ダーク・ファンタジー小説
- 異世界ぶらり ( No.2 )
- 日時: 2017/12/24 14:01
- 名前: 氷アイス (ID: KE0ZVzN7)
透は一人、ただ絶望していた。
今までも十分すぎるほどの絶望を味わっていた。
寝て起きたら異世界でした。それなのに所持品は需要無し。
異世界転生と言えばチートでしょ。いえいえ、チートなど与えられませんでした。
そして極め付けは美少女ヒロイン。一応会ったけど一瞬でどっかへ行きました。
改めて状況を振り返ってみると、絶望以外の何物でも無い事がよく分かる。
だが、今の透は今までの経緯を超えるほどの絶望を感じている。何故なら。
「この草原、どこまで続いてるんだよ?どこまで歩いても草ばっかじゃねーか。草生えねえよ……」
元いた世界でしか通用しないであろうネタをぶっ込む余裕だけはあったが、これが落ち着いていられる状況では無いと危機感は十分に感じ取っていた。
やる事がないならもういっその事異世界ぶらりをしようと思い立ちしばらく草原を歩いていたわけだが、なんとこの草原どこまでも続く無限の草原らしい。
「どんなクソゲーでもゴールの無い無限マップはつくらねーぞ。この異世界どうなってんだよ?不具合ばっかじゃねーか」
いよいよ本格的に異世界に召喚された理由がわからなくなってきた頃合である。
ただ目の前で広がる草原は、途方にくれる透を嘲笑しているかのようだった。
もう諦めて寝てしまおうかと思い始めていた。
立ち止まり、寝転がろうとしたその時。透は今までに無いほど頭が冴えた。
「そうじゃん!寝たらこの世界に来たんだから、もう一回寝れば元の世界に帰れるじゃん!俺って頭良い!」
そうと決まればやる事は一つだ。
今すぐにでも寝転がり、目を閉じて体の機能を停止させる──すなわち眠るべきだ。
ベッドとしてはあまり寝心地が良くないが、少しだけ伝わる冷たさが深い眠りに誘ってくれそうな草に横たわった。
次に目覚めた時は、自室のベッドにいる事を信じて。
* * * * * * * * * *
「…………。ん、ここは……」
どうやら少し眠り過ぎていたらしい。
体が怠く、重い。今すぐ起き上がるのは無理そうだ。
視界もまだ安定しておらず、自分が今どこにいるのか分からない。
なんとか寝る前の記憶を捻り出し、現状を把握した。
そうだ、今自分が自室のベッドの上で寝ていればなんの問題も無い。
背中がやけに冷えている事に嫌な予感を感じながらも、ほんの一筋の希望に縋って透は意識を覚醒させた。
そこに広がっていた世界は、よく見知った自らの部屋──ではなく。
「……寝てもダメなのかよ。これ、ガチで『詰み』じゃん……」
空はすっかり赤に染まっていたが、草はしっかりと緑を主張していた。
間違いない。寝る前と、全く場所が変わっていない。
ありとあらゆる選択肢を試した結果がこれだ。
時間だけがただ過ぎていき、当の状況は全く変化しなかった。
「どうすっかな、これから……ん?」
頭を抱えて悩んでいた透の視界の端に、明らかに違和感を放つものが捉えられた。
寝る前には確かに無かった、建造物がぼんやりとだが確認できた。
シルエット程度でしか目視できないが、確かに巨大な建造物である事だけは理解できた。
「はは。まさか俺、あんな建物を見逃してたのか?パニクりすぎだろ、寝て逆に良い気休めになったもんだ」
まだ何かが変わったわけでは無い。
だが、確かに目の前に道は誕生した。
何も起きないこの不具合だらけの異世界で、ようやくイベントが発生したのだ。
ある意味一種の感動を、透は感じていた。
「初ミッション、あの建物を目指せ、か。良いぜ、中学時代陸上部だった俺の脚力をなめんなよ、このポンコツ異世界!」
こうして透は走り出した。
きっと辿り着いた先に待っている、何かを信じて。
* * * * * * * * * *
そう、思っていたのに。
そう、信じていたのに。
なぜ目の前で広がる光景は、こうも悲しく残酷なのだろうか。
狭い室内に誕生した、血でできた赤い海。
元は人間の体であったであろう肉塊が、海面に醜く漂っていた。
血だらけになった透の前に、一つの死体が浮かんでいた。
どこか透と顔立ちが似ている、茶髪の少女。
腹が抉られ、内臓が飛び出ていた。顔だけが、不自然すぎる程綺麗に残されていた。
初めて見る人の死体。
それはとても、とても、
ムゴクテハキソウニナッタ。
どうしてこんな事になった?
どうして、どうして、どうして、どうして。
透は必死に記憶に縋った。
目の前の悲劇から、目を背けるため。
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