ダーク・ファンタジー小説
- Re: 殺す事がお仕事なんです ( No.60 )
- 日時: 2011/02/19 22:28
- 名前: トレモロ (ID: vQ/ewclL)
『接章』
青年は考え方。というより価値観が他人とは異常なまでに違っていた。
別段家庭に問題があった訳ではない。
両親ともに普通の人間だったし、姉弟も普通だった。厳しく頑固だが自分の事を思ってくれる父。優しく見守ってくれるが、時には道を示唆してくれる母。小さいころから面倒を見てくれ、相談にも乗ってくれる姉。自分を兄と慕い、時に笑顔を振りまいてくれる弟。
極々一般的な家庭。いや、一般的な家庭より多少幸せな家族形態だったかもしれない。
そんな環境で特に問題なく、青年は健やかに成長していき日々を平和に過ごしていた。
少なくとも周りからはそう思われていた……。
始まりは一匹の犬だった。
青年がまだ大人になっておらず、少年といっても差し支えのない年齢の時。まだ世の中を少ししか知らない中学生だった頃。
学校の通学路にある家に、飼われていた犬がその始まりだった。
青年はいつもその道を通って、近くの私立の学校に通っていた。
その犬は躾がしっかりとなされている訳ではないようで、青年は通るたびに吠えられていた。
別段青年が特別だった訳ではなく、他にも吠えられていた生徒はたくさんいた。その所為で泣きながら先生に相談する女子生徒までいる始末。もっとも犬が吠える以外に、襲ったり何かした訳ではないのだが、吠えられるだけで気の弱い女子は恐怖した。
それが度重なるにつれ、学校側も何か対策をしなければならないとして、直接その家に苦情——というには少々大げさだがクレームの様なものを教師が告げにいった。
それに対し飼い主は特に反論も反応さえもなかったが、学校側は一様話はしたという事で一時様子見する事にした。
それから数日後、女子生徒の教師に対する相談はきっぱり断ち切られた。
何故なら犬の姿は、家の庭から消えていたのだから。
その事を知った人々は、きっと飼い主が何か対策をしたのだろうとして、それ以来その件を気にするものはいなくなった。
だが、その話には裏が在る。
別に誰かが隠そうとした訳ではないのだが、周知の事実が【表】なら、知る人間が少ない事実は【裏】と表現できるだろう。
そして【裏】の事件に関わったのは【青年】になる前の【少年】だった。
単純な事だ。
単純で簡単な。そして明確な狂気を含んだ【事実】
少年は犬を鎖で絞め殺した。たったそれだけの事だ。
別に少年は犬に恨みが在った訳では決してない。もちろん犬を飼っていた飼い主にも。
だが、少年は犬を残酷に殺した。
犬自身をつなぐ鎖をゆっくりはずして、自由になった鎖を吠え続ける犬の首を囲う様にまわして、そのまま強く首が閉まるように引っ張る。
犬は本能に従い暴れるが、次第に動かなくなり。最後にピクリと動いて、力が抜けた様に息絶えた。
中学生程度の力なら誰にでも行える簡単な動作だ。だが、普通の人間がそんなことをすることはまずあり得ない。そんな異常な思考は、少年の様な環境に身を置く者がする事ではない。
だが青年は簡単にそれを行った。そしてその動機も簡単なものだ。
犬が吠えるのが五月蠅かったから。
たったこれだけの理由。その心情と行動のギャップはあまりにも有り過ぎたが。誰も彼のしたことに気づける者はいなかった。
結局少年の行動は誰にも知られず。飼い主も特に犬に愛情は無かったのか、誰かの悪戯で殺されたのだろうと結論付け、特に犯人を追及しようとはしなかった。
その所為かどうなのか知らないが、少年はその後もそんな事を続けた。
誰かに咎められること無く。親にも姉弟にも友達にも先生にも。
誰にも自分の異常を悟られる事も無く、そんな行動を続けてきた。
もっとも、自分がしていた事を少年自身が【異常】と認識していたかは誰も知り得ない事なのだが……。
そして彼が【少年】から【青年】になった後、紆余曲折があり今の仕事に就いている。
そう、人を人とも思わず大量に殺戮する様な【人間】へと変貌していた。
犬殺しから人殺しになるまでにも様々な事が在ったのだが、それはまさに狂った人格を構成するのに相応しい人生だったと言えるだろう。
それほどまでの出来事が彼の身に起きたのだ。
だが、勘違いしてはいけない。けっしてそれがきっかけで彼は【殺戮者】になったのではない。
彼が壊れている原因は【出来事】ではなく【価値観】の問題だったのだから。
そんな【青年】は今【便利屋】とその【依頼人】の前で、一人の男の腹部に異物を突き込んでいる。
楽しそうに、楽しそうに。初めて殺した犬の時とは比べようのないくらいに、楽しそうに笑って人を殺そうとしていた……。
狂いましょう?
狂いましょう?
人を殺して、笑いましょう。嗤いましょう。
人をコロシテ、泣きましょう。泣きましょう。
壊して、殺して、終わらせる。
誰かに止めてもらうまで。
誰かが自分に気づくまで。
さぁ、殺してあげましょう。
だって、それが愉しいんでしょう?
だって、それを求めているんでしょう?
じゃあ、皆みんなミンナ。
真っ赤に染め上げてあげようよ!
あはっ、アハハハ。アハハハハハハハハ!!
アヒャハッハハハハハハハハハハハハ!!!
楽しいな。
私はこれから壊せるんだ。
愉しいな。
僕はこれから殺せるんだ!
悦しいな。
俺はこれから終わらせるんだ!!
さあ、私を、僕を、俺を、止められるものなら止めてみろ!!
ヒヒャハ。
ヒャヒハイハハハ。
ヒャハハハハハハハッハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!