ダーク・ファンタジー小説
- Re: 鏡姫 ( No.1 )
- 日時: 2018/03/06 00:31
- 名前: 紫乃 (ID: z1wKO93N)
- 参照: https://kakuyomu.jp/works/1177354054885314547/episodes/1177354054885314669
第1話 赤扉の部屋
ーーなんて彼女は変わっているんだろう。
これが初めて彼女と会話した時の僕の率直な感想だった。
昔から天才だと持て囃されて育った僕は高飛車になるどころか人間に嫌気すら覚えていた。
「そのうちに大物になるから今のうちに取り入っておこう」という卑しい考えが丸見えの者ばかりが僕を取り巻いていた。
そんな折、僕が6歳になる頃、父から次期女王と結婚せよとの命令が下った。
王家からの命令なため拒否できるわけではないことを僕はよくわかっていたし、貴族としての地位を確固たるものにするためにも重要なステップであることも認識していた。
それに現在の地位及び年齢からいっても僕に結婚の打診がくることは時間の問題であることもわかっていた。
しかし、乗り気ではなかった。
パーティーで出会う令嬢たちを見ていれば貴族の女がどのようなものか知っていたからだ。
いや、結論から言えば知っているつもりだった、が正しいのだが。
そういうわけで、嫌々ながらも持ち前のポーカーフェイスで城へ行き、初めて彼女と対面することになった。
初めて至近距離で見た彼女は大変に美しく儚い様子だった。
腰まで伸ばされたまっすぐな黒髪に大きなアメジストを埋め込んだような瞳。
薄い桜色の口紅がよく似合う、まさに天界から召されたような女神のような人だった。
これから年を重ねるごとにさらに美しくなることは容易に想像がついた。
学園の級友たちが王女を見るたびに色めき立っていた理由をこの時初めて理解した。
彼女はあまり社交的ではないのか、滅多なことではパーティーで姿を表さない。
そんなところもまた男たちのロマンを掻き立てるのか非常に好感の高いお姫様だった。
暫く僕が彼女の美貌に見惚れていると、父が少し2人で話しなさいと言って部屋を出ていった。
2人を静寂が包んだ。
「あなた、もしかして緊張しているの?」
ふふふと花のように笑いながら口に手を当てた彼女は腰掛けていたソファから立ち上がり僕の前まで歩み出た。
僕が反射的に立ち上がると思ったより彼女が近くまで来ていたことに気づき赤面した。
「あら、可愛い。私の未来のお婿様?私のことはソフィとお呼びになって。あなたのことはなんと・・・」
「ルーと。ルーとお呼びになってください。そのほうが言い易いでしょうから」
「わかったわ、ルー。それでは早速あなたにお見せしたいものがありますの」
こっちへ来てと彼女に呼ばれ連れていかれた場所には扉が2つあった。
片方は赤色で片方は緑色で塗りつぶされた立派な扉だった。
赤色の方は開けちゃダメよ、と彼女は言って緑色の扉を開けた。
扉の先には壁中が絵画で埋め尽くされた豪華な部屋があった。
「ここは・・・?」
「絵画の間よ。世界中から集めた絵を飾っているの。ほら、これを見て」
彼女が指を指したその先には何やらおどろおどろしい絵が描かれていた。
とても7歳の少女が好むような絵とは到底思えなかった。
「これはね、戦争を表しているの。今の戦争ではない遠い未来の戦争。この作者の方曰くね、これは銃というそうよ。1秒間に何発もこの銃から弾丸という弾が出てきて人を殺すそうなの」
「それはとても物騒ですね」
「ええ、そう。とても物騒。でも未来ではこのような戦争が起こるのかもしれないわ。そう思うとお父様に買ってもらわずにはいられなくて」
このような武器が出てきた際に心構えとかできるかもしれないでしょう?とウィンクをする彼女に僕は心底驚いた。
他の令嬢であれば今の年頃であればお人形やドレス、アクセサリーを欲しがるだろう。
しかし、彼女は絵画を欲しがるという。
しかもペガサスや天使が描かれているわけでもない、戦争の絵を。
もっと彼女のことを知りたい。
そして僕のこともわかってほしい。
そう感じた瞬間に僕は完全に彼女に恋をした。
この日以来、僕は彼女に似合う男になれるようにひたすら努力を積み重ねた。
必死に勉学を極め、本来15歳で終了予定の学園をわずか12歳で卒業。
その後はパーティーでの社交マナーを学びつつ、各国の国際情勢に関する研究のために大学に通った。
そうして2年が経ち、いよいよ大学も卒業することになった。
「ルドルフ様、今日もとても麗しいですわね」
「私たちよりお先にご卒業なさるなんて」
「とても寂しくなりますわ」
大学の関係者でもないのに権力を使って大学の卒業式にまで足を運んで来たご令嬢たちにため息をつきながらも笑顔で軽く遇らうと、僕はひたすらにソフィを探した。
次期女王である彼女の周りには非常にたくさんのSPがいるのでわかりやすい。
しかし、このような場所にはお忍びで来ることが多いため、庶民のような格好をしてなるべくSPにもSPとはわからないような格好をさせることが多い。
そのためいつも探すのに一苦労するのだ。
「見つけた」
僕が後ろから抱きしめると、彼女は一瞬びくりと肩を震わせたが、すぐに僕の腕に手を当てて「ルー、おめでとう」と言った。
「本当にソフィは変装がうまいね。いつも3分はかかるよ」
「3分で偽装がバレてしまうなんて私もまだまだね」
彼女はいつものようにふふふと笑った。
長い年月が僕たちの間から敬語を取り去った。
「でも、僕しかいつも気づいていないからいいんだよ」
「それもそうね」
彼女は僕の腕を解いてくるりとこちらを振り返った。
「改めて言うわ。卒業おめでとう。私の未来の夫がこれだけ素晴らしいならこの国も安泰ね」
彼女があまりにも僕の目をまっすぐに見るものだからまた赤面してしまった。
あの頃は僕の方が見上げなければならないほどあった身長もいまでは同じくらいになっていた。
「ありがとう。これからももっと頑張るよ。君に似合う男になるために」
「そこで王になるためにと言わないところがあなたらしいわ」
「王や権力など僕にとってはどうでもいい。君さえいればいい」
「またそんなことを言って」
彼女が笑って誤魔化そうとするものだから手の甲にキスを落とした。
「忠誠のキスだよ。僕は君に嘘はつかない」
「ええ、そうね。よく知っているわ。あら、もう時間じゃない?主席のスピーチ、楽しみにしているわ」
彼女はそう言って僕から離れていった。
僕は名残惜しく感じながらも卒業生が並んでいる場所へと向かった。
スピーチを終えると歓声が上がった。
その中に彼女の笑顔も見えて僕は満足した。
そして卒業式パーティーでは彼女が王女として会場を訪れた。
卒業生皆がソフィに見惚れているのには気に喰わなかったが彼女がこの場にいるのは公の仕事のためであると言い聞かせて我慢をした。
その夜、僕は城に個人的に招かれた。
王族と僕の家族だけでの個人的な卒業祝いのパーティーのためだ。
僕は早めに支度を整え、婚約者である彼女をエスコートしようと彼女の部屋の前で待っていた。
侍女からは既に支度は済んでいるためもう時期部屋から出てくるだろうと話を聞いていたため、なかなか出てこない彼女が心配になった。
そこで僕は扉をノックしてみたが返事がない。
いよいよ心配になり、部屋に入ることにした。
部屋の中は真っ暗だった。
しかし1箇所だけ光が漏れている場所があった。
そこは例の絵画の間の隣にある赤い扉の部屋だった。
入ってはいけないと言われてから入ろうともしなかったし、彼女が話題に出すこともなかったためその部屋のこと自体を忘れていた。
「ソフィ?」
僕が声をかけながら部屋の方に近づくと急に扉が開いて眩い光が目に飛び込んできたかと思うと次の瞬間には真っ暗になった。
どうやら扉が閉じたようだった。
暗闇の中、赤い扉の前にソフィが立っていた。
「ソフィ、良かった。君がなかなか部屋から出てこないから勝手に部屋に入ってしまったよ」
「そ、そう」
「それでこの部屋で何してたの?」
そう問いかけた瞬間、彼女はびくりと肩を揺らしたように見えた。
まだ暗闇に慣れておらずそう見えただけかもしれない。
「いえ、特に何も。最終チェックをしていたの」
「そんな堅苦しいパーティーじゃないんだから気にしなくていいのに」
「あなたのご両親がいらっしゃるのに、そんなわけにはいかないわ」
「両親を気にかけてくれてありがとう。さ、行こうか」
僕が恭しく彼女に腕を差し出すと彼女は吹き出しながら恭しく腕に手を回した。
そして歩き出した僕たち。
部屋を出る際に僕は一瞬だけ赤い扉の方角を見た。
ここからは死角でちょうど見えないその扉の方を。
とても嫌な予感がしたがソフィが僕の名前を呼ぶのでそんなことも忘れて広間へと向かったのだった。
ーーー
初めまして。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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