ダーク・ファンタジー小説

Re: 鏡姫 ( No.2 )
日時: 2018/03/06 10:41
名前: 紫乃 (ID: z1wKO93N)
参照: https://kakuyomu.jp/works/1177354054885314547/episodes/1177354054885314669

第2話 似ていて非なる月光の君

 ぎらりと鉛が鈍く光る。

ーー私はこの光を知っている。剣が月光に反射した時の光だ。

 「そんなに怯えなくてもすぐに楽になれるさ。なあ、そうだろう?」

少年は剣の刃を愛おしそうに撫でて笑みを浮かべる。

猟奇的な笑みだ。

心臓までも凍りそうな、そんな笑み。

 「やめて、お願い。殺さないで」

私は必死に懇願する。

月明かりのせいで逆光となりよく見えない、けれどよく見知ったその顔を見上げながら。

 「さあ、どうかな」

彼は思い切り剣を振り上げ、私は目を瞑る。

ーーとうとう終わってしまうのね。

そう思った瞬間に真っ白な光が辺りを包んだ。

次の瞬間には侍女が私のベッドの前に立っている姿が目に飛び込んできた。

 「・・・ま?姫様?おはようございます。ご機嫌はいかがでしょうか?大変うなされていたようでしたので・・・」

 「おはよう。ごめんなさい。少し悪夢を見ていたのだけれど、もう大丈夫よ」

 「左様ですか。朝食のご用意ができております。お支度を致しましょう」

侍女がテキパキと身の回りの支度を手伝ってくれる。

 「昨日、ルドルフは気分を害していなかったかしら」

 「ルドルフ様ですか?昨夜は大変楽しんでおられたご様子でしたが・・・?」

 「そう、ならいいの」

私は鏡に向かいながら自分を見つめる。

アメジストの瞳が見つめ返している。

侍女が化粧を軽く施してくれたので鏡に向かって微笑んでみた。

侍女達は「今日も大変麗しゅうございます」と褒めてくれるが私には蔑むような冷徹な笑みにしか見えなかった。

ーーだんだん私の中での恐怖が増している。

最早認めざる終えないほどに恐怖が私を侵食していた。

父上と話をしなければ、と思い私の1番の執事であるアベルに無理を承知で謁見の時間を作ってもらった。

 見上げるほどの立派な扉の前に立ち、名前が呼び上げられる。

扉には王冠とそれを守る獅子の絵が掘られており金で縁取られていた。

王家の紋章だ。

改めて紋章に見入っていると、「入れ」という厳かな声が聞こえた。

扉がゆっくりと開く。

 「ソフィアです。お時間を作っていただきありがとうございます」

 「娘よ、そう固くなるな。今は私とお前しかおらぬ。それで今日はどうしたのだ」

 「はい、父上。実は私の中で恐怖が高まっておりまして、このままではあと2年で私が敵を倒すどころか持ち堪えることさえ難しいやもしれぬと・・・」

 「ふむ。ルドルフのせいだな?」

 「・・・はい」

私は少し俯いたまま答えた。

 「あいつはお前に興味を示さんと思ったがゆえに早いうちにお前の婚約者に据えたというのに。予想に反してお前を心底愛しておる。それがお前を苦しめているのだな・・・」

 「申し訳ございません」

 「いや、これは私の早とちりのせいでもある。私が寧ろ謝らなければならない。さて、どうするかな。ルドルフに伝えるのが1番早いのだが、彼はまだ正式な王族ではないし」

 「それはいけません!彼は天才と称されてはいますが、まだ14歳の身。あまりにも荷が重すぎます!」

私が感情のままに声を荒げると王は高らかに笑った。

 「ははは。それを言うなればお前もまだ16歳ではないか。この国での成人は18歳。まだ16歳のお前にこのような運命を押し付けることになるとはな」

 「それは・・・」

 「しかし、こればかりは私の手には負えんのだ。この国の安寧は王族によって保たれているわけではないからな」

王は顎を手で撫でながら思案する。

 「少し私にも考えさせてくれ。何か良い案が思いつけばまたお前をここに呼ぼう。少しだけの我慢だ。耐えてくれるかな、娘よ」

 「はい。ありがとうございます」

 「よし、では下がれ」

私は淑女の礼をとり、王の間を後にした。



 タンタンタンと聞き覚えのある足音が廊下から聞こえてくる。

それと同時に侍女の慌てた声が聞こえる。

 「いけませぬ。姫は只今休憩中でございまして何人たりとも部屋に入れるなとのご命令が」

「きっとそのご命令は僕には適用されないよ。ねえ、そうでしょう?」

ルドルフがバンッと扉を勢いよく開けながら笑顔で入ってきた。

私は思わず口をつけていた紅茶を溢しそうになったがなんとか持ち堪えた。

私の瞳に一瞬映ったであろう恐怖の色に彼が気づいていなければいいのだが。

 「ルドルフ」

 「ソフィに会いたくて研究所との契約を早めに切り終えてきたんだ」

「はい、これ」と言いながら渡されたのは城下町で今人気と噂のマカロンというお菓子だ。

 「まあ、これは・・・長い行列ができていて買うのが大変と聞いていたのに」

 「ソフィのためなら大貴族だって並ぶのさ」

ルドルフの後ろに控える執事メンデルが「契約の間に私が並んだのですけれどね」と小言を言っていたのは聞かなかったことにしよう。

 「申し訳ございません、姫様。ご命令を遂行できず」

侍女たちが揃いも揃って申し訳なさそうにする。

 「ルドルフがこういう感じなのは皆もよく知っているでしょ。だからそんなに気にしなくてもいいのよ。さあ、気にせず皆下がって。お茶菓子の時間よ」

パンパンと手を叩くと、一斉に侍女たちが部屋を出てすぐに紅茶とお茶菓子を用意して現れた。

先ほどまで飲んでいた紅茶は取り上げられ、すぐに温かいものへと取り替えられた。

 「勿体無いから飲むのに・・・」

 「いいえ、姫様には常に美味しいものを提供したいのです。勿体無いとおっしゃるのであればこれらは厨房で皆で美味しくいただきますわ」

侍女の長であるマーガレットがウィンクをしながら言うものだから思わず吹き出してしまった。

 「うまいこと言うものね。ふふふ。ぜひ皆で楽しんでちょうだいな」

私も仕返しにとウィンクをすると侍女の間からキャッという歓声が上がったかと思えばすぐにマーガレットの睨みが飛んできたようで一瞬で静かになった。

 「それでは私たちはこれにて失礼いたします。お二人でごゆるりとお楽しみくださいませ」

 「ああ、マーガレットありがとう」

ルドルフが手をひらひらとさせながらマーガレットを見送るとすぐに私の隣へと移動した。

 「ソフィ。会いたかった」

彼はそう言いながら私の手の甲に口付ける。

私は彼を見ようと顔をあげると、ちょうど彼の顔が太陽の光で逆光になっておりあまり見えなかった。

その光景が今朝の夢とあまりにも似ていたためすぐに目を逸らしてしまい、手も引いてしまった。

 「ソフィ?どうした?」

 「ごめんなさい。今日は体調が優れなくて・・・」

 「ああ、さっき侍女たちも言ってたね。病気かな」

ルドルフは心配そうに私の顔を覗き込む。

その時に視線が交わったがその瞬間に彼が私を愛していることを痛いほど再認識した。

ーーこのままではまずいわ。彼に話してしまおうか。

一瞬の心の弱さが赤い扉の方へと視線をやってしまった。

 「ソフィ。昨夜から何か変だよ。あの扉の向こうには何があるんだ?」

私の視線を追ってその先に何があるのか気づいたのだろう。

彼は立ち上がり扉の方へと近づいていく。

もう誤魔化せない。

ーー今朝父上と話したことはなんだったのだろう?

自嘲しながら私は諦めて彼に話をすることにした、代々王族にのみ伝えられてきた真実を。