ダーク・ファンタジー小説
- Re: 殺す事がお仕事なんです ( No.48 )
- 日時: 2010/10/24 11:42
- 名前: トレモロ (ID: C4aj9LgA)
第一章『便利屋と殺し屋の出逢い』———《優しい物語-開幕》
コン…コン…。
ノックの音。その音の奏で方は人により千差万別だが、この音は緩くのんびりしたものだった。
「どうぞ」
男性の低く短い応対の声を聞き、部屋の外から男が入ってくる。
入ってきた男は、目の前の豪華そうな机の奥の、これまた豪華そうな椅子に座っている五十歳を過ぎた辺りの男性に、軽く礼をしながら言葉を紡いだ。
「どうも、仕事が終了しましたのでご報告を」
「おお、祠堂さん、お疲れ様です。で、奴は?」
「一様連れてきましたよ」
部屋に入ってきた男、祠堂鍵谷はさっきから自分に襟首を掴まれてバタバタと暴れている【片手の無い男】を、老齢な男性の机の前に乱暴に投げ飛ばす。
グエッ、という嫌な声が男から発せられるがその場の誰も全く気にしない。
「本当にご苦労様です祠堂さん。こいつの裏切りにこのまま気づかなかったら、私たち【組織】は大きな痛手を被る所でしたよ!まあ、その前に何の罪もない部下を失う所だったのですがね」
男は低いが和やかな声で言う。
だが、顔を見ればわかる。この人間の目は全く【和やか】なんて言葉からかけ離れている事が。
全身を普通のビジネスマンが着そうな背広で覆っており、ネクタイもピッチリと締めている。
それだけならサラリーマンと全く変わらないのだが、明らかに彼が【堅気】では無い事を象徴するものが在る。
それは【傷】だ。
顔の右側の髪の生え際から左側の頬の辺りまでに、何かに斬り裂かれたような傷跡が在る。
それだけでも十分一般人に恐怖を与えそうなのに、ついでとばかりに目が切れ長で鋭い。見られた人間を視線で殺しかねないような眼力を、特に意識もせずに出す老齢な男性。
その姿とプレッシャーはとてももうすぐ六〇歳に差し掛かるとは全く思えない。
だが、そんな恐怖の権化のような男に祠堂は全く物怖じせずに言う。
「この男の後釜になるとか言うあの男。彼は信用できそうなんですか?」
「岩上(いわかみ)の事ですか?ええ、彼はとても真面目な奴ですよ、なんでこんな世界に来たか解らない位にね。正直今回あいつが金奪ったって聞いて正直可笑しいと思ったのです。だから【便利屋】であるあなたに調査を依頼したのですがね」
「そうですか。彼は今、下で治療を受けてますよ。結構酷い怪我だったんでね」
「本当に悪い事をしました。まあ、今回の件で幹部になりますしそれで許してもらいましょうかね」
あくまで和やかに言いながらも、目は全く笑っていない。まるでここが少しも気が抜けない戦場だとでも言うかのような気の張り方だ。
対照的に祠堂はこの部屋に入ってからもずっと周りの空気を変えていない。どこか飄々としていて、真意の読めない無表情を続けている。
と、そこで今まで呻いていた片腕を祠堂に斬り落とされた【裏切り者】の男が、痛む体をよろめかせながら立ち上がり、自らの上司である男に叫ぶ。
「ボ、ボス!ち、ちげえんだ!俺は横領なんかやってねえんだよ!!全部あいつが俺を嵌めるために仕組んだ事で…」
トスッ。
小気味の良い音と共に【裏切り者】の言葉は遮られる。
そして彼は崩れるように前倒しに倒れた。その原因は【ボス】の机に在った、ただのペーパーナイフだ。
そのペーパーナイフが【裏切り者】の額に垂直に立っている。
どんな刺し方をしたのか、血が一滴も出ていない。
「……、貴様にボスと言われる筋合いはない。さっさと地獄に落ちろ」
只の紙を斬るだけの道具を手首の動きによって投げつけるだけで、人間の命を奪う【武器】に変えた組織の【ボス】は、渋い顔と共に言葉を吐き捨てる。
だが、意外な事に彼の顔に浮かんでいたのは侮蔑の表情では無く、憐みの顔だった。
「木島」
「はい」
何時から居たのか、それとも祠堂が入った時から既にいたのか。【ボス】の隣には秘書風の若い男が建っており、自らの上司の言葉に返事をする。
「こいつを回収しろ」
「はっ!」
隣にいる気配を感じさせない秘書に死体の回収を命じながら、祠堂に向き直る【ボス】。
だが、死体をかついで部屋を秘書が出ていく頃には、先刻までの表情は綺麗に消え去り。後には先ほどと同様の人に威圧を与える顔になっていた。
「それでは祠堂さん。報酬は今日中に口座に振り込ませて頂きます」
人を一人殺したのに平然と話を続ける。
そして、祠堂もそれに何の疑問も抱かない。明らかにここは【異常】な人間が集う場所であった。
「ええ、ありがとうございます。またのご利用をお待ちしており」
「ああ!ちょっと待って下さい!」
別れの挨拶をしようとしていた祠堂は、なんだろうと思い目の前の男に疑問の目を向ける。
すると彼は少し困った顔をしてこちらに向き直り、気まずそうに言葉を発する。
「申し訳ないんですが。もう、次の仕事を依頼しても良いですか?勿論報酬は弾みますので」
「え?ええ、構いませんが……。珍しいですね?連続で依頼なんて」
何故か客人や身内以外には馬鹿丁寧な言葉でしゃべる【悪党】に、普段と違う空気を感じて、少し嫌な感じがしてくる祠堂。
———なんか面倒事か?殺しはいやだぞ。だが、世話になってるから断れねえしなぁ〜。
心中でそんな物騒なことを思いながら、顔は相変わらずに無表情を保つ。
そんな彼に、【ボス】はある意味殺しの依頼より性質(たち)の悪い事を言う。
「いや、なんていうか護衛任務なんですがね。その、護衛対象がなんというか……」
「?」
「あー、実はこの前その方に在る事を依頼したんですがね?どうやらその所為で敵対する【組織】に目を付けられてしまったようで。その護衛を頼みたいんですよ」
———なんだそんなことか。それなら殺しよりは楽だな。
そう彼は思っていた。だが次の言葉を聞いて愕然とする事となる。
「その、護衛する対象の職種なんですが…」
言いにくそうにしながら【ボス】は決定的な一言を紡ぐ。
「殺し屋……、なんですよ……」
「は?」
思わず呆けた声を出す祠堂。
———殺し屋!?守る??何を言っているんだ……
「まあ、ちょっと呼びましょうか。木地見さん!ちょっと入って来てくれますか!!」
【ボス】が声を上げると、外で待っていたらしくすぐに人が入ってくる。
「え?」
本日二回目の呆けた声。
だがそれも仕方のない事だろう、なんせ入ってきた【殺し屋】と言うのは、
「初めまして【便利屋】さん。木地見輪禍と言います」
【女】だったのだから……。
そして、彼女は祠堂にとって。もっと衝撃的な言葉を口にする。
「誰か殺したい人が居れば、気兼ねなく言ってくださいね?」
これが【便利屋】と【殺し屋】の初めての出会い。
これが狂った物語の序章の終わり。
この話は優しい話だ。
主義を持たず、どんな依頼もこなす。軽薄な壊れた【便利屋】
殺しを求め、殺しつくすが【悪】では無い【殺し屋】
誰かを思いやり、いつも誰かに振り回されるが、加減を知らない【少年】
壊して、殺して、終わらせる。それしかしない【青年】と、それを取り巻く【悪党】達。
どこか皆壊れていて、どこか皆狂気に溢れている。
だが、これは優しい優しい話だ。
どんなに壊れた人間に囲まれていようとも。
どれだけ狂気に巻き込まれようとも。
自らの【父】の安否を気にする【娘】の物語。
その結末がどんなものかも知らず、ただただ【父】との再会を待つ【少女】
優しい。優しく悲しい物語。
今、その物語が開幕する。
———————第一章『便利屋と殺し屋の出逢い』了