタジー小説

Re: 殺す事がお仕事なんです ( No.168 )
日時: 2013/03/03 22:02
名前: トレモロ (ID: NXpyFAIT)

第三章『霞み堕ちていく優しき想い』———《優しい物語-流転》1/2




「失礼……しました……」
恐怖の権化のような男の居城から、終夜は顔を青褪めさせながら退出する。
周りに重い空気を纏い付かせ、そのまま近くにあるエレベーターに乗る。
一階へと降りるボタンを押し、ある程度現実を取り戻したとき。漸く脳内思考が、先ほど手に入れた情報についてめぐり始める。

(聞いちまった。聞いちまったッ! 畜生ッ! 畜生ッ!!)

思い出すだけで後悔が後から後から吐き出てくる。
聞かなければ、あんな事を尋ねなければ、【知る事】は無かったのに。
何故聞いてしまったんだ。そんな思いだけが終夜を支配する。

(違う。そうじゃない落ちつけ。何時かは解る事だ。そして、覚悟もしていたはずだ……っ!)

あの時、聞かなければ他の機会で結局知る事になる。
そして、麻衣の話や今日の街の異様な空気も相まって、進藤卓也がまともな人間ではない事は既に終夜は十分考慮していた。
それでも、まだ一般人の可能性は捨てていなかったし、ただ連絡が付かないだけの可能性もあった。
しかし、その可能性は崩れた。
割り切れない思い。健吾から聞いた話を、麻衣にどう話をすればいいのか?
彼女にどんな顔をして会えばいいというのか?
笑って何事もなかったというのか? 暗い顔で【事実】を突き付ければいいのか?
終夜は惑う。彼女は強く強く【笑っていた】。
だが、その笑顔が崩れた時。一体彼女はどうなってしまうのだろうか?

(社長……。俺は、俺はどうしたらいいんですか……?)

終夜はそんな心中を抱えながら、今は助力を得られない自らの上司を思い浮かべる。
あの人なら簡単に、本当に簡単にこんな依頼は終わらせるだろう。
結果が幸福な結末か、不幸な幕引きかはわからないが、それでも今の自分の様に【迷う事は無い】。そう終夜は確信している。
だからこそ彼は祠堂鍵谷の部下であり、弟子と言われる立場なのだから。
「くそっ!」
思わず口からも悪態が吐き出される。
こんなんでは駄目だ、こんな顔では麻衣には会えない。
終夜は顔をなんとか何時もの【作り笑顔】に作り替える。無理矢理だが、こういう事には慣れている。
少女を心配させる訳にはいかない、まだ真実は解らない。
限りなく可能性は低いが、もしかしたら受け取った情報が間違っていたのかもしれない。
そう、間違いだったら。なにかの手違いで、誤った情報を志島健吾が受け取っていたとしたら。
そうすれば。もしそんな笑えるオチだったのなら。
自分は伝えなくても良い。
麻衣に、自分は伝えなくていい。


【あなたの父親は既に死んでいる】。


そんな余りに残酷な言葉を。伝えなくていい。
終夜はそんな考えを頭に浮かべる。
それは完全な【逃げ】だと、頭の片隅で理解しながらも、そう思う事を止められなかった。


エレベーターが一階に到着する。そのまま、彼は【依頼人】の元へ戻るため歩き始める。
出口付近に常駐している警備員は——と言っても彼もこの【組織】の構成員であろう——こちらの身分事情を知っているのか、入ってきた時と同じように終夜の様な子供に向けて軽く礼をしてくる。
それに向かって終夜も軽く礼を返しながら、金属製で出来た堅牢そうな出口のドアを押し開け、外に出る。
視線を前に向けると、遠目からでも出口付近に背中が見える。小さな背中が……。
これから終夜は麻衣の元に戻り、言わなくてはいけない。

【残念ながら情報は得られなかった。辛いでしょうが地道に探しましょう。大丈夫、きっとあなたのお父さんを見つけて見せますよ】

そういわなければならない。

(……詐欺師みたいだな)

心の中で思いながらも、彼は笑顔を作り、嘘を吐くことを決意する。
自分が希望を捨ててはならない、あの娘の笑顔を完璧に曇らせてはならない。
だから彼女を騙さなければならない。
これは必要なことだ。そう、自分を自分で洗脳しながら。
彼は麻衣の背中へと、重い足を向けた……。

Re: 殺す事がお仕事なんです ( No.169 )
日時: 2013/03/03 22:02
名前: トレモロ (ID: NXpyFAIT)

第三章『霞み堕ちていく優しき想い』———《優しい物語-流転》2/2



「くふふっ、くふ、くふははははははっ」
静かに、声を荒げず、あくまで優雅に。女は【笑う】。
構えた刀からは幾人もの人間を斬ってきた証として、真っ赤な血が滴り落ちるほどに付着させながら。
最早、太陽の光を受けて銀色に輝いていた刀身は、紅い液体の所為で【血刀】に変わっている。
「イカれていやがる! む、無理だ兄貴! あんな化物殺せねえよ!! アイツもう何十人って仲間を殺してやがる!!」
「わーってるてんだよ、んなこたぁなっ! 逃げろてめえら! こん畜生!! つーかなんで来たんだお前ら!!」
「兄貴があぶねえって【刹羅】さんが!」
「あ? 畜生、あの野郎。俺の状況知ってやがったのか。だったら、助けろってんだ!!」
【イルミナティ】の幹部。桜島は悪態を付きながら、部下と共に目の前の【化物】から必死に逃げ走る。
なるべく隙を見せずに逃走を図っているが、如何せん目の前の女は滑るような走りでこちらに追いつき、逃げ遅れた彼の部下たちを何人も切り刻んでいく。
人目に付き辛い道をいくつも走り抜けながらの逃走ではあるが、こうも刀傷沙汰の事件を白昼堂々している姿を見せられると。追いかけてくる存在が、映画か何かに登場する理不尽な怪物に見えてくるという物だ。
そして実際、桜島やその部下たちにとって、彼女は怪物と行っても差し支えなかった。
「ちくしょっ!! こんなことなら【アレ】もしっかり携帯しておきゃよかったぜ!」
「あ、兄貴のエモノをなんてこんな街中で使えませんよ!」
「ばかやろうっ! あの女にゃ、それでようやくイーブンだ!!」
「みなさんまだそんな大声でお喋りを出来る程の元気があるんですね? 私、とてもうれしいですよ!!」
「うるへぇ! このくそアマが! とっととずっこけてその拍子に刀に刺さって自殺しやがれ!!」
桜島は部下に怒鳴り、追ってくる木地見という【化物】に怒鳴り、路地を右に左に逃げていく。
彼だけなら木地見から逃げ切ることはそこまで難しくないだろうが、彼の部下はそこまで身体能力は高くない。
自分がある程度【化物】の気を引いたり、足止めをしなければ全滅だろう。
なぜこのような事態になったかというと。
先刻まで彼女と一対一で戦っていたが、どうにもこちらの分が悪く、いったん装備を整え出直そうとしたとき。
彼の部下が意気揚々と加勢しに来たのだ。
桜島にとってその部下たちの、彼を想うが故の行動は最悪と言えるモノだった。
かといって、部下たちを見捨てるという選択肢も取れない。
詰まる所、彼らの逃走劇は、血に濡れたアスファルトを背にまだまだ続けられることになる。
【破壊屋】と呼ばれる男は、敵を壊しつくせない現状にいら立ちながら、只々地面をけり上げる。










「え? 今、なんて仰いました?」
終夜の顔に張り付けた、【詐術】の笑顔は、そのまま完璧に凍り付いてしまった。
彼女が何を言っているのかわからない、脳の大事な部分がうまく機能してくれない。
「ですから、もう良いと言いました」
まただ。また、この人は意味の分からないことを。
何がいいのだ? 何が? 【もう】って何だ? いったいこの娘は何を言っているんだ?
終夜の頭の中に、色んな疑問が浮かんでは解決されないまま、堆積されていく。
いや、実際はわかっていた。何故彼女がそんなことを言うのかは分かっていた。
理由はしっかりある。
だが、その理由を、【なぜ彼女が知っているのかが本当に分からない】。
「麻衣さん、なんでそんな事言うんです?」
少年は質問を投げかける。俯いてこちらを見てくれない少女に。
終夜は自分が何かとんでもない間違いをしたのかと、ついさっきの、本当につい先ほどの事を思い出す。
絶望的な話を聞かされ、その鬱屈とした事実を完璧に隠す笑みを浮かべて、背中を向けていた彼女に明るく声をかけ。
そして続けて言葉を発しようとしたときに、耳に聞こえてきた信じられない言葉。

『もう良いです』

訳が分からなかった。
一瞬、自分の心を読み取られでもしたのかと、本気で疑ってしまうほどに。終夜は困惑していた。
だから、続けて聞いた。聞いてしまった。
【そして、鍵が開いてしまう】

「【お父さんを探すんじゃあなかったんですか?】」

終夜が発した一言、その言葉に反応して麻衣は顔を上げる。

「っっっっ!?」

恐らく、霧島終夜という人間は、進藤麻衣が浮かべたその表情を、一生忘れることはないだろう。
彼はこの表情を知っている。
こんな顔をするように【なってしまった】女性を知っている。
そう、麻衣の顔面には——


「死んだ人間を探したって無意味です」


——【表情が消えていた】。















少女は真実を知った。
語ることはなし。
騙ることも無い。
真実は受け入れるモノであり、否定しても何も進まない
少女は真実に苦悩する。
男は出会いに苦悩する。
女は心に苦悩する。
事実を事実として認識するだけで、世界は一変する。

だが、少年は。
少年はどうするのだろうか?
万物は流れ、転がり、そして紡ぐ。
そしてそれに抗う事は出来なくても、許容し、それでも諦めなければ……。
それは子供の我儘になるのだろうか。
それは子供の世間を知らない、唯の高慢な意見として堕するのか。
それが良い事なのか、悪い事なのかはわからない。
少年は少女の絶望を表す顔を見てしまった。
少年は少女の強き笑顔が、【強さ】ではなく【強がり】だと知ってしまった。
少年は、それでも。それでも尚少年は。
霞落ちていく、心の強さの中で、少年だけは。
霞落ちていく、心の優しさの中で、少年だけは。


這い上がろうとしていた。