ダーク・ファンタジー小説
- 断片3 亡国ティファラート ( No.6 )
- 日時: 2017/12/02 19:12
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
「アリア」とは違うもう一つの「店」のお話。たくさんのキャラが登場します。
この話は文芸部に提出した話の一つですが、カキコに載せたことはございません。ようやく「初めて」の作品になりますね。
一年前に書いた物語なので支離滅裂なところもありますが、温かい目で見守っていただけると幸いです。全体的な文字数は25000字程度です。
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〈亡国ティファラート1st Story〉
今か昔かそれとも未来か? 時も場所も分からぬ世界に、不思議な不思議な「店」がある。
その名を、「ティファラート」と。
それは帝国アルドフェックによって故国を奪われた人々の作った、移動式の「店」である。
『寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。魔法のサーカスティファラート! 世にも不思議なティファラート!』
†
——その国々は、支配されていた。
どこに? それは、大帝国アルドフェックに。
その国には「覇王」とうたわれる王がいた。
彼は「良かれ」と思い、近くにある沢山の国々を支配した。彼自身の支配体制はとても良かった。しかし支配する者のさだめか、正真正銘のアルドフェック国民は、支配される国民(以後、属国民と呼ぶ)を蔑み、見下し、こき使って罵ることはばからぬようになった。支配政策は彼らに優越感と傲慢さを与えたのだ。
そしてそうされる方も、いつまでも黙ってはいないのが世の定め。「覇王」ニコラス・アルドフェックが良かれと思っておこなったことは、その拡大しすぎた国土に不和をもたらした。
ティファイ聖王国という属国があった。そこもまた、アルドフェックと川を隔てているとはいえ隣接していたために侵略され、支配された国だった。
ファラウという姫君がいた。まだ若いティファイ最後の王族。今は隣国セランに身を寄せてはいるが、いつの日にか亡国を復活させんと策を練っていた。
「ティファラート」という組織があった。それは商人ワンディ・ヘルムの始めた、属国民だけで構成された「魔法の」サーカス団。名の意味は「ティファイの誇り高き民」だが、ティファイ以外の属国民もいるにはいる。
彼らの多くは魔導士で、ときには人々の願いを叶える「店」もやっている。
これは、そんな彼らの物語。
†
《突然ですが、キャラクター紹介(「ティファラート」のみ)》
〈ワンディ・ヘルム〉
「ティファラート」の団長。豪放磊落な元商人。大雑把な性格ではあるが、人をまとめたり人の心を掴んだりすることが自然にできる。気さくでおおらか。声が大きい。人に好かれる。
〈フェリィ・アイレーニア〉
「ティファラート」のメンバー。風の魔導士。気ままな性格。「ティファラート」の看板娘。金髪赤目、ツインテール。意思が強い。
〈フィリィ・アイレーニア〉
「ティファラート」のメンバー。炎の魔導士。フェリィの双子の姉。控えめな性格。一年前、結核にて死去した。ポニーテールの美少女。
〈リロート・セルフィディア〉
「ティファラート」のメンバー。元暗殺者。割と身勝手な性格だが、冷静沈着ではある。音を立てずに動けるし、夜目が利く。ウィロート(次項)をほっとけない。
〈ウィロート・セルフィディア〉
「ティファラート」のメンバー。リロートの双子の兄。歩く辞書。頭が良い。笑顔で毒を吐いたり笑顔で相手を追い詰めたりと、腹黒い一面も。
〈イーネア・フリアルファ〉
「ティファラート」のメンバー。植物の魔導士。おっとりとした性格で、時にみんなを癒やしてくれる。マイペース。緑の瞳に茶のショートヘア。
〈エルエンシス・サルフリーザ〉
「ティファラート」のメンバー。ワンディの幼馴染。氷の魔導士。冷静、冷酷、冷徹にして冷淡。誰にでも敬語を使う。頭も良いし頭の回転も速い。銀髪、ロンゲ。水色のローブを着ている気がする。
〈ティリア・オルフェイン〉
「ティファラート」のメンバー。光を操る明(あかり)の魔導士。実は盲目。落ち着いている。金髪。オッドアイで、右目が紫、左目が青。ティルク(次項)の双子の姉。
〈ティルク・オルフェイン〉
「ティファラート」のメンバー。音の魔導士。生まれつき話すことができないが、音の魔法の応用を使っているおかげで会話には不自由しない。ダークな性格。警戒心が強い。金髪碧眼。ロンゲ。
†
〈プロローグ 一時の夢は栄華の跡地で〉
——歌が、聞こえる。
ヘンな歌。少し調子の外れた、陽気で愉快で、でもやっぱりヘンな歌が。
ティファラート、ティファラート 魔法のサーカスティファラート
魔法素(マナ)の流れを操れば、帝国民も仰天さ
ティファラート、ティファラート 我らは属国民なれど
魔法素(マナ)の流れをいじくれば、どんな人でも感激さ
サーカスらしい。そういえば「ティファラート」って、聞いたことがあったなと彼女は思った。確か、裏では「店」もやっていたはずだ。
陽気で愉快な歌は、まだ続く。
寄ってらっしゃい、見てらっしゃい 魔法のサーカス始まるよ
我らは属国民なれど、変わらぬ誓い、とわの想い
己の存在全てぶつけて、あの日の願いを叫ぶんだ
今夜はここでの興行よ、魔法のサーカスティファラート
金髪で赤い目、ツインテールの少女がボロい馬車から身を乗り出し、手を振っている。そんな可愛らしい顔、こんなサーカスには似合わない。どことなく痛々しい気がした。戦乱のもたらした不和は、ここにだってある。
歌は、終わらない。
寄ってらっしゃい、見てらっしゃい
属国民なら大歓迎、帝国民も、さぁおいで
風の魔法に氷、水、幻影だって揃えてる
魔法のサーカスティファラート 「魔法」の名は伊達じゃない
一度見たら忘れられない、最高のショウをどうぞ
それでは始まる大興行
魔法のサーカスティファラート
最高のショウをあなたに
ボロい幌馬車が町はずれの広場に止まった。乗っていた人々が次々と現れる。
アルセリアは溜め息をついた。
(どうして、この町に)
いや、この町だからだろうか。この町だからだろう。この町だからこそ、「ティファラート」は興行することを決めたのだ。きっとそうだ。
この、町は。
旧ティファイ王国、今は属国となっている国の。
王都だから。
失われし栄光の都、栄華の跡地。それゆえに。
すべてを忘れさせるサーカスが、たった一時だけでも人々に幸せを届ける。小さなことかもしれないが、支配にすさんだ人心にはその小さなことこそに意味がある。
——魔法のサーカスは、属国民に許される、小さな奇跡。
だからこそ、しっかり見たい。アルセリアは必死だった。
「これから興行を始めるぞぉ!」
すべての光景を、しかとその目に焼き付けて。
そしてその日、一人の少女は救われた。
たった一つの奇跡によって。
「ティファラート」の人たちはまだ知らない。
彼女が次の「依頼」のキーパーソンとなることを。
彼女には予感があった。そして願いがあった。
——ひとつの波乱が、その先にあった。
- 断片3 亡国ティファラート ( No.7 )
- 日時: 2017/12/03 11:05
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
- 参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=598.png
※URLはこの世界の地図です。
〈序章 アルセリアの贈り物〉
「ティファラート」が栄光の跡地で興行を行ってから三年。再び、彼らはその地に訪れた。
あの日聴いた歌が、アルセリアの耳に再び響く。
それは懐かしくもあったが、彼女にとっては大いなる一歩を踏み出すための音だった。
(ねぇデュアラン、今こそその時だと思うの。私、頼むね)
「店」としても機能する「ティファラート」に。
波乱はすぐそこにあった。
†
興行が終わったあと、アルセリアは「ティファラート」のテントに向かった。去年より人数が多いのは新入りが来たからだろうか。ともかく彼女は知っているのだ。「ティファラート」が「店」をやっていることを。訪れた人の願いを叶え、後からお金で報酬をもらう、それが「店」。
彼女には、頼みたいことがあったから。
「あ、あの!」
興行が終わり、皆思い思いのことをし始める中で、彼女は「ティファラート」のメンバーの一人に声をかけた。
「団長に会うには、どうしたらいいですか?」
彼女が声をかけたのは一人の少女。いつしか見た、金髪赤目の風魔道士だった。
フェリィ・アイレーニアと紹介されていた少女は、軽く眉を上げて言った。
「ワンディに会いたいの? もしかして、何かの依頼かしら」
「はい! よろしいでしょうか?」
「内容によるわね……。ま、いっか。案内するわ、ついてきて」
「ありがとうございます!」
一歩は、踏み出せた。
†
「魔道具の運搬だあ!? そりゃあ危険な依頼だなあ。だいいちあんた、おれたちにそれを頼むことの危険度をわかっているのかね」
依頼を申し込んだときの団長の第一声がこれ。こういった反応が来ることをアルセリアはある程度、わかってはいたが。
「承知の上で、申しております。私は彼と約束しました。しかし私が来ても、彼は会ってくれないでしょう。だから」
「危険すぎるんだけどなあ……」
ワンディはポリポリと無精ひげを掻いた。
アルセリアの依頼はこうだ。とある魔道具を、帝国アルドフェックのヴィーセルタの町にいるデュアラン・ディクストリなる男に届けてほしいということ。アルセリアはデュアランの古い友人で、昔一つの約束をした。それはとてもささやかだけれど、アルセリアはどうしても叶えたかった。
ちなみに魔道具というのはそこから放たれる「気」によって、魔法の心得のあるものにはそれとわかる仕様となっている。そして大抵強い力を秘めている。狙う手あまたというわけだ。
ゆえに伴う危険も尋常ではないのだが。
アルセリアは我儘だと思いつつも、それを運んでもらいたかった。
だから今こうして、「ティファラート」に頼んでいる。
「……いくら、報酬として出せるんだよ?」
それには財布の中身を示して答えた。
財布の中には小さな銀貨が5枚入っていた。
なけなしの5000ルーヴ。平民が持つにはあまりの大金のそれは。
「……お前しっかり飯食ってるか? 危険だっつーのはわかってるけど、おれは悪徳商人じゃあないぜ。1000ルーヴもあれば十分ってもんよ。あとは貯金しときなって」
1000ルーヴでも庶民にはなかなかの大金である。相手が「店」だからって、彼らの扱う「普通の料金」を庶民が用意するのは難しい。
「お返事は?」
「……あんた、本気なんだな。しっかたねえ、受けてやるか! 『ティファラート』は正義の味方! ちょっとした寄り道ぐらい大丈夫だろ!」
ワンディは胸を張って答えた。
それが、アルセリアはとても嬉しくて。
「感謝の証にこれ、あげます」
ひとつの水晶でつくられた、あまりにも精巧な細工物を差し出した。
「これは……!」
「兄さんが宝石職人なんです。どうぞ」
それは「ティファラート」の幌馬車をかたどっていた。しかしその出来が異常だ。幌馬車の外観だけでなく、その中にいる人の顔までしっかりと再現されているのだから。ちなみに幌馬車の扉は蝶番(ちょうつがい)になっていて、そこから中を彫ったようである。驚くべきなのは、そんなに素晴らしい作品なのに継ぎ目が全くなく、全てがひとつの水晶から作られているようであることだった。
「……これ、売ったら7000ルーヴは下らないんじゃないか」
7000ルーヴとはもはや富豪の領域。その水晶の幌馬車はそれほどの価値を秘めていた。
アルセリアの贈り物はとんでもないものだった。
「……おれが、もらっても?」
「はい、構いません。三年前にあなた方が来た時から、このときのために兄さんが作ってくれたのです。十分報酬になりますか?」
ワンディはしばらく放心してから、ようやく我に返ったように頷いた。
「あ、ありがとう。えっと……」
「私の名はアルセリア。魔道具の名は『ユアラン』といいます。依頼、よろしくお願いします!」
「了解した! 今後とも『ティファラート』をよろしく頼むよ!」
「はい! それでは」
アルセリアはテントを出た。幸せな思いを胸に抱えて。
†
「ルート、変えるの?」
その夜。「ティファラート」のテントの中で、フェリィがそうワンディにそう訊ねた。
「ヴィーセルタへ行くってことは、本来の興行路とは違うよね。新しく練り直さないと」
ワンディはそれにはにやりと笑って答えた。
「ウィロートがやってくれたぜ、問題ないね」
「ウィロを便利使いしすぎ。それより魔道具の運搬でしょ? どうすんのよ。もっと他から人でも呼ばなきゃ守りきれないんじゃない?」
「フェリィ、頼む」
頼んだのは、各地に散っている「ティファラート」のメンバーを呼ぶこと。
フェリィは溜め息をついた。
「……時には自分でやりなさいよね? ま、今回は風の魔法を使えるあたしの方が適任か。ここから近いなら、ティリアとティルク、あとエルエンシス? それぐらいしかいない気が」
「エンシスがいるなら大歓迎! よろしくっ!」
「りょーかい」
フェリィは目を閉じて両手を広げた。何もないのにざわざわと風が鳴る。
その綺麗な唇が、言葉を紡ぎだす。
「 風よ、届けよ彼方の友に。ティリアにティルク、エルエンシスに。
『ティファラート』が君を呼ぶ。
集まれ、かつての栄光の都に。
君を呼ぶは新たな依頼、危険付きまとう魔道具の運搬。
我ら向かうはヴィーセルタの地。疾く疾く早く、君追い付かん……
っと、こんなものかしら?」
風は言葉を運ぶ使者。きっときっと、届いたはずだった。
「早く追いつけばいいわね。じゃ、お休み」
今はもう夜。一日が……終わった。
「久しぶりの冒険、楽しみにしているわ。ワンディも早く寝てね」
静かに更けていく夜の中、冒険の予兆が、あった。
- 断片3 亡国ティファラート ( No.8 )
- 日時: 2017/12/16 14:27
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
〈断章一 断絶の予感
——ティファイの王宮にて〉
時は遡り、ティファイの王宮にて。
「陛下、アルドフェックが宣戦布告を……!」
「ご決断を、陛下!」
謁見の間に響くは、忠臣たちの声。
——ついに、来た。
私、ティファイの女王ファラウ・ティファイは溜め息をついた。
——わかっていたんだ、いつかは来る「この日」のことを。アルドフェックの王がニコラスになった時から。わかっていたんだ。
だから王としての決断を下した。家族? そんなものはいない。数年前の疫病で、私を残してみんなみんな全滅してしまったからだ。
「ユシュカ、ここに」
「はい、陛下」
私の前にかしずいたのは、私とそっくりな見た目の娘。
ユシュカ・ハイリア。私の乳姉妹(ちきょうだい)であり、おそらく私のことを誰よりも理解している人だ。
けれど切り捨てるしかない。状況がそれ以外を許さなかったからな。
前提条件は、彼女が私にそっくりなこと。
ユシュカはまさに「任務」にぴったりな人材だった。その理由は。
しかし、それを告げる前に。
「人払いを命じる。これは極秘任務。ユシュカ以外は一時、この部屋から去れ」
人々が去ったのをしっかりと確認したあと。
命令を、
下す。
「ユシュカ・ハイリア」
「はい」
「今から、貴公に極秘任務を命じる」
私は大きく息を吸い、決定的な一言を吐いた。
「貴公は私の……影武者となれ」
その言葉の裏に隠されたメッセージは、「私の代わりとなって死ね」。
ユシュカは気づいただろうか。いや、聡い彼女は気づいたろう。
けれどそうやって偽装しなければ、ティファイは本当に滅びてしまう。
国か友人か、そのどちらかを取らなければならないとしたら、私は間違いなく国を取る。それが生き残った王族の定め、君主としての選択だから。
理屈ではわかっていた。しかし理屈では割り切れない部分もある。
知らず頬を流れた熱いこれは、運命に抗おうとする心の昇華した、私の想いの結晶か。
それを知りつつも、私は確認のための一言を放る。
「返答は」
あくまでも、君主として。
「はい、陛下」
その一言を聞いた瞬間、私はもう二度と戻らない遠い日のことを想った。
かつて「仲の良い乳姉妹」であったファラウとユシュカは、いつの間にか。
——「君主と臣下」という実利ばかりの冷たい関係になってしまったのだと……。
時が過ぎるのはあまりにも早く、それはひどく残酷にもなる。
「よい、下がれ」
「はい、陛下」
そんな「君主」としての一言に、「臣下」として完璧に答えて。
ユシュカは部屋から出ていった。
扉を閉める音が、永遠の断絶を告げるような音に聞こえたのは。
————なぜだろうか————。
- 断片3 亡国ティファラート ( No.9 )
- 日時: 2017/12/17 14:07
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
〈第二章 引き起こされるは災いか否か〉
翌日の朝、頼んでいた助っ人たちが来てくれた。
「お久しぶりですわ、ワンディさま」
「……久しいな、ワンディ・ヘルム」
東からはティリアとティルクが。
「呼んでいただけるなんて光栄ですね。可能な限り、お力になりましょう」
西からは相変わらずのエルエンシスが。
ひとつの依頼をこなすために集まってくれた。
「あんたたちも暇ではなかったろうに。来てくれてうれしいよ。まあ、ただの運搬作業なんだがね」
「ただの、ではないでしょう。魔道具が『ただの』でしたら、武器の運搬はゴミくずですか」
「はは、ちげえねえ」
エルエンシスの切り返しに軽く笑うと、ワンディは言った。
「じゃ、人員も揃ったことだし、出発するか!」
†
物事はそう簡単にうまくいかない、とは誰の言葉だったろうか。
誰でもいいけれど、その誰かさんはよく的を射ている。
まあ誰も期待なんてしていない。魔道具の運搬をして襲撃がなかった例なんて、片手の指の数ほどもないのだから。
今一行の目の前にいるのは、武装した魔導士の一団。
魔導士も強盗をするのだ。魔導士イコール高潔な連中? それはただの夢物語。
現に今だって。
「その馬車のどこかに魔道具があるな? 命が惜しいのなら引き渡せ!」
「あ、前言撤回よワンディ! 冒険なんて結構! やっぱ平和が一番だから、誰かどうにかしてよねっ!」
たまらずフェリィは引っ込んでしまったので、その代わりにとエルエンシスが進み出、無駄だと知りつつも交渉を試みる。
「命はもちろん惜しいですが、これを引き渡すことは我々の沽券にかかわりましてね。諦めてくださいませんか」
らしくもなく投げやりな口調なのは、「説得」が不可能なのをわかっているから。
案の定、
「諦めるだ? 生憎とそんなことはできない身。俺たち賞金稼ぎには、魔道具も売る対象に含まれる!」
「だそうですがワンディ殿、この魔道具に見合うだけの品物、ありますか? 多少お金を使っても、争いは避けるに越したことはないのですが」
「おいらはもう商人じゃないぜ。なけなしの金では満足してくれねえだろう?」
「……そうですか」
溜息をつき、やれやれと首を振ったあと。
その形相が、一変する。
「ならば、苦肉の策をとることにします」
エルエンシスの青い瞳が、きらりと光った。
「逃げてください、皆さん。ここはこのわたしが食い止めます。わたしのことなどお気になさらずに!」
「はあ?」
「強盗さん! 魔道具は馬車の中! しかしそれを盗りたくば、まずはわたしを倒しなさい! ——甘く見れば、痛い目を見ること必至でしょうがッ!」
「な、何言って——! っておい! 死ぬぞエンシス!」
馬車の馬の尻を叩けば、馬は容赦なく走り出す。それに反射的に飛び乗ったあとは、もうすでに手遅れだった。
「だから俺は嫌いなんだよぉ!」
何が、とは訊かない。
人生、誰しも別れがあるものだ。
ただし彼が生き残って無事に再会できる可能性があることも、忘れてはならないだろう。
結果はどうなるのか、わからない。
†
「エンシス! くっそーっ!」
「……嘆くのはいいが、御者なんだからしっかりしろ。オレが代わってもいいが?」
ワンディの悲嘆などいざ知らず。さらりとリロートが嘲笑う。
「あんたは過保護に過ぎるんだよ。あの氷の魔導士が、強盗ごときで死ぬもんかね」
「だけどさぁ」
「何か文句でもあるのか」
「いや、ない。なんかごめんよ」
「文句言う暇があるのならしっかりと馬を御すことだな。ほら右10度、ずれてるぜ」
「…………」
リロートは苦笑いして、それからひらりと広い御者席に飛び乗った。
「ほら、オレが代わる。あんたは寝てろ。乱れた心じゃ何もまともにできないだろう?」
それはリロートなりのささやかな気遣い。
「すまん」
「気にすんな。あ、ウィロのこと見ておいてくれよ」
リロートの言葉に、ウィロートが口を尖らせて反論する。
「僕は子供じゃないんだけどねえ」
「るっせえ。自己防衛手段ゼロの奴が何言ってんだよ。ま、ワンディにしても自己防衛手段が無いのは同じことだが」
「…………」
閑話休題。
その夜。小さな焚き火を皆で囲んでつましい食事をしていた時だ。突然イーネアが口を開いた。
「ところで、前から気になっていたのですがー」
イーネアが見ているのは一つの箱。そこには例の魔道具が入っている。
ちなみにワンディは相当へこんでいて、馬車から出てこない。
「この魔道具って、一体どんなものなんですかー?」
アルセリアは「ユアラン」と言ってはいたが、それがどんなものかは訊いていなかった。
「これの正体が分かれば、もう少し襲撃者への対処方法が分かる気がするんですー」
確かに、何もわからないブラックボックスを守るよりは、何かわかった上で守る方が簡単そうである。
「せめて、危険なものかどうかの判断くらいは……」
〈今確認した。危険なものではないらしい。開けても大丈夫だ〉
わかる人にはわかる、機械で作られたみたいで人工的な、どこか不自然な声がした。
「さすがティルクさんですー! 助かりましたー」
その声の主は、生まれつき話すことができないのを音の魔法で補っているティルクだった。
〈音の魔法は便利だな。魔法の気まで調べることができる。もう少し時間があればもっと細かいところまで解析可能だが、どうする?〉
それにはフェリィが反応した。
「うそ!? ティルク、そんなことできるんだ! 初めての自己紹介の時に言ってくれれば……」
〈悪い、俺は察しが悪くてね。言われないと気付かないたちなんだ〉
「そういえばそうかも……」
〈で、見せてくれないか〉
「わかったですー」
イーネアが渡した小箱をティルクは躊躇いもなく開けた。
そこに入っていたのは、シンプルだけれど美しいリストバンド。それが「ユアラン」の正体。
〈外見は大したことなさそうだが、中身はどうだか。ただのブリキの缶が竜巻発生装置だった、っていうのも見たことあるしな。これは危険なものではないが……。ブラックボックスの中身はなんだろな〉
ティルクはそれを箱から取り出し、色々と眺める。
〈細かい解析には集中できる環境が必要だ。しばし静かにしてほしい〉
†
〈終わった。これは装備することで装備主の行動速度と神経速度を上げる補助魔道具だ〉
二時間ぐらい経っただろうか。ようやくティルクが結果を報告してきた。
〈何の意図でかけられたのか知らないが、隠蔽の魔法がいくつかかかっていて思ったより解析に手間取った。隠蔽ならこの魔道具の気配遮断にでも使ってほしいものだがな〉
その頃には疲れた何人かは眠っていて、リロート・ウィロート双子がそれに応えることにした。
「補助魔法がかかっているってことは、味方にも使えるのかい」
「危険がないなら特に問題はないな、よかった」
〈……二人同時に話すのはやめてくれないか〉
「ああ、ごめんよ。じゃ、僕が話すからリロは少し黙ってて。で、ティルク。僕の質問への答えは?」
しばし返答に間があった、疲労により頭が鈍っているようだ。解析は大変な作業らしい。
〈味方には使えない。そこに妨害魔法をかけるなんてどうかしているが、疲れていたので妨害の種類までは特定できなかった。特定の人しか使えないようになっている〉
開けてみたら、危険性はないものの有用性もない、肩透かしを食らうものであることが判明した。
〈つまらんな。まあ、製作者が意図を持って作ったものだ、文句を言う資格はないが〉
「そうかい、がっかりだね。でもありがとうティルク。疲れたろ? 見張りは僕らがやるからさ、休んでおいでよ」
〈……感謝する〉
ティルクはゆっくりと立ち上がり、馬車へ向かっていく。それを見ながらウィロートも馬車へと向かう。それを見とがめ、
「って、ウィロ! 抜け駆けするな!」
思わずリロートが怒鳴れば。
「僕は凡人だからね、しっかり休まなきゃ。その点リロは違うだろ? 僕なんかよりずっと丈夫じゃないか」
ウィロートは笑顔でそんなことを言う。
「……お前なあ」
「そういうことでね。おやすみ、リロート。いい夜を!」
「…………」
どうやっても、ウィロートだけは出しぬけない彼だった。
- 断片3 亡国ティファラート ( No.10 )
- 日時: 2017/12/21 15:14
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
†
〈断章二 願いの姫君
——ティファイの王宮にて〉
時は少し進み、ティファイの王宮にて。
「伝令! アルドフェックが国土に侵入!」
「伝令! ラクスの町が帝国に占領!」
無論、彼らが伝令を伝えている相手は私ではなく、その影武者となったユシュカである。
ユシュカが影武者になっていることは誰も知らない。当の本人たちを除いて。
その近く、ただの小間使いに見える少年が本当の私だということも。
私、ファラウは小間使いの少年に扮し、時々ユシュカにこっそりと次取るべき策を示している。
ユシュカは決して愚かではないが、私には全てを最高のまま終わらせる策があるのだ。
それを、「人形」たるユシュカに実行してもらわなければ、ならないから。
風雲急を告げる事態に時は移る。
もう、流れゆく時がゆっくりになることは絶対にない。それを知っていてもなお、私は願わずにはいられなかった。
どうか、ユシュカを生き延びさせて、と。
ユシュカは影武者、捨て駒、死ぬさだめ。
それでもほんのわずかでも。友人だった彼女の傍にいられる時が、長くなればいいと思った。
慈悲なんてない戦場で。願いを抱く者は多い。
——たとえ、それが叶わぬことだと知っていても。
- 断片3 亡国ティファラート ( No.11 )
- 日時: 2017/12/30 14:08
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
〈第三章 明暗の分かれ道〉
ワンディは派手にへこんでこそいたが、その後の旅は順調だった。目的地であるヴィーセルタに行くには川で隔てられた国境を越えなければならないが、アルドフェックはティファイ国境には大して力を入れていない。警備が薄いのだ。
「なーんかさ、この警備の薄さって、あたしたちティファイ国民を舐めているみたいで腹立つわ」
「その分、通りやすくて便利ですー」
「過ぎたことに嘆くなよ」
「風の噂によれば、ファラウ陛下はセラン王国に匿われたらしいけど?」
「……みんながみんな、あたしの支持はナシですか。まーいーけどさ」
確かにフェリィの不満ももっともだが、無事であるに越したことはない。
結局一団は何の問題も無しに川べりの町、ディオーサに着いたのだった。
†
——息が、切れた。
辺りに散らばるは死屍累々。すさまじい惨劇の跡。
そこに唯一立っているのは、場違いな冷気を纏う長髪の男。
エルエンシス・サルフリーザだった。彼は生きていた。
しかしあんな大言壮語を吐いた割には、その身体はボロボロで。
彼は平和ぼけしていたのだ、と思い知った。
「ふ、この程度……昔のわたしの敵ではなかった……」
彼はかつて友人たちのもとを一人飛び出して、自らの望む世界を見るためだけに無謀な冒険をしたことがあった。
結果は、知れたもの。
世界は醜い、どこにも理想なんてない、
それを——知っただけ。
あの頃は強かった。生き延びるために必死だった。
なのに。
「——弱くなったものだな、わたしは」
彼はつぶやき、ドシャリと地に膝をつく。そんな変な音がしたのは、辺りに山と散る血が跳ねたから。
「すみませんね……。しばらく、休むことに……します、よ……」
一対多勢、魔力も体力も底をついた。そこかしこに咲いている赤は、賞金稼ぎたちのものばかりではない。
その身体がゆっくりと傾いて行き、彼はついぞ地に倒れる。
——こんな自分を、いつしか「氷の君」と称したのは……誰だったか。
思考が追い付く前に、彼の意識は消えていった。
「おや? あれ、生きてるじゃないか」
シャララと石の触れ合うような音を鳴らしながら一人の青年が現れたのは、少し後のことになる。
†
誰が信じられただろうか。無垢な子供が。
——人を殺そうとした、なんてね。
ディオーサの町に宿をとり、一団はしばしのんびりと町を見て回ることにした。川べりのこの町は物流が多く、いつも活気がある。……まあ帝国民が相手なら、だが。属国民はアルドフェック本土にいる限り、嫌われるのは避けえない。
それでもディオーサは穏やかな町……のはずだったのだが。
(……?)
どこかでした金属の音に、彼は眉をひそめる。
音に敏感な音魔導士は、もちろん異変にも気付くのが早い。
こんな町だ、武具屋もあるから金属の音なんて珍しくもなんともないが、ティルクはその音に疑問を感じた。
(まるでナイフを抜くような……。俺の考えすぎだろうか?)
しかしそのとき彼は聞いたのだ、そのナイフが空を切る音を。その音の向かう方角を、明確な殺意の声を。
「ぞっこくみんが、えらそうにぼくらのまちをあるくなっ!」
ナイフが向かった先はワンディの背中。
叫んでも衝撃波を放っても間に合わないと知った。しかしここでワンディを失うわけにはいかない。リロートは気づいたようだが、いかんせん距離が開きすぎている。ティルクしか動けない。ならば!
〈泣くなよティリア!〉
——その、死の直線に。
割って、入った。
「うへえっ! 何があったよ? ……って、ティルク !? 一体何があった!」
背中に感じた血飛沫に驚くワンディを無視し。
〈見てくれ……これが現状なんだ〉
特大の、まさに耳を聾すほどの衝撃波をナイフを放った子供に放つ。これを受けて無事でいられる人はいない。無論、一撃で子供は昏倒した。
彼には方向が見えていた。致命傷になる位置に受けてはいないから問題はない。
しかし身体から力が抜けていくのは、どうしようもなかった。
「ティ、ティ、」
〈静かにしてくれないか。……リロート、さっき昏倒させた子供が犯人だ。捕まえておいてくれ〉
「ティ……ルク?」
〈姉上には適当に伝えておいてほしい。こんな帝国、居座るよりは出た方が属国民にはいい。……疲れた。俺は寝る。悪いが応急手当てを頼む。致命傷ではないはずだが、どうも出血が……。よろしく〉
「って、おい!」
〈音魔導士は音に敏感なんだよ。叫ばないでくれるかな?〉
「…………」
ティルクはゆっくりと目を閉じた。その脇腹から流れる血が、道を赤く染めていった。
事後処理は優秀なセルフィディア双子とイーネアに任せられた。ワンディは幌馬車を駆ってオルフェイン双子とともにいち早く郊外の森に逃げ、ティルクの手当てをしていた。フェリィはワンディの幌馬車に乗っていたが、今は森の警戒に当たっている。
しばらくして。
「捕まえてきた」
感情のない声で例の子供を連れてきたのはリロート。
「聞き出したところ、属国民が本土を歩いているのが気に食わないってさ。とんだ選民思想で反吐が出るね」
イーネアがその後ろから顔を出す。
「みなさん、ひどかったんですよー。みんな私たちが悪いって言うんですー。ウィロートさんがうまく騒ぎにならないようにしてくれたので良かったですが、色々と理不尽な世の中ですー」
「でも喜ぶべきかな、僕らの目指すヴィーセルタの町はそこまでひどくないらしい。でも……これから僕らはどうするべきだろうね? 魔道具は狙われるし、本土では理不尽な目に遭うし。四面楚歌とはまさにこのことだね」
ウィロートが溜め息をついた時だった、聞いたことのない声がした。
「『三面楚歌』だったら、どうするね?」
見たことのない服を着ていた謎の青年が、後ろに一人の青年を伴って底の見えぬ笑みを浮かべて立っていた。後ろの青年は——!
「エルエンシスっ!」
「ご心配をおかけしましたね、我が友」
かつてワンディが「氷の君」と呼んだ彼が、最近負った傷の痛みをこらえつつ穏やかに笑っていた。
†
- 断片3 亡国ティファラート ( No.12 )
- 日時: 2018/01/03 11:48
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
〈断章三 雪白の不死鳥
——ティファイの王宮にて〉
時はさらに進み、ティファイの王宮にて。
——ユシュカが、死んでしまった——
その日、私は、見た。
ユシュカが、自分の代わりをしてくれた影武者が。
……討ち取られてしまったのを。
それを見た時、私は無意識に動いていた。生き延びるために、本物の王が死なないために。それでこそ、国は蘇る可能性を持つから。
感情からすればユシュカを悼みたかったのに、どうしてだろうか。逃げるためだけに足は動き、涙の一滴も流れない。
間もなくこの国は崩壊すると、頭の中ではわかっていて。れを食い止めるための策しか浮かんでこないのは、私の心が完全に君主となってしまったからだろうか。あの時代はもう戻らないのだろうか。
思い出すのは陽だまりの中で笑いあった、遠いあの日。
——ユシュカ、私は王として、君の仇を討つから。
臣下がくれた時間を、君主は無駄にはしない。
隠し扉から外に出て、ティファイの国とセラン王国の国境を目指してひた走る。
死せるユシュカのためにできることはそれぐらいしかない。
——私は。
これから、どうなっていくのだろうか。
セラン王国が無条件で助けてくれる保証はない。
滅びつつある一つの国の中、一人きりの君主は頼るものなんてなかった。
(ユシュカ、見ていてくれないか——)
その身を、「変身士」たる私はわかる人にはわかる不死鳥に変えて、血の戦場を飛び立った。
(我が国民よ、見ていてくれないか——)
希望の王は、生きていると。ティファイの国は、終わってはいないと。
——目指すは、セラン。
川で国境を接する、アルドフェックの戦力外の国。醜い侵略戦を、ことごとく退けた南の大国。
その地にたどりつかねば、希望はない。
雪のように白い不死鳥は、彼方を目指す。