ダーク・ファンタジー小説

Re: 鏡姫 ( No.6 )
日時: 2018/03/11 15:54
名前: 紫乃 (ID: z1wKO93N)
参照: https://kakuyomu.jp/works/1177354054885314547/episodes/1177354054885314669

第5話 キャラバン

【ウィズside】

 噂話を聞いてから1ヶ月。

特に私の生活に変化が起こるわけでもなく、相変わらず物乞いで生計を立てる日々が続いた。

逃げる際に捨てきれずに一緒に持ってきてしまった鏡を覗き込みながらため息をつく。

月夜に浮かぶ私のアメジスト色の瞳。

 最後に『彼女』と話したのは奴隷に落ちた時だった。

今は少し状況が改善したと言いたいところだが、いつどのタイミングで向こうの世界と繋がるのかは私には不明だった。

 「向こうの『私』と入れ替わることができたらどれだけ良いか」

独り言がついつい漏れた。

しかし、それも仕方がないだろう。

なんせ彼女は大貴族のご息女なのだから私のように明日の生死について心配する必要もないだろう。

それに私はノーターに命を狙われる身。

身から出た錆とはまさにこのことだが少しは現実逃避したくなる。

 「この鏡を磨けば少しはお金になるかな」

私は鏡の錆を手でなぞりながら考える。

すると、鏡が少し光を反射したかと思うと次の瞬間には王冠を被った『彼女』、ソフィアが現れた。

 「お久しぶりです」

 「ひ、久しぶり」

 「あら、お住いがお変わりになられたようね。奴隷身分から違う身分になられたのかしら?大変喜ばしいことですわね」

ソフィアは顔を花のように綻ばせながら喜ぶ。

 「ま、まあそんなところよ。今は平民。国を渡ったの」

ーー本当は不法滞在者でしかないのだけれど。

そんなことは顔にも出さずに彼女の言葉を待つ。

 「ああ、そうですのね。・・・お元気でいらしたかしら?」

私は一瞬声に詰まった。

「うん。元気よ」と言えたらどれだけよかっただろうか。

返事の代わりに一筋の涙が勝手に零れ落ちた。

 「どこかお具合が悪いのですか!?」

彼女が慌てたようだったので私も慌てて自分の涙を袖で拭った。

なんでもない、と言いかけてさらに大声をあげて泣き出してしまった。

私には頼れる家族も友人も誰一人としていない。

話をするとすればこの子しかいないのだと気づき、孤独のあまり泣き出したのだった。

 ようやく涙が流れなくなった頃、心が落ち着きを取り戻したので彼女に今の状況を包み隠さず説明することにした。

全て話し終えると彼女は難しい顔をした。

 「なるほど。ノーターがあなたの命を狙っていると。それは確かなのでしょうか」

 「本人に聞いたわけではないけれど、彼の性格上私を許すはずがないわ」

 「そうですか。きっとルドルフが私に・・・からですわね。厚かましいとは存じながらも私から助言を差し上げるとすれば、ノーターはあなたの現在滞在する国に恐らく来るので次の国へ移動する準備をなさることですわ」

 「そうよね・・・」

私は力なく項垂れた。

 「でも、お金がないのよ」

 「今ご職業がないのでしたね」

 「うん」

 「それではできるだけあなたの出身国と反対の国境までご移動なさってはいかがですか?その場に滞在するのはあまりにも危険すぎます」

彼女の意見は最もだった。

国を越えるためには様々な手続きが必要だがこの国内であればまだ誤魔化せるだろう。

キャラバンの荷台に隠れて乗ればできるだけ遠くまでは行けるかもしれない。

 「ええ、そうしてみるわ」

 「あなたの旅に幸運があらんことを」

彼女はそう言って微笑んだ。

私も精一杯の笑みを浮かべたが、瞬きをして目を開けると酷く引き攣った顔をした自分が鏡に映っているだけだった。

 「キャラバン、探さなくちゃ」

私はそう決心し、明日の予定を立てた。



 翌日、朝早くから私は目的地近くまで行くキャラバンたちが集まる広場を訪れていた。

色とりどりの布やドレス、銀食器やスパイスなどが荷台にどんどん詰め込まれていた。

 「おーい。これはお前のとこのだろう。またあの貴族に大目玉を喰らうぞ」

 「うわ、すまね。あんがとよ。あ、そこのお前!」

大男2人が大声で話していたが、途中で私に声を掛けてきた。

 「おお、そこのお前だよ。今ぼーっと突っ立てる。お前が新人か?とりあえず、これを俺の荷台に積んどけ。あの緑色の布が掛かってるやつだ。壊れないように上の方に置けよ」

彼はそう言って、私に箱を投げ渡した。

ーー壊れないようにと言いながら投げるってどういうことよ?

私は箱を抱えながら緑色の布がかかった荷台の方へと歩き始めた。

ーーでも、とにかく新人と勘違いしてくれたみたいだからよかった。好都合ね。

私は荷台にその箱を積んだ後、辺りを伺って誰も周りいないことを確認した後に荷物の奥の方に隠れた。

ガタン。

馬の鳴き声と共にゆっくりと荷台が動き出した。

運転席の近くまで来ていたせいか、彼らの喋り声が聞こえてきた。

 「いいか、お前は顔がいいから女主人の相手だ。女ってのは酷いもんで顔のいい奴には優しいんだよ。まあ、つまりは俺にも優しいってことだけどよ」

 「誰がお前に優しくしたことがあったんだよ」

 「うるっせ」

男2人の豪快な笑い声が聞こえてきた。

そしてその2人の後に控えめな男の笑い声が聞こえた。

 「ははは、親方面白いですね」

私はその声を聞いて背筋が凍る思いがした。

彼のーーノーターの声だ。

よりにもよってこんなところで彼に遭遇してしまうとは運がない。

今ここで荷台を降りるべきか。

いや、こんなところで降りたら列をなしている他の荷台に私が気づかれてしまう。

ーー一旦次の目的地まで待とう。

結論を出し、私は暫しの間荷台に揺られることにした。



 「よーし、馬を木に括りつけろ。火起こす奴は薪持ってけー。料理班はこっちだ」

 「ノーター、お前は荷物のチェックしろ。これがリストだ」

 「わかりました、親方」

荷台が止まり、人々の騒がしい声が聞こえてきた。

私は彼がこの荷台に来てしまう前に逃げようと思ったが、次の瞬間、私が乗っている荷台の布が捲れ上がるのが見えた。

一瞬布をあげただけでは死角で見えないが、少し足を踏み入れると見えてしまう。

ーーお願い、バレないで!

私は祈りとともに自分の服を強く握りしめた。

ミシッという荷台の床が少し沈む音がした。

そして彼の靴先が視界にバッチリ入ったところで誰かが彼の名前を呼ぶ声がした。

 「はい、今行きます!」

彼は少し辺りを見渡した後に、荷台から飛び降りるようにして去っていった。

 「よかった」

私は殺していた息を一気に吐き出しながら自然とその言葉が漏れ出していた。

去り際に彼が一瞬バカにしたように笑ったことにも気づかず。