ダーク・ファンタジー小説

断片1 創世の絆 ( No.1 )
日時: 2017/11/19 00:51
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

 「断片集」のオープニングを飾るはこの世界「アンダルシア」の創世神話。
 カキコで前に書いた作品を文章修正加えた上で再投稿です。

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〈Stories of Andalsia mythⅠ 創世の絆〉


 1 はじまりのこのせかい


 それは、虚構と幻想に彩られた神話——。


  ★


 遥かなる昔。世界は闇だった。否、闇さえ無かった。強いて言うならばそれは「無」だった。そこには虚無しか無かった。そんな時代のことだった。
 虚無の中に一体の神がいた。其が名はネイロン。虚無の中に在りし唯一の神だった。

 或る時彼はふと身じろぎをした。彼は気付いた。己の中に潜む莫大な力と己が為すべき役割に。それに気付いた時、彼の手の中に一つの大きな杖が現れた。それは本来は実体なんて無いはずの、虚無で作られた杖だった。
 彼はそれに己の力を流した。
 するとその杖は光り輝き、彼の力を効率よく発動させるための道具となった。
 彼はその杖を振る。
 すると虚無がかき混ぜられ、そこには渦が生まれた。
 渦は辺りの虚無を巻き込んで次々と大きくなっていく。そして同時に、虚無から生まれた七の闇の神(闇の七柱神)が誕生した。
 それを見て、彼は杖に更なる力を流した。すると。

天地開闢かいびゃく

 拡大していった渦は収束していって球になり、圧倒的な光を撒き散らしながらも、これまでとは比べ物にならないくらい大きくなり、全てを光に染め上げた。

「萌えよ——燃えよ」

 その光の中、次なる神が生まれる。
 彼女の名は光女神アンダルシャ。立場としては彼の妹神にあたる神である。のちに、この世界の主神となる神でもある。

「世界創造」 

 これにて世界の原型が完成する。



 アンダルシャが誕生した後も彼はその杖を振って創世を続けた。

 空が、大地が。
 星が、太陽が。
 時が、空間が。

 それぞれ生まれた。斯くして世界の原型は創られ、まだ名も無きこの世界は誕生の産声を上げた。


  ★


 世界には光が満ち溢れ、世界の創造は順調だ。
 しかし世界に光が増えるにつれて、避けては通れない問題が生じた。
 それは。

「…………っ!」
「ネイロン様」

 不意に身体をよろけさせた原初神を闇の七柱神が一人、アルヴェンジャが支える。
 そう、原初神ネイロンは自ら創ったこの世界にあまり馴染めていないのだった。否、馴染めないのだった。
 原初神ネイロンは闇から生まれた。光なんて知らずに生まれた。しかしこの世界には光がある。闇を払い闇さえ喰らう、闇の対極とも言える光。
その光に今、彼は少しずつその身体を蝕まれつつあるのだった。

「ネイロン様」
「わかっている」

 アルヴェンジャの手を振り払うネイロン。しかしその動作はどこか緩慢で、その顔には深い疲労があった。その姿はどこか弱々しかった。

「我の創世によって、光とともに生まれたそなたらは大丈夫なのかもしれぬが……。この光は我には強すぎる……」

 このまま創世にその力を使い続けていればその、あまりにも強すぎる光に呑まれ、喰われ、いつか彼は消えてしまうのではないかと闇の七柱神は危惧していた。
 しかしどうしようもない。ここは彼の創った世界だ、その世界にそれを創った原初神自身が負けてしまったって、彼よりも弱い力しか持たない他の神々にはそれをどうにかすることはできないのだから。
 しかし原初神は諦めなかった。
 ある日ある時原初神は。闇の七柱神と妹神アンダルシャを呼んでとある計画を話した。その頃には彼は歩くことさえ困難な身体になっていた。
 彼は呼ぶ。

「妹神アンダルシャ」
「はい、兄上」

 天空の玉座に座った彼の前、かしずいた妹の手を取った。

「我が少しずつ弱っていることを知っているか」
「はい。兄上の対極たる光によってその御身体を蝕まれているとか。……何か解決策でも浮かばれたのですか」
「その通りだ。そこでアンダルシャよ、そなたに重荷を渡しても良いか。そなたに大きすぎる責任を背負わせても良いか」
「兄上、何を——?」

 彼は力を振り絞って立ち上がる。そしてアンダルシャの手を握ったままで、厳かに言った。



「我、我の全ての創世の力を、そなたに譲り渡す」



「兄上……!?」

 次の瞬間。アンダルシャは、つないだ手から勢い良く、凄まじい量と質の力が兄神から自分に流れ込んでくるのを感じた。その力はまさに創世の力、あらゆるものを創り上げる始まりの力、始原の力。この美しき世界を創った力に他ならなかった。

「あ、兄上、何を——」
「離すな」

 そのあまりにも圧倒的な力に恐怖して彼女は思わず手を離そうとしたけれど、握られた手は万力の如く。まるで病身とは思えない程の力で彼女の細い手を握りしめ、彼女がどう足掻こうとも離れない。

「アンダルシャ、アンダルシャ」

 怖くなって思わず手を振りほどこうとする彼女のその瞳を、ネイロンは見つめた。未だ原初の虚無に包まれた、常闇の瞳が。
 ネイロンは言う。

「我はこれ以上この世界を育てることが出来ぬ。されどこの世界はまだ幼く弱く脆い。ゆえに誰かが守り育てる必要があるが、我にはそれがもう出来ない。しかしそなたならば出来るはずだ。光とともに生を受けたそなたなら」

 我はこれより引退する、とその声は言う。

「よって我は妹よ、そなたに後事を託すことにした。たとえ我がいなくとも闇の七柱神がいるだろう? 彼らは闇でこそあれ、我とは違う存在であるがゆえに光に消えることは無い。彼らとそなたに全てを任せる。
 ——我はもう、創世神ではないのだからな」
 
 それは撤退宣言だった。
 創世から、世界から。
 もしかしたらあるいは、己の生から?

「では、では、そうしたら! 兄上はどうなってしまうのですか! これで世界は守られるがしかし! このままでは兄上は消えてしまいます! こんなこんな、悲しい結末をわたしは認めません! 誰よりも世界のために頑張った兄上が、全然報われないままに消えてしまうなんて! そんなのわたしは認めないっ!」
「落ち着くのだアンダルシャ」

 激昂する彼女をなだめるようにネイロンは言う。

「——我が消えると、いつ言った?」

「え……?」

 ネイロンはアンダルシャと忠実なる七柱神の面々を眺めながらも、柔らかに微笑んだ。

「案ずるな、我は決して消えたりはせぬ。この世界の外には闇がある。そこでならきっと我は生きていけるだろう。ゆえに我はそこに潜むことにする。いつしかそなたがこの美しき世界に、我の住める場所を創るまで。そなたならばできるだろう? だからそれまでは、お別れだ」

 兄神が消えないことには納得したアンダルシャ。しかし彼女は兄を愛していた。離れ離れになるなんてもってのほかだった。だから泣いた。泣いて兄を引き留めた。それが正しくない行動だとわかっていても。

「嫌、嫌です、兄上! わたしは確かに創世の力を譲り受けましたがわたしはまだ若いのです。兄上の手助けなしでは満足のいくように世界を構築できません! 行かないでほしいのです、兄上! わたしの前から、行かないでっ!」
「ならば妹よ、そなたは我にここに残れと? そのまま光に喰われて消滅しろとそなたは言うのだな」
「そうは言っていない!」

 アンダルシャの涙は止まらない。この世界の理不尽に、妹神は涙する。

「わたしはただ……誰も抜けることなく皆で幸せに、この世界を見守っていきたかっただけなのに」
「ならばそのようにすれば良い。そなたが我の世界を創るのだ。そうすればまた、会える」
「でも」
「アンダルシャ」

 ネイロンの闇の瞳が、彼女を射抜く。

「約束するのだ、この世界を守り育てると。言い訳は許さぬ」

 その迫力に押されてか、アンダルシャは震えながらも頷いた。

「わ、わかりました、兄上。少しの寂しさくらい耐えて見せます。そして必ずや必ず、この世界を、兄上の世界をより良き世界に創りあげて見せます」
「それでこそ我が妹よ」

 そして彼はさらに言う。この世界における、とても重要なことを決める。



「我はもはや創世神ではない。これからを創るのはアンダルシャ、そなたに他ならない。よってこの世界の名を、アンダルシャ、そなたからとって、
 ——アンダルシアとする」



             
 斯くして新たなる世界は創られ、こうして原初神ネイロンはいなくなった。
 それでも創世の絆は変わらず、其処に在り続ける——。


  ★

断片1 創世の絆 ( No.2 )
日時: 2017/11/19 14:15
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: /dHAoPqW)

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 2 「柱」の意味


 ゼクシオール、ヴァイルハイネン、アルヴェンジャ、クルースドラク、イグナバート、ラオルディア、フオルノイス。彼ら七の神をして、闇の七柱神という(内、ゼクシオールとヴァイルハイネンは兄弟神)。
 ところで「柱」という名称にはとても重要な意味がある。彼らは人柱ならぬ神柱、ネイロンによって創られた、世界の礎として消えるべきもの。詰まるところの人(神?)身御供であったのだ。そういう風に創られた。
 それが発覚したのはネイロンが去ってしばらく経ったある日のこと。



「くっ……。どうして、どうしてうまくいかないのです? 七柱神よ、わたしはうまくやっているでしょう? なのにどうして?」

 ネイロンが創りアンダルシャが発展させた世界、アンダルシア。その世界はいまだ不安定で、ちょっとした綻びから全てが崩壊するような事態にあった。
 それに対して、ああついにその時が来ましたか、と七柱が一人フオルノイスが苦い笑みを浮かべた。

「その時とは? あなた、まるでこうなることをあらかじめ予想していたみたいではないですか」

 だからあらかじめ予想していたんだっつーの、と投げやりな口調でクルースドラクが口を挟む。

「つーか光の主よ、あんた知ってんの? 俺たち闇の七柱神の存在意義をさー。俺たちは闇の主やあんたを助けるためだけに生まれたってぇわけじゃあねーんだぜ?」
「……どういうことです」

 その問いは「メンドくせーから」とクルースドラクが丸投げにしてしまったので、仕方なくフオルノイスが代わりに答える。

「光の主よ。そもそもなぜ僕たちは『柱』なのか、ご存知でしょうか?」
「なぜ柱なのか、とは」
「別に僕たちを呼ぶ呼称は何も、柱でなくたって良かったんです。もっと探してみれば柱よりも良い言葉もあるでしょう。なのに現に僕たちは『柱』です。それはつまり、僕たちに、『柱』そのものになれということに他ならない。去り際に、闇の主は僕たちに使命を残していきましたよ。それが」
「……この世界を支えるために礎に埋まれ、そういうことですか」
「その通りです、光の主」

 闇の七柱神は文字通り柱。世界が不安定さに揺れるとき、その身でもってその不安定さを鎮めなければならない人身御供。
 ——所詮、創世の段階で使い捨てにされる道具。それが闇の七柱神の悲しき正体だった。

「ご命令を、光の主」アルヴェンジャがひざまずく。
「我らが身をもってこの世界を鎮めよとのご命令を、我らが主」
「っ!」

 アンダルシャが気がつけば七神七様、まるで彼女を取り囲むかのようにひざまずいていた。その様はまるで感情のない人形に取り囲まれているかの様だった。

「嫌です……そんな命令を下したらわたしは独りになってしまうではないですか。兄上が消えた後、あなたたちこそが私の支えだったのに……! 創世は一人でやるにはあまりにも荷が重い。だからまだ傍にいて!」

 アンダルシャはネイロンとは違う。寂しがり屋で我がままで孤独には耐えられない、そんな甘ちゃんだ、そんな女神だ。だから命令を下せない。兄を失っただけであんなにもへこんだ。その上他の神々までも失ったら、アンダルシャは一体何を頼りにすればいいのだろう? 何を頼りに生きれば良いのだろう?

「命令しろっつーの。つーかよ、このままだったら間違いなく世界が終わるぜ? 闇の主と約束したんじゃねーのかよ。あんたはこれでも構わないってわけかァ?」
「何を恐れておられるのですか。寂しいのならば他に神を創れば良いのですよ。あなたにはそれだけの力があるし、そうすれば独りではなくなります。勇気をお出しください」
「僕はあなたの一存で世界が終わるなんて嫌だね」

 クルースドラク、フオルノイス、イグナバートに言われてもアンダルシャは決断を下せない。別れたくない、そんな思いが決断を次々と先送りにする。
 別れたくない、一人は嫌だ! そんなことで駄々をこねる自分がいる。
 こんな状況なのに。
 ——世界が揺れた。空間が歪んだ。これはかなりまずい状況なのに。

「ご決断を、光の主!」   ——と、


「……それには及ばない」

 
 その時、進み出た二つの影があった。

「ゼクシオールにヴァイルハイネン……? どういうことです、これは」

 不審げに問うアンダルシャにゼクシオールが答える。

「埒があかない、こちらに残る。我々は柱として沈まない」
「……どういうことです?」

 繰り返されたその問いにはヴァイルハイネンが答えた。

「つまりゼクはこう言ってる……。自分とヴァイルハイネンが残るから、誰か残ればまだお前は決断できるだろう、ってことさ。ゼクは色々考えてたんだな。……いいぜ、光の主、残ってやる。その代わりにさっさと命令を下せ。このままだと世界が終わっちまうぜ?」
「残る……」

 つまりそれは、アンダルシャが独りになることはなくなるという事。
 闇の七柱神。その全員がいなくなるわけではなくなるという事。
 孤独にはならなくて済むという事。

「なあに、五柱でもオレたちは闇の七柱神だぜ? 一人一人の持つ力が半端ないからな、世界ぐらい支えられるだろ。どうにでもなるさ」

 残ってくれる、そう聞いてアンダルシャは安心した。覚悟も決まった。
そして、決断する。

「ご命令を、光の主」

 再び発せられるその言葉に。
 深い深い寂しさを覚えながら。
 わずかな安心を感じながら。
 おそらくもう二度と会えなくなる友たちに。
 大切な——相棒たちに。
 命令を、
 下す。


「我が闇の五柱神よ、この世界のために————闇に沈め」


「仰せの通りに、光の主」

 二人抜けて五柱となった神々は彼女に深くひざまずき、

「ゼクシオール、ヴァイルハイネン、後を頼んだ。光の主と世界のこと、お前たちに任せたぞ。先に行く方は気楽だがおそらく、きっと残った方は大変だろう。我らは感謝していると覚えておいてくれ」
「じゃあなゼク、ハイン! おめーらと過ごせた日々は楽しかったぜぇ! 俺たちが行った後も頑張れよっ」
「あなたたちに重荷を授けましょう。私は期待しています」
「より良い世界を! 元気でねゼク、ハイン」
「ではさよならです。僕たちの運命はここで分かれてしまいますが、大地の底でずうっと、僕たちはあなた方を見守っていますよ」

 アルヴェンジャ、クルースドラク、ラオルディア、イグナバート、フオルノイスの順に残る神々に挨拶した。
 そして彼らは消えていく。
 一人、一人、また一人。まるで闇に溶けていくかのように次々と消えていく。
 かつて彼らがその地にいたというわずかな痕跡すら残さずに。

「……ありがとう、みなさん」

 その様を見つめながらもアンダルシャは涙を流すのだった。
 こうして創世は第二期が終わり、第三期に入る。


  ★

断片1 創世の絆 ( No.3 )
日時: 2017/11/19 16:46
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

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3 創世の絆


 ネイロンがいなくなっても、闇の七柱神がいなくなっても。アンダルシャとゼクシオールとヴァイルハイネンと。たった三体の神々だけで創世は続く。その中で、アンダルシャは他の二神に己の創世の力の一部を分け与えた。そして彼らは創った。それは新たなる神々。
 炎の神を創れば炎が生まれ、
 水の神を創れば水が生まれた。
 命の神を創れば生命が生まれ、
 運命の神を創ったら、あらゆる事象は彼らの手の内で遊ばれた。
 次々と創られていく新たな事物。世界は神々によって豊かになり、ここに、原初神ネイロンの望んだ世界がその姿を現した。

 人間、という種族が生まれた。
 彼らは火を使い、創世の時代の名残である高エネルギー体、魔法素マナ原初オリジン魔法素マナ反魔法素アンチマナなどを利用して。後に「魔法」と呼ばれる術のその原型を使い始めた。それは画期的なことだった。
 そんな「人間」達に興味を持った、ヴァイルハイネンを始めとする神々は後に、彼らをめぐって争いを繰り広げるのだが……。それはまだ先の事。
 とにもかくにも、安定した世界に兄を呼ぶべく、アンダルシャは準備を始める。

  

 この世界アンダルシアの中には、「界」が五つある。
 一つは天界。アンダルシャら神々の住む彼方の世界。神々の世界。
 一つは地上界。植物や動物、人間など神々の被造物の住む世界。
 一つは精霊界。地上界とは二重写しの、精霊たちの住む謎めいた世界。
 一つは冥界。死者たちが一時的に住まう裁きの世界。
 一つは魔界。悪魔や堕天使など堕ちた者どもの住む悪夢の世界。
 これら五つを合わせて「五界」と言う。
 それらのうち三つを創ったのはアンダルシャだが、残りを創ったのはネイロンだ。
 それら「界」はこのようにして生まれた——。

  ★

 ようやく世界も落ち着いてきたので、アンダルシャは提案した。

「ねえゼクシオール、ヴァイルハイネン。わたし、思うのですけれど」
「そろそろ闇の主を呼びたいって事か? オレは別に構わないけどな。というかもうその時期だろって予想はしてた。ゼクも異存ないだろ?」
「ハインに同じく。しかし闇の主の世界を創るにしても、一体どうするつもりだ? 考えはあるのか」

 創世の力がありますもの、とアンダルシャは微笑んだ。

「大丈夫、兄上があらかじめそのための道筋を与えてくれました。わたしはそれに沿って創るだけ。でも、それにはあなた方の協力が要ります。協力してくれませんか?」
「了解。手順を教えてくれよな」「無論だ」
「ありがとう」

 アンダルシャは微笑んだ。

「じゃあ、いきます——三界創造!」

 アンダルシャの創世の力が、ネイロンから、原初神から、最愛の兄から受け継いだ創世の力が今、満を持して解き放たれる。
 創世の時以上の強い光が、全世界を包み込んだ——。

  ★

「…………っ」
 ヴァイルハイネンは身を起こす。どうやら意識を失っていたらしい。隣にゼクシオールが倒れている。二人そろって気を失っていたらしい。
そして彼は見た。圧倒的な暴力となって襲い来た光の中、それに耐えて意識も失わず、未だ立ち続けるアンダルシャの姿を。
 彼は感じた。これまで一つだった世界が、見えない壁に隔てられて三つに分かれているのを。新たなる創造が成功したのを。
 ——ついに願いが叶ったのを。

「っ、アンダルシャ!」

 ヴァイルハイネンはハッとなって彼女に駆け寄る。彼女は少しばかり虚ろな、しかし満ち足りた瞳で空を見上げていた。

「出来たよ……わたし、出来たよ……」

 うわごとの様に彼女は呟いた。

「兄上、出来た……これでようやく会える……」
「おいアンダルシャ、しっかりしろ。全部終わったしいい加減休めよな」

 彼がその体を揺らすと、彼女は焦点の合わない眼で彼を見た。

「ヴァイルハイネン……。目、覚めたんだね」
「オレの事は良いから」
「——ハイン」「ゼク……?」

 彼の言葉を遮るようにしてゼクシオールの声がした。彼は二人に近づいていく。いつの間にか目を覚ましていたらしい。

「闇の主からの伝言だ。冥界で待っている、と」
「…………っ!」

 アンダルシャの顔に笑顔の花が咲いた。その情報の示すところはつまり。

「光の主は成功した。冥界の中でならば闇の主は生きていける」
「やったわあ!」

 アンダルシャはまるで幼子のように飛び跳ねた。その目に喜びの涙を浮かべ、踊るように辺りを駆け回る。

「ありがとうゼク。ありがとうハイン! ありがとう、ありがとう、ありがとう!」

 アンダルシャは喜びに上気した声で叫んだ。

「じゃあ、行きましょう! 兄上の待つ冥界へ!」

 その足を地に踏み下ろして転送陣を創り、二神と共に喜びの中、旅立つ。いざ冥界へ!

  ★

 生まれたばかりの冥界には闇が満ちている。しかしまだ死者はいない。これからたくさんやってきて、冥界の主の裁きを受けるのだろう。
 冥界の、死者を裁くための「裁きの間」の中央には骨で作られた玉座があった。まだものらしきものの無いその世界においては、その玉座は妙に浮いていた。
 その玉座にどっしりと腰を据え、そこにネイロンがいた。

「久しいな、我が妹」

 呼び掛ける声も変わらず、別れた時のままだった。
 その声を聞いてワッとアンダルシャは泣き出した。玉座に座る兄のもとに一直線に駆け、兄にしがみつく。

「会いたかった、会いたかった……兄上!」
「大儀であったな。よく、我の世界を守ってくれた」

 ネイロンの声はいつになく優しい。

「感謝する。我の世界を守ってくれただけでなくこうして我の居場所を創ってくれたこと。そなたたちのお陰で我の望みは全て叶った。礼を言う」
 まったくいつも通りのその声、その口調に。
「そもそもあんたがいなけりゃ世界どころかオレたちもいないさ。あんたが世界を創ってオレたちがそれを育てる。これでどっこいどっこいだろう? 感謝なんて要らないね」

 いつも通りにヴァイルハイネンが返す。

「……闇の主も、お変わりなく」

 ちょっと堅物なゼクシオールもいつも通りで。
 創世に関わった神々が今ここに、長い長い時を経て五柱を欠けさせながらも再集結した。再び出会った。……出逢えた。
「アンダルシャ、ゼクシオール、ヴァイルハイネン」

 不意にネイロンが口を開いた。

「我はもはや創世神ではない。それは知っておろうな」
「それが何か?」

 不審げにするアンダルシャ。ネイロンは答える。

「そして我は冥界でしか生きられぬ。ゆえに我は今より創世神の名を返上して『冥王』と名乗る事にしよう。そして冥王から餞別がある。原初神最後の仕事だ。我の創世の技、とくとご覧にいれよ」

 彼はその両手を天に差し上げた。

「三界ではまだ足りぬ。そなたらはよくやってくれたが今、その足りぬ二界を我が創ろう。そうしてこそこの世界は完璧になれる」

 その手に力が渦巻いていく。最後の創造が始まる。
 アンダルシャのそれとは違い、眩しくもなく輝きもしない、しかしすべての根源にある力によって二つの「界」が創られていく。
 それは。

「二重写しの神秘なる世界!」

 精霊界。

「堕ちた者どもの悪夢の世界!」

 魔界。
 世界を構成する上で足りなかった二つの「界」が創られていく。
 やがて。


 光は溢れなかった。
 代わりに優しい闇が全てを包んだ。
 アンダルシャの時とは違って遥かに穏やかに、ネイロンの、冥王の創造は終わる。

「創造完了」

 今のネイロンにもう力はない。最後の創造で持てる力を使い尽くしてしまったから。それでも彼に後悔は無かった。

「アンダルシャ、これよりそなたがこの世界の主神だ。我はこの世界から出ることがかなわぬが、そなたならばどの『界』にも行くことが出来るだろう。後事は託した、後を頼むぞ」

 冥王は満足げに言ったのだった。


  ☆


 とあるところのとある世界、アンダルシア。
 主神はアンダルシャ、冥王はネイロン。創世の絆で結ばれた兄妹神。
 闇の七柱神とその他の神々の住まう、五界に分かれた一つの世界。
 いにしえの昔に誕生した世界の、神々の系譜は続いていく——。


 Creation Finish!

Re: SoA アンダルシア「断片集」 ( No.4 )
日時: 2017/11/25 02:06
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

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〈秘話 神々の律法〉


 オレは人間を愛する神だ。それをおかしいと他の神は言う。
 彼ら曰く「一度創った世界に余計な手を加えようとするな」だそうだ。
 そんな法、知ったこっちゃないね。オレは常にそう返してきた。
 極夜司る闇夜の鴉、闇の体現者、異界の渡し守、彼方なる闇に住まう神。そんな二つ名を持つオレは、縛られるのが大っ嫌いな性分だ
 そしてその態度が原因で、オレはその日、敵を作った。


 智神アルアーネはオレに問うた。

「何故、あなたはこうも人間を愛するのですか?」

 何だそんな質問か? 簡単なことだ。オレは答える。

「人間は面白い。何度傷付いても立ち上がり、守りたいもの、自分の信念、そういったもののために短い命を燃やす。挫折する奴もいれば決して折れない奴もいる。そして一人一人、それぞれ違った個性を持っている——。オレはそれらを面白いと思う」

 私には理解できませんとアルアーネが言ったので、理解しなくて良い、とオレは答えた。

「人間がそれぞれ違うように、オレたち神もまた、一つとして同じ神はいない。わからなくて良いさ、これがオレの価値観だ」

 しかしアルアーネは食い下がる。

「しかしこうも頻繁に地上界を訪れられては、神々の法を破ることになりませんか?」

 法? それはあんたの思い込みであり、厳密にはそんなものなんてない。
 オレがそれを指摘してやると、アルアーネは怒り出した。

「神々は人間に深く干渉しないと決めたはずですっ!」
「それは例外を許さないのか? というかそれを言いたいならオレじゃなくて他を当たれよ」

 たとえば戦神ゼウデラとか、な——。

「はぐらかさないでください! あなたは下々の神とは違うっ! 少しはご自分の立場をお考えください。わたしは貴方だからこそ言うのです!」
「ならばあんたはオレに従え。わかっているだろうが、オレの方があんたより上位だ。あんたに逆らう権利があるとは思えないが?」

 オレは言いつつも背を向けた。言葉の無駄だ、話は終わった。
 アルアーネは唇をわなわなと震わせながらも、初めてオレの名を呼んだ。

「闇神っ! ヴァイルハイネンっ!」

 何だ、と振り返らずにオレは返す。
 アルアーネは叫んだ。

「覚えて——覚えておきなさいっ! あなたがいくら上位の神であろうと! わたしは智神アルアーネだ! いつしかあなたに、人間を愛したことを後悔させてやりますからっ!」
「言っていればいい」
 アルアーネの真っ青な顔が目に見えるようだ。オレはそのまま歩きだす。その背をアルアーネの声が追いかける。

「どこへ行かれるのですかっ!」
「地上界。面白い奴を見つけたものでな」

 アルアーネがそれを聞き、また何やら叫んでいるが……。聞き流す。
 オレは闇神ヴァイルハイネン。極夜司る闇夜の鴉、風の体現者、異界の渡し守。人間を愛する「奇妙な」神だが、オレはオレの好きなように生きてやる。
 アルアーネ? ほざいてろ。あいつ程度にこのオレが止められるものか。
 次の「相棒」への期待を抱きながらも、地上界へと足を踏み出す。


 しかしアルアーネは智神、馬鹿ではない。オレはもっと警戒しておくべきだったんだな、舐めてたぜ。
 未来、オレは奴にはめられ、瀕死の重傷を負ったところをゼクに助けられる。だけどそれは別の物語、いつかまた、別の時に話すことにするか。
 とにもかくにも。この日を境にオレとアルアーネは対立し、今後、繰り返し衝突することになる。