ダーク・ファンタジー小説
- プロローグ ( No.1 )
- 日時: 2017/12/24 14:06
- 名前: 氷アイス (ID: KE0ZVzN7)
眼前に広がるは、鮮やかな緑黄に染まった若草が広がる大地。
空を見上げると、嘘のように雲が一つとして存在しない青空が黒色の瞳に映し出された。
吹く風が、状況が把握できず固まっている彼の体を包んでいるパーカーを少しだけ揺らしていった。
あまりにも夢としては出来すぎている世界。
本当にここは夢の中なのか、彼は必死に記憶を辿った。
* * * * * * * * * *
神崎透。それが黒髪黒眼の彼の名前だ。
身長はそこそこ、運動神経や学力もそこそこ、顔もそこそこ。そこそこをゲシュタルト崩壊させてしまう透のスペックは、透の人生を平凡たらしめた要因の最有力候補と言っても差し支えないだろう。
友達は昔から近所に住んでる幼馴染(同性)に、近くの席で馬が合って仲良くなったやつ(同性)など、一応いるにはいる。
高校もその友達に流され近くの平凡な学校を選んだ。
透の十六年間の人生を表すとしたら、『そこそこ』『平凡』といったワードは決して欠かせないものになるのである。
そうしてそこそこ平凡な毎日を送り続けた結果が、今まさに目の前で広がる光景なのである。
いつも通りベッドに横たわり、目を閉じて眠りに落ちた。
そして次に目覚めた時、そこは異世界だった。
「これのどこがそこそこ平凡なんだよ……」
初めて『普通』というカテゴリから抜け出せたと楽観的に捉えれば嬉しくもなるだろう。だが、今はそんなお花畑思考に浸るわけにはいかない。
常識的に考えると、まずもって見知らぬ土地に立っていること事態がおかしいのだ。
そうなると当然ここは夢の中だという結論に至るわけだが、その考えはあっさり否定される事となった。
「よし、ここは一つ試してみよう。もし夢の中なら、自分を思い切り殴っても痛くないはず……痛ッ!」
自らの右拳で自らの右頬を殴るという自虐的行為の末に得たのは、痛みと虚しさだけだった。
バタッと倒れ込んだ透の背中に、草の冷たさが伝わった。
決して寒いと感じるわけではない、気持ち良さを感じる冷たさだった。
「こんなに感触がはっきりしてるのに、夢なわけないか」
これで一つ、仮説が消えた。
ここで透は、今まで感じていなかった分強力となって襲ってきた不安に身を押し潰されそうになった。
「よく考えたら、寝ている間に拉致られたとかそういうケースもあるじゃねーか!『異世界転生だぜ、ヒャッハー!』なんてカケラも感じられないんだけど!ラノベ主人公さん達はよくこんな状況で冷静でいられたもんだ……」
改めて創作と現実の高い壁を痛感させられた透は、なんとか平静を保ち状況把握を始めた。
まず最初に行ったのは、所持品確認だ。
「と言っても、めぼしいものなんてなに一つ無いんだけどな」
まず、身に付けているのはとある大企業スポーツメーカーのパーカーに、大手ショッピングモールで安売りしていて友達に無理やり買わされたズボンだ。もちろんパーカーの下にはシャツを着ている。色は黒色だ。
次は持っている物だ。
ズボンのポケットから、電池切れ寸前のスマホだけが出てきた。
それだけだ。
「いや、なんも役たたねーな!普通はなんか持ってる物がチート化したりするもんじゃないの、異世界転生って。まあ、これを異世界転生と言って良いのかは分からないけどな」
スマートフォンで異世界無双は確実に無理そうなので、所持品に頼るのは金輪際やめるとしよう。
ここまできて、透は一つの重大な問題点に気が付いた。
あってはならない、由々しき問題が、確かに一つあったのだ。
「ちょっと待て、ヒロインがいないじゃねーか。普通こういう時ってヒロインが付き物だろ?やっぱりあれも二次元だけに許された特権なのか……」
こうして再度二次元と三次元の間に立ちはだかる強大な壁をひしひしと感じながら透は深い絶望の海へと飲み込まれていった。
やはりそこそこ平凡な人間では、異世界転生しようとそこそこ平凡なのだろうか。
己のスペックの無さに思わず涙がホロリと溢れそうになった。
「いや待てよ。もしかしたら、俺にはとんでもない魔法の才能があるとかそういうパターンじゃないのか?もしそうだったら、この異世界らしからぬ不遇の対応にも納得がいく」
世界は大体バランスが保たれて作られている。
才能がある人間がいる代わりに、才能が全く無い人間も存在する。
得意な事がある反面、苦手な事も必ずセットで付いてくる。
透にこの理論を当てはめると『全てのパラメータが初期設定から変更されなかった』事になる。筋は通っているだろう。
何はともあれ、もし本当に透が異世界転生しているのだとしたら、才能の一つや二つ開花しなければバランスが崩壊するという問題が発生する。
ボーナスアイテムは現実世界でも需要のない充電切れ寸前のスマホを与えられ、初期イベントとしてはお約束のメインヒロイン登場もすっ飛ばされたのだ。魔法くらい使えても何も問題はない。
「そもそもこの世界に魔法が存在するか事態が怪しいんだが……はぁ!」
かめ○め波さながらのポーズを取り両手を前に突き出した結果、なんとびっくり水色のエネルギー砲が発射しちゃいました。
なんて事が起きるはずも無く、その場には珍妙なポーズで止まっている透の姿だけが残った。
その他にも、思い付く限りのモーションを起こしてみたが、結局何事もなく時間だけが浪費された。
バランス均衡理論、ここに破綻されたり。
「アイテム無双無し、ヒロイン無し、何かしらの才能無し。こんな無し尽くしの俺を異世界に転生して何がしたいんだよ一体……」
やる事がなくなり、八方塞がりとなってしまった。
思えばどんな異世界転生モノも、御都合主義という展開が必ず存在した。
都合良くヒロインに出会ったり、都合良く魔法が発動したり、都合良く物事が進んで行ったりなどなど。
物語を進める上で、御都合主義は仕方ないものだと人は言う。
都合が良くないと、物語は一向に進展せず泥沼に嵌っていく。そう考えれば、確かに御都合主義は目を瞑らざるを得ないものなのだろう。
しかしながら、神崎透という人間は根っからの御都合主義アンチであった。
彼は小説や漫画、アニメが好きだが、御都合主義だけは嫌いだった。
なぜこのタイミングで主人公はそういう言動をするのか。
なぜ今まで出てこなかったワードが急に出てくるようになるのか。
なぜ、なぜ、なぜ────
そんな透がいざ実際に異世界に来てみると、その考えはあっさりと変わった。
いや、変わらざるを得なかった。
「御都合主義って大事なんだな、ものすごく。今までアンチしててすみませんでした」
御都合主義を毛嫌いする人には是非一度でも異世界転生を体験してほしいものだ。
御都合主義が無いだけで、ここまで八方塞がりになる。
「なんでもいいからイベントの一つや二つ起こってくれよ……。もういっその事ラスボス登場でも良いからさ。今ならクソレビュー付けないからチュートリアルにラスボス来てくれよ、チュートリアル終わらないと物語始まらないんだよ」
過去にいきなりラスボスが登場して全滅させられたゲームを思い出しながら、透は誰もいない天に向かって懇願しだした。
危機的状況に陥ると、人は驚くほどにコロコロと意見を変える。透は身をもって、そんな事実をまた新たに心に刻み込んだのであった。
もういっその事理由もなく異世界ぶらりでもしようかと思い始めていた透の行動を止めたのは、耳に響いた美しい声だった。
いつからそこに立っていたのか、少し離れた先に一人の人間が立っていた。
「そこの君、何をしているんですか?」
「っしゃあ!美少女来たァァァァ!」
ガッツポーズを構える透の前で少し怯えながら立っていた少女は、美少女という言葉では足りないほどの容姿と風貌だった。
美しく輝く黄金色の長い髪。少し鋭く尖った目の奥で光る海のような瞳は、見ているだけで心が落ち着くようだった。
美しいのに、草原には似合わない少女だった。彼女には、きっと海の方がもっと似合う。草原では、彼女の魅力が最大限まで際立たないのだ。
思わず見惚れていると、目の前の美少女はいつのまにか目の前まで近付いていた。
白色のワンピースのような服を着ていた。空いている両手は、雪のように真っ白だった。
突然美少女は右手を透の左頬に近づけ、そして触った。
(いきなり会ってこの美少女何をしでかす!?女体制一切無い俺にとってはある意味地獄だぞこの状況は!)
声に出さず悶えている透の事など知ったこっちゃ無いと言わんばかりに美少女は表情をピクリとも動かさなかった。
そして、右手を静かにどかし、鈴のように綺麗に響く声で、美少女は言った。
「まあ、誰でも良いのですが。それではさようなら」
くるりと体の向きを変え、どこかへ歩いて行ってしまった。
高鳴っていた胸の鼓動は急激に収まり、時間が止まったような気さえした。
一人取り残された草原で、透はえ?と呟いた。
「これで終わり?美少女イベント……」
本当にたまたま近くを通っただけなのだろう。
よく考えれば当然だ。初めて会った人間といきなり仲良しこよしになれるはずがない。そう、それが現実だ。
「やっぱり大事だ、御都合主義……」
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