ダーク・ファンタジー小説

Re: スキルワールド ( No.1 )
日時: 2022/08/29 03:34
名前: マシュ&マロ (ID: y7oLAcgH)

 あの日、思わず差し込む夕日に目を逸らしたことを今でも自分は覚えている。学校からの帰り道、いつものように友人とくだらない話題を語り合っていたことを覚えている。
 頬を掠める冬風、笑うと白く凍った息が吹き出す、何が面白かったのか再び笑いが起こったことを今でも覚えている。たわいのない日常、いつかは忘れてしまう脆く浅い人生の1ページ、しかし自分は鮮明にあの日を覚えている・・・。

「なぁ!」

 時はもう既に夕刻を回った頃だった、学校から帰る道中に竹を割ったような快活な声が聞こえてくる。聞き慣れた声、友人の渡達とたち 京八きょうやが話しかけてきたことに気づくまでに然程の時間も要さなかった。少しばかり顔をそちらの方に向けてみる、黒の混じった茶髪、そして薄い青色の瞳と目が合った。こちらから言葉を発しようとする前に彼の方から口を開いていた。

「コーラおごってくれ!」

「ーー。」

 しばし無言の後、何も聞こえなかった素振りを装って彼を置き去りにするように帰り道を急ぐ、正直に言うと少し呆れてしまっていたのかもしれない、今月に限っても何回目になるだろうかと数えてみたが両手の指だけでは足りないことは確かだろうと思わず苦笑する。
 だがしかし見切り発射まではよかったが、残念なことに身長がお互い170未満と同じぐらいであるためか追いかけてきた京八の眼差しが嫌でも目に入る。暑苦しい、頼むからそんな目で自分を見るな。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



自販機から缶の投下された音が聞こえてくる、結果としては自分の根負けという形である。ため息混じりに自販機から缶を取り出すと缶コーラから汗をかいたように手を伝って水滴がいくらか垂れていくのを感じた、少し不機嫌な面持ちで缶を京八の方に放ると水滴が勢いよくこちらに飛んできて思わず目を細めてしまった。

「サンキュー黒奈、恩にきるぜ♪」

 自分の苗字を呼ばれる、彼の爽やかな笑顔がここではかえって自分を少し苛立たせたが、ここは言ってもしょうがないと口に出かかった言葉を飲み込んで代わりに自分の頭を掻いた。

「はぁ〜...、お前ってホントにコーラが好きだよな」

 少しため息が漏れたが、コーラを勢いよく喉に流し込んでいる京八に対して言ってみる。彼は最後の一滴を飲み干すと歓喜の声を漏らしつつ、こう答えてきた

「まっ、俺は生粋のコーラ好きだからな」

「はいはい、そうですか」

 特段、何か機知に富んだ回答を求めていた訳ではないので適当な言葉を返しつつ、自分は帰り道を行く。後ろからスチールの鈍く反響した音が聞こえてくる、京八が缶をゴミ箱に放り入れたのだろう。自分はそんなことを考えながら足を止めた。

「俺こっちだから、またな京八」

「おう!、またな黒奈!」

 自分はその言葉に対して彼の方に振り返りながら呟く。

「それとさ、俺のこと名字で呼ぶのやめない?」

 友達なんだしさ、と言いかけたところで京八と目が合い、言葉は途切れてしまう。正確には彼が神妙な表情を浮かべていたからであろう、周囲が静まり返る、頬を切る風の音だけが流れていく。

「お前に情が移っちゃいけねぇからな....」

 時が再び動き出す、いつの間にやら目の前にまで迫っていた京八に気づき自分は数歩たじろいだ。

「じゃあ明日な」

 ぽん、っと一瞬だけ自分の肩に手を置くと京八は通り過ぎていった、訳が分からず彼の方を振り返るとこちらを見ることなく片手を振る彼の背中が見えた、そして段々と遠くなるにつれて淡くぼやけ、最後には姿形も見えなくなってしまった。

 一人、ただ一人だけがこの場にいる。いや、正確には此処に一人だけで残されてしまったのかもしれない。

 雪が降り始めたことに気づく、強風に吹かれた粉雪はどこか恐ろしくも儚げな美しさを纏っていた。再び強風が吹き荒れる、今度は身震いする、もう冬なのだと実感させられる。

 突如、地の底から這い出してきた悪寒。理解を超えた何か、目が不意に焦点を失い空中を彷徨う。血管を伝って悪寒が心臓の鼓動を加速させる、息が苦しい、耳をつんざく鼓動、血管は引き裂かれそうなほど脈打っている。

「ーーーー。」

 声が出せない、いや結局考えるのをやめた。

 いつのにか異変は消えていた、もうどのくらいたっただろうか。早く家に帰ろう、疑問を振り払うように首を振ってみた、家への帰り道を一人で歩き始める。今はもう忘れていたかった、悪寒のことも京八のことも今はただ___。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



息が白い、そう頭で思考する。家の鍵を取り出すのに手間取る、いつにもなく手間取る、まるで家に入ることを拒まれている、そう思ってしまうほどに___。

 __ガチャ

 鍵はあっさり開いた、不気味なほどあっさりとだ。家に踏み入る、最初に感じたのは何とも言えない異臭、次にその臭いが生臭いということ、目が痛くなるほどの悪臭である。嫌な予感がした、自分は玄関に立ち尽くす。

「ーーーー。」

 唾を飲み込む。

 何かがおかしい、理解を超えた異常との対峙、自分は腹に力を込める。力強く廊下を踏み締めて一歩また一歩、リビングの扉がある。腹は括った、、、つもりだ。

 ______ガチャ....

 年季の入った扉が軋みを挙げる。リビングには見知らぬ男性が一人、テレビを見ていた、座っているのは家族が一斉に座れるタイプのソファ、いわゆるアームソファに浅く腰かけていた。男が不意にこちらに視線を向けてくると清潔感を感じさせる整えられた茶髪が少し靡く、羽織ったロングコートをはたきつつ男は立ち上がった、大きい、背丈は自分より二周りは上だろうか。

「やぁ待っていたよ、友間ゆうまくん」

 下の名を呼ばれた、頬が引き攣る。血管が、神経が、脳からも、すべてが警報音を打ち鳴らす。男の正体を告げるように騒がしくだ。

「__誰ですか?」

「んっ? あぁ私か、私は[カマキリ]とでも名乗っておこう....。まぁコードネームであって本名ではないがね。私としたことが突然のことで自己紹介を忘れてしまっていたよ」

 いや、謝るところはそこではない。コードネーム?、第一にこの男の素性は自分にとってどうだっていい。聞きたいのはどうして此処にいるのかだけだ。

「目的は?、見た目的に強盗って訳じゃなさそうだけど?」

 一旦、平静を装ってみたがどこかぎこちなく感じる。これは明らかな震えだ。

「いやいや、そんな無理はしなくてもいい。ほら、足元が特に震えているのがよく分かる」

 バレたか、まあハッタリもクソもない一世一代の痩せ我慢だ。心で笑い、一歩退く。足元に何かが当たる、サッカーボールほどだろうか、足先に何かが絡み付いてくる。

 吐き気が一気に襲ってきた、首だ、首なのだ、母親だったものの亡骸である。カマキリは笑う、甲高くて嫌になるほどの笑い声を挙げている。

「ーーーッ!!」

 人が緊急時に取る行動は二つに限られる。逃走か闘争__の2択である。自分は咄嗟に後者を選んでいた、具体的にはカマキリに殴りかかっていた。勝てない、勝てないとは分かっていても挑んでしまった。

 右足から左足へ、背中から右手へ、体重が乗る。目が血走り、声にならない奇声を挙げて男に拳を振りかぶる___。

 身動きが止まる。口腔内に何かが入ってきたのだ、思わず目を剥く。認識が正しければそれは鎌である、それもカマキリと名乗る男の左手が文字どおり”蟷螂”なのである。

「おっと、この場合はなんだったか__。そうそう、動くな」

 その瞳はとても冷たかった__。

 夢、いや現実、たしかにこれは現実だ、そのはずなのだ。頬肉に触れる刃の感触、緊張で唾液が溢れる。思考が、視界が_定まらない。

「何のために?__っと言った顔だね、決まってるよ、君を組織へ招待するためだよ。母親に関してはサプライズみたいなものさ」

 どうだ驚いただろとでも言いたげなカマキリの表情に思わず鼻に力が入り皺が寄る、鼻息を荒げ、肩で息をする、鎌の刃先が少しだけ頬に食い込んだ。

「君の答えはどうかな?」

「嫌だね!、こっちから願い下げだ!」

 頬を切り裂かれた、どっと痛みが押し寄せ、床に崩れ落ちる。痛い、息をするほど痛みが増していく、血と唾液が混ざる、それが口先から溢れ出して床に垂れていく。自分はいつに間にか絶叫していた。

「ア__ア“ア“ーーーツ!!?」

 なんで自分がこんな目に遭っているのか理解が追いつかない、悶える、ただひたすら痛みに悶えることしか出来ない。

 そんな時___竹を割ったような快活な声が聞こえてくる。

「よお黒奈、大丈夫そうか?」

 その声でふと我に帰ることが出来た、声の主は京八だ、京八がいるのだ、京八の姿がそこにはあったのである。

Re: スキルワールド ( No.2 )
日時: 2022/08/30 02:17
名前: マシュ&マロ (ID: y7oLAcgH)

「よお黒奈、大丈夫そうか?」

 たわいのない言葉に両目がうるむ、言葉にではない、ただこの場にいることが耐えられなかった、絶望の前に一人とり残されたかのようで怖かったのだ。涙腺が緩む、下瞼が徐々に熱を帯び、あつい水滴が頬をなでていく。

 カマキリの頬に触れる感触、京八の拳が男の頬骨を穿つ、頚椎が嫌な音を立てて軋む、男は数歩たじろぎ、殴られた頬に触れる。

「油断してたとはいえ中々に、今のはいい拳だったよ」

「それ、よくザコが言うセリフだよな?」

 男の口元が僅かにひきつく、口角が上がり犬歯を薄らと覗かせ、目尻が少し吊り上がりその目は京八を見据えている。

「ほぉ___ザコが、言うセリフねぇ......ふふふ、お前はストラングからのまわし者といったところか?」

「おうよ正解だ!、景品に頬にでもキスしてやろうか?」

 彼は男を嘲笑い、自らの拳にキスをする真似をしてみせた。

 一触即発___。

 空気がピリつく、自分は固唾を飲み込んだ、自分はただ二人を見ていることしか出来ない。

「チッ! 大人をバカにするもんじゃ.....ねぇぞ!!」

 初動を制したのはカマキリであった、男の一歩に床が震える。ただ一直線に京八を、その嘲笑う表情をズタズタに引き裂かんと鎌を伸ばす。

 空気を切り裂く音がした、鎌が京八の前髪を掠める、彼は咄嗟に半身で避けたのだ。男の胸が熱を帯びる、そして呻いていた、深々と肋骨に突き刺さる京八の爪先に目を剥きながら__。

 蹴りの衝撃が肋骨を突き破って肺へと達する、男の口腔から唾が飛び散る、声にならぬ叫びと共に___。

「___ア“アッ!?」

 自分、黒奈友間は生まれて初めて人が白目を剥いて床に突っ伏すさまを目の当たりにした。また、ここまでの胸の高鳴りを感じたのも初めてであった。

「わ、わた私が、、何でこんなガキに私が....っ!』

 男が目を覚ましたのだ、悪態をつきながら唾液を垂れ流し、胸の痛みに身を震わせながらも立ち上がったのだ。その視線には迷いはなく、京八を捉える瞳には憎悪と闘争心だけが残されていた。

 「いや、ただアンタが弱いだけだろ?」

 最後の杭が打たれた、言葉で表すのならばそうと言うことしか出来ない、板に釘がきれいに打たれた時のような、そんな感覚が周囲を包み込んだでいた___。

「 スキル『蟷螂』ッ!」

 絶叫にも似た声でカマキリは叫ぶ、大空に噛みつかんとする形相で___。

 自分は耳を塞ぎ、目を瞑っていた、当然それは京八も同じことだ。耳を抑える両手が震える、人ならざる者の鳴き声を聞いているようで怖かったのだ。

「うわぁ〜.....完全にお怒りのようだぜ黒奈」

 いやいや京八が怒らしたんでしょ!?、っと思わず心でツッコんでいた。

 目を開けると京八の身体は貫かれていた、胸から腹にかけてを大きく、そして深々と___。

 自分は恐怖する、目の前で起こったことにではない、京八を貫いた巨大な生物、“蟷螂“にである。

 人の常識を逸脱していた、象、いやそれ以上に大きいだろうか。

 口元から生えた触覚が小刻みに動く、視線は京八に注がれていた、むしろ京八にしか興味はないのだろう。

 貫かれた胸元から血が、突き破られた心臓の鼓動に比例してドバドバと床に滴り落ちていく。彼を助けなければ、足が言うことを聞かない、恐怖に抗えない、ただ目見開き、目の前の光景に唖然する。

「俺も、、本気、出さねぇとな、・・・・・・スキル『発電』ッ!」

 京八を中心に同心円状に拡散した光、鼓膜を激しく叩かれる、信じられない熱量が途端に蟷螂に牙を剥く。

「覚悟しな、この化け蟷螂」

 蟷螂の片腕の大部分が焼失、京八からの体から今まさに電流が迸る。しかし彼は床に崩れ落ちる、出血が著しい、このままでは死ぬのは時間の問題である。

 己の無力さを呪う、臆病さを憎しむ、自分は最低だと激しく罵倒する。握り締めれた拳からは血が、噛み締めた口元からも真っ赤な憎悪が滲み出る。

 神に縋った、初めて神に祈るのだ、代償なら後でいくらでも払おう、だから今はこの屈辱を、この憎しみを、この理不尽さを消し去るための鉄槌ちからをどうか神に求める___。

 しばしの時が流れた、変化は何も起きず、ただ床に倒れた自分がいる。

 絶望する、そして立ち上がる、手元にあった拙い木片を右手に構えて対峙する、そう怪物に、絶望に挑むのだ___。

 その時、自分が何を叫んでいたかは覚えていない、だがしかし確かなことは一つだけある。

 “神はいた、鉄槌をたずさえた神が今そこに“

Re: スキルワールド ( No.3 )
日時: 2023/04/22 00:14
名前: マシュ&マロ (ID: 81ny2H6d)

 知らない天井が見える、瞬きをニ回してみた。

 知らない天井が見える。

 周囲を見回してみる、鼻を突くような消毒液のにおい、ここは病室だろうか。

 ベッドから身を持ち上げる、此処はどこだ、なぜ此処にいるのか、考えろ、考えなければ___。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 半刻が過ぎただろうか、時間の感覚が分からない、外の様子を見ようとしたが病室の扉は開かなかった。窓や時計、外部の情報知る手掛かりとなるものは一切なく、今が昼なのか夜なのか、自分はどのくらい寝ていたのか____。

 次に思ったことはどうして此処にいるのかだった、がしかし、それが思い出せない。頭を強く掻いた、何かが欠落していている、記憶の一部が抜け落ちたかのようだ、結局は分からなかった。

「___っ!」

 不意に頬に触れてみた、ガーゼで覆われた方の頬に触れると布越しだというのに酷く痛む、頬の内側から傷口を舐めると糸で縫われたいるのが分かった、金属のような味が口に広がり鈍い痛みが走って思わず顔が引き攣る。

 覚えているのは京八といつものように帰り道を歩いていたこと、そして彼が不思議な表情を浮かべていたことぐらいである。

「____?」

 疑問に思い周囲を見回す、京八はどこにいるのか、彼は大丈夫なのかと___。

 やはり誰も、自分以外は誰もこの病室には居なかった。

「_____っ!?」

 扉がウィーン、と機械的な音を挙げて開いた。ここの看護婦か、女性の白衣が目についた。女性は少し驚いた様子で自分をしばし見つめて立ち尽くす、訳がわからず首を傾げていると彼女は早足にここを去っていく、彼女が戻ってくるまでにそこまで時間は掛からなかった。

「あの、えと、、、気分は大丈夫ですか?」

「え、まぁはい、大丈夫かと?」

 多分そんな内容の会話を交わしたことだろう、彼女は手をそっと伸ばして自分の額に触れてきた、どうやら熱を測っているのだろう、いくつか質問され、それを慣れた手つきで彼女は事細かく紙に書き留めていく、看護婦は自身の書いた紙に一通り目を通すと物腰柔らかに自分を部屋の外へと誘導する。

 廊下に出た、とてつもなく長く感じた、すべてが白い、壁も床も天井までも、これがまた歩いてみると足が鉛を入れたかのように重いのだ、まるで何日も歩いていないかのようであった。

 しばらく歩くと自分がいた部屋とは異なる部屋についた、道中では自分と同じか下の年ぐらいの子とも数人すれ違った、中には見るのも憚られるような深手を負ったのも何人か見かけた、ここは何の施設なのだろうか、そう頭で思考する。

 着いた部屋に入ると年配、それもかなりの年であろう風貌の男が白衣を身につけ諸々の書類に目を通しているところであった、男は曲がった背骨を動かしこちらの方を一瞥する、目線はすぐさま書類を見ていた、こちらを見ぬまま口が動かした。

「よく生きていたものだな」

 しわがれた声、称賛ではなく呆れているといった方が近いかもしれない、額に皺を寄せた訝しむような顔で___。

「えと、あの・・・・・・?」

「座りなさい___」

 こちらを見ずに老人は椅子の方を指し示す、看護婦が小声で座るよう自分の耳元で囁いてきた。

「あの、それで、先程の言葉はどういう意味で・・・・・・?」

 老人の目線がじろりとこちらを向く、ヘビに睨まれたカエルの心境、固唾を飲む。

「ほんとうに何も覚えていないのか?」

 はい?、思わずこんな顔を浮かべていただろう。老人が軽くため息をついた。
 
「そんな呑気な頭で、これでよく死なずに済んだな」

 一周回って腹が立ってきた、今すぐその顔を殴りつけたい、そう思った。しかし、看護婦がどーどー、と自分の肩を押さえてくる。これではまず立ち上がることは不可能である。

「カマキリ__。君はこの男を覚えているか?」

 え??、疑問が増える、話が見えてこない。

「そうか、分からないのならそれでいい、それもまた君自身が選んだことなのだから」

 鋭い痛みが脳を刺す。カマキリ?、蟷螂___??

「____ッ!!?」

 記憶が溢れてくる、思い出したのだ。

 苦虫を噛む、脳が焼き切れたかのように熱をうねらせ、痛みを伴った警報が頭蓋を強く叩いてくる。看護婦の悲鳴だろうか、周囲の音がよく聞き取れない。視界がひどく霞む、そして大きく傾いた、とつぜん平行感覚を失い、頬が床に吸い込まれたかのように倒れ込む。視界を覆う暗闇、もはや悲鳴は聞こえない。


Re: スキルワールド ( No.4 )
日時: 2023/04/22 11:19
名前: マシュ&マロ (ID: y7oLAcgH)

 
“神はいた、鉄槌をたずさえた神がいた。“


 その瞬間、友間は叫んだ、カマキリを睨みつけ立ち上がる。白濁とした意識、身体がミシミシと軋む。獣だ、まるで獣のようである。血走った瞳に、うねる喉、唾液が飛び散る。

 その姿を祝うのか嘲笑うのか、神は口元を歪め、何かを呟く。そして鉄槌は下される。


 「ア“アアアア“アあ“ぁ“ッッ!!?!?」


 カマキリに突進する、なりふり構わず、がむしゃらに、ひたすらに友間は右手を振り上げ、カマキリの中腹部、複数の腕が生えた辺りに木片を突き立てる。鈍い音と共に噴き出ていく血が友間の顔にかかる、深々と刺さった木片が血で滑って取れない、無理に引き抜こうと勢い余って転倒、直後に友間の頭部を無造作に振り抜かれた鎌が掠めた。カマキリは絶叫する、悲鳴が友間の耳をつんざく。

 ____ドゴッッ!?

 慌てふためくカマキリの腕が友間の体を吹き飛ばす、骨どころの衝撃ではない、内臓が宙を舞う。リビングの壁に打ちつけられ痛みに耐えられず吐いた。ドバドバと血が滴る口元、胸から下の感覚が鈍く、そして苦しいのだ。肺を突き破った肋骨が皮膚を貫き、胃腸は目視せずともグチャグチャに潰れているのが分かる。体が動かない、脳が出血しているのか世界がぼやけて上手く視点が定まらない。


 「ぁ___あ______ぅぷッ!?」


 何か言おうとした気がしたが溜まらず吐いた、鼻からも血が滴る、息をする毎に苦しくなる。


 「非常に残念だよ、出来れば生け捕りが良かったんだが・・・・・・」


 カマキリは落ち着き払ってそんなことを言う、人間の姿に戻ったようであるが片腕の消失と腹部の重傷を負うこととなった。友間と京八、子供相手とはいえ、その代償は大きなものだった。


 「__ぁ____」


 友間は虫の息、未だ生きている事が驚かれる程である。薄れゆく意識の中、何かを言おうとしている。カマキリは呆れる、これほどの男はそういるものではないと__。


 「介錯は任せてもらおう、せめて苦しまずに殺した後に、君の友人をそっちに送るとしよう」


 せめてもの情けとカマキリは片腕を振り上げ、鎌へと変化させる。狙うは頸椎、長年にわたり組織の犬として数多の人間の首を切り落としてきた、この期に及んで失敗などはあり得ない。男の目がギラリと光を帯びたかと思うと、間髪いれず斬りつける。

 バアアァンンンッッ!!!

 刹那、男の体は爆風に煽られ吹き飛ばされる。理解が追いつかない、歯を食いしばり衝撃に抵抗する。その瞬間、脳がピシリと動き出す。そう、つまりは“備えろ”と脳が警告音を発したのだ。

 視界は煙が立ち込め、状況の整理は未だ追いつかず、冷や汗が頬を伝い、顎先から落ちていく。視界の端に変化を感じ取る、咄嗟に体が反応した。振り抜かれた鎌が何かを仕留めた、いやむしろ男の方が仕留められたと言って良い。何かが鎌に絡みつき離れない、煙の向こう側へと引っ張られる、もの凄い力だ。

 カマキリは藻掻いた、圧倒的な力によって床に叩きつけられ煙が晴れる。そこには友間が、友間が立っていたのだ。しかし姿は異様、木目を纏いしその風貌、髪の先からつま先まで身体が木材に置き換わっており、その両手は触手の如く伸びてカマキリを捕縛していたのである。


 「どうなってんだッ!!?」


 カマキリはそう叫ぶ事しかできなかった。