ダーク・ファンタジー小説
- crossroads ( No.2 )
- 日時: 2018/03/20 22:33
- 名前: カコ (ID: hzDRnUrf)
【第1話】
「あっつーーー」
「さっきからそればっかじゃん」
気持ち程度の風が吹く窓際、夏の暑い日差しがカーテン越しからこぼれる。
毎年同じセミの鳴き声と、毎年同じ夏休みの諸注意の話。
明日から夏休みに入る。
「夏休み何か予定あんのー?」
椅子を傾けながら、前に座っている席の子が先生の話そっちのけで聞いてくる。
「夏休みはバイトかなあ」
「へぇ、律花は偉いねぇ」
「ほんとに思ってる?笑」
他愛もない会話。
この時私は、この先も特に変わらない日々を過ごすものだと、プラスにもマイナスにも転がらない、至って平凡な毎日がやってくるのだと思っていた。
夏休みに入り、バイトを始めて1週間ほど経った時のことだった。
新しく入るバイトがいるという情報を店長から聞いた。
「店長が言うに、高2らしいよ。律花ちゃんの一個上じゃない?」
いつも優しくしてくれるバイトのおばちゃんがにこりと笑って言う。
店長がこっちこっちと合図をするような仕草をする。
ゆっくりと顔を覗かせたのは黒髪の背の高い男の子だった。
「初め…まして。杉原拓也…です。よろしくお願いします」
緊張の感じとれる挨拶をすると、ぺこりと頭を下げた。
お願いしますの意味を込めた拍手が店中に広がると、黒髪の彼は、緊張が溶けたのか、柔らかい表情で笑った。
- crossroads ( No.3 )
- 日時: 2018/03/21 10:57
- 名前: カコ (ID: hzDRnUrf)
せっかく歳の近いバイトの子が出来たんだから、という理由で、私は杉原さんのことを任されることになった。
新人教育よろしくね、という裏の理由があることも薄々感づいていた。
「島田律花です。よろしくお願いします」
最後に溜息をつきそうになる。
コミュニケーションをとるのがそれほど得意ではないのに、初対面の人に色々と教えるなんて、憂鬱になりそうだった。
「島田…さん?」
杉原さんはなんとも言えない顔をして私をじっと見る。
「な、なに…か…?」
その黒い目に吸い込まれそうになって、慌てて目を逸らす。
顔が、熱い。
「あぁ、ごめんね、何にもないよ。それより、俺の一個下なんだね。てことは、律花ちゃん高1?」
質問よりも"律花ちゃん"と呼ばれたことにドキッとして、返事のない変な間があいた。
「…あ、はい、こ、高1です」
たどたどしく答える自分が恥ずかしくなる。
同世代の年上の人と話すなんて、お姉ちゃん以外にないから…と誰に話すわけでもない言い訳を自分の中で勝手に繰り返していた。
- crossroads ( No.4 )
- 日時: 2018/03/20 22:58
- 名前: カコ (ID: hzDRnUrf)
夏休みも終わる頃、拓也くんとも普通に話すようになっていた。
杉原さんなんて他人行儀な言い方しなくていいよ、と言われ、拓也くんと呼ぶようにもなった。
「もうすぐ新学期だね。宿題進んでる?」
「うーん、まあまあ、かな」
「俺も新しい学校楽しみだなあ」
拓也くんはお弁当のご飯を口に運びながら、壁にかけてあるカレンダーを見つめている。
9月から私が通っている学校に通うことになっている拓也くんは、前にこの街に住んでいたけど、一度別の場所に引越しをして、またこっちに戻ってきたらしい。
前にここに住んでたなんて、全然知らなかった。
学年が違うと、同じ街に住んでいても会わないものなんだ。
今こうして一緒にいるのも何かの縁なのかもしれない。
私は多分、拓也くんに特別な感情を持っている。
バイト仲間でも、友達でもない、いわゆる一一…
「…ちゃん、律花ちゃん!」
自分の名前を呼ぶ声に、はっと我に返る。
「大丈夫?すごいぼーっとしてたけど体調悪い?」
「だ、大丈夫!」
不思議そうに覗き込む顔に私の体温がまた上昇する。
「よし、午後からも頑張るか」
席を立つ拓也くんに続いて、慌ててお弁当を片付け立ち上がった。
- crossroads ( No.5 )
- 日時: 2018/03/20 22:59
- 名前: カコ (ID: hzDRnUrf)
まだ明るい夕方、2人の並ぶ影が伸びる。
最近バイトの終わる時間が被った時は一緒に帰っている。
横に流れる川と平行に歩く。
小さな子供が笑い合いながら水遊びをしている。
「…律花ちゃんって兄弟とかいるの?」
「いるよ。でも正確には…いた…かな」
「え?」
「ひとつ上のお姉ちゃんが1人いた。でも私が小6の時に死んだの。学校の屋上から落ちて…」
お姉ちゃんとの思い出がフラッシュバックして、涙が浮かんだ。
明るい性格で、誰にでも優しくするような人だった。
私とは違って勉強も運動もできて、この街で一番賢い中高一貫校に進学した。
その矢先に。
警察は事件性がないことから、自殺と断定。
遺書は見つかっていない。
お姉ちゃんがいじめられてるなんてこともなかった。
信じられなくて、嘘だって、こんなの夢だって何度も思ったけど、お姉ちゃんが家に帰ってくることはなかった。
「そう…なんだ…ごめん…変なこと聞いて…」
気まずそうに下を向き、途切れ途切れに消え入りそうな返事をした。
私は首を左右に振って大丈夫、と合図をしたが、最後の分かれ道まで一言も話さなかった。
「じゃあ、ね」
「ばいばい」
別々の方向へ歩いていく。
いつもなら心地いいはずの夏の夕暮れの気温が妙に冷たく感じて、また涙が溢れそうになる。
「…っ。うぅ…っ」
我慢出来なくなった大粒の涙が溢れ出し、重力に従いながらゆっくりと消えていく。
収集のつかない感情が自分の中を駆け巡り、私はしばらく立ち止まっていた。