ダーク・ファンタジー小説

Re: スキルワールド ( No.2 )
日時: 2022/08/30 02:17
名前: マシュ&マロ (ID: y7oLAcgH)

「よお黒奈、大丈夫そうか?」

 たわいのない言葉に両目がうるむ、言葉にではない、ただこの場にいることが耐えられなかった、絶望の前に一人とり残されたかのようで怖かったのだ。涙腺が緩む、下瞼が徐々に熱を帯び、あつい水滴が頬をなでていく。

 カマキリの頬に触れる感触、京八の拳が男の頬骨を穿つ、頚椎が嫌な音を立てて軋む、男は数歩たじろぎ、殴られた頬に触れる。

「油断してたとはいえ中々に、今のはいい拳だったよ」

「それ、よくザコが言うセリフだよな?」

 男の口元が僅かにひきつく、口角が上がり犬歯を薄らと覗かせ、目尻が少し吊り上がりその目は京八を見据えている。

「ほぉ___ザコが、言うセリフねぇ......ふふふ、お前はストラングからのまわし者といったところか?」

「おうよ正解だ!、景品に頬にでもキスしてやろうか?」

 彼は男を嘲笑い、自らの拳にキスをする真似をしてみせた。

 一触即発___。

 空気がピリつく、自分は固唾を飲み込んだ、自分はただ二人を見ていることしか出来ない。

「チッ! 大人をバカにするもんじゃ.....ねぇぞ!!」

 初動を制したのはカマキリであった、男の一歩に床が震える。ただ一直線に京八を、その嘲笑う表情をズタズタに引き裂かんと鎌を伸ばす。

 空気を切り裂く音がした、鎌が京八の前髪を掠める、彼は咄嗟に半身で避けたのだ。男の胸が熱を帯びる、そして呻いていた、深々と肋骨に突き刺さる京八の爪先に目を剥きながら__。

 蹴りの衝撃が肋骨を突き破って肺へと達する、男の口腔から唾が飛び散る、声にならぬ叫びと共に___。

「___ア“アッ!?」

 自分、黒奈友間は生まれて初めて人が白目を剥いて床に突っ伏すさまを目の当たりにした。また、ここまでの胸の高鳴りを感じたのも初めてであった。

「わ、わた私が、、何でこんなガキに私が....っ!』

 男が目を覚ましたのだ、悪態をつきながら唾液を垂れ流し、胸の痛みに身を震わせながらも立ち上がったのだ。その視線には迷いはなく、京八を捉える瞳には憎悪と闘争心だけが残されていた。

 「いや、ただアンタが弱いだけだろ?」

 最後の杭が打たれた、言葉で表すのならばそうと言うことしか出来ない、板に釘がきれいに打たれた時のような、そんな感覚が周囲を包み込んだでいた___。

「 スキル『蟷螂』ッ!」

 絶叫にも似た声でカマキリは叫ぶ、大空に噛みつかんとする形相で___。

 自分は耳を塞ぎ、目を瞑っていた、当然それは京八も同じことだ。耳を抑える両手が震える、人ならざる者の鳴き声を聞いているようで怖かったのだ。

「うわぁ〜.....完全にお怒りのようだぜ黒奈」

 いやいや京八が怒らしたんでしょ!?、っと思わず心でツッコんでいた。

 目を開けると京八の身体は貫かれていた、胸から腹にかけてを大きく、そして深々と___。

 自分は恐怖する、目の前で起こったことにではない、京八を貫いた巨大な生物、“蟷螂“にである。

 人の常識を逸脱していた、象、いやそれ以上に大きいだろうか。

 口元から生えた触覚が小刻みに動く、視線は京八に注がれていた、むしろ京八にしか興味はないのだろう。

 貫かれた胸元から血が、突き破られた心臓の鼓動に比例してドバドバと床に滴り落ちていく。彼を助けなければ、足が言うことを聞かない、恐怖に抗えない、ただ目見開き、目の前の光景に唖然する。

「俺も、、本気、出さねぇとな、・・・・・・スキル『発電』ッ!」

 京八を中心に同心円状に拡散した光、鼓膜を激しく叩かれる、信じられない熱量が途端に蟷螂に牙を剥く。

「覚悟しな、この化け蟷螂」

 蟷螂の片腕の大部分が焼失、京八からの体から今まさに電流が迸る。しかし彼は床に崩れ落ちる、出血が著しい、このままでは死ぬのは時間の問題である。

 己の無力さを呪う、臆病さを憎しむ、自分は最低だと激しく罵倒する。握り締めれた拳からは血が、噛み締めた口元からも真っ赤な憎悪が滲み出る。

 神に縋った、初めて神に祈るのだ、代償なら後でいくらでも払おう、だから今はこの屈辱を、この憎しみを、この理不尽さを消し去るための鉄槌ちからをどうか神に求める___。

 しばしの時が流れた、変化は何も起きず、ただ床に倒れた自分がいる。

 絶望する、そして立ち上がる、手元にあった拙い木片を右手に構えて対峙する、そう怪物に、絶望に挑むのだ___。

 その時、自分が何を叫んでいたかは覚えていない、だがしかし確かなことは一つだけある。

 “神はいた、鉄槌をたずさえた神が今そこに“