ダーク・ファンタジー小説
- Re: 神様は調合を間違えた。/修正×4 ( No.2 )
- 日時: 2018/04/21 15:34
- 名前: 狐憑き ◆R1q13vozjY (ID: dOS0Dbtf)
ああ、これが世界の終わりなのか。
剰りにも突然に告げられた、世界の終末。有神論を唱える人々は「神がお怒りになったんではないか」とあわてふためきながら言って、バタバタと自ら死を選択していっている。正直馬鹿馬鹿しいと思うが、当人にしてみれば恐怖以外の何物でもないのだろう。現に周りの人間を巻き込むような自爆テロを起こす人まで現れた始末だ。かといって無神者は平然と生きているのかと言われるとそうでも無く、未だに放映され続ける生中継では皆が皆街で暴れまわっていた。老若男女関係無くごった返していて、逃げる術が無いほどに道路は塞がれ警察の警備は意味などなかった。いや、警察は既に無くなっていて、一緒に絶望を歌っていた。
同時刻、世界はもれなく世界終末論に包まれた。青い筈の空は急速に色が変わりあっという間に紫色に染まり果て、植物はみるみる間に枯れ切っていった。ネットでは「どうせ嘘だろw」「まぁいつも通りに過ごしましょうかね」等と、良く言えばマイペースとも言える意見があちらこちらから蔓延ってきていたものの、これには"本気だ"と察したのか【悲報】とあっという間に惨劇の花を咲かせていった。
「うぉお……えげつ無ぇなぁ。まさかなぁ、2chまでもかぁ」
正気かとも思える発言。まるでこの事態を軽く見ているかのような、軽率なノリ。絶えることなく出続ける光で青白くなっている顔に、手入れの『て』も無いようなボサボサの髪。極めつけはこの状況に陥っても尚避難する形を取らない肝の座りっぷりである。この男、現在進行形で一人用ソファーに座り込み真正面からPCを眺めている。所謂ネトサというものをしていたが、とあるサイトを見つけそこに入り浸り始めたという所である。
そうして男は、青白い画面を眺め何かを思ったのか前屈になりキーボードをカチャカチャと鳴らし始めた。"i""m""a"......「今更避難しても遅くね?というか、避難したって無駄だと思う」。騒ぎ始める無機質な文字列。男は無言無表情のままターン、と軽い音を立ててレスを付ける。現在、男が居るサイトに存在するスレは秒単位でレスが付くほどの注目を浴びている。ネットにしか逃げ場が無い人達の、最期の議論場。男含めた世界中の人たちがこの世紀末な状況を実況しているようなものである。
『ほんまそれな』『世界が終わるんなら避難しても意味ないってそれ一番言われてる』『いやでも気持ちだけでもさ……避難したって気になるやん』
男のレスにぞくぞくとレスが続いた。共感、反論。反応は様々だった。
男は再びキーボードに指を滑らせる。「世界が終わるならs」プツリ。打っている途中でPCは突然ショートした。シャーと何とも言い難いあの音が煩く部屋に響き始める。
「ネットも終わり、か」
PCが空気を読まずショートした為に、男はスマホを取り出す。慣れた手付きでロック解除を行い、氷の上を滑る滑らかさで指先はサファリをタップ。サファリをタップした途端、真っ黒い画面になったまま一向に開かない。つまりネットが切れた。男はそれを見つめたまま諦めたように溜め息を吐き、電源を落とす。この現状だと電気もいずれ作られなくなるだろうな。男はそう思うも外に出ようとは思わなかった。
世界が終わるなら最後ぐらい好きなことして死にたい。男が思ったのは、たったそれだけなのだから。
◆◇◆
「おはようさん」
「......すまないが、俺は君と知り合いだっただろうか?」
男は目を覚ます。そう、さっきまでネットに入り浸っていた男だ。男がさっきまで居た部屋とは違い、今居る部屋はやけに開放的だった。壁には時計やカレンダーが掛かっているし、ベッドや本棚まであるものの生活感が何一つとして感じられない奇妙極まりない部屋だ。
白く明るく光る天井の照明を鬱陶しそうに、開けたばかりの瞼をぱちくりと数回瞬きさせながら男は体を起こす。男はいつの間にかベッドに寝かされていた。シーツも掛け布団も皺一つなく綺麗に整備されているそのベッドは、純白で異常な程に白かった。まるで誰にも使われていなかった様に。男には認識の無いベッド。"買ったばかりなのか?"男はそう思うが、綺麗なままの布団を好き好んで知らない人に使わせる人が何処にいるだろうか。つまり、このベッドは初めから用意されていたものなのだ。
男が不思議に思いながらも身体を起こせば、次には可愛らしい女の声が耳を刺激した。声の方向を見ると、またもや男の記憶には無い人間がそこに居た。パイプ椅子に静かに凭れ掛かっている。赤い髪に、よくあるお洒落な喫茶店の制服のような服を身に包んだ女性だった。"誰だろう?"男の脳内は恐怖と興味に支配され始めた。
「んーん。たった今、知り合ったって所さ。 君、合格おめでとう!」
「......は? ご、合格......?」
赤い瞳をキラキラと輝かせてゆるりと目を細めて柔らかく笑う女性と対照的に、男は疑いを孕んだ黒い目を困惑気味にキョロキョロと動かした。男の視線は何かに釘付けられる訳でもなく、再び女性の方へと戻る。女性は相変わらず笑みを湛えていた。女性は嬉しそうにはにかんでいるが、何をそこまで嬉しがるのかが分からないといった様子で男は疑心の色をただただ顔に塗った。
「そう。んで、君......えっと、犬竹さんはガーディアンってのに合格してるんさ」
「ガーディアン......? いや、何で俺の名前知ってんだよ。気持ち悪いぞ、お前......初対面だろ」
こくりと女性は頷きながら、『犬竹さん』と呼ばれた男をジッと見つめた。女性はガーディアンという言葉を放った時、言い難い気味悪さを抱えた笑みを浮かべたが又人懐っこそうな笑みに戻る。男はグニャリと一気に顔を歪め更に嫌悪感に似た疑心を露にし出す。ガーディアンについて追及しようとしたが、『犬竹』という名前は確かに彼の名前だったのか、気味悪さを吐き出すように眉をひそめる。男は氷柱に縛られたみたいな気持ち悪い寒さを覚え始めていた。
「まー、そうさね。言っておくと犬竹さんの名前は試験の監督から聞いてるんさ。私は犬竹さんを迎え入れるグループの一員って訳でね」
女性は男の様子を見ながら何かを考えるような素振りを男に見せつけながら、苦笑して乾いた相槌を打つ。女性の表情は至って穏やかであるものの、対照的に男の表情は顰めた険しい面である。アンバランスが却って絶妙なバランスを生み出したのか、不思議と口出しが出来ない奇妙な空気だった。
「ま、私と犬竹さんだけじゃ話進まないだろうし......」
くすっと笑い、花が咲いたような柔らかい笑みを浮かべながら女性はそう話を切り上げる。
女性はポンと場を仕切るように手を叩けば、犬竹を瞳に映す。なんとも言えない、逆らえない雰囲気が女性から滲み出ていた。犬竹は険しい表情を浮かべたままだったが、女性の威圧には負けたのか何かを言うことも諦めていた。
女性は椅子から立ち上がり、犬竹に向かって背を向けつつ手招きしながら「付いて来ぃね」と言い放つ。犬竹はそれを受け取り、寝床から這い出し身嗜みを軽く整える。女性はそれを見て部屋の扉に近付き廊下へ出て、犬竹は女性の後に次いだ。どことなく不思議で異様な雰囲気が漂っていた。さっきまでのピリピリとした凍てつくような奇妙な空気とは違う空気で満たされている空間、なんていう表現がぴったりだろうか。
女性は廊下を歩き先導しながら、不意に犬竹に話題を振り出す。女性の声は優しい声だ。
「所で、犬竹さんのフルネームは犬竹 護。......で、合ってるさ?」
「あー、うん。そうだ、俺の名前は犬竹 護(いぬたけ まもる)で合ってる。んで、あんたの名前はなんなんだ?」
「それは今は内緒さねぇ」
犬竹は会話を盛り上げようと女性に名前を問い掛けるが、女性はくすりと笑ってひらりとかわす。「何でだよ」と犬竹は少し眉間に皺を寄せながら再度問い掛けたが、後の寂しい沈黙が犬竹を突き刺すこととなった。