ダーク・ファンタジー小説
- 断片2 偽りの救世主(メサイア) ( No.5 )
- 日時: 2017/11/26 10:31
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
- 参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=598.png
「断片集」の二話目を飾るはこの物語。SS大会に気まぐれに出したものを修正のうえ再投稿です。6000文字と長いですが一話完結。URLはこの物語の舞台となる地図です。
「錯綜の幻花」と呼ばれた英雄、幻想使エクセリオ。彼の過去には、大人たちによって運命を狂わされた一人の少年がいた……。
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〈偽りの救世主(メサイア)〉
とある所にアルドフェックという名の大帝国があった。その国には「覇王」ニコラスという王がいた。彼は「良かれ」と思って隣国を侵略して支配し、次々とその勢力を広めていった。
エルドキアという国があった。その国に住む国民はみな誇り高く、アルドフェックとの国防戦、通称「聖戦」の時にも最後まで諦めずに戦い続けた。そのせいだろう、この国の国民はその後半分近くまで減ってしまった。「我ら誇り高き民、死ぬまで我が故国のために永遠に戦い続ける」そんなスローガンが、国を守れないどころか人が死ぬばかりの泥沼戦に繋がるとは皮肉である。
ラディフェイルという王子がいた。彼はエルドキア王国の第二王子。「聖戦」にて唯一生き残った王子であり、彼は今、反乱軍「エルドキア解放戦線」を束ねている。御年16という若さだがその人望は厚く、エルドキア中が彼を慕っていた。
エクセリオという若き指揮官がいた。彼は翼をもつ異民族「アシェラルの民」の長であり、「錯綜の幻花」の異名を敵味方問わずとどろかせる大魔導士でもある。
エクセリオは幻影の魔導士だ。ただし並いる幻影使いとはわけが違う。彼が操り人々を惑わすのは、「実体のある幻影」なのだから。
通常の幻影が惑わせるのは人の視覚のみで、幻影に触れればその手は幻影をすり抜ける。つまり「触れればばれる程度の幻影」である。
対し「実体のある幻影」とは、触れればきちんとした感触が残り、リンゴなら香りはするし味もするしそれなりの重さがあるなど、その幻影は人の五感に働きかける。人の体温や鼓動すらも真似出来るのだから、誰がこれを見抜けようか。
「錯綜の幻花」の名の意味は「複雑に入り混じって本質を分からなくする幻の花」。「実体のある幻影」使いのエクセリオらしいあだ名である。
「錯綜の幻花」エクセリオが住んでいたのはエルドキア王国のエルヴィンという名の小さな村。
そこは小さな村だけれど実力主義で、特に魔法の才能の優れた者は次の村長になれた。
昔々、そこに一人の少年がいた。
その名はメサイア。救世主の名を持つ彼は、天使の生まれたとされる日が誕生日だった。とても優れた炎の魔導士で、誰もが彼に注目し彼をたたえた。
彼は幼くして多くのものを与えられ、何をしても褒められ喜ばれ、まさに人生の絶頂期にいた。
——そうさ、エクセリオが生まれて、彼が壊れるまでは。
あとから生まれた「錯綜の幻花」はあまりにも優れすぎた。メサイアなんて簡単に凌駕していた。 その才が認められた彼はすぐに次の村長候補となった。かつてメサイアが何の不自由もなく座っていた椅子を、横から奪うように。
そしてメサイアは壊れ始めた。救世主として望まれ、その役目を果たし続けた果てに、新入りによってその座を奪われて。
彼は「救世主」としての生き方しか知らなかったから、堕とされて何をすることもできなくなった。
そしてある日、彼は自殺した——。
少し何かが違っていたらまだ、何とかなったかもしれないのに。
かくて救世主は偽りとなり、その名は誰からも忘れ去られた。
◆
おれの名はメサイア、名の意味は救世主。本当の名はメルジアというんだが、まあ音は似たようなものだろう。あ、意味は違うぜ? あくまでも音だけだ。というかおれは「メルジア」の方の意味までは知らないんだが。それはさておき。
おれは「アシェラルの民」の始祖、フィレグニオの生まれたとされる日に生まれた。そしてこの村では最も大切とされる、強き魔法の才を生まれながらにして持っていた。
って、「アシェラルの民」を知らないって? まあそこまで有名ではないか。簡単に説明する。
「アシェラルの民」っていうのは、背に翼をもち、自在に空を舞うことができる人々のことだ。その翼を使えば空を飛べるとか思ってる奴らによって、その翼を求めておれたちは迫害に遭っている。
話を戻す。おれが優れた魔法の才を持ってるってところだっけか。ともかくまあ、おれの村では優れた魔導士が村長になるっていう決まりがあってな。村長が元気な時は、「次期村長候補」が一人だけ選ばれる。で、おれはまさにその規定にぴったり当てはまってたってわけさ。
だからだろうな、みんなには期待されるばっかりだ。おれは何にも言ってない。みんながただ、おれに期待しているってだけだ。
おれはできる限り「いい子」を演じていたけれど、窮屈で仕方がなかったんだ。それでもおれは幸せだった、幸せだったんだ。
望むものは何だって手に入り、何をしても怒られない。道行けば「救世主様」と人々にかしずかれ、何やかやと敬われる日々。
おれは必要とされていた、必要とされていたんだ。
誰かに認められるということは、本当に幸せなことだった。
そんなある日のことだった、とある名も知れぬ夫婦が子を産んだ。おれは七歳、七歳だけれど、どこか達観していた。周りから寄せられる期待の波の中に溺れ、「救世主」になりきることに溺れ、そんな日々をどこか遠くで眺めている自分がいた。
その子は少し特別な感じがした。生まれたばかりの頃から、その手に小さな幻影を遊ばせていた。
そしておれは危惧したんだ、その子がいつか、おれを超える魔導士になるんじゃないかと。
そして悪夢は現実になる。
◆
「我の後継ぎから貴公を除名し、エクセリオとする」
そんな知らせを告げるために呼び出されたのはそれから八年後のことだった。
その頃にはおれは十五になり、あの赤ん坊は空前絶後の才を発揮してそれをものにしていた。
あの赤ん坊——エクセリオの持つ魔道の才は、幻影の魔法。人の五感にさえ働きかけることのできる「実体のある幻影」を、自在に操る奇跡の力。おれの「炎の魔法」なんてお話にもならない、あまりにも珍しく強大な力。その力の前におれの今まで築き上げていた地位「救世主」は崩壊した。いとも簡単に崩れ落ち、あとかたもなくなった。
「嘘でしょう、村長! どうか、もう一度、お考え直しを!」
敗北を知りつつも叫んだが無駄。
「貴公の炎の魔法など彼の『錯綜の幻花』に比べれば弱々しいにも程がある。強き者は村長に、これ我が村の決まりなり。あとから生まれた者に負けたということは、貴公はそれまでの男だったというわけだ。
——『救世主』メサイア。貴公の時代は終わったのだよ」
そしておれは、奈落に落ちた。
◇
僕の前に「救世主」メサイアという人がいたらしい。彼は優れた炎の魔導士。前の村長候補だったらしい。
“だった”って過去形で話しているのは、メサイアはもう候補じゃないから。
僕が生まれたせいで、彼は人生の絶頂期から突き落とされた。
誰かが悪いんじゃない、これは必然だったんだよ。
これでも僕は、メサイアを救おうとこっそり動いてはいる。だってこれはあまりにも理不尽だって、心から思ったから。
村長は「救世主」なんかからは興味をなくして僕に夢中だけどもさ。
——僕が、助けるから。
僕はメサイアの悲しみの元凶。それでも、彼に何を言われたって。偽りの「救世主」として、僕があなたを助けるから。
すべてが僕のせいならば、僕自身で決着をつける!
救世主様、待っていてね。
◆
あれから一カ月が過ぎた。かつて「救世主」として崇められていた影はいずこ。おれは完全に奈落に落ちた。
あの栄光の日々との差はあまりにも歴然としていた。かつては望むものなら何でも手に入り、道行けば「救世主様」と人々にかしずかれていたが、今は……泥の中を這いつくばって物を乞い、道行けば「救世主風情が」と人々になじられてけなされる。日々の生活の糧を得るのに炎の魔法は役に立たず、「救世主」以外の生き方を知らなかったおれは途方に暮れ、恥辱屈辱に身を引き裂かれながらも慣れぬ物乞いをするしかなくなった。
それでもどんな時でも、父さんと母さんはおれを愛してくれたから、おれは頑張ろうと思う気になれたのさ。
おれの今生きている理由は「救世主だから」と言った聖人のような理由から「両親のため」と言った俗っぽいものに変わってしまった。それは当然のことだった。
そうさ、これが「救世主」メサイアの末路。
期待ばかりされて、その挙句捨てられ見損なわれて。
誰が——誰が信じてくれと言った!
期待してくれなんて、おれは一言も言っていないのに!
勝手に信じられ期待され、「救世主」として崇められ。そこにはおれの意思なんて無いッ!
「救世主」の烙印を押され、新たなる才が生まれたら壊れた玩具のように捨てられて。
こんな末路が待つぐらいなら、生まれない方が良かった。
だからおれは、覚悟を決めた。
◇
——メサイアが死んだ——。
そんな知らせを受けたのは、僕が次期村長候補になってから二月が過ぎた頃。
死因は自殺。家の中にある天使像の前で、まるで見せつけるように首を吊って死んでいた。
その天使像の前には「これが『救世主』の末路だ」と、皮肉にも取れる言葉の書かれた紙が縛りつけてあった。
そして「救世主」は、僕に遺書を遺していた。
《もう一人の「救世主」 「錯綜の幻花」エクセリオへ》
——おれはお前になりたかった——。
いきなり言って悪いが、それがおれの本心だ。正直言ってお前が憎かった。今まで座っていた栄光の椅子を、後から生まれたお前が横からかっさらっていったのだからな。これを書いている今だって憎いさ。もっとも、その頃にはおれはこの世にいないと思うがね。余計な検閲がなけりゃ今頃、お前のもとに届いてるはずだぜ。
これは遺書にして遺書にあらず。簡単に言えば、ただ本心を書き連ねただけの紙クズだ。かつて「救世主」と崇められ、その果てに「偽りの救世主」として捨てられた、救世主の名を持つ元次期村長候補のね。下らん世迷言かもしれないが、聞いてもらいたいんだ。
おれはかつて「救世主」として人々に崇められ、持ち上げられていた。でもそれをおれは望んでなどいなかった。みんなが勝手に期待して、おれの意思なんて関係なしにかしずいていただけだ。おれは別にそんなのどうでもよかったんだ。ただ平穏無事に暮らせればそれだけでよかった。そのために「救世主」にならなければならないなら、おれはいくらでもなった。
でも、違ったんだな。「救世主」って、幸せに暮らしてはいけなかったんだな?
「誰かの不幸をなくすため」に「救世主」として駆けずり回って、結局おれが傷付いても、「怪我の功名です、よくやりました」って、誰も心配してはくれなかった。今思えば「救世主」って、体の言い不幸のはけ口にするための言い訳だったのかもしれないな。
おれの本当の名はメルジアなのに、みんなメサイアメサイアっておれを呼ぶ。誰がおれの本当の名を覚えてくれていただろう? 結局のところ、みんながおれに見ていたのは「メサイア」——「救世主」ってことだけだったんだ。誰も「メルジア」を見ない。勝手に「メサイア」に、「救世主」に不幸のはけ口になることを期待して!
おれは「期待しろ」なんて誰にも言ってなかった! 普通の、ごくありきたりの日々を幸せに送りたかっただけだった! なのに結局、周りのせいでこのザマさ。これが「救世主」たる「メサイア」の末路だ、笑ってくれ。「メルジア」なんて要らなかった。否、最初からこの世にいなかったのさ……。
だからおれは自殺した。そも、「救世主」の道を奪われたおれには他に生きる道がなかった。だってそうだろう? 「救世主」として生まれ、「救世主」として育ち、「救世主」として人々に接した。それ以外のことなんて何一つ教わらず、その必要もなかったからな。そして今のおれにはそれすらもない——。
死ぬしかないのさ。こんな暗黒の中で生きるなんて、何も知らないおれにはできない。ああ、家族は残ってる。みんな(所詮一部分だろうが)を悲しませることになるってのもわかってる。結論、おれは逃げてるんだよ。何一つ背負おうとしないで死に逃げてる。愚かなことに、な。
それでも——死ぬことで、わからせてやりたかったんだ、一部の人たちにだけでもいいから。自分が「救世主」として期待をかけた少年に一体何をしてしまったのか。どんな仕打ちをしてしまったのかってことを。「錯綜の幻花」に罪はない。だってすべてを壊したのは大人たちだからな。お前が生まれなければおれは——って思ったことは何度もあるが、おれを本当の意味で壊したのは大人たちだから、おれはお前を責めることはない。
色々と話が紆余曲折したが、ここにおれは遺言を残す。
お前のことは憎かったけれど、もしも立場が違っていたら、おれはお前のようになっていたのかもしれないと時々思う。
だから、聞いてくれないか。
言いたいことはただ一つ。
《肩書きの前に押しつぶされるな》
「救世主」の肩書きに振り回されてきたおれだから言えることなんだよ。これから先のお前には「錯綜の幻花」としての使命やら期待やらが待っているだろうけれど……。どこかおれに似ていたお前に、これを言いたかった。お前はおれの次の次期村長候補でもあるのだからな。
もしも生まれる時と場所が違っていたらきっとおれたち、友達になれたのかもしれないぜ?
以上をもって、おれの「遺言」は終了とする。
「救世主」の時代は終わったのさ、とうの昔に、な。
いつかの「救世主」 メルジア・アリファヌス
——僕は、泣いた。
メサイア、否、メルジアのために何とかしようと思っていた。なのに彼は早まって、その結果死んでしまった。
彼を死なせたのは僕。頭の中ではどうしようもないとわかっていても、僕は涙と自責の念を止めることはできなかった。
その三日後にメサイアの父は自殺し、その十日後に母は衰弱死した。
こうして一連の「メサイア騒動」、別名「救世主騒動」は幕を閉じ、大人たちは何事もなかったかのように日々を生きている。
子供が一人、自殺したのに。家がひとつ、つぶれたのに。「何事もなかったように」だなんて信じられない。
大人というものは醜いのだなと、僕は初めて自覚した。
それから六年が経った。アルドフェックの侵略によってエルドキア王国は落ち、その戦い「聖戦」の際に村長も命を落とした。
そして僕が村長になった。今は亡きメサイアの代わりに。
メサイアの手紙はいつも身につけている。
戦いが長引く中、僕に「錯綜の幻花」としての過剰な役割をまだみんなが期待しているから。
メサイアの手紙は教えてくれるんだ。
《肩書きの前に押しつぶされるな》
あの言葉はまだ僕の中に生き続けている。大きな悲しみと、ちくりと感じる苦い後悔とともに。
「偽りの救世主」なんて必要なかった。彼らに必要だったのは、単なる「はけ口」だったのさ。
こうしてこの物語は終わるよ。結局言いたいのはね、
——僕の過去にはこんな物語があった、ただそれだけさ。
メサイア、否、メルジア・アリファヌスのこと、忘れない。
(Fin……)
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〈あとがき〉
こんにちは、藍蓮です。「偽りの救世主」、いかがでしたか? 周りの期待と信頼に押しつぶされて死んでいった一人の少年の物語を、その事件に深くかかわる少年二人(一人は本人)の一人称で語ってみました。ダブル一人称はわたしの実験です。普段あまり一人称はやらないので試行錯誤です。やってみたら思ったよりも書きやすかったので驚きました! どうでしたか?
設定としては、「Stories of Andalsia」の伝説的人物「錯綜の幻花」エクセリオの過去編の一つです。
全体的に暗〜い作品になりましたが、こういうのも書きたかったのです。期待や肩書きに押しつぶされて消えたキャラ……。最期の遺言が光ります。