ダーク・ファンタジー小説
- Re: 鏡姫 ( No.5 )
- 日時: 2018/03/09 15:46
- 名前: 紫乃 (ID: z1wKO93N)
- 参照: https://kakuyomu.jp/works/1177354054885314547/episodes/1177354054885314669
第4話 過ち
【ウィズside】
隙間風がよく入るあばら屋で今日も今日とて使い古して穴が空いてしまったボロ布に包まって夜を迎える。
自分の向かい側には錆びついた鏡があり、憐れな自分の姿を映している。
その鏡に不思議な力があると知ったのは10年前のことだ。
まだ両親が生きていた頃、私は普通の庶民の暮らしをしていた。
その時に6回目の誕生日プレゼントとしてこの鏡をもらったのだ。
もらった際に鏡を覗いても自分が映るだけだったが、夜中に嬉しくて一人で箱を開けてその鏡を覗いていると突如として王冠を被る自分と全く同じ容姿をした『女の子』が現れたのだった。
お互い訝しげな顔をした後に、それが自分ではないと気づいた。
「ーーあなたのお名前は?」
向こうの『私』が私に話しかけてきた。
とても品のある話し方で貴族のご令嬢か何かだとすぐにわかった。
「私の名前はウィズ。あなたは?」
「私はソフィア・ヴァン・・・いえ、なんでもないわ」
彼女には苗字がある。
ーーきっととても高貴なお方なのだ。
彼女が途中まで言いかけただけで、私は悟った。
「私、誕生日プレゼントとしてこの鏡を受け取ったのだけれど・・・」
「あら、そうでしたの」
そう言った彼女は少し顔を曇らせた。
「もしかして、あなたの身近にルドルフという殿方はいらっしゃる?」
「ルドルフ?」
私は自分と関わりのある男の子を頭に浮かべてみたが、そのような男の子はいなかった。
「ごめんなさい。わからないわ」
「そう」
「私とまだ出会っていないから、彼女も・・・ことなのかしら。いえ、名前が私たちと同じように違う・・・」という独り言が聞こえてきたが、私は聞き流した。
「きっとこれから何度か会うことになるかもしれないわね。よろしくお願いいたしますわ」
彼女は美しく微笑んだ。
同じ容姿なはずなのにここまで違うと羨望どころから強い違和感を感じた。
あれから10年。
私を取り巻く環境は一変してしまった。
彼女と出会ってすぐに流行病で両親が他界し親戚をたらいまわしになった後、心ない者によって奴隷商に売り渡された私は奴隷となった。
主人の気性はとても荒く、何か事あるごとに奴隷に文句をつけては鞭で打っていた。
私も例外ではなかった。
しかし、私が成長していくにつれ、美しくなっていることに気づいた主人は彼の息子の性奴隷にちょうど良いと私にその役割を与えた。
その息子の名前はノーター。
大変美しい銀髪にサファイアの瞳を持つ美少年だった。
彼は私の2歳年下で、私と出会った時はまだ彼も6歳くらいで特に私になんの感情も抱いていないようだった。
そのことに安心していたのだが、彼も成長すると共に私を性的対象としてみるようになった。
私は恐れをなして、夜な夜な逃げ回った。
そのことがバレてとうとう主人に捕まった。
「ウィズ。お前、ノーターの何になるようにお前に言いつけたか覚えているかな?」
主人が鞭の柄を撫でながら聞く。
彼の後ろでニヤニヤと笑うノーターが見えた。
「性、奴隷です。ご主人様」
「そうだ!!そうなんだよ、ウィズ。お前は美しい。奴隷にしておくにはな。だから私のこの自慢の美しい息子と寝る機会を与えてやったんだよ。・・・それなのに編んだお前は」
声が一段と低くなり、鞭が私のすぐ近くで打たれる。
バチっという物凄い音に思わず体がびくりと動いた。
「おお。そんなに怖がらなくていいんだよ?お前の綺麗な体に傷をつけるつもりなど毛頭ないのだから」
いやらしく笑いながら、主人は私の頬を撫でた。
「これからお前が素直にノーターのものになると約束すればいいだけさ。そうすればこの拷問部屋からも出してやるよ」
ひひひと笑う主人は悪魔にしか見えなかった。
私には選択肢が残されておらず、頷くしかなかった。
「良い子だ」と主人はニタニタと笑いながらその部屋を後にした。
ノーターもその後に続き、「今夜は逃げれると思うなよ?」と言葉を残して部屋を出ていった。
私はひとしきり拷問部屋で泣き腫らした後、自分が与えられている奴隷部屋へと戻った。
部屋に戻ると、そこには美しいドレスと下着が揃えられていた。
ノーターの趣味だろう。
これから彼に抱かれると思うと吐き気がしたが私が生き残るには彼に抱かれる他道がなかった。
私は諦めてそれらに腕を通そうと思った時、妙案を思いついた。
今から思い返せばそれは妙案でもなんでもなく最悪な案ではあったが。
その案とは主人に「どのようにすればノーターを満足させられるかわからないので、まずはご主人様に教えていただきたい」と教えを乞うフリをしてお茶とお茶菓子と共に彼の部屋を訪れる。
このお茶とお茶菓子には睡眠薬を混入させておく。
睡眠薬はよく主人が飲んでいるので、すぐ手に入るだろうという見当をつけてのことだった。
そして彼が眠りについた隙を狙ってノーターの部屋に行き、同じ方法で彼を眠らせて屋敷を脱走。
国境を越えて遠くまで逃げるというものだった。
国境を越えて行くまでのお金は主人の部屋にあるへそくりから盗めば十分だろうという算段があった。
いよいよ実行の時。
厨房にて睡眠薬入りのお茶とお茶菓子を用意した。
どれだけ入れれば良いのかわからず、瓶に残っていた分全てを投入した。
そして主人の部屋へ行き、事は私が思った以上に円滑に進んだ。
主人もその息子も眠りにつき、私は盗んだ金で高飛びした。
隣国の教育水準は高く、教育のきの字も知らない私は職を得ることはなかった。
娼婦館に行っても体が貧相なため無理だと門前払いされ、最終的には物乞いになるしかなかった。
そんな折り、街中で聞こえてきた話題があった。
「なあ、お前知ってるか」
「なんだ?」
「やたらと奴隷を従えている嫌な感じの貴族がいたじゃねえか、隣国に」
「ああ、いたねえ」
「そこの主人、死んだらしいぞ」
「え、マジかよ」
私は慌てて口を抑えて声をあげそうになるのを必死に抑えた。
「死因は睡眠薬っぽいぜ。飼ってた奴隷に牙を剥かれたみたいさ。その奴隷は蒸発」
「ざまあねえな。で、あのやたらと綺麗な息子はどうなったんだよ」
「それがあんな家だったもんだから親戚に助けてもらえるわけもなく、奴隷落ちかって噂だぜ!」
「あはは、そりゃあおもしれー!ミイラ取りがミイラならぬ奴隷飼いが奴隷ってな!」
男たちはゲラゲラと笑いながらその場を去って行った。
私はその場で固まっていた。
まさか殺人まで犯すつもりはなかったのだ。
さらに運が悪いのか良いのか息子は生き残ってしまった。
彼は絶対に私を許すはずがない。
ーー私を殺しに来るはずだ。
ブルブルと体が勝手に震えた。
しかし、私には逃げるための金も人脈も何もなかった。
ただただその場でこの国に彼が来ないことを祈るばかりであった。