ダーク・ファンタジー小説
- Re: 鏡姫 ( No.7 )
- 日時: 2018/03/11 15:53
- 名前: 紫乃 (ID: z1wKO93N)
- 参照: https://kakuyomu.jp/works/1177354054885314547/episodes/1177354054885314669
第6話 捕縛
【ウィズside】
それからキャラバンの一行は飲んだり歌ったりのお祭り騒ぎだった。
遠くから聞こえてくる陽気な笑い声にいくらかは私の緊張も解けた。
——彼らが疲れて寝静まった頃にここを後にすればいいわ。
私は近くにある適当な食料を薄汚い鞄にありったけ詰めて静かになるのを待った。
闇が深くなった。
木々の揺れる静かな音だけが辺りを支配した。
——そろそろね。
私はそろりと布を開け、辺りを伺って誰もいないことを確認した。
そして音がしないように鞄を下ろして先に自身の体を地面に着地させようとしたその瞬間…
「今度はどこに逃げるんだ?」
「っひ!」
私は驚きのあまり足を挫いてその場に座り込んだ。
目の前に現れたのはノーターだった。
「お前のことだから絶対今のうちに逃げると思ったんだよなあ。よかった。張り込んでで」
ノーターは私の前にしゃがみ込みながら私の顔を覗き込んだ。
彼の漆黒の瞳が残虐な色に染まるのを見た。
「ご、ご主人様のことは意図的ではなくて過失であって…」
「ふーん?」
「ど、どうかお許しを…!」
私がおでこを地面に擦りつけながら土下座をしていると彼は立ち上がり私を見下ろした。
「お前が僕に許しを請う、とな」
彼は面白い玩具を見つけたような声で言う。
見なくてもわかる。
彼は今ニヤニヤとあの主人に似たいやらしい笑顔を浮かべているにちがいない。
「ま、取り敢えず当時の状況を説明してみなよ。それから許すかどうか考えるさ」
彼から降ってきた言葉は意外なもので、思わず顔をあげて彼の顔を伺った。
「それはどういう…?」
「風の吹きまわしかって?嫌なら別にここで殺したっていいんだぜ。親父の仇だーとかなんとか言って」
ノーターは腰に携えている短剣に手を添える。
嘘ではなさそうだ。
「わ、わかりました。あの夜のことをお話しいたします」
私はこうして主人と彼を眠らせて高飛びした夜のことを包み隠さず話終えた。
ある一点を除いて——。
「…話はそれで終わりか?」
「え?あ、はい」
「そうか」
——もしかして私が隠していること、バレているのかな?でも、ここでこれを言ってしまえばさらに彼の怒りを買ってしまう恐れが…
「わかった、お前の話を信じよう。一旦な。お前、飯は食ったのか?飯がそこに残ってるみたいだから食べに行くぞ。ほら」
そう言ってノーターは私に手を伸ばす。
私は信じられないものを見る目でその手を見つめる。
「どうしたんだよ?この手、掴まないのか?」
「あ、いえ」
慌てて彼の手を掴み立ち上がる。
——世の中不思議なことも起こるものだ。
私は能天気にそんなことを考えながら彼のあとについていった。
彼が案内してくれた場所にはたくさんのお酒と飲み物がそこら中に転がっていた。
今盗賊にでも襲われたらどうする気なのだろうと心配なほどに警戒心というものを感じることができなかった。
「ここにあるもの、好きなだけ食っていいぞ」
「いいんですか?」
こんなご馳走ここ10年食べた覚えなどない。
「遠慮するな。俺も平民の身分まで落ちて初めてわかったことがあるんだよ。奴隷だったお前には酷いことをした。そのお詫びと思ってくれ。別にこれは俺が作ったわけではないけどな」
彼はヘラっと笑いながら近くの皿に手を伸ばし、チキンにかぶりついた。
私も彼に倣ってその辺にあった料理に手をつける。
——本当に気持ち悪い。これがノーターだというのだろうか。
私は料理を食べながらも、彼の方をチラチラと伺った。
それに気づいた彼はにっこりと笑うだけで、特に悪意を感じることもない。
私は彼を疑うのをやめて料理に集中することにした。
久々にお腹いっぱい食べた私は幸福感に満たされていた。
このあと私の身に起こることも知らずに——。
翌朝、私は本格的にキャラバンの一員として働き始めた。
「おい、ウィズ。これを持っとけ」
『親方』から短剣を貰った。
「これは?」
「このキャラバンの一員って証だ。昨日は渡しそびれたからな。それにしても、お前昨日はどこの台にいたんだ?小さすぎて見えなかったわ」
わははと豪快に笑い去っていった親方。
私は短剣に目を落とした。
誰かに「一員」と言われたのは初めてのことだった。
なんだか嬉しくて私はその短剣を強く握りしめた。
きっとそんなに高価なものではない。
それはわかっていたが何よりも大切なもののように思えた。
キャラバンとして旅を続けるに連れて、段々と目的地である国境付近に近づいてきた。
しかし、既にノーターと出会ってしまった今、最早目的地は目的地でもなんでもなくなってしまった。
彼と最近よく一緒に過ごすようになったが——同じ新人同士ということで親方に同じ仕事を任されることが多いからだが——、別段彼が私のことを気にかける風でもなく、常にキャラバンの仕事を淡々とこなしているので命の危機を感じることもなかった。
「よーし、皆のども。明日はいよいよ最終目的地の男爵夫人の館だ。彼女は口うるさいことで有名だから心するように。ここで売って売りまくって街へ帰るぞー、いいな!?」
「おおー!!」
キャラバンの皆が奮い立ったように親方に続いて声をあげる。
勿論私も同じように声をあげた。
「さーて、今日は前夜祭。楽しむぞ〜」
夕日に照らされて赤く染まった親方の顔を眩しいものを見る気持ちで私は見つめていた。
前夜祭も終わり、私たちキャラバン一行は目的地の男爵夫人の館まで辿り着いた。
最初は品定めするように私たちを見ていた夫人だったが、ノーターのことを余程気に入ったらしく、屋敷に一晩泊めてくれる運びとなった。
「さすがだなノーター!」
「よ!キャラバン一の色男!」
などと好き勝手に呼ばれていたが、彼は照れ臭そうに頭をかくだけで、私が知っていた頃のノーターは見る影もなかった。
男爵夫人が振舞ってくれた料理は大変美味しく、皆舌鼓を打った。
そして相変わらずどんちゃん騒ぎとなり、私もそれに巻き込まれて歌ったり踊ったりした。
最終的には酒や疲れのせいでその場で眠ることになった。
夜中の1時。
ふと嫌な予感がして目を覚ます。
辺りには同じように疲れて深い眠りについているキャラバンの仲間たちがいた。
——気のせいか。
そう思い直したが、ノーターの姿がないことに気づく。
私はなんとなく彼を探す気になったので大きく伸びをしてから立ち上がった。
——夜風にでもあたってるのかな?
食堂を抜け、バルコニーへ向かう。
すると誰かの話し声が聞こえてきた。
「今日はとても素敵な夜だったわ。ありがとう」
男爵夫人の声だった。
「いえ、こちらこそ」
若い男の声、間違いなくノーターだ。
「これが約束の品よ」
私は見てはいけない気はしたが好奇心が勝ってつい覗いてしまった。
そこには男爵夫人から銀色に鈍く光る美しい剣を受け取るノーターの姿があった。
「これは呪われた剣。あなた、どうするつもりなの?こんなものを欲しがって」
「どうしても許せない女がいるんです。この剣があれば確実に殺められると聞いて」
「まあ」
男爵夫人は驚いたように見せたが、すぐに「そんなところも素敵よ」と猫なで声を出して彼の腕に纏わりついた。
そんな夫人の姿に嫌悪感を抱いたが私はそれどころではなかった。
「許せない女がいる」と彼は間違いなく言った。
——どう考えても私のことじゃない!今まで私を殺さなかったのはあの剣を手に入れるためだったのね!
すぐにこの場を離れなくては、と私は思いくるりと体の向きを変えた。
そして走り出そうとした瞬間、足元にあったバケツを蹴り飛ばした。
けたたましい音が辺りに響き渡る。
二人もその音に気づいたようだった。
「見てきます」
ノーターの声が聞こえた。
——まずい!
私は必死に食堂を目指して走った。
——どうか、どうか!
食堂に着いたら寝たふりをするつもりだったが、思ったより彼の足が速い。
きっと寝たふりをする前に捕まってしまうだろう。
それならば、と私は食堂の奥にある中庭まで走った。
ここの茂みに隠れてやり過ごし、分け与えられた寝室へそっと戻ればいい。
そうすればバレない。
私はそう考えて、適当な茂みに身を隠した。
隠してすぐ、誰かが中庭の芝生に足を踏み入れる音が聞こえた。
ノーターだった。