ダーク・ファンタジー小説

Re: 鏡姫 ( No.3 )
日時: 2018/03/07 22:34
名前: 紫乃 (ID: z1wKO93N)
参照: https://kakuyomu.jp/works/1177354054885314547/episodes/1177354054885314669

第3話 ランデル王家の秘密

【ルドルフside】

 思い返してみれば、彼女が僕に対して「好き」や「愛している」という言葉を囁いたことは一度たりともなかった。

ーーいつも僕の一方的な感情だったのかもしれない。

僕は赤扉を遠い目で見つめる彼女を見ながらぼんやりと思った。

 「もしかしてあの部屋にはソフィの愛人が?」

言葉にしてしまえば胸が張り裂けそうだった。

ーーそうだ。こんな美しい人を僕が独り占めできるはずもなかったのだ。なんて僕は馬鹿で愚かなのだろう。

生まれて初めて何か熱いものが込み上げてくる感覚を知った。

しかし、僕の発言にソフィは大きな目をさらに大きく見開いてキョトンとしたかと思うと声をあげて笑いだした。

僕はムッとして「何がおかしいのさ」と言うと彼女は「あまりにも見当違いなことを言うから」と笑いがおさまらない様子だった。

 「いい加減笑うのはやめろよ」

 「あはは、ごめんなさい」

ソフィは目尻に浮かんだ涙を細い可憐な指で拭い取るとまっすぐに僕と向き合った。

 「あの部屋には別に愛人なんていないわ。寧ろそうであればどれだけよかったか」

 「じゃあ、何が?」

 「あそこには・・・鏡があるのよ」

 「鏡?」

僕は眉を顰めた。

 「そう、鏡。様々な鏡が壁中一面に」

 「それがどうかした?」

 「鏡は古から畏怖される存在だった。歴史を語り自身を映す。そんな鏡は代々王族や貴いとされる者たちの中でも宝飾品と同じくらい大切に扱われてきたわ。我が王家でもそれは例外ではない。このランデル王国の伝説、あなたは知ってる?」

 「神様がこの国を作って、今も王族を通して安寧を見守ってるっていうあれ?」

 「ええ。まさにその伝説。実はあれ、あながち嘘ではないの」

 「え!ソフィ、君は神様に会ったことがあるって言うの!?」

心底吃驚して彼女の両肩をガシッと掴んだ。

 「神様にはお会いしたことはないわ。でも王族を通して安寧を守ってくださっているのは事実よ」

 「どうやって?」

 「そこで鏡の登場よ」

ソフィは座り直した。

僕もそれに習って彼女の横に座り直す。

 「鏡は鏡を授かった者が国を治める資質を備えているか見極めると同時に、困難を乗り越えるための忍耐力や精神力を授けてくれるわ」

 「なんだか良いことのように聞こえるけど?」

 「そう簡単に鏡が力を貸してくれると?」

 「思えないね」

僕は学園にいた数々の先生の顔を思い浮かべて首を降った。

 「そこには必ず代償が発生するの。何かを成し遂げるためには試練が存在する」

 「それはどんな試練なんだい?」

 「裏腹な世界で生き抜き、最大の敵を倒すことよ」

 「は?」

思わず訝しげな顔で尋ね返してしまった。

 「ここは現世うつつよ。現世を保つためにはその裏の世界が必要となる。ちょうど光に影が必要なように。その裏の世界こそが鏡の世界。全てがこの世と反対になる世界よ」

なんだか突拍子も無いことを言われて久々に僕の頭は混乱していた。

 「つまりその鏡の世界で歴代の王たちは生き抜いた末に敵を倒し、神様に認められて国を治めてきたという理解であってるかな?」

 「そういうこと。さすがルーね。理解が早いわ」

ソフィは僕の頬に手を当てながら微笑んだ。

 「じゃあ、君はいつもあの部屋から鏡の世界へ行って戦っていたんだね」

 「そういうことになるわね」

 「でも、どうしてそんな秘密を今?」

きっとこのような秘密は僕が正式にソフィと結婚して王族に入ってから知らされるべき事実だろう。

 「だってあなたにこれ以上隠せそうになかったから。それに・・・」

彼女は自分の右手を左手で強く握りしめながら俯きがちに言った。

 「これ以上私が試練に耐えられそうにないのよ」

その様子は普段の儚さと相まって少し風が吹けば消えてしまいそうに思えた。

だから僕は彼女を力強く抱きしめた。

 「大丈夫。ソフィは賢女だ。きっと鏡の試練にも勝って、神様に認めてもらえる」

 「・・・違うの!」

違うの、もう一度ソフィはそう言って僕の胸に顔を当てた。

 「鏡の世界では全てが反対になると言ったでしょう」

 「うん」

 「地位や愛も反対になるの」

 「つまり?」

 「あなたが私を殺したいほど憎んでいるということよ」

僕はその言葉を一瞬理解することができなかった。

理解できた後も何を言っているのか認めたくなかった。

 「じゃ、じゃあ僕は鏡の世界では君の命を狙っているっていうこと・・・?」

 「そうよ。そして私は王女でも何でもなく奴隷の身分。あなたも似たようなもの」

 「そんな・・・」

 「だから言ったでしょう。これは試練だって。あなたの愛が現世で大きくなればなるほど鏡の国のあなたの憎しみは増大する。私が現世であなたを愛せば愛すほど、尊敬すれば尊敬するほど私もあなたを憎み、卑下するの」

 「もしかして・・・だから君は僕に1度も好きという言葉を言ってくれなかったのか?」

ソフィは曖昧に微笑むだけだった。

恐らく鏡の国への影響を考慮してだろう。

僕は本当に情けないと思った。

彼女は今の今まで全てを一人で背負い、一挙手一投足に気を配って生きてきたのだ。

それを僕は「好きと言ってくれない」という子供染みた考えで彼女の傷を抉ってしまった。

ーーでも、待てよ。考えようによってはこれから彼女に協力できるということではないか?

そう思えば大分気持ちが楽になった。

 「君は試練に勝てそうにないと言ったね?」

 「ええ。最大の敵が私には殺せそうにないの」

 「鏡の国での最大の敵は現世での最大の味方だ。つまり、それは僕のことだろう。僕を殺せそうにないから君は戸惑っているし立ち止まっているんだ。それに僕の愛は大きくなる一方だから鏡の国での僕はさぞ君を脅かしていることだろう。つまり、だ。僕の愛がこれ以上大きくなることを防げばいい。そうすれば君の女王への道は容易くなる。何か間違っているかな?」

 「い、いいえ」

 「だったら僕がやるべきことは1つだ。暫く僕が自分の屋敷に籠り、君のことだけを考えればいい。ただし、ああ好きだなあとかそういったものではなく、今頃は何してるのかなといった状況確認のようなものだ。僕が君から物理的に離れることにより鏡の国での僕と君の距離は近くなる。つまり、『僕』の首を狙いやすくなる。そして僕が君のことを考えれば考えるほど『僕』は君に無頓着になる。どうだい?」

 「とても素晴らしい案だとは思うけれど、あなたに無理がかからないかしら?」

 「君のためなら全然苦ではないよ。暫く研究所に篭っていれば月日なんてすぐに経つさ。あと2年我慢すればいいんでしょ?」

 「ええ」

ソフィはとても寂しそうに目を伏せた。

 「たまには会いたいところだけれど、そうすると愛が溢れそうだからやめておくよ。君が無事女王になる日に迎えに行くから」

 僕はそう言って彼女の唇に1つキスを落としたのだった。